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誅罰<1>

2013.07.31 (Wed)
男ヴァイル王様、テエロのその後の話。
他の登場人物はネタバレのため伏せます。

誅罰<1>

 部下に案内された小屋には、みすぼらしい恰好をした子供が縛られて床に転がされていた。もうずっとまともな暮らしをしていなかったのだろう。髪は乱れ、顔も薄汚れ、纏っている衣服はただ体を覆うだけの物と成り果てていた。ひと目見ただけで、過酷な生活に耐えながら無我夢中で生き延びてきた様子が頭に浮かぶようだった。

「盗みを働いて、店主にこっぴどくやられたようです。道端で倒れていたところを連れてきました」

「盗み……? こんなに小さいのにか」

「あちこちで常習犯だったみたいですよ」

 普通ならば、親の愛情を一身に受けて、何の悩みもなく安泰な生活を約束された幸せな日々を送っているはずの年頃であろう。体つきから見て成人まであと数年といったところか。だが、栄養不足から成長が妨げられていた可能性も否めない。
 このようにやせ細り、誰の助けも得られない状況でも、その小さい頭を必死に働かせてこの子は生き抜くための手段を選ばなかった。幼いのに大したものだ。度胸だけは認めてやってもいいかもしれない。
 なるほど。確かに、今まで連れてきた子たちとは少し様子が違うようだ、と横たわったまま身動ぎもしない子の顔を見て思った。こんな状況でも目が死んでいない。部下と自分を睨みつけ、縄をほどいてやったその瞬間に掴みかかってきそうなくらいだ。

 子供の側にしゃがみ込み、顎を掴んで顔を上に向けさせた。
 
「親は? いつからこんな暮らしをしている?」

 自分の問いに、子供は吐き捨てるように言葉をぶつけてくる。

「……親は、死んだ」

「どこの出身だ」

「……」

「歳は」

「……」

「答えたくないなら、それでいい。この先、男を選ぶも女を選ぶもお前の自由だ。だが、それ以外の自由はこれからはないものと思え。衣食住の心配がなくなるのと引き換えにな」

 ここに連れられて来る子の反応は決まっている。恐怖から黙り込むか、この子のように反抗的な態度で黙り込むか。もしくはなんとか逃げ出そうと、暴れて喚き立てるか。だが、やがて成人する頃には皆が別人かと見紛うくらいに従順で有能な道具へと変貌を遂げる。今まで例外はない。何故なら、役立たず、と判断された時点で処理されてしまうからだ。
 状況を理解した子供たちは、見限られないように、それこそ言葉通り死ぬ思いで様々な訓練を受ける。従わなければ脱落。出来るようにならなければ脱落。そして、決して表舞台に出ることはなくとも、王の手足となることを夢見て成人の日を待つ。

 この子は、その日を迎えることができないかもしれない。それが私の第一印象だった。
 幼い顔に不釣り合いな、こちらに向けられた意思の強い眼差し。決してお前らの言うとおりになるものか、とその目が語っていた。その強情さが仇となり、処分されてしまう日も遠くないだろう、と思った。

「一見、病気は持っていないようだが。後で私が診察しておく。まずは食事と湯浴みだ」

「湯浴みって……。だって、テエロさん、傷があちこち……」

「不潔なままで、他の者に妙なものを伝染されるほうが困る。熱もないから問題ない」

「……痛みで眠れないんじゃないんですかね。せめて痛み止めくらいは……」

「ものになるかわからない奴に貴重な薬を使うわけにはいかない。弱って死んでいくならそれまでだ。代わりはいくらでもいる。道具を持ってくるから、それまでに湯浴みだけは済ませておけ」

 部下にそう言い渡して、私は小屋を後にした。


  ◇  ◇  ◇


「テエロさん、書類の整理が終わりました」

「では、包帯を……」

「もう洗ってあります」

「薬の減り具合は……」

「先ほど点検しました。明日は御前試合の予定ですので、痛み止めと止血に効くものを多めに補充しておきましたが、それでよかったでしょうか」

「……この本を図書室に返してきてくれ。その後はしばらく好きに過ごしてていい」

「はい。わかりました」

 あの時拾った子が、今は自分の下について医士見習いとしてこの城に身を置いていた。
 第一印象は当てにならないものだな、とつくづく思う。すぐに処分されてしまうだろうという自分の予想は外れ、男性を選択した彼は水を得た魚のように知識を吸収し、周りを驚かせるくらいの成長ぶりを見せつけた。
 腕力こそ心許無いものの、普通の者に比べればというだけの話で、いざと言う時に自分の身を護れるくらいの術は身に付いていた。始めの頃は剣を少し振っただけですぐにふらついてしまい、どこかのぼんくら息子を彷彿とさせたが、彼なりに生き抜くために必死に鍛錬を積んだようだ。何よりも、その品行方正な態度、手先の器用さ、記憶力の秀逸さが彼の弱点を補っていた。

「でも、もの覚えが良ければいい、と言うものでもないと思いますけどね。僕は」

 いつの日だったか、彼がそう口にしたことがあった。

「信じてもらえないかもしれませんが。僕は、忘れる、ということがどういう事かわからないんです」

「わからない?」

「本の内容は、一度見ただけで全て頭に入ります。人の言葉も同じです。それを即座に引き出すこともできますが……。人って、生きていて楽しいことばかりではないでしょう? それらも全部覚えているんですから」

「では、私らに捕まる前のことも全て記憶していると? 幼い頃の記憶も?」

「ええ。盗みを働いた店の人に殴られた部位も、その時の罵声も一言一句全部。薬は必要ないと言って、お湯をぶっかけられた時のことももちろん覚えてますよ、テエロさん」

 忘れることができないということは、思い出しただけでその痛みがぶり返すような気さえする。こう見えてもいろいろと大変なんですよ、と彼は微笑みながら呟いた。

 全て覚えていると言いつつも、彼は親のことを決して口にしなかった。捕えてきた時に彼が言った、死んだ、というひと言が彼から得られた情報の全てだ。
 一応、周辺の村や街を調べさせたが、身寄りが居ないというのは本当だったらしく、それもかなり昔のことだったようで親の手掛かりを掴むことはできなかった。こちらとしては、彼の家族がこの世には存在しないということさえ確認できればそれでよかったので、それ以上探らせることもしなかった。例え、親が生存しているのを彼が隠していたのだとしても、あんな暮らしを長年続けていたのだから何か身を寄せることができない事情があるのだろう、ということさえわかれば十分だった。

 あの小屋で見せていた態度は何だったのか、と思うほどに、彼は医士見習いという役柄を完璧に演じていた。成人して間もないのに優秀だと評価され、人当たりも良く、決して周囲を不快にさせる顔立ちでもないため、裏で何をしているかなんて疑う者すら居ない。
 人のことを言える立場ではないが、とんだ食わせ者だ。

「すいませーん……。あの、手を切っちゃったんですけどお」

 使用人の女がおずおずと医務室の扉を開けて姿を現す。きょろきょろと辺りを見つめながら中に入ってきた。

「手を? そのままの手で食べ物に触っていたりしていませんか? 貴女、確か厨房の者でしょう? 傷がついた手で触ると、食べ物に影響が……」

「あのう……。いつも居る、見習いさんは? 今日は休みなんですかあ?」

「今、使いに出ています。いつ戻るかわかりませんね」

「えー、居ないんですかあ? じゃあ、いいですう。また後にしますう」

 不貞腐れた顔をして、女が部屋を出て行く。
 ……最近、こういう患者が増えた気がする。大したことがないのに、やれ火傷をしただの、やれ足をひねっただの、彼目当てに医務室を訪れる女性が後を絶たなかった。
 人懐こい笑顔を周囲に振りまいて、その記憶力のいい頭の中で何を考えていることやら。
 表も裏も仕事はきっちりとこなし、従順な態度を崩さない彼ではあったが、油断せずにまだ目を光らせておく必要がある、と自分は思っていた。翁が居ない今、責任ある立場に置かれた自分に失敗は許されない。もうしばらくは裏の仕事は一人で任せずに誰かと一緒にさせておくべきだ、と考えながら、読みかけの本に手を伸ばした。


  ◇  ◇  ◇


 王から呼び出しを受け、仕事道具一式を手にして寝室に足を向けた。もちろん見習いの彼も一緒について来ている。
 扉を開けると、寝台の中で苦虫を潰したような顔をしている王の姿が目に飛び込んできた。侍従が心配そうに側についていたが、そんなものには目もくれず、王は自分を見るなり言葉をぶつけてくる。

「頭がガンガンするー。先生、早く薬」

「……熱はないようですが」

「でも痛いんだってば。もうふらっふら。眩暈もするー」

 言葉に耳を貸さずに屈んで寝台の下を探ってみた。予想どおり、何かが手の先に触れる。酒の匂いのする瓶を持ち上げて見せると、侍従が口に手を当てて咎めるような声を出した。
 酒を口にすることが多い王を普段から諌めている侍従らだったが、お人好しな性格の者が多いのか、

「うん、わかってるって。飲んでないよ、飲んでない。ほんとほんと」

などと言う、王の適当な誤魔化しにすっかり騙されていたようだ。酒の匂いを隠すために、いつもは毛嫌いしているお香をふんだんに焚いている時点で、どうして何か変だと気付かないのか。
 ぬくぬくと育ってきた奴らは、疑うということを知らない平和な頭の構造をしているのだな、と思いつつ、溜息をついて王に診断結果を伝える。

「二日酔いですね。薬よりも、水分をたらふく摂ったほうが回復が早いと存じます」

「じゃあ治るまでこれに耐えろって? 冗談じゃないよ、こんなんじゃ今日仕事になんないじゃん」

「自業自得です。眠れないからと言って酒の力に頼るなと、私が何度口にしたとお思いですか。適度な運動と適度な食事。酒なんかよりも、これがいちばんです。眠れなくても横になって目を閉じていれば、それなりに体力も……」

「でも飲みたかったの。んで、飲んじゃったの。飲んじゃったもんは、もうしょうがないでしょ。だから早く、薬」

 水がなみなみと注がれた杯を指し出すも、王はそっぽを向いて決して受け取ろうとしなかった。
 もういい歳だと言うのに、本当にこういう子供のようなところがいつまでも経っても抜けない。頼りにならない侍従は、側でただおろおろとしているだけだ。そうしているうちに、なかなか薬を出そうとしない自分にしびれを切らしたのか、王が寝台の中で暴れ出した。

「はーやーくー、薬。くれないんなら、今日ここから出ない。仕事しない。できない」

 その言葉に、侍従が泣きそうな顔で王に詰め寄る。

「またそんな我儘を……。陛下、もう隠れて酒は口にしないとお約束してくださったではないですか。私どもはそれを信用して、人が居たら眠れないと仰る陛下をお一人にしていましたのに……」

「飲んじゃ駄目って言われると、余計に飲みたくなるの」

「そう頻繁に薬を出すわけには参りません。今回は水で我慢なさってください」

「えー。先生、ちょっとそれ酷くない? 俺は……」

「陛下。果物ならば口にできそうですか?」

 自分の後ろに控えていた見習いが急に会話に割って入ってくる。
 突然何を、と慌てて彼の言動を咎めた。

「陛下の前だ。慎みなさい」

「いや、いいよ。なに? 果物で治るの?」

 王が手を上げて自分を制する。許可を得て、見習いの彼は控えめに口を開いた。

「即効性はありませんが、水よりは効き目があると思います。侍従さん、厨房に行って果物と蜂蜜を持って来てください。あと少量の塩をこれに入れて。うんと濃いお茶も用意してください」

 置いてある水差しを手に取り、彼が侍従に次々と指示を与える。面喰らった様子を見せていた侍従だったが、すぐに水差しを受け取って部屋から出て行った。

「どうしてもお飲みになりたいなら、チーズを食べてから酒を口にするようお勧め致します。食べながらでも構いません。何も胃に入ってない状態で酒だけ、というのがいちばんよくないんです」

「ふーん……」

「それと。たかが頭痛の薬と侮ってはなりません。薬、と言っても、所詮は体にとって異物なんです。飲まなくてよいのなら、それに越したことはない。テエロさんは、そういう意味も込めて薬を出さなかったのだと私は思いますが」

「……ああ、あんたか。最近入った、やたらと優秀な見習いって。そう言えば少し前に顔を見たような気がする」

 成人を迎えて城に身を置くと決まった時に、見習いの彼と王の顔合わせは済ませていた。最も王は、興味が無さそうな様子でいちいち面倒だとばかりにさっさと自分らを部屋から追い出したのだが。

「あんたも先生みたく、あっちこっち出回ったりしないで毒薬専門になんの? そのついでに、いずれは典医に、なんて思ってたりするわけ?」

「滅相もありません。自分はまだまだ未熟者で……」

「先生さえよければ、あんたに任せても俺は構わないんだけど。忙しくて、先生も手が回らない時とかもあるでしょ?」

「……いずれ、時期を見て、ですかね。まだまだ彼は見習いの身分ですし」

 そんなことを承諾できるわけがない。見習いに王の体を任せるなんて前代未聞のことだ。
 まったく、こういう王の気まぐれにも困ったものだ。それでいて国をちゃんと立派に治めているのだから、それはそれで良い面もあるのかもしれないが。

 やがて侍従が戻り、彼が色々と指示を与えてから寝室を後にする。
 二人で廊下を歩いている時に、疑問に思ったことを聞いてみた。

「先ほどの知識はどこから? 何かの本に載っていたのか?」

「いえ……自分の経験からです。もしかしたら、と気付いてからは、実はこっそりと実験を繰り返していました」

「実験?」

「ある人と飲むときは頻繁に果物を勧めて。別の人と飲むときは、同じくらいの酒の量を勧めて、何もつまみを用意しなかったり、とか」

「……」

「まあ個人差はありますけれど。それに、病は気から、とも言いますし。あんな風に最もらしく言っておけば、陛下も少しは治った気になるかもしれない、という目論みも正直ありました。差し出がましい真似をして申し訳ありません」

 彼がそう言って、自分に頭を下げる。
 上司である私の、薬は与えない、という言葉を否定することなく、それでいて自分の考えも発言して、まんまと彼は見習いの身分ながら王の信頼を得ることに成功した。
 優秀な部下だ、と言ってしまえばそれまでだが。年若いという理由も含め、まだまだ自分の代わりを務めさせるつもりはさらさらなかった。
 
 ではこの先、彼が成長して見習いという身分ではなくなったら。
 それでも何故か、素直に典医の座を譲る気になれない自分がいる。それは、長年この城の医士を勤めてきた矜持から来るものなのか。それとも、穏やかな顔の裏で何を考えているのかいまいち掴めない彼に不信感を抱いているからか。今の自分には判断がつかなかった。

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