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嫉妬<血縁 前編>

2013.09.12 (Thu)
女レハト上級貴族、グレオニー側付き護衛のその後のお話。
死にネタ注意

嫉妬<血縁:前編>


「フェルツおじさん」

「だから違うってば。何度言ったらわかる? フェルツ、さん。ほら、言ってみな」

「おじさん」

「……」

 小さな口から発せられる言葉に、いちいちフェルツが反応して眉をひそめる。先ほどから繰り返されているこの光景を、俺は苦笑しながら口を挟まずに眺めていた。
 フェルツが溜息をついて目の前の小さな頭に手を乗せ、髪をわしゃわしゃと乱暴に撫で回す。乱れた前髪から、ぼんやりと光る徴が露わになった。

「ほんっと、もの覚えの悪い奴だなあ。徴持ちが利口だってのはきっと個人差があるんだな。それとも親の教育が悪いのか?」

「おじさん、お土産は? ないの?」

「ないよ、そんなもん」

「えー。ひどーい。けちー。ハイラは持ってきてくれたよ? おいしくって甘くって、舌がとろけそうなお菓子」

「はいはい、すみませんね。ハイラみたく気が利かなくて。あんな軽薄な奴に騙されるんじゃないよ。あいつは誰にでも甘い顔して、そのうちすぐに飽きてぽいっと……」

「ぽいっと? どうするの?」

「おい変なこと教えるなよ。ほら、もう寝なさい。いつもならとっくに寝てる時間だろ?」

 このまま放っておいたら、いつまでも喋り続けて徹夜してしまいそうな勢いだ。寝室へと追いやろうと背中を押すが、手足を思い切り踏ん張ってこの場に留まろうと必死の抵抗を示してくる。仕方なく小さな体を抱き上げると、まだ眠くない、と暴れ始める始末。寝台に寝かせても掛け布を蹴飛ばしてなかなか眠ろうとせず、フェルツは今日泊まっていくから、と言い聞かせると、やっとのことでお気に入りのぬいぐるみを抱き締めて目を閉じてくれた。
 
「口が達者なところがレハト様そっくりだ」
 
 寝室から戻った自分を待ち構えていたフェルツが、笑みを浮かべてそう口にする。

「そうかも。彼女に似た仕草がたまに出てきて、心臓が止まりそうになるよ」

 空になった杯に、フェルツが酒を注ぐ。血のような真っ赤な果実酒。その色から嫌なことを連想してしまいそうになり、慌てて思考を止めて椅子に腰かけた。
 自分の一瞬の表情の変化を見逃さなかったのだろう。フェルツが真剣な顔をして問うてくる。
 
「本当にいいのか?」

「もう決めたから。いつまでもこんな生活を続けるわけにはいかないし。……城まではついて行くよ。どんなお咎めを受けるかわからないけど」

「さすがに殺されたりはしないだろ。大事な寵愛者様に病気ひとつ、怪我ひとつ負わせずに保護し続けてたんだから」

「……」

「お前が罪に問われるなら俺もハイラも同罪だ。ま、なんとかなるよ。陛下はそこまで頭が固いお方じゃない」

 そんな風に友人が元気づけてくれても、自分の心はちっとも晴れることはなかった。
 明日、事実を話したらあの子はどれだけ衝撃を受けてしまうだろう。自分と離れ離れになることを、どう言えば納得してくれるだろうか。何日も、何年も、どう告げるべきか考え続けていた。でもいくら頭を悩ませても答えなんて出やしない。

「お前も早く寝ろよ。一緒の部屋で寝れるのなんて、今日で最後になるかもしれないんだから」

「うん。あ、寝床の用意がまだ……」

「こっちは適当に場所を見つけて休ませてもらうから。俺のことは気にするな」

 フェルツが早く行け、と片手をひらひらと振る。
 礼を言う代わりに笑顔を返し、寝室の扉に手を掛けた。


  ◇  ◇  ◇


 彼女が成人を迎えるまで、本当にそんな気持ちは微塵もなかった。良い友人を得たと思って、いつでも頼っていいぞ、なんて今思い返せば赤面したくなるような言葉すらかけていた。末っ子の自分にはわからない感覚だったが、弟ができたらこんな感じだろうか、と思っていた。
 だが、女性を選択して、皆がこっそりと振り向くほどに美しく成長した彼女を見守っているうちに、少しずつ意識し始めている自分に気付いてしまった。身分違い、という言葉がかろうじて自分を留まらせてはいたのだが。
 普段の言動から、彼女が自分を信頼してくれているのがひしひしと伝わってきた。もしかして、と身の程知らずな誤解をしてしまったことだってあった。だがやがて、ある貴族との婚姻が決まったと彼女自身の口から聞かされ、やはり自分の自惚れだったんだ、と恥ずかしさと胸の痛さでいたたまれなくなり、不自然な笑顔に見えないよう彼女に別れを告げるのがやっとだった。
 
「寂しくなりますね。……レハト様はすぐ無理をなさるから、少し心配です。今だって、準備に追われて疲れが溜まってらっしゃるんじゃないですか?」
 
「相変わらず心配性だなあ、グレオニーは」

 中庭の緑に囲まれて彼女が笑顔でこちらを振り向く。その表情に一瞬だけ胸が高鳴ったが、必死に平静さを装った。
 未練たらしいにも程がある。彼女はもう、他の人のものだというのに。

「グレオニーはこれからどうするの? このまま城に残るの?」

「実は……俺もここを辞めて、城の外で生活しようと思ってます」

 自分の言葉に彼女が目を丸くする。まるで予想もしなかった答えだったようだ。

「……実は待ってる人が城の外にいた、とか? やだなあ。隠してたの? そんなそぶり全然……」

「ち、違います! そうじゃなくて……。本当に俺って、剣術しか取り柄のない世間知らずですから。一人で生活してみて、ちょっと世間の荒波に揉まれてみようかと……」

「うちで護衛に雇ってもいいんだよ? あの人も反対しないだろうし」

 彼女の伴侶となる者が、人格者という言葉に最も相応しい、と噂される人物だとは以前から耳にしていた。彼女の護衛を続けることも快く受け入れてもらえるだろう。だが、例え彼女の願いと言えども、請われるままに付いて行くつもりなんてさらさらなかった。そこまで自虐的な行為を続ける気にはとてもなれない。
 無邪気な彼女の笑顔を見て、認めたくないどす黒い感情が胸を締め付ける。先に彼女と知り合ったのは自分なのに。ここで、心細い思いをしてきた彼女を陰で支えてきたのは自分なのに。
 身分を乗り越える勇気もなく、彼女を愛していると声を大にして言える勇気もないくせに、そんな勝手な思いばかりが頭を埋め尽くした。

「これからは、むやみに剣を振り回したりしちゃ駄目ですよ。もう、奥様になるんですから」

「奥様、ねえ。なんか慣れないな。ぴんとこないし」

「すぐに慣れますよ。ここでの生活もすぐに慣れた貴女でしょう?」

 ふと彼女の顔から笑みが消え、まっすぐに自分を見つめてくる。
 再び、心臓が胸から飛び出しそうなくらいに激しく鼓動を打ち始めた。目を逸らしてしまいたい衝動に駆られたが、そんなことをすれば不審に思われてしまう、となんとか踏み止まる。

「ここでの生活が辛いと思わなかったのはグレオニーのおかげ。貴方に、会えたから」  

「……」

「貴方のおかげで、突然こんなところに連れてこられても卑屈にならずに済んだ。貴方みたいな良い友人が居てくれたから、私を支えて護ってくれたから、楽しく過ごすことができた。本当にありがとう」

 彼女が腕を伸ばして自分の手を握ってくる。その温もりを感じて、思わず力強く握り返してしまった。
 この手を離したくない。本当は離れたくなんかない。
 勢いにまかせて自分の想いを打ち明けてしまおうか。このまま腕を取って引き寄せて、強く抱き締めたら彼女はどんな反応をするのだろう。
 ……何を馬鹿な。そんなことをしても彼女を困らせてしまうだけだ。今そんな行動に出るくらいなら、どうしてもっと早くに想いを告げておかなかったんだ。他人に取られて惜しくなったのか? そんなの、まるで玩具を取られた子供みたいじゃないか。

 もう何もかも遅い。彼女は自分で幸せを掴んで、別の人との生活を育む決断をした。それを邪魔する権利なんて自分にはない。
 
 どうにか未練を絶ち切り、精一杯の笑顔を浮かべて彼女の手を離した。そろそろ戻ろうか、と彼女が再び歩を進めて自分に背中を向ける。この背中を見続けることができる時間はそう多くはないのだ、と胸が痛んだが、頭を振って考えないようにした。
 
 あんなことになるとわかっていれば。彼女の手を決して離したりしなかったのに。 
 自分の意気地の無さを後悔する日がやってくるなんて、その時は思いもしなかった。


  ◇  ◇  ◇


 彼女が城を去った後も故郷に戻る気にはなれず、縁も所縁も無いところで子供たちに剣術を教える職についた。城に居た実績があったから、生徒は思ったよりも結構集まってくる。先生、なんて呼ばれると恥ずかしくて照れ臭くなるけれど、日に日に上達していく生徒らを見ていると自然と顔がほころんでしまう自分が居た。
 だいぶ生活にも慣れてきて、

「先生、いつまでも独身はよくないよ。いい人紹介しようか?」 

なんて、声をかけられるほど村に馴染んだ頃。
 軽い捻挫を負って、村に一人しか居ない老齢の医師に手当てをしてもらっていた時だった。

「まったく、若いからっていつまでも無理できると思ったら大間違いだぞ。昼間のうちに診せていれば、こんなに酷いことにはならなかったものを」

「我慢してたつもりはなかったんですけど……」

「ほれ、痛み止め。飲んだ振りして袖口に流し込んだりするなよ。ちゃんとワシが良いと言うまで服用を続けて……」

 その時、訪問を告げる鈴も鳴らずに急に扉が開いた。老婆が一人、部屋の中に飛び込んでくると同時に床に倒れ込む。
 顔を見合わせてから、慌てて医師が老婆に駆け寄った。

「おいおい、どうなさった。……あんた、この村の人じゃないね。何があった?」

「お願いです……。どうか、どうか助けてください……!!」

「落ち着きなさい。見た感じ怪我はしていないようだが……あんたじゃなくて、診て欲しい患者がいるのかい? どこだ? 連れてきてはいないのか?」

「その……悪いとは思ったんですが……そこの、篭り小屋に……」

「置いてきたのか。どれ、行ってあげるから、今道具を……」

「お願いします。急いで……奥様が……」

 そう言うなり、老婆は泣き崩れてしまった。
 自分の足は歩けないほどの痛みではない。なんとなく妙な胸騒ぎがしたため、役に立たない病人は邪魔なだけだ、と口にする医師を無視して篭り小屋に一緒について行った。

 暗い小屋の中で横たわる体がうっすらと見える。
 明かりを近づけてみると、ここに居るはずのない人物の姿に息が止まりそうになった。

「な……、れ、レハト様!?」

「知り合いか? ……おい、なんだいこりゃ。この方は……」

「何が、何があったんです!? どうしてこんなところに……!!」

 側に居た老婆に詰め寄るも、気が動転しているのか相手の言葉はまったく要領を得ない。なんとか聞き取れるのは、奥様を助けてくれと言う医師に向けられた懇願の言葉のみ。
 医師が彼女の手を取って脈を測る。首筋に手を当て、閉じている瞼を開かせ、胸のあたりに耳を近づける。
 渋い顔をした医師は、ひと通りの診断を終えると声も無くただ首を横に振った。
 老婆の泣き叫ぶ声が小屋に響き渡る。突然の出来事に自分は涙すら出ず、崩れるようにその場にへたり込むことしかできなかった。その拍子に持っていた明かりが音を立てて床に転がり、闇が自分たちを容赦なく覆い尽くす。
 彼女の傍らにいた小さな赤子だけが、状況を飲み込めずに無邪気で朗らかな声を上げる。暗闇の中で、神に愛された徴が二つぼんやりと光り続けていた。
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