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嫉妬<血縁 後編>

2013.09.16 (Mon)
女レハト上級貴族、グレオニー側付き護衛のその後のお話。

嫉妬<血縁:後編>


 はい。最初の頃は、それはそれは仲睦まじいご夫婦だったのですよ。使用人の私らが赤面してしまうくらいに。旦那様も、奥様を大層大事にしていらっしゃって。
 でもいつからでしょう。旦那様が城に出向くたびに、機嫌が悪くなって帰ってくることが多くなりました。
 
「いやはや、本当に羨ましい。どうやって寵愛者様のお心を射止めたのか、今後の参考のためにも是非ご伝授して頂きたいものですなあ。ですがお気をつけくださいよ。寵愛者様に限って、まさか、とは思いますが。あれだけお美しいのですから、まだまだ諦めていない輩も多いことでしょうし」

「そうそう。結婚したからと言って油断はできませぬぞ。誰が狙っているかわかったものではない」

「こう言ってはなんですけど。ほら、あの側付きだった背の高い衛士。傍から見てても、あの仲の良さはちょっと……」

「寵愛者様が去ってしまわれてから、すぐに辞任しましたしねえ。ひょっとしたら……いやいや、はっは。これは戯言が過ぎましたな。失礼しました。どうぞ聞き流してください。なに、ほんの冗談ですよ」

 何度もそのような話を聞かされて、旦那様は次第に疑心を膨らませてしまったようでした。
 あんなに嫉妬深くて疑り深い旦那様は、今まで見たことがありません。私が長年仕えてきた方と同じ人物だとはとても思えないほどです。

 もしかして、今でもこっそり隠れて逢瀬を重ねているのではないか。
 身分違いで衛士と結ばれることは叶わないと悟り、それで仕方なく私と結婚したのではないか。
 お二人の寝室からは、そのような旦那様の怒鳴り声が何度も聞こえてきました。それでも奥様は必死に否定し続けて、信用を得ようと努力を重ねておいででした。ですが……その必死な様子ですら、旦那様には真実を隠すために取り繕っている態度に見えてしまったようで……。

 やがてお子がお産まれになっても、自分の子ではないのでは、ととんでもないことを旦那様は口になさいました。産みの繋がりが軽かったのも不運なことだったのでしょう。

 その子は、あの元衛士との間にできた子なのだろう? もう連絡を取っていない、居場所も知らないと言いながら、やはり隠れて会っていたのではないか?
 でなければ、私のあの症状の軽さはなんだったのだ。個人差? そんな言い逃れはもうたくさんだ。お前が私を裏切っていたことなど、とうの昔から気付いていた。気付いていたぞ。
 こんな恥さらしな事実を周りに知られるわけにはいかない。この子を世に出すわけにはいかない。
 そうだ。自分と血の繋がらない寵愛者なぞいらない。並み居る競争相手を撥ね退けて、やっとのことでお前を妻にしたと言うのに。私の血を引く子が王になることを夢見ていたのに。
 こんなはずではなかった。こんな仕打ちを受けるとは思ってもみなかった。
 いいか、屋敷の者にもきつく言い聞かせておく。お前は子など産まなかった。新たな寵愛者など産まれなかった。子は産まれてすぐに山へと旅立った。わかったか?

 赤子を取り上げた旦那様と奥様が、軽く取っ組み合いになってしまいまして。私もお止めしようとしましたが、お二人とも、頭に血が上って私の言葉などまったく聞こえていないご様子でした。そして旦那様が奥様を払いのけたはずみで……奥様が壁に頭を……。
 それでも奥様はなんとかお子を奪い返して、そのまま別室に閉じ籠ってしまわれました。心配でしたので部屋の外で奥様の様子を伺っていたのですが。夜も更けたころでしょうか、赤子を抱いた奥様が、部屋から出るなりそのまま屋敷を飛び出してしまったのです。
 
 もちろん慌てて後を追い駆けました。なにしろ着の身着のままの状態でしたから。
 何度も何度も屋敷に戻るように、せめて当ても無く彷徨うくらいならば城に向かうように説得を続けました。ですが奥様は歩みを止めようとしませんでした。

 城に保護を求めることなんてできない。あそこは何を考えているのかわからない人だらけだ。
 そもそも、こんな事態になってしまったのは心無い城の人たちが原因ではないか。
 子を守れるのは自分しかいない。誰の助けも借りずに自分が育てる。自分の母がそうだったように、父親などいなくても一人で育ててみせる。

 私の方など見向きもせずに、奥様はそう仰いました。
 奥様も旦那様同様、人を信じることができなくなってしまっていたのでしょう。悲しいことですが、あんな酷い生活を続けていたら無理もなかったのかもしれません。
 
 どうしてよいかわからず、ただ奥様の後をついて歩きました。そのうちに、だんだんと奥様の様子がおかしいことに気付いたのです。
 頭痛が酷いようで、しょっちゅう顔をしかめておいででした。足取りもふらついておられて、倒れそうになるところを何度手を差し伸べたかわかりません。そのうちに歩くことすら困難になって、無断で悪いとは思いましたが、この村の篭り小屋に奥様を休ませました。

 ……でも、私が先生をお呼びしている間に、まさか亡くなってしまうなんて。
 こんなことなら、無理やり引きずってでもお城へお連れするべきだった。本当に……何の助けにもなれなかったことが悔やまれます……。


  ◇  ◇  ◇


 老婆の話を聞き終えて目の前が真っ暗になる。
 自分のせいで。自分が、周りに誤解されるような振る舞いをしてしまったばっかりに。
 そんなつもりはなかったのに。てっきり幸せに暮らしていると思っていたのに。

「頭をひどくぶつけて、安静にしていなかったのが悪かったんだろう。一見何でもないように見えて、中で出血し続けていたに違いない」

 疲弊していた老婆を赤子と共に寝台に寝かしつけてから、医師はそう口にした。溜息を吐いて、面倒なことになった、とでも言いたげな顔で続けて呟く。

「さて、と。城に報告せんとな。やれやれ。文鳥屋のオヤジを叩き起こしてくるか」

「待ってください」

 部屋を出て行こうとした医師の腕を咄嗟に掴んだ。
 その時の自分の顔で、何を考えているか相手もすぐに察したのだろう。医師が途端に顔を曇らせて、低い声で諌める言葉を口にする。

「馬鹿なこと考えるなよ。寵愛者様を匿い続けるなんて正気の沙汰じゃない」 

「先生が秘密を守ってくださればいい話です」

「おいおい。ワシを巻きこむ気か? 冗談じゃないぞ。老い先短いこの老体を……」

「城だって安全とは言い切れません。相手は正気じゃないんです。想像もしない手段を使ってくるかもしれない」

「考え過ぎだ。城の警備が厳重なのは、お前さんがいちばんよくわかっているだろう。寵愛者の身の安全についてあんたが頭を悩ませる必要はない。それは玉座にふんぞり返ってる王様や、城のお偉いさんがたが考えることだ」

「でも……!!」

 自分の手で、あの子を護りたい。それが本音だった。医師に反論した言葉なんて、ただの言い訳でしかない。
 大事な寵愛者を匿い続ける大罪人になろうとも、少しでも長く、側であの子を護りたかった。そうすることでしか彼女に償う術を見い出せなかったから。

 それから一晩かけて医師を説得し、とりあえずはしばらくこのまま様子を見るということで、なんとか城への報告は引き伸ばしてもらえた。いずれは必ず城に連れて行くという口約束を交わして。
 翌朝、老婆は長年勤めた屋敷に戻らずに自分の故郷へと去って行った。
 決して悪いようにはしないから、と医師と二人で昨夜の話し合いの内容を告げると、何度も頭を下げて礼を言われた。いざとなれば自分が寵愛者様を城に連れて行かねば、と老婆は思っていたようだが、城に出向いたことで主に見つかったらどんな恐ろしいお咎めを受けてしまうか、と躊躇していたと。

 それから、慣れない子育てに奮闘する日々が続いた。
 急に現れた赤子に村の人々は驚いていたけれど、事情があるからそっとしておいてやれ、という医師の言葉ひとつで、

「何らかの事情で離れて暮らしていた恋人に、不幸にも先立たれてしまった」

という悲恋話が勝手につくりだされてしまったようだ。皆が以前と同じように優しく接してくれた。
 彼女の遺体は、医師と一緒にひっそりと埋葬した。彼女の伴侶はきっと死に物狂いで行方を探し続けていることだろう。いつ見つかってしまうか。それよりも、この子の額の徴がなんらかの拍子に誰かに見られてしまうのではないか。
 心が休まる時などひと時も無かった。亡くなったという彼女の母親もこんな気持ちを長年抱えていたのだろうか。

 子は病気ひとつせずすくすくと成長し、何事もなく数年経った頃、ずっと言動がおかしかった彼女の伴侶が病気で亡くなったという噂を聞いた。
 この子をここに、自分の側に留めておく理由がなくなってしまった。なかなか城に連れて行く気配を見せない自分を黙って見守っていた医師も、さすがに何か言いたそうなそぶりをしきりに見せ始める。
 
 もう潮時だ。近い将来、この国を治める立場になるこの子を、いつまでもこんな小さな村に置いておくわけにはいかない。
 わかっていて、ずるずるとその時を引き伸ばしていた。情が移る前に早く城へ、とだいぶ昔に言われた医師の言葉が胸に突き刺さる。情なんてもうとっくに移っている。本当に、実の子のように何年も育ててきたのだから当たり前だ。
 
 事情を知っているフェルツに文鳥を飛ばし、城に連れて行くので迎えにきてくれ、と綴った手紙を送った。自分一人では途中で決心が鈍ってしまいそうだったから。
 篭りまであと数年しかない。少しでも早く、何もかも整っている環境にこの子を置いてやらないと。

 隣で眠る小さな頭を撫でてやる。あの時、篭り小屋で見たときと同じように、額の徴が暗闇でぼんやりと光っていた。


  ◇  ◇  ◇


 小さな頭でも理解できるよう、わかりやすい言葉を選び、優しく諭すように長年隠していた事実を打ち明けた。子の目をまっすぐに見つめて。どうしようもないことなのだ、と自分にも言い聞かせて。
 フェルツが鹿車を手配してくれて、御者と共に外で待っていた。急かしたりしないから、いくらでも時間をかけろ、と気を遣って二人きりにしてくれたのだ。
 全てを話し終え、暴れて泣き喚くか、それとも部屋に閉じこもってしまうのではないか、と返ってくる反応をじっと見守っていたが、子はこちらが驚いてしまうほど抵抗も反抗もせずに、黙ってその体を鹿車に滑り込ませた。拍子抜けしたフェルツが、口を開けて間抜けな顔をしたほどだ。

 そして城にもうすぐ着くと言う頃。その不満は爆発した。

「どうしてお父さんは一緒に居てくれないの? どうして一緒に城に残ってくれないの?」

「……お父さんはもう、城で働くことをやめた人間だから。一緒には居れないんだ」

 自分にしがみ付いて離れない小さな体。ぬくもりに、心がぐらつきそうになる。まだ自分を父と呼ぶその幼い声に胸が痛んだ。
 落ち着かせようと頭を撫でてやるが、黙って引き下がるものか、と言わんばかりに子が続けて反抗を示す。

「じゃあ、また雇ってもらえばいいでしょう? 私から王様に頼んでみるから」

「駄目だ」

「お父さんはお母さんの護衛だったんだから、じゃあ今度は私の護衛をしてよ。ね? ね? それならいいでしょ?」

 大人しく黙っていたと思ったら、そんなことを考えていたのか。
 小さいなりに、何か最善の方法はないかとずっと考えを巡らせていたのだろう。自分も考えたことがなかったわけではない。いつまでもこの子の側で護ってやりたい。離れたくなんかない。
 でも自分が寵愛者に関わってしまったが故に、こんな事態を招いてしまったのも事実だ。彼女を、この子を不幸へと導く原因を自分がつくってしまった。

 もう自分は関わるべきじゃない。同じ過ちを繰り返してはいけない。それ以前に、寵愛者を隠し続けてきた自分が護衛を務めるなんて許可が下りるわけがない。

「……駄目だ」

 子の顔が、急に睨みつけるような表情に変わった。今まで見せたことのない顔に驚いて言葉が出ずにいると、低い呟きが聞こえてくる。

「……お父さんは私が嫌いなんだ。血が繋がってないから」

「おい、本気で怒るぞ。馬鹿なこと言うな」

「お父さんが好きなのはお母さんだけなんだ!! 私のこと好きじゃないから、だから一緒に居てくれないんだ!!」

 気付いた時には、目の前の小さな頬を叩いていた。隣で口を挟まずに黙っていたフェルツも、さすがに咎めるような声を漏らす。
 布を切り裂くような泣き声が車の中に響き渡った。思わず手を上げてしまった罪悪感に苛まれ、手がつけられないくらいに暴れる子をどう扱ってよいのか冷静な判断ができなくなる。泣き声に驚いた御者が車を止めたが、大丈夫だ、となんとか声をかけ、振動と共に再び車が動き出した。

「お父さんが居ないなら城なんか行かない!! 王様になんかならない!! 村に帰る!!」

「おい、落ち着けって。ほらグレオニー。お前もぼーっとしてないで……」

「やだ!! さわんないで!! フェルツきらい!! お父さんもきらい!! 大っきらい!!」

「……」

「お父さんのばか!! ばかばか!! ばかーっ!! ばかばかーっ!!」

 
  ◇  ◇  ◇


「……しっかし、とんでもなく凶暴な子だね。俺の従兄にもおんなじようなのがいたけど、あれはそれ以上だよ。あんた、いったいどんな育て方したの?」

「申し訳ありません」

「王の顔を蹴飛ばすなんて、本来なら牢屋行きだよ? まあ俺は心が広いから、小さい子供相手にそんなことしないけど」

「……申し訳、ありません」

 王が赤く腫らした頬をしきりに擦って愚痴をこぼす。自分はずっとこの小部屋で待機するよう言い渡されていたので、二人の対面の場を見ることは叶わなかったが、ずっと頭に思い浮かんでいた嫌な予感がどうやら的中してしまったようだ。
 謝罪を口にして項垂れ、頭を上げることができなくなってしまった。普段はあんなんじゃないんです、と言いたくなる。でも信じてもらえるとは到底思えない。

「額の徴がなくっても、ありゃ間違いなくレハトの子だね。元気一杯で物怖じしなくって気が強くって、そういうとこがほんっとそっくり」

「……」

「そんな風に、ずーんと陰気な雰囲気放ちまくって申し訳ないと思ってんならさ。あの子の言うように、また護衛として城で働いてよ。今住んでる村だって、あんたが居なくたって別に困らないでしょ?」

 王はまるで、そこのお菓子ちょっと取ってよ、と言うような気軽さでそんなことを口にした。
 そのとんでもない発案に、ずっと膝を見つめていた頭を思わず上げる。

「大変有り難いお話ですが……それは……。自分はもう、ここを去った人間ですし……」

「じゃあ、誰があの暴れん坊を押さえ付けれるって言うのさ。学ばせなきゃいけないことが聖山の如く山積みで、睡眠削って今からいろいろ詰め込んでも時間が足りないくらいなのに。あんな様子だと机に縛り付けるだけで一日終わっちゃうよ」

「……」

「はい、もう決まりー。衛士長に言っとくから。あんたも今日からすぐに、ってわけにいかないだろうから、村でやることやったら急いで城に来てね。じゃないとあの子、いきなりここを飛び出してどっか行っちゃいそうだし」

「なっ……ちょっと、待ってください。陛下!!」

 部屋を去ろうとした王に慌てて声をかける。
 立ち上がった自分に対して、いかにも面倒だという態度で王が腕を組んで低い声を発した。

「長年、寵愛者を隠し続けた罪をそれで帳消しにしてやるって言ってんの。しばらくは陰口叩かれたりして居心地悪いかもしれないけど、それくらいは覚悟してね。自業自得ってことで」

「……」

「わかった? 返事は?」

「……」

「ま、返事しなくても、もう俺が決めたから決まりなんだけどね。はい、もうこの話はお終い。いろいろ書いてもらう書類とかあるけど、あとは衛士長に任せるから。じゃね」

「ちょっ……陛下……っ!!」

 自分の声を無視して、王が部屋を後にする。
 一人取り残され、複雑な心境に頭を抱えるが、やがてじわじわと安堵と歓喜の気持ちが勝ってきた。
 もう関わるべきじゃないと決断したはずなのに。許しを得られたと思ったらすぐこれだ。本当に意志が弱いところは昔からちっとも成長していない。
 
 誰もいない扉に向かって無言で一礼する。しばらくして、部屋の外から忙しないばたばたとした足音が聞こえてきた。次の瞬間、ひやりとするような破壊音が響き、それでも豪快な足音は止まることなくこちらに近づいてくる。
 よそ見しながら走るなといったい何度言えばわかるのやら。
 まあ転んで泣きべそかかないだけ、いつもよりましかな。

 苦笑してそんなことを考えながら、俺は扉の前で部屋への訪問者を待ち続けた。
 
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