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主従 <6>

2013.03.01 (Fri)
女レハト王様、グレオニー側付き護衛、テエロ……と、おやヴァイルも出てきてしまった。
その後のお話です。
レハトさん、喋りまくります。

主従 <6>


 夜も半ば更けた頃にテエロに案内されたのは、今まであまり足を踏み入れたことがない地下にある小部屋の前だった。
 辺りに人の気配はない。別に大罪を犯したという訳ではないので、見張りは不必要と判断されたのだろう。扉に仰々しい鍵がついている様子もなさそうだった。
 テエロが周りを確認してから静かに言う。

「ここで待っていますから。あまり長くならないようにして下さいよ」

 頷いてから、扉を軽く叩く。中から反応はなかったが、音を立てないよう用心して静かに扉を開けた。
 中は簡素な灯りと寝台が一つのみ。その寝台に腰かけている彼の姿が薄暗闇の中でぼんやりと見えた。彼は自分が何者か認識するのに少し時間がかかったようだ。やがて飛び上がるように立ち上がり、絶句して呆けたようにこちらを見つめていた。それに笑顔で答えて後ろ手で扉を閉める。

「レハ……陛下、な……どうして……」

「会いたかったから、会いに来たの」

「だ、駄目です。すぐにお戻りください。お一人でこんな夜中に……」

「少しぐらい大丈夫」

 固まっている彼を無理やり寝台に座らせる。自分もその隣に腰を下ろした。

「あまり食事を摂っていないと聞いたわ。駄目よ、ちゃんと食べなきゃ」

 彼の顔は少しやつれたように見え、思わず触れたくなって手を伸ばした。怯えたように彼が一瞬たじろぐが、手が払い除けられることはなかった。
 無精ひげが少し伸びていて、ざらついた感触。こんな彼の顔を見るのは初めてだ。いや、そもそもこんなに彼の顔を近くで見ることなんて今までなかった気がする。こんな風に肌で彼の体温を感じることができれば、それだけで自分は幸せなのに。どうして私はそれすらも許されない立場なのだろう。
 そんな事を考えていたら、ふいに彼の顔が歪み、手首を掴まれ手を下ろされた。
 現実に引き戻された気分になった。

「お聞きになったからここへ来たんですね」

 私から顔を背けて、彼は呟いた。
 やはり彼は辞めるつもりでいるのだ。震える声で私は問いかけた。

「……本気で辞めるつもりなの?」

「護衛が感情を抑えられずに剣を振るってしまったらお終いです。貴女を危険な目に遭わせかねない」

「激高した貴方が私に刃を向けるとでも?」

「そうですね。いずれそうなってもおかしくないかもしれません」

 ぞっとするような笑みを浮かべて、彼はそう言った。こんな顔の彼を見るのも初めてだった。

「嫉妬に駆られて、貴女を、側に居る相手の男を切り刻んでしまうかもしれない。そんな愚かなことをしでかす前に……自分を抑えきれなくなる前に、俺はここを出ます。皆が言うように、もっと早くこうするべきだった」

 少し、想像した。このまま周りの声に耐えきれずに誰かと婚姻を結ぶ私。そして彼が握る剣に貫かれる私。それはそれで、ある意味幸せなのかもしれない、と愚かな考えが浮かんだ。私の頭も相当壊れているようだ。
 口を開かない私に彼は言葉を続けてくる。

「やっぱり俺には過ぎたお役目だったんです。……片手が不自由な護衛なんて聞いた事がない」

「……」

「貴女を責めているわけじゃありません。むしろ、この腕は誇りだった。体を張って貴女を護れたという証だった。身分なんて関係ない、自分のような者でもお役に立てる。自信があったんです、始めは。でも……そんな想いだけでどうにかできるほど甘くはなかった。自分の生まれを超える事なんてできるはずもないのに、貴女の立場が悪くなるのも当たり前の事なのに、なんとかできると思っていた自分の幼稚さに……今更ながら気付いた。それだけの事です」

「……私が望む限り、側で護ってくれるのではなかったの?」

「粋がった馬鹿な衛士の戯言だったと、どうかお忘れ下さい。貴女には貴女にしかできない成すべき事が山ほどある。こんな衛士一人に時間を割いている暇はないはずです」

 自分を卑下する彼の言葉が心に痛かった。
 もう駄目なのか。彼の決心はそれほどまで固いのか。では今までの私たちはなんだったのか。こんなにも長い間共に過ごしてきたというのに、結局何の意味もない無駄な時間だったとでも言うのか。一人で眠る事に耐えてきた夜も、周りの中傷に耐えてきた日々も、こんな想いをするために過ごしてきたわけじゃない。
 なんで、なんでこんな事になってしまったのか。

「……もう行ってください。先ほども言ったでしょう、自分を抑えきれる自信がないんです。何をするかわかりません」

 そう言って彼は立ち上がり、私の腕を取って退出を促してきた。私はその手を乱暴に振り払い、彼を睨みつけながら激しい怒りをぶちまける。

「そんなに言うなら、今すぐ私を押し倒すぐらいの事してみせなさいよ」

「……何を……」

「そうよ。どうせ皆、勝手なことばかり噂しているんだから。今更何があったって誰も驚かないわよ。だいたい貴方はいつもそう。私の事なんかちっとも考えてくれていない。立場とか役目とかそればっかり、自分の事ばっかり。そんな態度に私がどれだけ傷ついたと思っているの!? 私がどれだけ寂しい思いをしてきたかわかっているの!? こんな事になるくらいなら、周りの目なんか気にしないでさっさと貴方を寝室に招いていればよかったんだわ!!」

 最後はもう涙声になっていた。視界がぼやけてはっきりしない。
 いきなり肩を掴まれ、強い力で後ろに倒される。普段自分が使っている寝台よりもはるかに固い感触に背中が痛んだ。彼に組敷かれ、右手首を拘束される。古い寝台が軋んだ音をたてた。

「じゃあ貴女は!! 周り全てを敵に回して、俺がこうしていれば満足だったと言うんですか!!」

 そう叫んだ彼は、巡幸前に寝室で激昂した時と同じ顔していた。
 あの時は遠ざけようとして怒鳴られた。今は引き止めようとして、こうして怒鳴られている。
 彼の怒りは自分がひどい暴言を吐いたせいだともちろん自覚していた。だが、もう正直どうでもよかった。このまま身を任せてしまっても後悔はない。どうせ彼は私の前から姿を消してしまうのだ。溢れる涙が横に伝うのを感じながら、そう考えていた。
 握られていた右手首の痛みが、急に軽くなる。閉じていた瞼を開けると、彼が体を起こして私に背中を向けているのが見えた。

「手荒な真似をして申し訳ありませんでした」

 私は起き上がることもできず、両手で顔を覆っていた。涙はいくらでもとめどなく出てくる。でも、もうこれからは、泣こうが喚こうが彼が私に手を差し伸べることはないのだ、と悟った。

「……こんな徴、なければよかった」

「でも、それがなければ貴女とは出会えませんでした」

 ……出会えた事まで後悔しているわけではないのか。彼の言葉に、少し心が救われる思いがした。
 涙を拭いながら身を起こし、彼の顔を見ずに扉に向かう。
 私がここにいる意味は、もうない。

「……お元気で」
 
 背中からそう声をかけられた。返事はせずに、私は静かに扉を開けて部屋を後にした。


  ◇  ◇  ◇


「医者先生はさー、どうして結婚しないの?」

 用事のついでに顔を見せにきた、とひょっこり医務室に現れた元継承者は、自分の記憶とはだいぶ違った姿かたちをしていた。伸びた髪を後ろで束ね、口から飛び出る声も低くなっている。始めは多少違和感を感じたものの、物怖じせずに砕けた口調で話しかけてくるところは昔とちっとも変わらない。
 彼は椅子の上であぐらをかきながら薬草を摘まんでひらひらと揺らし、世間話や近況を楽しそうに話していたのだが、急にそんなことを問うてきた。

「どうして、と言われましても……」

「確かにさ、見た目はちょっと怖いけど。そこがまた良いっていう人がいてもおかしくないと思うんだよね。腕も確かだし」

「他にやるべき事、成すべき事が山ほどありましたから」

「やるべき事をやりながらでも結婚はできるでしょ」

「私はそんなに器用ではありませんので」

「ふーん……」

 薬草に飽きたのか、今度は小さい薬瓶を手に取って弄んでいる。すぐにあちこちと興味が移るのは相変わらずだった。

「……そんな事を言い出すのは、陛下の事が気になっているからですか?」

「うーん、まあねー……。ほんと意地っ張りっていうか頑固っていうかくそ真面目だよね。昔から」

「まあ否定はしませんが。ここでやっていく為には、そのような面も少しは必要かと」

「それにしたって敵を作りすぎだよ。もっと手ぇ抜いて、ほどほどに上手くやればいいのに。どうせガミガミ言ってくる奴らに真っ向から挑んでるんでしょ? 目に浮かぶよ」

「だいぶ苦労なさっておいでのようですよ」

 しばらくそんな話を続けていたが、そろそろ戻らなきゃ、と億劫そうに彼が腰を上げた。
 持っていた薬瓶を棚に戻し、扉へと向かう相手の背中を見ながら、またしばらく姿を見る機会はないだろう、と思った。だが彼は急に振り返り、自分を見て躊躇いがちに口を開く。

「あのー……さ。城出る時も言ったけど。レハトの事、頼むね」

「……」

「あの人、味方少なそうだし。相手の衛士も鈍感で融通利かなさそうだし」

「私では、何の役にも……」

「俺の時に言ってたじゃん。体だけ治っても、心が伴わければそれは治ったとは言えないって。心が病んでいたら回復も遅れる。治すのは俺自身であって、自分は手助けしかできない。だから恥ずかしいと思わないで自分にはなんでもぶちまけろって。俺、散々先生に泣き事言ったよね」

「……それは、まだお小さかったからです。あれは大人でも耐えられない辛さだったと私は思います」

「この臭い、大っ嫌いだったなあ……」

 そう言って、彼は置いてあった一つの薬草をつまみ上げた。昔、彼が大怪我を負ったときに使っていた薬草だ。
 部屋いっぱいに充満するこの臭いに彼はたびたび顔をしかめていた。大人でさえ悲鳴を上げそうな痛みに耐えながら、弱音ひとつ吐かずに手当てを受ける小さい寵愛者を不憫に思い、確かにそんな事を言った覚えがある。

「やっぱり、話を聞いてくれる存在っていうのは大きいよ。おかげで俺も、こうして無事に立派な大人になれたことだし。……レハトもあんなんだから、先生も腹立つこと多いかもしれないけどさ」

「そんなことは」

「愚痴を聞くぐらいはできるでしょ? なるべく力になってあげて」

「……もちろん、そのつもりでおります」

 思ったよりも素直にその言葉が出てきた自分に驚く。彼が城を出る際、ここに顔を見せに来たときも似たような事を言われた、が口先だけでその場をやり過ごした記憶があった。

 昔は、この方をいつまでも側でお護りするのだ、という使命感に燃え、城を出ようと覚悟した事もあった。邪魔な物は即刻排除し、何を置いても最優先でこの方の盾にならなければ、と。
 だが長年こうして城で多忙な日々を過ごすうちに、だんだんとその想いが薄まって行くのを感じた。自分が決意した忠誠とはこの程度のものだったのか、と腹立たしく情けなく思う毎日だった。

 今、彼の姿を目の前にしても冷静を保てる自分に驚き、そして気付いた。知らず知らずのうちに、自分はあの不器用な王を主だと認め始めていたということに。
 きっと翁は暴走する自分に前から気付いていたに違いない。血気に逸って過ちを犯す前に、取り返しのつかないことをしでかす前に、自分を城に縛り付けて頭を冷やさせる必要があると判断したのだろう。今なら、それが理解できる。

「いいよなー、レハトは。こんな腕の良い医士独り占めでさ。俺もまた大怪我したら先生に来てもらおうかな」

「なっ……滅多な事を申してはいけません」

「冗談だよ。前科が何度もあるからね。もうあんな無茶な事はしないし、ちゃんと大人しく過ごしてる」

 無邪気に笑う彼の目線が、昔より自分に近いことに気付く。

「……背が、だいぶ高くなられた」

 感慨深げに、つい口に出してしまった。自分の言葉に彼は得意そうに答える。

「もうちょっと伸びそうかな。そのうち先生を追い越すかも」

 また顔を出すから、と言って彼は部屋を出て行った。私は穏やかな気持ちでそんな彼の背中を見送ったのだった。

  ◇  ◇  ◇


 人気の居ない地下の廊下で彼女を待っている間、そんな数年前の出来事を思い出していた。
 
 彼女の頼みを始めは断るつもりでいた。彼が辞任するつもりでいると聞いた時から自分は腹を立てていたのだ。
 あの衛士は護りたい者を護れる距離に身を置きながら、自らそれを放棄するなどと、なんと贅沢で馬鹿げた事を抜かしているのかと。今の自分の環境がどれだけ恵まれていたか、離れた後に彼は必ず後悔するだろう。それはそれで自業自得だ。自分の軽率さを思い知るがいい、とさえ思っていた。

 だが、最近の彼女の不安定さにも気付いていた。きっと彼を失った後は、その様子に拍車がかかる事は間違いない。それならば、これからのことを考えて、少しでも悔いを残さないようやりたい事をやらせておいたほうがいい、と判断した。説得がうまくいくとはとても思えなかったが……。

 扉が開く音がした。目を赤く腫らし浮かない表情で彼女は出てきた。思ったとおり説得は失敗に終わったようだ。

「……部屋に、戻るわ」

 そう一言だけ呟き、視線も合わせずに戻ろうとする。これはだいぶ重症だ。今は何を言っても彼女の耳には届かないだろう。
 しかし、実はそうも言ってられない事態になっていた。

「陛下。お疲れのところ申し訳ないのですが、これから医務室へ足を運んでいただけませんか」

「……医務室?」

「貴女を待っている間に部下が報告を持って参りました。できればすぐにでも聞いていただきたい。明るくなるまでには終わりますので」

「明日じゃ駄目なの?」

「駄目です」

「……」

 彼女を酷使していることはわかっていた。だが、悲恋に嘆いてばかりいられても困るのだ。
 要望は聞いてやった。彼に関して、彼女にできることはもうない。なるべく早く王としての自分を取り戻してもらう必要がある。

「……わかったわ。なるべく早く済ませて」

「承知しました」

 うつろな目をしている彼女を、急いで医務室まで導いた。


  ◇  ◇  ◇

 
 早く部屋に戻って一人になりたいのに、と不機嫌さを隠さずにテエロについて歩いた。
 こんな時ぐらい、少し放っておいて欲しい。そんなに急かされるほど重要な報せなのだろうか。
 今の自分に冷静な判断ができるとはとても思えない。しかし自分は、そんな我儘すら言うことができない立場なのだ。自由というものがまるでない。いつでもどこでも見張られている。これからもずっとそんな風にここで過ごし続けるなんて。そして歩いているうちに、だんだんグレオニーが居なくなる事が現実味を帯びてきて、ますます悲観的になってきた。

 医務室で椅子に座るよう促され、テエロも腰を下ろしながら部下が持ってきたという報告を口にする。

「先日の医者の老婆をですね、捕えました」

「……なん、ですって?」

 彼の言っている言葉の意味が、まったく理解できなかった。

「今、部下が見張っております。とりあえず陛下には、公開して処刑するか、極秘裏に処分するかの判断を仰ぎたく……」

「ちょ、ちょっと待って……処刑って……処分ですって? いったい何が……」

 聞き慣れない言葉の羅列に頭が追いつかない。
 いったい次から次へと、今日はなんだというのだ。

「少し気にかかることがありまして、部下に動向を調べさせていました」

「私はそんなことを命じた覚えは……」

「必要と感じたので勝手に動きました。事後報告となってしまった事はお詫び致します」

 そんな言葉を吐きながらも、申し訳ないと思っているようにはちっとも見えなかった。
 独断で何を勝手にと怒りたいところだったが、彼の言葉を理解できるように今は頭を必死に働かせることに集中した。

「腕に痣がありました。正確には痣ではないのですが」

「痣……?」

「こう、針で傷を付けて墨を流し込むんです。そうすると洗っても消えない染みとなる。皮膚を深くえぐり取ってしまうか火傷でもしない限り、一生残りますね」

「……」

 気持ちの悪い表現を続けて口に出す彼に、ますます気分が悪くなった。
 まさか、敢えてひどい言葉を選んで内心楽しんでさえいるのではないか、と不快な気分のためうがった見方をしてしまう。

「神を信仰する証だそうです。つまり異教徒」

「異教徒……」

「あの手この手で病人の弱い心に付け込んで信者を増やしていたようで。神はアネキウスのみにあらず、と」

「……」

「最終的には貴女の命……というか、神殿、この城、この国ですかね。謀反を企てていたというわけです。まだそれほど大規模な組織にはなっていませんでしたが」

「あ、あの老婆が……? まさか……」

 だって、だってあの人は……。

「それは確かな事なの? いくら人の心に付け込むと言っても、あんな年老いた人がそんな簡単にできることかしら……」

「薬を使っていたみたいです。これはまだ調査中ですが」

 どくん、と胸が一瞬だけ高鳴る。

「私はまだ実物を見ておりませんが、妙な匂いのする薬だそうで。これを使って洗脳……、と言っていいのかどうか。思考能力を著しく低下させる。判断がつきにくい状態になる。そして依存性も高い。そこに付け込む、といった感じでしょうか。試しに城の犬に使ってみたそうですが、匂いを嗅がせてみたらふらふらになって寝てばかりだと」

「……」

「まあ、犬ですから多少効き目が強く出たとは思いますが。詳しい作用は、先ほども言いましたように調査中です」

「……」

 黙り込む私をテエロは不審に思ったらしい。私の顔を覗き込み、珍しく様子を伺ってきた。

「陛下。動揺されるのは分かりますが、きちんと話を聞いていただきたい」

「え、ええ。聞いてるわ。続けて」

「……それで話は戻りますが、陛下に処刑か処分かの判断を、と。事が事だけに、この後、一応神殿にも意見を聞いてみますがね。まあ見せしめという意味も込めて、公開処刑が妥当でしょうか」

「……」

「陛下?」

「そう、ね……処刑に……」

「わかりました。では早速明日、ということで衛士長に伝えておきましょう」

 私はもう頷くことしかできなかった。

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