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嫉妬<偽言 前編>

2013.08.28 (Wed)
女レハト王様、グレオニー側付き護衛のその後の話。
<謀反>の設定をちょっと変えて書いてみました。
いつもの如く大変よろしくない結末です。ご注意を。

嫉妬<偽言:前編>


 うつろな目をした彼女が、予想通りの暗い表情で寝室から出てくる。扉を閉めると同時に溜息を吐き、自分が佇んでいるのに気づくと、明らかに無理をしているとわかるつくり笑いを浮かべた。

「もういいよ。謁見の間に戻る」

「……お側に付いてなくてもよろしいのですか」
 
「うん、一人で寝てたいって言うから。医士を呼ぼうとしたんだけど、必要ないってまた怒鳴られちゃった」

 語尾が僅かに震えた声になる。彼女は顔を背けながら自分の横をすり抜けたが、泣いているのは顔を見なくても容易に想像がついた。
 怒鳴り声は外で控えていた自分にも聞こえていた。伴侶の体調を気遣う彼女に、心無い罵声を浴びせる王配殿下。扉越しに聞こえてくるそれは何を言っているのかまではわからなかったが、自分の気持ちを暗澹とさせるのには十分なものであった。
 
「……ちょっと、うるさく構い過ぎちゃったかな。頭痛と少し胃が痛いだけだって言ってるから、心配いらないってわかってるんだけど。つい、ね」

「そんな……うるさいだなんて。陛下は殿下のためを思って……」

「ああ、もうそんな顔しないで。あの人に怒鳴られるなんて慣れっこだから。私は大丈夫」

 寂しげな笑みをこちらに向けて彼女が言う。こんな時に、自分にまで気を遣わなくてもいいのに。伴侶に冷たい態度を取られた悲しみを自分にぶちまけてくれても構わないのに。虚勢を張って歩き続ける彼女の背中を見つめて、無理しなくていい、と後ろから抱き締めてしまいたい衝動に駆られた。

 頭痛や胃痛だなんてどうせ仮病に決まっている。その証拠に、出されている食事は毎日毎日全てきれいに平らげていると言うじゃないか。病人があんな部屋を揺るがすような怒鳴り声を出せるわけもないだろうに。
 いったい何が気に入らないのか、寝室に籠るのことの多い王配陛下は、こうやって様子を見に来る彼女をいつも邪険に扱うことが多かった。そして自分は出過ぎた真似をするわけにもいかずに、それをただ見守るしかできないでいた。愚痴を吐いてくれれば、弱音を吐いてくれれば慰めることもできるのに。そんな強がりを見せられてしまったら、自分は何と声をかけてよいかわからなくなる。

「側にいてほしいから」

 何故自分を護衛に指名したのか。理由を問うた時、成人前の彼女はそう答えた。
 あの時は思いもよらなかった返答に動揺してしまい、彼女の心細さからくる言葉なのだと自分の中で結論付けた。友人である彼女の力になりたい。側で少しでも支えになってやりたい。城を去るつもりでいた自分は彼女の言葉で考えを変え、それからは必死に慣れない護衛の任務をこなし続けた。

 一国の王である彼女には、継承と同時に山のような婚姻の申し込みが舞い込んできた。手紙の束を部屋に撒き散らし、困っちゃうよね、と無邪気な笑みを自分に向ける彼女。そしてその時、わずかな胸の痛みを感じたが自分はそれに気付かない振りをした。

 何を馬鹿な。王である彼女に、ただの衛士である自分が恋心を抱くなんて許される行為ではない。何度も何度も自分を叱咤するも、毎日彼女の背中を見続けてるうちに、もう自分の気持ちを誤魔化すことはできなくなっていた。
 ある貴族の男と彼女が婚約を交わしたと聞かされたのは、そんな自分の気持ちに気付いてしまったのと同じ頃だった。

 ずっとこの想いを胸に秘めて自分は彼女に仕え続けよう。彼女の幸せだけを考えて、自分に出来る限りのことをしてやろう。
 そう思いながら、彼女の後ろに控える日々を送っていた。

「陛下。失礼を承知で申し上げますが、殿下は……」

「もうちょっと様子を見てみる。それでも回復しないようなら、紐で縛って、引っ張ってでも医務室に連れて行くから」

「……」

「周りが何と言おうと、私だけはあの人を信じるって決めたの。もう何も言わないで」
 
 回復なんてするわけがない。ある程度のことは何をしても許されてしまう王配という立場を利用して、あの人はただ好き勝手に振舞っているだけだ。
 前を歩く彼女の首や肩が、以前より細くなった気がする。あのどうしようもない殿下をいつまで放っておくつもりなのか、と彼女が周りから攻撃の矢面に立たされていることも以前から耳にしていた。それでも彼女は健気に、伴侶である自分が盾にならなければ誰が彼を庇うのだ、という態度を崩さなかった。
 
 そんな彼女の気も知らないで、あの人は。
 以前、自分が見かけた光景を思い出し、握り締めた拳に力が入ってしまうのを止められなかった。
 

  ◇  ◇  ◇


「で? 婚約するって聞いて、お前はなんて答えたんだ?」

「なんてって……。普通に『ご結婚、おめでとうございます』って……」

「……」

 自分の返答にフェルツが深い深い溜息を吐く。言葉も無く、哀れんでいるような呆れているような表情を向けてきた。
 それを見て、こちらも思わず愚痴めいた言葉を放つ。 

「だって言えるわけないだろう? 俺みたいな平の衛士が、そんな恐れ多い」

「ほんとにお前って、昔っからそういうとこはちっとも成長してないのな」

「余計なお世話だ」

「自分が相応しくなるまで待っててくれ、とか。他の男と結婚なんてするな、とか。お前が何か言ったら陛下も考え直すかもとか思わなかったのか? 案外、向こうもそんな言葉を待ってたかもしれないじゃないか」

「まさか。ないない、絶対ない」

 彼女の婚約話を聞いて落ち込んでいる自分に、辛気臭い顔をしている暇があれば飲み行こう、と休暇の日にフェルツが声をかけてきた。城下町に美味い料理と酒を出すと評判の酒場があるから行ってみようと言うのだ。
 とてもじゃないが、そんな賑やかな場所で酒を飲むような気分じゃない。彼女にどんな言葉で城を去ると告げようか、護衛を辞める理由をどんな風にでっちあげようか。嘘をつくのが苦手なのだから、彼女が納得するような言い訳をじっくりと考えるために城で大人しくしている、という自分の腕を、フェルツは下手人を捕えるような勢いで引っ張り上げた。

 もうすぐ夜が更けるという時間帯。昼間は賑わいを見せる大通りも、今は人がまばらにぽつぽつと歩いているだけだった。
 店の場所を知っているフェルツの後について歩いていると、ふと彼が振り向いて問うてくる。

「で? 本当に辞めるのか?」

「……辞めるよ。もう決めた」

「いつもぐじぐじと悩んでるくせに、引き際だけはずいぶんと潔いことで」

「最初から、俺には過ぎたお役目だったってことさ。夢から覚めた気分だ。これからは、現実を見つめて堅実に……」

 そう口にした時、薄暗い路地に男女が連れ立って入って行くのが目に触れた。
 どこにでも居るような二人連れに、どうしてそんなに違和感を感じたのか。もう一度並んで歩く男女の背中に視線を向けて、ようやく気付いた。二人とも平民のような衣服を身に纏っているが、男の方は滲み出る高貴な雰囲気が隠し切れていない。またどこぞの貴族が隠れて火遊びでも楽しんでいるのだろう、と路地を通り過ぎようとした時に、男の横顔が一瞬だけ見えた。
 男は、陛下の婚約相手とそっくりな顔立ちをしていた。

「? どうした?」

「いや……なんでも、ない」

 急に立ち止まってしまった自分をフェルツが訝しむ。動揺を顔に出さないように、そんな返事をするのがやっとだった。
 見間違いでは決してない。帽子を深く被って口元しか見ることはできなかったが、自分も伊達に長く護衛という仕事を続けてきたわけじゃない。ひと目で人物を見分ける能力には長けているつもりだ。
 確かに彼女の婚約相手について、よくない噂があちこちで囁かれているのは自分も耳にしていた。でもさすがに王陛下との婚約が正式に決まったとなると、少しは大人しくなって行動を控えるようになるのでは、王配に相応しい振る舞いを心掛けるようになるのでは、と思っていたのだが。

 腸が煮えくり返るような、血が逆流するような感覚に陥る。
 いったいあの人は何を考えているのだ。下手な変装をして、それでいて周りに見せつけるように堂々と他の女と肩を組んで町を出歩くなんて。

「ごめん……やっぱり俺、帰るよ」

「え? もう、すぐそこだぞ?」

「悪い。埋め合わせはまた今度するから。俺のおごりで」

「ちょっと、待てってば。おい!!」

 咎めるフェルツを一人残して、城の方角へ急いで足を向けた。

 あの人は貴女に相応しくない。今ならまだ間に合う、結婚を止めるべきだ。
 すぐにでも彼女に伝えたかった。今、自分が見てしまった光景をぶちまけてしまいたかった。
 だが彼女の顔が脳裏に浮かび、逸る気持ちで進めていた歩が止まる。

「ちょっと軽薄そうな感じの人だけどね。でも、私が国を治めるためには彼の力が必要なのが現実。こればっかりは、どうしようもないから。ぽっと出の田舎者の私が、強力な後ろ盾を得るにはこれしか方法がないんだもの。噂? ああ、うん。いろいろとよくない話も一応は耳にしてるけど。でも中身なんてじっくりと付き合ってみないとわからないものでしょう? ……正直、愛する、のはちょっと難しいかもしれないけど。それでも、こっちも彼を利用してるっていう負い目がある分、私なりに一生懸命あの人を大事にしようと思ってる」

 国のために。民のために。
 それだけを思って決断した、と強い意思を持った表情で彼女は言った。
 以前から城に居た継承者を押し退けてまで王になったのだから、これくらいの犠牲は覚悟の上だと言ってのけた。 

 彼女は何もかも承知で、この婚約を決めたのだ。
 自分が何か言ったところで、そんな彼女を悲しませてしまう結果にしかならないじゃないか。婚約者の代わりをつとめることができるわけでもないのに。王となった彼女に、ほんのわずかな力しか貸せないような未熟者だというのに。

 今の自分がすべきことは、こんな風に鼻息荒くして彼女の結婚を止めることじゃない。
 全てを投げ打って国を治める決断をした彼女を、この国に君臨する者に相応しくあろうと努力し続ける彼女を陰で支える。
 それが彼女を想う自分にできることだ。
 
 護衛を辞めるつもりでいた考えを改めるのに、そう時間はかからなかった。
 

  ◇  ◇  ◇


 自分の嫌な予感は当たり、彼女と婚姻を結んでからも王配殿下は好き勝手な行動を取り続けた。
 最初の頃こそ彼女と寝室を共にしていたが、不調を理由にすぐ別に自室を用意させる始末。聞くところによると、夜な夜なこっそりと城を抜け出し、護衛を数人だけ引き連れて明るくなるまで城下町のどこかで遊び呆けているらしい。
 時折、殿下から漂ってくる下品な香り。彼女がいつも使っている香油とは似ても似つかない、顔をしかめたくなるような安っぽい匂い。洗濯を担当している者が、殿下の服にたびたびついている化粧が取れないと愚痴をこぼしていた。誰もがはっきりと口にするのを憚ってはいたが、殿下が城の外で何をしているのか皆が同じ光景を思い浮かべていたことだろう。

 突然、前を歩く彼女の肩が奇妙な動きを見せた。
 咄嗟に手を伸ばし、よろける彼女を抱きとめる。腕の中にすっぽりと収まる彼女の華奢な体にますます心が痛んだ。
 こんな小さな体で。支えになるべき伴侶の助けも得られずに、彼女はたった一人で戦い続けている。
 思わず彼女を抱く腕に力が入るが、すぐに彼女は逃げるようにして自分の体から離れた。

「ご、ごめん。ちょっと躓いちゃった」

「……医務室に行きましょう。お顔の色が……」

「そんなんじゃないってば」

「陛下」

「やらなきゃいけないことが山積みなの。……本当に大丈夫だから」

 彼女の顔色の悪さは、日々の激務のせいだけなんかでは決してない。
 このままではいつか彼女が壊れてしまう。彼女を支えるためにこうして城に残ったと言うのに、何もできていない自分の不甲斐なさに抑えがたい怒りが込み上げてくる。
 差し出した手をやんわりと撥ね退けられ、再び彼女がふらついた足取りで歩み始めた。ぐずぐずしている暇は無い、一刻も早く行動に移さないと、と不自然に揺れるその背中を見て自分は決意を固めた。

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