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嫉妬<謀反>

2013.08.17 (Sat)
女レハト王様、グレオニー側付き護衛のその後の話。
いつもの如く楽しい話ではありません。ご注意を。

嫉妬<謀反>


 寝室は飾られた花の匂いに包まれていた。
 呼び出しを受けた時から、もう何を言われれるかは既に予想がついていた。皆が自分を気遣って耳に入れないようにしていても、こういうことは何故か不思議と漏れ伝わってくるものだ。ここ数日、見慣れている彼女の背中が幾分強張っていたような気がしたのは、決して自分の思い過ごしなどではないことにも気付いていた。
 陛下に捨てられた男。
 噂好きの城の面々は、舞踏会や広場や、いろいろな場所で良い話題ができたと顔を寄せ合いながら話に花咲かせていることだろう。
 無表情で自分を迎える彼女が口を開く前に、こちらから話を切り出した。

「ご結婚、おめでとうございます。これから忙しくなりますね」

 途端に彼女が顔を曇らせる。どうやって言い出そうか、どうやって伝えるべきか。彼女も自分と同じくらい悩んだのだろうか。どうか少しはそうであってほしい、とこんな状況になっても、自分はまだ未練たらしく彼女への想いを立ち切れないでいた。

「……どうして責めないの」

「……」

「頬を引っぱたかれるぐらいの覚悟はしていたんだけど」

「どんなことがあっても、女性に暴力を振るうわけには参りません」

「……こんな酷い仕打ちをした女でも?」

「もちろんです」

 自虐気味に彼女が笑う。やがて卓に手をついて寄り掛かり、溜息と共に言葉を吐き出した。

「もう……疲れちゃったんだもん。いつまで経っても解決策は思いつかないし。周りの声はどんどんうるさくなるし」

「……」

「そんな時に優しく相談に乗ってもらって、すっかり絆されちゃった」

「誰か、他にお相手がいるんだろうな、ということには気づいておりました」

 自分がそう言い終わるや否や、彼女が手を乗せていた卓を激しく叩き付ける。突然響いた大きな音に侍従が扉から顔を覗かせたが、睨みつける彼女の視線にまたすぐに慌てて顔を引っ込めた。

「じゃあ、どうして何も言わなかったの!? 貴方にとって私ってなに!? いつもそう。そうやって言いたいこと我慢して、私を気遣う態度を取り続けて。身分ばっかり気にして私のことなんか全然考えてくれない!!」

 彼女がその場に泣き崩れる。肩に手を置こうと腕を伸ばしかけたが、もう自分はそれを許される立場ではないのだ、と思い留まった。
 両手で顔を隠したまま、時おり嗚咽を漏らす彼女。やがて呻くような声で途切れ途切れに言葉を紡いできた。

 自分のような平の衛士が、一国の王と婚姻を結ぶなんて有り得ない。それでも彼女は、王を継承したその日から嵐のように浴びせられる非難の声を撥ねのけて、右腕が不自由な自分を護衛として側に置き続けた。
 一生独身で構わない。独り身でもなんら困ることはない。
 そう言い切って国を治めることに全力を注いでいたが、それをよく思わない輩がこの城には多すぎた。
 何かにつけ、彼女が独り身であることに難癖をつける。護衛の自分を城から遠ざけようと、ありとあらゆる汚い手を仕掛けてくる。
 疲れ切った彼女が、優しく接してきた貴族の一人に心を許してしまうのも無理は無かった。自分とのことを相談するうちに、いつしかその貴族に心惹かれてしまうのを止められなかった、と彼女は涙声で口にした。

「グレオニー・サリダ=ルクエス。……解任を、命じます」

 消え入りそうな声で、彼女が呟く。
 だがここに来る前から自分の心は決まっていた。何を言われても、これだけは我を通そうとずっと考えていた。

「承諾できません」

 彼女が涙で濡れた顔を上げる。一体どうして、とその目が問いかけていた。

「護衛に任命された時、私は私なりに決死の覚悟でそれを引き受けたんです。こんなことで、簡単に辞めさせられるなんて納得できない」

「グレオニー、でも」

「それに」

 反論する彼女の声を遮るように、自分は言葉をかぶせる。
 まだ床に座り込んだままの彼女に近づき、跪いてその腕を乱暴に取って少し引き寄せた。怯えた様子を見せる彼女を真っ直ぐに見つめて言葉を放つ。

「俺は、貴女を諦めるつもりはこれっぽっちもありません。それだけは覚えておいてください」

「……っ」

 硬直したままの彼女に軽く口づける。
 彼女は、抵抗しなかった。今まで見せたことがなかった自分の態度に怯え、恐ろしくて動けなかっただけなのかもしれないが。
 全ての感情を押し殺して、その場から立ち上がる。手を差し伸べても彼女は項垂れたまま身動き一つせず、決して自分の手を取ろうとはしなかった。瞳から零れる涙が、彼女の纏う衣服に染みを作り続ける。
 このまま彼女をどこかへ連れ去ってしまえたら。そんな馬鹿な思いを振り切るように踵を返す。
 扉の取っ手に手を掛けても、彼女はひとことも言葉を発しなかった。


  ◇  ◇  ◇  


 その後、驚く周囲の態度をものともせずに、グレオニーは衛士長に護衛の継続を願い出たらしい。彼自身が希望するならば、と私の伴侶となった者も快くそれを承諾した。
 右腕が不自由と言えども、彼の剣の腕は確かなものだったし、危険が付きまとう立場なのだから優秀な人物は一人でも多く側に置いておいたほうがいい。なによりも、この国の王と一時期は恋仲であったことはもちろん彼の故郷にも伝わっているはずで、そんな状態で故郷に戻ったところで彼も生家で居づらい思いをするのでは、とグレオニーのことを気遣う伴侶の言葉に、私が異を唱えることができるはずもなかった。
 こんな事態を招いたのは自分だ。自分の弱さ、浮ついた心のせいだ。グレオニーを巻きこんで彼の人生を台無しにした。護衛を続けたいという彼のささいな希望ぐらい聞き入れてやらねば。少しでも彼に償っていかなければ。

 そうわかっているはずなのに。
 城の中で護衛を引き連れて移動するたびに、私は背後からの視線に背筋が寒くなる。
 
 見ている。
 今までとは違う感情をむき出しにして、私を、私の背中を彼が見ている。

 以前のグレオニーとはすっかり人が変わったようだ、と皆が噂していた。
 あんなに人当たりがよい雰囲気を醸し出していた彼だったのに、今はもう気軽に話しかけることすら躊躇してしまうと。護衛の仕事に支障が出るほどではないものの、今まで見たことがないような厳しい表情ばかりを浮かべる彼に、皆が腫れものに触るような扱いをしていた。

 きっと、時間が解決してくれる。もう結婚してしまった自分に彼が何か出来るはずもない。
 彼の視線に怯えつつ、私は何度も自分にそう言い聞かせていた。そして夫となった者と末永く添い遂げようと努力を重ねた。
 時間が経てば。いつかグレオニーも自分から辞任を申し出るに違いない。

 そんな安易な希望を抱いていたことを、やがて私は後悔することになる。


  ◇  ◇  ◇


 寝室は血の匂いに包まれていた。
 寝台には目を見開いた夫が血まみれで横たわっている。その傍らに、剣を握ったグレオニーが無表情で佇んでいた。
 侍従が悲鳴を上げて部屋を出て行く。すぐさま衛士が駆け付け彼を捕えようとしたとき、グレオニーが持っていた剣を床へと放り投げて無抵抗の意を示した。それを見て衛士の動きを手を上げて制する。

「……何が、あったの」

 私の問いかけに、彼は表情を変えずに答えた。

「王配殿下は謀反を企てておりました。私がいち早く気付いたので、こうして未然に防いだ次第です」

「……」

「激しく抵抗されたため無傷で捕えることができませんでした。申し訳ありません」

 再び寝台の血の海に目を向け、その無残な光景に吐き気がこみ上げてきた。
 謀反? そんな言葉、とても信じられない。信じられるわけがない。あんなに私を想ってくれて大事にしてくれていた夫が謀反を企んでいたなんて、そんな事あるわけがない。
 高ぶる感情を抑えきれずに、私は彼を問い詰めた。
 
「謀反ですって……? そんな馬鹿なことあるわけがないでしょう? 激しく抵抗されたから殺した? 武器も何も持たない相手を!? 素人相手に、衛士の貴方が手こずるわけが……!!」

「じゃあ、なんだと仰るんですか?」

 グレオニーが冷たい視線を自分に向けてくる。
 返り血を浴びたその顔は、別人かと見紛う程に恐ろしいものだった。

「陛下は、私が嫉妬に狂って貴女の大切な伴侶を刃で貫いたとでも仰るのですか?」

「……」

「貴女がどのように疑おうと、私は証言を覆すつもりはありません。どうされますか。私の言い分を信じて頂けますか。それとも王配の命を奪った大罪人として処刑の判断を下されますか?」

 側に控える衛士らの動揺が手に取るようにわかる。彼を捕えるべきか否か、私の判断を伺っていた。
 グレオニーの声は冷やかであったが、居直ったような様子にも見えなかった。
 本当なのだろうか。私の知らないところで、夫は謀反を企てていたのだろうか。グレオニーは嫉妬に駆られてこんなことをしたわけではなく、本当に任務を全うしただけのことなのだろうか。

「どんな判断にも抗うことなく従いますよ。……貴女の命令ならば」

 そう言って静かに近付いてきた彼を警戒して、衛士らが私の前に進み出る。少しだけ距離をあけて彼がその場に跪いた。頭を垂れたまま、私の返答をじっと待っている。血に塗れた衣服を纏って。血だらけの手を膝に置いて。
 
 どうしたら。どう判断したら。
 寝台で冷たくなっている夫にはもう何も聞くことはできない。この寝室に居たのは、夫とグレオニーの二人だけだ。
 何を信じたら。どちらを信じたら。
  
 控えている衛士らの視線が自分に突き刺さる。
 寝台の夫と跪くグレオニーを交互に見つめ、どうしてよいかわからず口を手で覆う。意図せずに涙がこぼれてきた。
 自分の嗚咽だけが寝室に響き渡る。血の匂いがどんどん寝室に充満していく。
 
 早くなんとかしないと。人が大勢集まってしまう前に、何らかの判断を下さないと。
 しかしそうして焦れば焦るほど、私は言葉を見い出せずに佇むことしかできなかった。
 
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