スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

主従 <5>

2013.02.27 (Wed)
女レハト王様、グレオニー側付き護衛、テエロの その後のお話です。
レハトさん、喋りまくります。

主従 <5>


 中庭に簡素な舞台が設置された。巷で評判の旅一座を城に招くことになったためだ。
 普段、遠出するのが難しい侍従らは喜んで中庭へと足を運び、その他にも貴族、そのお付きの者、それらを警護する衛士らなど、次々と人が集まってきた。もちろん王が観覧するための貴賓席も用意され、自分もいつものようにその背後に控えていた。そして劇の前に、王が式辞を述べているのに耳を傾けていた時のことだ。

「……ことを嬉しく思います。今日は皆の者、存分に……」

 そのまま言葉が続けられることはなく、彼女はぼんやりと立ち竦んだままだった。
 周りが不審に思いざわつき始める。侍従が大急ぎで駆け寄り、それからやっと彼女は我に返った様子で慌ただしく挨拶は締め括られた。その後、すぐに場を取り繕うように、一座による芝居が早々に始められた。

 友人が言っていたとおり、確かに最近の彼女はおかしかった。目の焦点が合っていないというか、呆けている事が多くなった気がする。そうかと思えば急に激昂して大声を出したりする時もあった。体調が悪そうな様子でもないので、激務のせいで情緒不安定なのでは、と皆は噂していた。

 今、彼女は自分の目の前で大人しく座って芝居に見入っている。
 背後から見た限りでは先ほどのような様子は見受けられなかったが、表情までは見えないためはっきりとはわからない。
 舞台では喜劇が続けられていた。役者の動きに合わせて周りから笑いが起こる。
 そんな中、彼女は……身動き一つしなかった。
 芝居を見ていないのだろうか。安全のため、確かにこの貴賓席は真正面にこそ位置しているが、舞台からは遠く離れている。しかし芝居が見えないほどではない。現に周りに居る自分以外の側付き衛士の中にも、思わず顔が緩んでしまっている者もいた。

 そんな風に思い悩んでいる自分をよそに物語は観衆を沸かせながら進行し、滑稽な役回りを演じている役者が高々と声を上げる。

「おお、あれこそが伝説の果実に違いない!! よし、私の自慢の腕で射止めてみせようぞ!!」

 役者が弓を高く掲げ、さらに観衆が沸いた。
 そしてそのまま男は矢をつがえて弓を構え、舞台の端に置かれている造り物の木に狙いを定める……はずだった。
 弓は真正面へと向けられ、間髪を容れず矢が放たれる。
 何が起ころうとしているのか理解する前に咄嗟に体が動いた。
 手を伸ばし彼女の腕を強く引く。舞台に背を向けて彼女の上に覆い被さった。すぐさま他の衛士も周りを固める。
 次の瞬間、悲鳴が辺りを飛び交い、中庭は大混乱となった。

「……お怪我は……」

「大丈夫……」

 自分の胸元にある彼女の顔は青ざめてはいたが、どこも負傷していないようだった。無事を確認して思わず安堵の息が漏れる。
 矢はどこに、と周りを見回したが見当外れのところにぽつんと落ちていた。どうやら腕は悪かったようだ。しかし構えた方向から考えて、彼女を狙った事は疑いようがなかった。
 衛士の一人が矢を慌てて回収する。明らかに芝居用の小道具とは言い難い代物だった。先端が鋭く研ぎ澄まされ、鈍くない光を帯びているのがここからでも見て取れる。

「すぐに中に戻りましょう。医士に来てもらいますか?」

 侍従が駆けつけ、彼女を支えて立たせようとする。
 振り返ると、観客らを安全な所へ避難させるため衛士が誘導しているのが見えた。動転している者が多いからか、相変わらずあたりは阿鼻叫喚をきわめている。
 その喧噪を突き破り、舞台の方から怒鳴り声が聞こえてきた。例の男が舞台の真ん中で大勢の者に取り押さえられている。かなり抵抗しているようだ。怒声はその男の口から発せられていた。

「待って……」

 彼女が急に呟いた。
 連れて出ようとしていた侍従、衛士らの動きが止まる。

「彼は……何と言っているの」

 舞台の方に顔を向け、彼女は言った。
 こんな非常時に何を言い出すのかと侍従の目が開かれ、彼女の言葉を無視して退出を促した。

「陛下、早く中に……」

「聞きたいの。連れて来て」

「陛下、なりません!! 危険です!!」

「いいから。早く」

 皆の反対にも彼女はまったく耳を貸さず、その場を動こうとはしなかった。いくら宥めすかしても、てこでも動かないという態度を貫き通し続けた。
 思案に暮れた結果、下手人を厳重に拘束し、危険と判断したらすぐに連行するということで仕方なく彼女の要望に答える形になった。
 周囲からは見られないよう天幕から布を下げ、衛士らがずらりと取り囲む。何があってもすぐに対応できるよう、もちろん自分も彼女のすぐ後ろに控えていた。 
 衛士に押さえつけられた男を前にして、彼女は静かに問いかける。

「何か言いたいことがあるのでしょう?」

「……あんたのせいで、俺の生活は滅茶苦茶にされた」

 顔を腫らした男が呻くように呟いた。抵抗した際にかなり手酷くやられたのだろう。服もぼろぼろだった。
 男の言葉に反応して、すぐに衛士が声を張り上げる。

「訳のわからんことを申すな!!」

「いいの、言わせてあげて」

 彼女が手を挙げて衛士を制する。衛士は不満な顔を隠そうともせず、さらに力を込めて男の首元を押さえ付けた。低く地べたに這いつくばる男はそんな拘束にも怯まずに言葉を続ける。

「何が倹約政策だ……おかげで代々続いていたうちの店は潰れちまった!! あんた、何か俺に恨みでもあるのか!? 俺がいったい何をしたって言うんだ!!」

 彼女が王を継承した時、城で使われる費用の見直しを徹底的に行った。食事の内容や身に着ける衣服、調度品や装飾品、ありとあらゆる物が項目にのぼり、新調する際にもできるだけ出費を抑えるようにとの通達があった。
 それによって、城を得意先としていた店は大打撃を被ったと聞く。食べて行くのに困らないよう、規模を縮小して取引は続けられていたが、今まで城のお抱えとして左団扇で私腹を肥やし、技術も商売も向上しようなどとは思いもしなかったいくつかの店は、そのまま廃業に追い込まれたとも聞いていた。恐らくこの男はそのうちの一人なのだろう。

「こんなやりたくもない旅一座に身を置いて……。どれだけ惨めか、ふんぞり返ってるだけで贅沢できるあんたにはわかるまい。余分が出た金でいったい何を買った!? 宝石か!? 男か!?」

「貴様、いい加減にしないか!!」

「ああ、そうか。男は必要なかったな。次の継承者も未だ現れていないというのに、王はお気に入りの男を側にはべらせて、のほほんとしているのだものな」

 場に緊張が走った。明らかに自分のことを言われている。ここにいる誰もがわかっているはずだ。
 握りしめた手に力が入る。歯を食いしばって自分の感情を押し殺した。
 駄目だ。落ち着け。抑えろ。
 かろうじて平静を保つ。立っているのがやっとだった。
 もう辛抱できないと言わんばかりに侍従が彼女に近づく。

「陛下、もう行きましょう。聞くだけ時間の無駄です」

 彼女を連れ出そうと侍従が背中を押して促している。彼女も同意したのか、促されるままその場を後にしようと踵を返した。
 その彼女の背中に向けて、男が突然叫んだ。

「独身のはずの王が、どこぞの衛士そっくりのお子を身籠るのもそう遠くはないことだろうよ!!」

 男が言い終わると同時に血しぶきが飛び散った。口から奇妙な声を漏らしながら、男の体が地面へと沈む。
 握っている剣から血が滴り落ち、顔にかかった返り血が妙に生温かく感じた。
 動かなくなった男を見下ろし、血を拭い取らずに剣をそのまま鞘へと戻す。
 静寂に包まれていた天幕が、悲鳴、どよめき、怒号で包まれる。

「おま……っ、王の御前であるぞ!!」

「申し訳ありません。自制できませんでした」

「この馬鹿が!! これでは尋問も出来ぬではないか!!」

 混乱の中、彼女は早々に城の中へと連れ戻され、男の死体も運び出された。
 天幕の撤去が黙々と進められる。戻って大人しくしていろと衛士頭に叱り飛ばされ、一人で城へ足を向けた。

 重い足取りで廊下に辿り着き、ふと気がつく。そうだ、血を落とさねば。事情を知らない者が見たら不審に思われる。
 袖で顔を拭うと変色した血が袖にこびりついた。

「お前は感情がすぐ剣に出るから」

 友人の言葉が頭をよぎる。
 その通りだ。昔からちっとも成長していない。成長したつもりになっていたのは自分だけだった。

「はっ……」

 自嘲の笑みを浮かべて手で顔を覆う。歩く気力もなくなり、壁にもたれかかりながらずるずると腰を下ろした。
 体中が、血の匂いに包まれている気がした。


  ◇  ◇  ◇


 騒動の中、強引にあの場から引き離され、私は城の自室へと押し込められた。
 彼はそのまま謹慎処分の身となったらしい。その間、もちろん護衛から外れることになった。
 グレオニーの姿を見ない日が続く。今、どうしているのだろうか、どこにいるのだろうか。そんな想いを誰かに言えるはずもなく、私は悶々とした日々を過ごしていた。
 彼が背後に居ない違和感を感じながら、護衛を引き連れて医務室へと向かった。衛士らと同じように、私も普段から定期的に診察を受けるよう医士からきつく言い渡されていたためだ。

「長くかかりますから、皆さんはお引き取りください」
 
 そう言ってテエロは護衛を追い返す。服を脱いで椅子に座るよう指示された。この男に裸体をさらけ出すのはいつも不快だったが仕方がない。自分の代わりになる者はいないのだから、普段から病気など体の異変に注意しておく必要がある。

「先日の矢、衛士が持ってきましたが。やはり毒が塗ってありました」

「そう……」

 診察を受けながら私はぼんやりとテエロの声を聞いていた。
 城の中だけではなく、外にいる者にまであんな風に思われていた。自分が必死になって何かを成し遂げようとも、そんなものは彼との事を持ち出されて、全てが簡単に吹き飛んでしまうのだ。
 ……王が独身でいるということは、そんなにも罪なことなのだろうか。継承者が現れないのは私のせいではないのに。

「はい、もういいですよ」

 長々とあちこち調べられてやっと診察が終わる。私は服を身に付けた。

「顔色は少し悪いですが、どこも問題ありませんね。ご懐妊という訳でもないようですし」

「貴方までそんなたちの悪い冗談を言うの?」

「おや、褒めているんですよ。貴女がここまで意地を貫くとは、正直思っていなかった」

「……」

「そのうち周りの声に負けて、好きでもない男と止む無く婚姻を結ぶか。もしくは、好きな男にうつつを抜かして政務に支障をきたすかと思っていたんですがね。今のところ仕事はきっちりとこなしているようですし」

「貴方が背中から狙っていますからね。こっちも必死よ」

「ですが、お気をつけください。なかなか首を縦に振らない貴女には、もう無理にでも既成事実を作るしかないと馬鹿な事を企んでいる話も耳に入ってきています。寝室前の護衛など居ないと思っていたほうがよろしい。誰の息がかかっているかわかりません」
 
 本当にこの城にいると気の滅入る事ばかりだ。安らかに睡眠を取ることすら難しくなるというのか。グレオニーがいつ復帰できるのか私にはわからない。そうなると、もう誰も信用できないような気がした。

 ふと、目の前の冷淡な男を見つめる。
 昔から何を考えているのかさっぱりわからず苦手だったし、自分も決して好かれてはいないと感じていた。しかし彼は私情は別だと完全に割り切って仕事を確実にこなしていた。以前、刃を向けられた事もあったが、気のせいだろうか、昔よりは自分への接し方がいくらか柔らかくなってきたように感じる。彼の中で少しは認められた、という事なのだろうか。
 この男は本当に信用していいのかもしれない。そう、思った。

「短剣は常に枕元に用意しておくことですね。それでなくても、常に危険が付きまとうお立場なのですから。信頼できる者は一人でも多く側に置いたほうがいい。早めに彼を説得しておいたほうがいいと思いますが」

「……どういう意味?」

「まだお耳に入っていませんでしたか? 謹慎中の貴女の側付き衛士、辞任するつもりらしいですよ」

 耳を疑った。何も聞いていない。そんな報告は受けていない。
 彼がそんな事を考えているなんて、絶対に何かの間違いだと思った。

「貴女が知らないという事は、まだ届けは出していないんですかね。少し憔悴が酷いようなので医士を一人行かせたのですが、もう自分はこの城の者じゃなくなるので診察は必要ない、と断られたそうで」

「知らない……そんな事、聞いてない……」

「彼も頑固そうですからね。周りはきっと止めないでしょうし、貴女の説得も効くかどうか疑問に思うところですが」

「……て」

「はい?」

「私を彼に会わせて。貴方なら人目につかないように、私を上手く連れ出せるでしょう?」

 グレオニーに会って確かめないと。もし本当ならば、一刻も早く引き止めないと。
 私の頼みにテエロは少し顔を曇らせた。そんな事は自分の仕事の範疇ではないとでも言いたげだ。だが自分も簡単に引き下がるわけにはいかない。きっと周りは自分をグレオニーに会わせないだろう。謹慎中なのだから当たり前だ。ならば頼めるのはもうテエロしかいない。

「少し話をするだけよ。お願い、貴方にしか頼めないの」

「……」

「貴方も説得したほうがいいと言ったじゃないの。このままじゃ皆に妨害されて、説得する前に彼は城を去ってしまうわ」

 しばらくの沈黙の後、溜息をついてテエロは静かに呟いた。

「……では今夜。部屋の扉を叩いたら出てきてください。いいですか、これっきりにしてくださいよ。こんな夜這いの手助けのような仕事は二度とごめんです」

「ありがとう……」

 相変わらずの憎まれ口だが、やはり昔とは違う気がする。そんな事を考えながら、私は素直に感謝の意を述べた。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。