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報恩<1>

2013.10.18 (Fri)
とあるサブキャラの過去捏造話。
登場人物、リリアノ、タナッセ、レハトとくれば、誰の話かはすぐにわかるかと。
胸糞注意な、救いの無い結末になる予定です。いつもの如く死人も出ます。ご注意を。

報恩<1>


 早く。早く逃げなければ。
 どこへ? そんなのわからない。とにかく遠くへ。見つからないように、できるだけ遠くへ。
 自分の背丈とそれほど変わらない草をかき分け、道なき道を必死に逃げ続ける。草が頬に触れ、何か生温かいものが顔を伝った。でも拭っている暇なんてない。手も既に傷だらけで、靴もいつの間にか片方が無くなっていた。

 少し自分の足よりも大きめだった靴。
 この靴がちょうどよくなるように、早く大きくなろうね、と笑っていた母。
 その母はもう居ない。自分を逃がそうとしてくれた母は、もうどこにも居ない。

 指先に草の感触がなくなり急に視界が開ける。草原が途切れてしまって、訪れたことがない村の景色が目の前に広がっていた。何の変哲もないのどかな景色。自分が切羽詰まった状況に陥ってるにもかかわらず、他の人たちは普段と変わらないのんびりとした日常を送っているのだ、という冷たい現実を突き付けられた気がした。
 こんなところでぼやぼやしていたら、すぐに見つかってしまう。
 隠れないと。どこでもいいから、早く。
 
 手近の民家に走り寄る。裏手に回ると、自分より少し年上っぽい子供が薪割りをしていた。
 急に現れた薄汚い闖入者に驚き、目を丸くしてこちらを見ている。

「お、お願い。どこか……どこか隠れるところ……」 
 
 長時間走り続けていたせいで、うまく言葉が出ない。喉から変な音が漏れ出て、まるで自分の声ではないように聞こえた。こちらの意図がちゃんと伝わったかどうか。
 やがて子供は手にしていた斧を地面に置き、民家の壁際に置いてある木箱を指さした。何かを保存しておく箱なのだろうか。かなりの大きさで、確かにこれなら自分が入ってもまだ余裕がありそうな感じだ。
 蓋を開け、中に身を隠そうとしてから声をかける。

「おい、お前も隠れろ」

 隠れ場所を吐かれたら元も子もない。あいつは、あの婆は自分を探し出す手段を決して選ばない。小さな子供と言えども、居場所を白状するまで手加減なしに痛めつけるだろう。
 自分の母親がそうされたように。

 声をかけても動こうとしない子供に苛立ち、首根っこを掴んで引っ張った。相手は首を横に振って抵抗を続ける。
 時間が無いのに。もう、あいつはすぐそこまで来ている。説明のできない、気持ち悪い感覚が粘りつくように自分を包み込む。何か、とてつもなく不気味なものが、自分を追って近付いてきているのをひしひしと感じた。
 無理やり木箱に子を押し込め、自分もその中へ体を滑り込ませる。ありったけの凄みを利かせて、言葉を放った。

「いいか。何があっても絶対に声を出すなよ」

「……」

「わかったな。絶対だぞ」

 箱の中で息を殺していると、足音が近付いてきた。来たか、と冷や汗が背中を伝ったが、木箱の隙間から見えたのは予想していた人物とは違う姿だった。

「あら? どこに行ったの? ……あらあら。斧も置きっぱなしで……」

 どうやら子の母親のようだ。
 まずい。母親の姿を見たこいつが、ここから飛び出してしまうかも。
 隣の様子を窺おうとしたその時。もう一つの違う声が聞こえてきた。

「……あんたかい? うちの孫を隠したのは」

 ……あいつだ。今度こそあの婆が来た。
 声を聞いた途端に歯の根が合わなくなる。外に音が漏れてしまわないよう、両手で口元を押さえた。もちろん、そんなことでは震えは止まらず、親指を噛んで必死に恐怖と闘う。

「お孫さん……? なんのことでしょう?」

「隠してもあたしにはわかるんだよ。この近くにいるってことぐらい」

「ですから……」

「邪魔する奴は容赦しないよ」

 突然、目の前が真っ赤に染まる。血しぶきが木箱に飛び散ったのだと、しばらくしてからようやく気付いた。
 
「孫はどこだい?」

「……」

「手加減したから声は出るはずだ。もう一度聞くよ。孫をどこにやった?」

 母親の胸倉を掴み、老婆が再び問いかける。既に自分で立つ力もないのか、母親は人形のように手足を投げ出してぐったりとしていた。
 頼む。頼むから、声を出すなよ。悲鳴を上げたりするなよ。
 隣でも同じ光景を見ているであろう子供の口元を、力を込めて押さえつける。震えが、その口元から伝わってきた。でも、もしかしたら自分の手のほうが震えていたのかもしれない。
 思うように身動きも取れず、口を塞がれ続けていた限界がきたのか。とうとう、押さえていた子の口から、悲鳴のような声にならない息使いが漏れ出てしまった。
 途端に、老婆の視線がこちらに移る。

「やっぱり近くに居たね」

 すぐに蓋が開けられ、自分の体を引きずり出される。暴れて抵抗したが全くの無駄だった。
 老婆には似つかわしくない力強さで手首を掴まれ、乱暴に地面に投げ出される。痛みに顔をしかめて目を開けると、すぐ側に血の気のない顔が転がっていた。もう恐らく息絶えているのだろう。あの子の母親はこちらに助けを求めるような、驚いたような顔をして、ぴくりとも動かなかった。恐怖で再びかたく目を閉じる。手首の痛みなんてもう感じなかった。
 箱の中に居るもう一人の存在に気付き、老婆が低い声で呟く。

「おや。まだ何か居るね」

「……」

「見られたからには処分しておかないとね。運が悪かったと思って諦めな。まだ小さいのにすまないね」

 言葉とは裏腹に、涼しい顔をした老婆が掌を木箱へと向ける。しかし動きはそこで止まり、何かの気配を感じたように遠くに視線を移した。
 舌打ちが聞こえると同時に、急に腕を強く引かれる。わけがわからないまま、老婆と共にその場を後にした。

 自分を守ってくれた母親はもう居ない。自分ひとりで、この老婆から逃げ出すなんて不可能に近い。
 見たこともない奇怪な術を使う老婆。あれはいったい何なのだろう。自分の実の祖母だという話は本当なのだろうか。
 何故、祖母が母を殺さねばならないのか。
 何故、祖母はこんなにまでして自分を追い求めるのか。
 疑問はいくらでも頭に思い浮かぶ。でも何ひとつとして答えは得られず、小さい自分はただ引きずられて老婆について行くことしかできなかった。


  ◇  ◇  ◇


 どうしてその民家に足を向けたのかはわからない。何かを感じた。説明のできない何かを。
 背後から護衛の悲鳴のような声が聞こえてくる。

「勝手な行動を取られては困ります。陛下、聞いておられますか!?」

「何度申せばわかるのですか!! 城と違って、護衛の数も少ないのですよ!? 羽を伸ばしたいお気持ちもわかりますが……」

 護衛らが声を枯らすほど口うるさく言ってくるのも、自分の身の安全を思ってのものだと十分理解していた。
 それでも足を止めることはできなかった。正体不明の感覚を突き止めたい誘惑が勝った。いつもと違う環境が、自分らしくない行動を取らせていたのかもしれない。

 辿り着いた民家はしんと静まり返り、辺りに人の気配は無かった。
 ふと、異臭が鼻を刺激する。恐らく裏手の方からだ。
 追い駆けてきた護衛らに構わず、臭いの元へと足を向ける。

 目に飛び込んできたのは、予想だにしなかった光景だった。
 横たわっている女性。何らかの悪意が込められたのでは、と思うほどに撒き散らされた血の痕。
 民家の壁に、置いてある木箱にべっとりとそれが塗りたくられていた。

「……陛下っ!! いったいどうされたと言うのですか!! 何も仰らずに、勝手にどんどんお一人で……うわっ!? な、なんだ、これ……!?」

「すぐに村長に連絡を。この周辺の捜索も。これだけの状態にしておきながら、相手が返り血を浴びぬはずがない。怪しい者はすぐに捕らえよ」
 
「す、すぐに!! おい!! 医士を呼べ、怪我人だ!!」

 怪我人と護衛が叫んでいたが、もう女性の息の根は絶えてしまっているだろう。あの出血の量で生きているとはとても思えない。
 やがて、護衛らが木箱の中に隠れていた子供を見つけた。支えてあげなければ立っていられないほど、子は真っ青な顔をして体中を震わせている。

「えっ……? なっ……こ、子供……?」

「まさか……この子が、あの斧で……?」
 
「そんなはずがなかろう。子供にできる芸当とは思えぬ」

 大人にもできるとは思えぬがな、と頭の中で呟いた。では一体何が、と問われると説明もできないが。
 子は怯えた顔で、こちらを見つめていた。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。この惨状を目の当たりにして、泣き喚かないのはたいしたものだ。

「あれは、お主の母か?」

 自分の言葉に、子が無言で頷く。

「そうか……。父は?」

 子は、また無言で今度は首を横に振った。恐怖から言葉が出ないのだろうか。無理もない話だ。
 今の状態では、何を言っても子の胸にまでは届かないだろう。多くは語らないほうがよいと判断した。

「強く、生きるのだぞ」

 気の毒だとは思うが、この子供一人だけに情けをかけるわけにはいかない。同じような境遇の者は、国中に数えきれないほど居るのだ。今の自分にしてやれることは何ひとつとして無い。
 父だけでなく、母も失ったこの子はこれからどう生きていくのだろう。母親もさぞかし無念であっただろうに。成人していない我が子を一人置き去りにできず、もしかすると山へと向かわずに、この辺りを彷徨っているのかもしれない。

 城に置いてきてしまった幼い息子の顔が思い浮かんだ。大人の勝手な事情で父親を遠ざけてしまい、しかも、自分もこのように四六時中側に居てやることすらできないでいる。
 こんな状態でも、本当に母親と言えるのだろうか。
 今頃、自分を求めて息子もこの子のような顔をしているのでは、と想像して胸が痛んだ。

 護衛と侍従らに促されて、その場を後にする。一度だけ途中でちらりと振り返ると、子は真っ直ぐに自分を見つめていた。
 目に、涙はもう浮かんでいなかった。
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