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誅罰<2>

2013.08.03 (Sat)
男ヴァイル王様、テエロのその後の話。
他の登場人物はネタバレのため伏せます。

誅罰<2>


 それからというもの、彼を自分の担当の一人に、という催促を何度も王から頻繁に受けた。彼が既に見習いの身分ではなくなった今、どうしてそんなにも頑なに拒み続けるのか、と渋い顔をする王に、自分は涼しい顔をして聞こえない振りを続ける。
 あんなに面倒がっていた定期的な診察にも、彼と会話ができるが故に、うきうきと楽しそうに医務室に足を運んでくるほどに王は彼を気に入っていた。口がうまく話題も豊富な彼との会話は、激務の合間の王の息抜きに大いに貢献しているようだ。だが、そうして診察を終えて、もう何も用事がなくなってからも長々と医務室に居座り、迎えに来た侍従にぐちぐちと小言を言われるのがいつも恒例となっていた。

「過度に下の者と親しげにされるのはどうかと思いますが」

「なんで? 別にいいじゃん」

「あけすけに誰とでも気兼ねなく話をされるのは昔から陛下の良い所でもありますが。彼は他の任も抱えている身ですし、そう何度も接触されては、こちらとしても……」

「先生ってば、なーんか昔っからそうやって、あの人と話してると渋い顔するよね。なんで?」

 図星を指されて、思わず黙り込む。
 何故かなんて自分でも説明がつかない。だが、王が彼に近づくのを見る度に言いようの無い不安感に襲われる。向こうに落ち度があるわけでは決してない。それどころか、今まで見てきた中では優秀の部類に入るくらいだ。
 こんなにあからさまに不快さを表に出すのは、いつでも冷静沈着を心がけてきた自分らしくないとはわかっていた。それでも彼に対する不信感を拭うことがどうしてもできない。何かがひっかかる。だが、その何か、がうまく言い表すことができないもどかしさで苛立ちが募る一方だった。

 あの小屋で、彼と初めて対面した場面が頭にちらついて離れない。幼い子供とはとても思えないような印象深い眼差しが、あれから長い時を経た今も頭の中を支配している。

「別にそんな態度を示したつもりはございません」

「いつも忙しくて頭おかしくなりそうなの我慢してんだから、誰と話すかぐらい好きにさせてよ。あんまり縛り付けられると、ますます胃が痛くなっちゃう」

 そう言って、王が腹をさする仕草を見せた。
 先ほど診察を終えたばかりだというのにこれだ。何か体調に異変があれば、すぐに申し出るよういつも口を酸っぱくして言っているというのに。
 
「胃が? 調子がお悪いのですか? いつからです?」

「ああ、だいじょぶ。大したことないから」

「大したことがないかどうかは、陛下ではなく私どもが判断することです」

「ああもう、うるさいなあ。どうせまたいつの間にか治っちゃうって。いつもそうだったし」

「まさか、また隠れて酒を……」

「もうそんなことしてないってば。俺もいい歳なんだから。これでも一応自制してんだよ、俺なりに」

「本当でしょうね。いいですか、症状が長引くようならすぐに……」

「はいはい、わかったってば。すぐに言えばいいんでしょ、言えば。もう行くね」

 意見する自分に辟易した様子で、王は逃げるようにして部屋を出て行ってしまった。
 昔からあの方は、代わりになる者は居ない大事な体だという自覚がまったくもって足りな過ぎる。こちらが口うるさくなってしまうのも道理というものだ。

 王との会話を思い返し、自分の予想以上に彼が王の信頼を得てしまったという事実に暗澹たる気分になる。
 彼をこの城から遠ざけるべきかもしれない。だが、理由もなしにそんなことをしてしまっては他の者への説明がつかない。優秀ならなおさらだ。あんなにも使える道具を何故、と下手をしたら自分があらぬ疑いをかけられてしまう可能性だってある。
 そう。きっと自分の考え過ぎだ。こんな仕事を長年続けてきて、人を疑うことが常となってしまっている悪い癖が出てしまっているに違いない。そうやって幾度となく自分に言い聞かせても、もやもやとした気分はいつまでも晴れなかった。


  ◇  ◇  ◇


「先生、腹痛だって?」

「ええ。テエロさんが体調を崩されるなんて、今まで見たこともなかったんですが。珍しいこともあるものですよね」

「やっぱ歳には勝てないんだよ、先生も。まだまだ若いつもりで、脂っこい肉でもたらふく食べたんじゃないの? 俺にはいろいろ気を付けて食べろ、とか、いっつもうるさく言ってくるくせにさ」

 そんな会話を交わしながら医務室で王の診察をしていた。王の担当である上司の医士が急な腹痛を起こし、検診くらいならば、と手が空いていた自分がその役目を任されたのだ。
 診察の途中で、ふと王と目が合う。まじまじと自分を見つめながら、感慨深げに王が呟いた。

「あの見習いだった若造が随分と頼もしくなったもんだよね。ここに来て、何年くらい経った?」

「私がここに来たのは、成人してすぐでしたから。もうかれこれ……」

「いや、やっぱいいや。自分がどんくらい歳取ったのかなんて、考えたくない」

「まだまだお若いでしょう。その証拠に、体の方も何の問題ありませんよ」

「徴持ちは丈夫なんだよ。少しくらいの病気は軽く治っちゃうくらいにね」

 そう言って笑みを浮かべて王が衣服を身に纏う。その言葉のとおり、王が産まれた時からの体調を記録してある書類には、外部から受けた怪我の記載はいくつかあるものの、大きな病気に罹ったという事実は一切記されていなかった。
 側にかけてあった上着を羽織りながら、王がまた口を開く。

「長く寝込んでたのなんて、子供の時ぐらいかなあ。調子こいてたらばっさり切られたのと、額の怪我の時と」

「ああ……記録がありますね。こんなにお小さい頃に……」

「ね。だから丈夫なんだって。そんだけひどい怪我をしても、優秀なあんたら医士のおかげで治っちゃうんだから」

「恐れ入ります」

「……ああ、でも王になりたてぐらいの時に、少し調子悪い時期があったかな。結構、長く」

 その言葉を聞いて、目の前にある書類に改めて目を通した。
 だが、それに該当する記載が見当たらない。

「何も記録されていないようですが……。テエロさんに診てもらわなかったのですか?」

「うん、治っちゃったからね。なんかいつの間にか。すんごい忙しくて寝込む暇もなかったっていうのもあるけど」

「継承後はいろいろと慌ただしかったことでしょう。疲れからくる不調だったのでは」

「そうなんだよ、もう思い出したくもないくらい忙しくってさ。あんまり長く具合悪いもんだから、もしかしたら誰かに毒でも盛られてんじゃないかって、そんな馬鹿なことも考えたんだった」

「……滅多な事を……」

「人に恨まれてもおかしくないこといろいろとしてるし。ま、殺されても文句言えないよね。こっちもそれを覚悟の上で王を継承したわけだしさ」

 上司と同じように、こうして医士を続けながらも自分は裏の仕事にも手を染めていた。城を出て任務をこなすことは滅多になかったが。
 昔の寝室での一件以来、どうやら自分は陛下に信頼を寄せられているらしい。急に若輩の医者が診察をする事態に陥り、王の口から文句ひとつ出てこない様子からもそれは伺えた。そろそろ担当を交代してはどうか、と冗談交じりに言われることもたびたびあったが、上司は決して首を縦には振らなかった。
 
「ああそうだ。大きな声じゃ言えないけど、あんたが作ったっていうあの薬。使いやすくて仕事が捗るって評判いいみたいだよ。まあ、そんなこと褒められても嬉しくないだろうけど」

 薬、と言っても、王が言葉に出したそれは人を殺めるための薬のことだった。

「いえ。陛下のお役に立てるのでしたら、それだけで自分は……」

「優秀な部下がいるんだから、先生も少しは任せりゃいいのにね。ほんと昔から頑固なんだよ、あの人」

「医者は頑固な者が多いですよ、自分も含めてですが。テエロさんだけが特別なわけではないかと。こうと決めたことをやり遂げる頑固者しか、医者にはなれないのかもしれませんね」

「歳食って、ますます頑固さに磨きがかかってる気がする。ああ、やだやだ。俺ももっと歳取ったらあんな風になっちゃうのかなあ」

 先生にお大事にと伝えといて、と言って、迎えに来た侍従と共に王が医務室を後にする。
 それを見届けてから、書類に「問題なし」と診断結果を書き加え、所定の位置に戻した。


  ◇  ◇  ◇


 引き出しの一つをそっと開けて中を探ってみる。何かを書き付けた紙はないか、と隅々まで目を配らせるが、部屋の主はそんなものが必要のない能力の持ち主なのだった、とその時になって思い出した。中にはいくつかの折りたたまれた薬包紙が散乱しているだけ。見た目や匂いだけでは、どれがどんな薬効を持つのかなんて判断できるはずもない。

「いくら部下の部屋と言えども、ちょっと礼儀知らずな行為なんじゃないですか? テエロさん」

 背後から聞き慣れた声が響き、物色していた手を止める。動揺しているのを悟られないようゆっくりと振り返ると、この部屋の主がいつもの微笑を浮かべて扉の前に立っていた。

「腹痛だなんて下手な嘘をついて、いったい何を探しているんです?」

「……」

「陛下に使っている薬なら、その下の引き出しですよ。もう残りは少ないですけれど」
 
 その言葉に驚きながらも、ああやはり、と絶望的な気持ちになった。

「……何故だ。何が目的だ。陛下を亡きものにしたところで、お前にどんな益がある」

「……」

「いつからだ」

「今日でちょうど、十日目になります」

「……」

「予想では、もうそろそろ症状が出始めてもいいくらいなんですけど。徴持ちが丈夫だって言うのは本当なんですね。でも、そんな文献どこにもないし、献体があるわけでもないから調べようがなかったんですが。……こんなに早く嗅ぎつけられるなら、じわじわと苦しませようなんて考えないで、即効性のあるものを選んでおけばよかったな」

 彼がどうしてそんな行為に及んだのか。皆目、見当もつかなかった。
 いったい、何故。いつから企んでいたのか。自分が知らないところで、二人の間でこうなってしまうような何かきっかけでもあったのか。彼に感じていた不信感はやはり気のせいなどではなかった。もっと早くに彼の行動の全てを見張っているべきだった、と後悔の念に駆られた。

「仲良くなった厨房の女の子に、食事に混ぜるようお願いしてたんです。陛下はこの薬の味がお好きでないようなので、味の濃いものに混ぜておいてくれって。医士っていう立場は得ですね。皆、疑いもせずにすぐに信じてくれる。まあそうなるように、こっちも長年かけてそういう人柄を演じていたわけですが」

「解毒剤は」

「……」

「答えろ。解毒剤はどこだ。いや、それよりも調合法だ。お前が素直に解毒剤を差し出すとはとても思えない」

「信用ないんだなあ……。ずっと長いこと、聞き分けのいい部下でいたつもりだったのに」

「早く教えろ。それを聞き出して、解毒剤だと確実に証明できた時点でお前を始末する」

 こちらが恫喝しているのにもかかわらず、彼が悠長な態度で椅子に腰を下ろす。その振る舞いに怒りが頂点に届き、胸倉を掴んで睨みつけると怯えた様子も見せずに再び相手が口を開いた。

「……貴方のような疑り深い人が最初から出張って来てたら、こんな状況にはならなかったんでしょうね。もうちょっと部下の教育に力を入れたほうがいいですよ。今後、同じことが起こらないように」

「何の話だ」

「こちらとしても、もう目的は遂げたことですし。いいですよ、何でも話します。少し長い話になりますからどうぞ椅子にかけてください。逃げたりしませんからご安心を。腕力じゃ到底敵わないってわかっていますから」

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