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求婚<1>

2014.01.07 (Tue)
女レハト下級貴族、グレオニー側付き護衛のその後の話。
特に事件と言う事件も起こらず、血も流れずに死人もでません(笑)
お互いに、もじもじだらだらうだうだするだけの内容。たまにはこういうのもいいかな、と。


求婚<1>


 御前試合の翌日。訓練場は数人の衛士が鍛錬に励んでいて、いつもと変わりない風景だった。
 その片隅で、不貞腐れた顔をして壁に寄り掛かっている者が一人。足に包帯を巻いているハイラは、自分の姿を見つけると目を細めて睨みつけてきた。
 
「惜しかったな、昨日」 

 近付いて声を掛けてみても、友人は腕を組んだままで不機嫌な態度を崩さなかった。溜め息まじりの声が返ってくる。

「気休めなんて言わなくていいよ。どれだけ実力に差があったかは、私が一番よくわかってる」

「足は? 痛むのか?」

「もう痛くて痛くて、誰かに八つ当たりでもしないとやってられないくらいだね。腫れが引くまで酒も控えろ、だってさ。鬱憤を晴らしたいのに、酔っぱらって馬鹿騒ぎも出来やしない」

 そう言って、ハイラは包帯をしている方の足で俺の脛をげしげしと蹴ってくる。ほんとは言うほど痛くないんだろ、と思いつつ、今日ぐらいは黙って愚痴ぐらい聞いてやろうとされるがままになってやった。
 
「ああ……。昨日で確実に私の人気はガタ落ちだよ……。まったく、あいつが来てから碌なことがない」

 落ちるほどハイラに人気があっただろうか。
 だが、口にするとまた攻撃を食らいそうなので、返事をせずに黙っていた。

 新しい衛士服に身を包んだ新人らが入ってきたのは数ヶ月前のこと。
 衛士が一同に集められ、衛士長の有難くも長い長い話に欠伸を噛み殺しながら、ちらりと新人たちの様子を盗み見していた。
 緊張な面持ちでそわそわしている群れの中、一人、場違いなくらいに落ち着いた雰囲気を醸し出している人物に目を引かれた。
 自分よりも、年は二、三ほど上だろうか。端正な顔立ちですらりと高い身長。彼は微笑を浮かべ、物怖じしない様子で姿勢良く衛士長の話に耳を傾けていた。
 
 あのくらいの年齢で新人だなんて珍しいな、と思った。後から聞いたところによると、どうやら貴族である親に「衛士になるだなんてとんでもない」とずっと反対され続けていたらしい。その両親が相次いで病気で亡くなり、もう決して若くはないが受けてみるだけでも、と登城試験に臨んだということだった。
 
 あんな優男、どうせコネで入ったに決まっている。そう陰口を叩いていた者たちは、昨日の御前試合で口を噤むしかなくなった。彼は初めての出場だと言うのに、あっさりと優勝してしまったのだ。

 まだまだ実力を出し切っていない。自分だけじゃなく、観戦していた他の衛士らも、彼の戦いぶりを見てきっと同じことを思っていただろう。試合が終わった後の彼の額には汗一つ無く、涼しい顔で王からの賛辞を受けていた。
 対戦したハイラは彼にこてんぱんにやられてしまい、降参する前に足がもつれて転んでしまうという醜態を晒してしまった。その際に、どうやら足を挫いてしまったらしい。
 
「ああ……ハイラ転んじゃった……。まだ続けれるかな……あ、駄目みたいだね。残念」

 試合を見ていたレハト様がそう呟いていたのを思い出す。自分は彼女の護衛として、後ろに控えて一緒に観戦していた。

「うわあ、鼻血出てる、鼻血。顔真っ赤にしてぷるぷるしてるよ」

「明日からしばらく機嫌悪いでしょうね……」  

「負けちゃったけど、好感度は上がったんじゃないかなあ? 滅多に見れない姿も拝ませてもらったし。あらハイラ様、こんな一面もあるだなんて可愛い、みたいな。あの鼻血、拭いてさしあげたいーとか」

 そんなことをレハト様は無邪気に言っていたが。大勢の前でみっともなくすっ転んだことや、鼻血を垂れ流した云々が問題なんじゃない。この城に来てから女性たちの注目を集めている彼に負けた、ということがハイラにとっては大問題なのだ。

「気に食わない。気に食わないったら気に食わない。ああー!! 気に食わない!!」

 ハイラは壁にもたれて、相変わらずぶつくさと文句を言い続けている。もうそろそろ暗くなる頃だし、正直お腹の虫も鳴りそうなのだが、ご機嫌斜めの友人はまだまだ自分を解放するつもりはないようだ。

「……何が気に食わないんだよ。自分より美男子だからか?」

「グレちゃん、馬鹿じゃないの? 私より顔が整ってる奴なんてそうそう居るわけないでしょうが」

「……そうだな」

 大いに反論したいところだったが、そろそろ空腹も限界に近付いてきていたため、適当に返事をした。

「あっちこっちで黄色い声を浴びてるくせに、鼻の下を伸ばしもせずに、涼しい顔を崩さないのも気に食わない。貴女たちなんて全く興味ございませんって態度で、かっこつけてるのも気に食わない」

「それはほんとに興味が無いだけで、別にかっこつけてるわけじゃないんじゃ……」

「かっこつけてるんだよ。狙いを一人に絞ってますアピールをしまくってるんだよ、あれは。肝心の寵愛者様の反応はどうなの? まんざらでもない様子?」

「……え?」

 ハイラが何のことを言っているのか、全く理解できなかった。  
 寵愛者様? レハト様のこと? だよな?

「グレちゃん、何か聞いてないの?」

「え……いや……。レハト様? え? 何が? 何を?」


  ◇  ◇  ◇


 彼と初めて言葉を交わしたのは、木の上からだった。
 今思い出しても恥ずかしい、なんとも無様な恰好を初っ端から曝け出してしまった。


  ◇  ◇  ◇


 あれは中庭を散策していた時のことだ。急にグレオニーが顔なじみの衛士に呼び止められた。どうやら何か引き継ぎ事項を忘れてしまい、衛士頭がすぐに奴を呼んでこいと怒鳴り散らしているらしい。

「早く行ったほうがいいよ。八つ当たりが周りに拡大する前に。いや、既に何人か被害を受けてるけど」

「でも……」

 グレオニーが不安げにこちらの様子を窺ってくる。
 私なら大丈夫だから、と声をかけて笑顔を返した。こんな中庭で危ない目に遭うこともないだろうし。

「すみません。すぐに戻りますから。いいですか、ここでじっとしていてくださいね」
 
 やっと二人きりになれたのに、と思ったが仕方が無い。すぐに戻ってくると言うし。
 手を振って走り去るグレオニーを見送り、溜め息を吐いた。

 ……主君と家来。この言葉が重くのしかかる。
 それとなく自分の気持ちに気付いてもらえるよう、成人してから我ながら涙ぐましい努力を重ねてきたが、グレオニーは全く気付いていない様子だった。
 正式に護衛となってから、グレオニーがよそよそしくなった感じがするのは決して気のせいなんかじゃない。二人きりの時は普通の口調で、と交わしたあの約束は、彼の中ですっかり無いものと処理されてしまったようだ。グレオニーは常に自分に対して敬語を使うようになってしまった。

 成人前はいくらでも訓練に付き合ってくれていたのに……。
 今は時間が空いても、

「そんなに鍛える必要はありませんよ。レハト様はもう十分お強いですし」

と言って断られてしまい、剣を握る機会もぐんと減ってしまった。
 そうじゃないのに。違うのに。
 別に強くなりたいわけじゃない。剣を振るうのが楽しいのはもちろんだけど、そうでもしないとグレオニーと二人になれる理由が他にないから。
 今日だってやっとのことで二人きりの機会を得たのに。どうしてこうも上手くいかないのか。
 再び、深い深い溜め息が口から漏れ出る。

 まだまだ諦めるつもりもないけど、ここまで気付いてもらえないとさすがにしんどくなってきた。鈍感にも程がある。
 それとも……。グレオニーは私の気持ちに気付いていて、敢えて気付かない振りをしてくれているのだろうか。もし、そうだったとしたら……。

 頭を振って考えを打ち消す。くよくよ悩んでも仕方がない。以前よりも体を動かす機会が減ったから、こうやって悩む時間が増えてしまったんだ。そうだ、そうに違いない。
 目の前の大きな木に視線を移す。
 それからすばやく周りを見渡した。人気はない。誰も見ていない。

 木の幹に足を掛けて一気に登った。頑丈そうな枝に腰掛けてひと息つく。
 風が頬を撫でて気持ちがいい。地上よりも濃い緑の匂いが鼻を刺激する。高いところから見渡した中庭は、見たことも無い風景のように新鮮に目に映った。
 前に一度、木に登りたいとグレオニーに言った時のことを思い出す。

「成人前と同じ感覚で登れると思わない方がいいですよ。どうしても、と仰るなら止めませんが……」
 
 あの時はグレオニーの困った顔を見て、それでも登りたいとは言い出せなくなってしまったのだった。
 グレオニーは少し心配性すぎるんだ。その証拠に、こうしてちゃんと登れたじゃないか、と枝の上で勝ち誇った笑みを浮かべる。
 その心配性の護衛がそろそろ戻ってくるかもしれない。降りて何食わぬ顔で彼を待っていなくては。
 
 そう思って、服を汚さないように、と木から降りようとしたのだが。
 足が目当ての枝に届かなかった。あれ? どうして?
 こんなに自分の体は固かっただろうか。この足を、あの枝に……。あれ? あれれ?
 
 早くしないとグレオニーに見つかってしまう。でも懸命に足を伸ばしているつもりなのに、枝はまだまだ遠い先にあった。
 どうしよう。どうしよう。他の枝に……ときょろきょろと見回すも、体重を掛けられそうな枝は自分から遠いところばかりに生えていた。
 
「ごきげんよう、レハト様」
 
 近付いてくる足音と共に、くすくすという笑い声が背後から聞こえた。聞き覚えのない声。誰だろう?
 そんなことよりも。
 見られた。こんな間抜けな恰好をしているところを見られてしまった。グレオニーじゃなくて良かったと一瞬思ったけれど、そんな場合じゃない。
 急いで再び上を目指し、元いた枝に腰を下ろす。

「こ、こんにちは」

「珍しいですね、お一人とは」

 相手は必死に笑いをかみ殺して自分を見上げていた。衛士の服を身に纏い、優雅な仕草で口元を隠す。すらりと細く長い指が印象的だった。
 最近、城のみんなが噂していた新人の貴族衛士だとすぐに気付く。遠目には何度か見かけていたし、グレオニーからも話を聞いていたから。
 咄嗟に作り笑いを浮かべて、まだくすくすと笑っている貴族衛士に話しかけた。

「ちょっと……。あの、その、グレオニーは急用で。すぐに戻ってくるんだけど」

「そうですか」

「そうなの」

 微笑のまま、貴族衛士はその場から動こうとしなかった。 
 ……早くどこかに行ってくれないだろうか。いつまでもこんな不毛な会話を続けているわけにいかない。グレオニーに見つかる前にここから降りなければならないのに。
 でもどうやって降りよう……。飛び降りるにはちょっと高すぎる。多少無理をすれば降りられるかもしれないが、傷を負ったらやはりグレオニーに気付かれて怒られてしまうだろう。大人しくグレオニーに叱られつつ手を貸してもらうしかないのかも……。

「そんなに離れてお話をしなければならないほど、私はレハト様に嫌われているのでしょうか?」

「やっ……。ちがっ、そうじゃなくて……あの……」

「では、こんなにも距離を置いて会話をする理由が、他に何か?」

「……え、えっと……その……」

 明らかにからかわれている。この貴族衛士は、私がここから降りられないことをわかっていて、こんな会話を続けているに違いない。その証拠に、衛士はもう噴き出したくてたまらないという表情を浮かべていた。
 急に、衛士が木との距離を縮めてくる。私の真下まで移動し、こちらを見上げてきた。

「どうぞ」

 彼が手を木の幹について、にっこりと微笑む。

「……? どうぞって?」

「私の肩に足を乗せてください。そこから降ろして差し上げますから」

「だって、そんなことしたら貴方の服が汚れちゃう」

「構いませんから。さあ、早く」

 迷っている暇はなかった。衛士の好意を有難く受けることにして、言うとおりに恐る恐る足を伸ばす。
 もう少し。もう少しで足が届く。でも、このまま体重をかけてしまっていいんだろうか。重いに決まってるし、こんな馬鹿なことで彼が肩を痛めたら、と躊躇した。

「だ、駄目。やっぱり駄目」

「大丈夫ですから」

「私、なんとかして一人で降りるから。もう行ってくだ……」

 そう口にした途端、体を支えていた手が滑った。そのまま体制を崩してしまい体が枝から滑り落ちる。一瞬だけ落下に伴う不快さが胃を襲ったが、次に目を開けた時には、自分の体は力強い腕に抱き留められていた。
 自分の首筋に相手の頬の感触。温もりを感じた次の瞬間、ぞくり、と鳥肌が立つ。息を吹きかけられたような気がしたが、自分の気のせいだったのだろうか。
 ようやく足が地面に着いて、安堵から大きく息を吐く。目の前の衛士は相変わらず笑顔のままだった。
 
「うわさ通り、レハト様はなかなか強情なお方のようだ」

「ごめんなさい。ありがとう……」

「お怪我がなくて何より……とは言えないようですね」

 相手の視線が自分の手に移る。と、思ったと同時に急に手を掴まれ、その甲に軽く口を付けられた。
 自分の意志とは無関係に心臓が高鳴る。顔が火照っているのがわかった。
 何を急に。こんな無礼な真似を。
 咄嗟にそう思ったが、彼が顔を離すと、自分の手の甲からうっすらと血が滲んでいるのが目に入った。滑り落ちた時にすりむいてしまったようだ。痛みにも気付かないほど自分は動揺していたらしい。
 
「かすり傷のようですが。早めに手当てをされたほうがいい」

「う、うん……」

「自分が居ない間に怪我を、と知ったら貴女の護衛が落ち込むでしょう。できれば見られないよう隠しておいたほうがよろしいかと」


  ◇  ◇  ◇


 その出来事がきっかけで、彼はたまに私に話しかけてくるようになった。と言っても、短い時間で当たり障りのない会話だ。
 貴族衛士の仕草一つ一つは些細なものではあったが「なるほど、これはみんなが騒ぐのも無理はない」と実感した。
 愛想が良い。話題が豊富。加えてその容姿。目をじっと見つめて逸らさずに、静かな笑みを浮かべる。常にこちらを気遣い、しかもその態度が全く押しつけがましくない。彼と会うたび、話すたびに、自分は本当に女性を選択したんだな、と思い知らされた。自分の世話をしてくれる侍従は別として、他人からこんなにも女として扱われたことは、今までなかったような気がする。
 
 自分の想い人が頭に浮かんで溜め息が出た。
 別にグレオニーとの会話が弾まないわけではない。一応、彼も自分を気遣ってくれているし。女性として扱ってはくれる。
 でもそれは「寵愛者」として。「主人」として。そして「友人」の一人として。
 あの貴族衛士が「女性」として自分に好意を持っていることに、さすがの私も気付き始めていた。周りもきっと気付いていただろう。……ただ一人、鈍感な護衛を除いて。
 
 自分の護衛はグレオニー一人ではなかった。数人の衛士が交代で私の側につく。
 貴族衛士は私の気持ちに気付いているのかいないのか、グレオニーと一緒に居る時に話しかけてくることはなかった。

 いや、でも。
 例え一緒に居る時に話しかけられたところで、グレオニーは、

「では、私は少し場を外しておりますから」

とでも言い出して、さっさとどこかへ行ってしまうに違いない。私がどこぞの男と二人きりで話をしようが何をしようが、彼にとっては全く気にならない事態だろう。
 もうすっかり癖になってしまっている溜め息を深く吐いた。
 目の前では、衛士らが剣を握って戦いを繰り広げている。溜め息に気付いたグレオニーが背後から話しかけてきた。

「どうされました? レハト様。飽きてしまいました?」

「ううん。そんなことないよ」

 耳をつんざく歓声に、剣がぶつかり合う音が混じる。打ち合いを見ているのは楽しいしわくわくするけれど、やはり自分自身で剣を振ったほうが数倍楽しい、とぼんやりと試合を見ながら思った。
 あの例の貴族衛士も試合に出場していた。知らず知らずのうちに彼に目が行ってしまう。グレオニーに気付かれてしまうだろうか、と不安が頭をもたげたが、彼は私が誰を見ているかなんて気付きもしないだろうという結論に至った。

 貴族衛士は順調に勝ち進み、途中で対戦したハイラもあっさりと下してしまった。
 彼が試合に勝つたびに、喜んでしまっている自分がいた。それをグレオニーに気付かれないよう、ハイラが負けてしまった時は「ちょっとわざとらしかったかな」と後で反省するほどはしゃいだ態度を見せてしまった。

 優勝者が決定し、場がひと際大きな歓声に包まれる。その中に黄色い声援もかなり多く混じっていた。
 片手を上げて、聴衆に笑顔で答える貴族衛士。王から賛辞を受け、周りに一礼する態度も相変わらず優雅だった。顔を上げ、剣を掲げた彼の視線が高いところで止まる。

 ……私を見ている?
 
 一瞬だけ、胸が高鳴った。体が強張る。顔が赤くはなっていないだろうか。耳は? 
 背後に居るグレオニーは、貴族衛士の視線に気付いただろうか。いや、他にも観戦している人が周りにたくさん居る。自分を見ていたとは限らない。気にし過ぎだ。たまたま自分が彼の正面に位置していただけだ。
 貴族衛士はもう一度礼をし、その場から退場した。

 その後、その優勝者から求婚されるとは、この時は夢にも思っていなかった。

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