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求婚<2>

2014.01.13 (Mon)
女レハト下級貴族、グレオニー側付き護衛のその後の話。
特に事件と言う事件も起こらず、血も流れずに死人もでません(笑)
お互いに、もじもじだらだらうだうだするだけの内容。たまにはこういうのもいいかな、と。


求婚<2>


「え……?」

「もう一度言いましょうか?」

「い、いえ。その、ちゃんと、聞こえ、ました……」

 御前試合が終わった後、グレオニーが他の人と交代するのを待っていたかのように貴族衛士に声をかけられた。
 中庭に誘われ、いつもの微笑を浮かべて彼は言った。私と一緒になっていただけませんか、と。
 突然の出来事に頭がうまく回らない。好かれている、とは思っていたが、まさかこんなことを急に言われるとは想像もしていなかった。
 一緒に。それがどんな意味であるのか、こういうことに疎い私でもさすがに理解できる。
 俯く私に、彼は言葉を続けた。

「今日の試合、貴女のために戦いました。自分で言うのもなんですが、顔だけで実力が無い男だと思われないように。どうでしょう。優勝しただけでは貴女に相応しい男にはなれませんか。いくら強くて貴族という身分でも、平の衛士という職は貴女にとって恥になってしまいますか」
 
「……あの」

「なんでしょう?」

 私は、言われてすぐに頭に浮かんだ疑問を言葉にした。

「もしかして……出世したいの? これ目当て?」

 額を指さし、恐る恐る訊いてみる。彼は特に気分を害したようでもなく、笑みを崩さずに答えた。

「はは。そうですね、野心が全く無い、と言ったら嘘になります。その光り輝く徴は、貴方の想像以上に魅力的なものです。しかし……それよりも魅力的なお人柄に心を奪われてしまった。それだけは信じていただきたい」

 男性に口説かれるなんて、もちろん生まれて初めての経験だった。
 いや、そういう手紙は成人してから山ほど貰っていたが。顔も思い出せないような人の綴る文章は、私ではなく他の誰かとお間違えでは、と思ってしまうほどに空々しい内容のものばかりだった。徴目当てなのが丸わかりで、心に響くようなものは一つとしてなかった。こんな風に面と向かって、告白してくる人なんて一人も居なかった。

 魅力的。徴よりも。人柄が。
 言われ慣れない言葉の羅列に眩暈がしそうになる。例え天地がひっくり返るようなことがあっても、グレオニーはこんな台詞を吐かないだろう。
 そんなことを思い、グレオニーの顔が頭に浮かんで胸が痛んだ。自分の前に居る衛士の視線に耐え切れなくなり、再び俯いて足元を見つめる。

 早く。早く断らなくちゃ。私には他に好きな人がいますと。貴方の気持ちに薄々気付いていながら、今まで気を持たせたような態度をとって申し訳なかった、と。
 わかっているのに。それはどうしても声にならなかった。
 なんで? 私、一体どうしちゃったの。どうして言えないの? 誰かにこんなところを見られてしまう前に。早く早く。早く言わないと。

「いずれ機会を見て、貴女の護衛にと希望を出すつもりでおります」

 衛士のその言葉は、私の重く項垂れた頭を勢いよく上げさせるのに十分な内容だった。

「私の……?」

「貴女の承諾が得られれば、ですけれど。打算的な目的があるのも、もちろん否定致しません」

「……あ、あの。私……その……」

 護衛の話になって、もうこれはぐずぐずしている場合ではない、と覚悟を決めて口を開いた。
 だが、彼はそれを遮るように言葉を被せてくる。

「すぐにお返事を頂こうとは思っておりません。護衛の件も含めて。ですから、ゆっくりと考えてみてください。……想いを寄せている方のことを忘れてくださるまで、待つ覚悟もできております」
 
「……」

「忘れさせて欲しい、と仰るなら、その自信もあります。とにかく伝えたかったことはこれだけです。突然お誘いして申し訳ありませんでした」

 お部屋までお送りしたいところですが、貴女も気まずいでしょうから、と彼は軽く一礼してから去って行った。
 小さくなっていく衛士の背中を見つめ、自己嫌悪から唇を噛み締める。
 どうしてはっきりと拒絶しなかったのか。護衛などこれ以上増やすつもりはない、貴方と一緒になる気はこれっぽっちもない、と何故言えなかったのか。

 あんな風に言ってもらえて嬉しかったから?  
 額の徴ではなく、自分自身を見てくれていたことに感激したから?
 比べてしまうのはよくないことだと思いつつも、どうしても想像してしまう。グレオニーが同じ言葉を囁いてくれたら、自分のために御前試合で優勝を目指してくれていたら、どんなに嬉しかっただろうと。そうしたら自分は迷わずに返事をするのに。

 ……求婚された、とグレオニーに言ってみたら、彼はどんな反応をするんだろう。少しは不機嫌になってくれるのだろうか。
 いや。驚くのは間違いないが、「レハト様のなさりたいように」と当たり障りのないことを言うだけに決まっている。その場面を想像すると無性に腹が立った。人の気も知らないで。気付いて欲しいのに。グレオニー止めて欲しいのに。

 そこでやっと我に返る。
 勝手な妄想をして、勝手に腹を立てるなんて。
 やだやだ。私、すごく嫌な女だ。グレオニーにも、あの貴族衛士にも失礼極まりない。相手のことも考えずに自分のことばっかり。そんな気もないのに、またこうやって貴族衛士にもはっきりとした態度を取らなかった。

 でも。
 本当に心から、全くそんな気はない、と果たして自分は言いきれるのだろうか。

 先日、擦りむいた手の甲の傷が疼いた。
 傷自体は大したことがなかったのだが、治りかけの痒さに我慢ができず、何度か掻き毟ってしまったためにまだ治りきっていなかった。 

「痕が残ったらどうされます。やはり包帯を巻いたほうが」

と渋い顔をするローニカに、却って目立ってしまうから、と断り続けていた。
 駄目、また治りが遅くなる、と考えつつも、あの貴族衛士に口をつけられた時のことを思い出してしまい、傷に爪を立ててしまうのを止められない自分が居た。


  ◇  ◇  ◇


 ハイラに言われてから気付くというのも、護衛としてなんとも情けない話だが。確かに、最近のレハト様の様子はおかしかった。
 物思いにふけっている時間が増えたというか。かと思えば、急にそわそわしだして頭をぶんぶんと振っている。そして再びまた考え込む、というような感じだ。たまに思いつめたような顔をして、話しかけるのすら躊躇してしまう。
 
 ……本当に、あの新人衛士とそこまで仲が良くなっているのだろうか。自分が鈍感だということを否定するつもりはないが、そんなことになっているなんて全然知らなかった。
 知らなかった、気付かなかった、というよりも。
 なんとなく、何かあればレハト様の方から言ってくるに違いない、と高を括っていたのかもしれない。今までは些細な出来事ですら、「あのね、グレオニー。あのね、昨日ね」と、嬉しそうに自分に報告してくれていたから。
 
 レハト様が何も言わないということは、やはりハイラの話はただの噂に過ぎないのでは。
 いや、それだとこのレハト様のおかしな様子に説明がつかない。新人衛士が関わっているかどうかはともかく、何かはあった。それだけは確かだ。
 なんだかもやもやして落ち付かなかない。
 レハト様に隠しごとをされた。そんな風にまで思ってしまう。
 
 何でもかんでも自分に報告する義務なんて彼女にはない。俺はただの護衛の一人にしか過ぎないのだから。
 友人のように気軽に話をして、相談を打ち明けられる。そんな関係はレハト様が子供であったからこそ成り立っていたのであり、彼女は今や立派に成人した一人の女性で、自分の主でもあるのだ。
 隠したつもりではなく俺では何の役にも立たないと思われていて、それでレハト様も何も言わないのだろうか。もしかして、他の誰かには相談しているのかもしれない。

 そこまで考えて、ふと気付く。 
 もし、レハト様に相談されていたら。自分はなんと答えるつもりだったのか、と。

「で? どうだった? 寵愛者様、なんて言ってた? やっぱり言い寄られてるって?」

 ほろ酔いのハイラが、頬をうっすらと赤く染めて問うてくる。
 足の腫れも引いて、ようやく酒を飲む許可が下りたらしい。いいから付き合ってよ、と強引に酒場まで連れてこられてしまったのだ。

「……訊いてない」

「なんで?」

「いや、別に。理由はないけど」 

 嘘だ。自分は怖いだけだ。レハト様の口から事実を告げられて、ことをはっきりさせてしまうのが。
 あの衛士ならば、間違いなくレハト様を幸せにするだろう。身分も人柄も申し分ない。今はただの平の衛士かもしれないが、彼ならそう遠くない未来に出世するであろうことは想像に難くない。
 じゃあ何が気に食わないんだ。どうしてこんなに嫌な気分になるんだ?
 笑って、レハト様を祝福するべきじゃないか。おめでたいことなのに。レハト様の幸せを妬んでいるわけでは決してないのに。

「あいつねー。寵愛者様の護衛を希望してるって話だよ」

 何気なく言ったハイラの言葉が、胸に鋭く突き刺さる。
 平静を装うのに、少し時間がかかった。

「……そうなんだ」

「どこから聞きつけたんだか知らないけど、下働きの子たちが噂してた。いよいよ、本気で狙いを定めてきたって感じだね。いいの? グレちゃん」

「何が」

「だってさ。あの野郎と寵愛者様が結婚、とでもなったら、グレちゃんお役御免になっちゃうんじゃないの? せっかく下っ端から這い出れて、お付きの護衛になれたってのに。また逆戻りじゃないの」

「……」

 考えてもみなかった。レハト様もいつかは誰かと結婚するのだ。
 当たり前のことなのに。想像すらしたことなかった自分に驚く。
 酔いのせいでいつも以上に饒舌なハイラの声が、今夜はやけに癇に障った。胸の中で重苦しい何かがつかえているようで、どんなに酒を口に運んでもちっとも酔えなかった。

「私だったら、自分の奥さんと仲が良かった異性なんか絶対側に置きたくないね。何かの拍子に間違いでも起こされたらたまったもんじゃないよ。そんな真似ができるのは、よっぽど懐のでかい奴か、何も考えてないぼんくら頭か。ああ、スリルを楽しみたいって奇特な趣味の持ち主の可能性もあるか」

「……そんな。レハト様はまだお若いし。結婚なんて当分先の話だろ」

 やっと出てきた言葉は、自分の声ではないような弱々しいものだった。
 酒が美味いと感じられない。杯を強く握り締めていたため、すっかり温くなってしまったせいもあるのだろうが。

「ばっかだねー。普通の人じゃないんだよ? 寵、愛、者、なんだから。今まで目立たなかっただけで、狙ってる奴なんて他にもわんさか居たに決まってるでしょ。みんなあの徴の威光に、なんとかしてあやかろうとそりゃ必死だろうさ。それに押し切られて、適齢期前に婚約、即結婚、になったって全然おかしくない」

「徴さえあれば、あとはどうでもいいってことか」

「よくわかってるじゃないの」

「そんなのおかしい!! 絶対駄目だ!! 間違ってる!!」

 込み上げた思いを抑えきれなくなり、大声と共に杯を卓に叩きつける。店の客の顔が一斉にこちらを向き、たくさんの視線を感じてやっと我に返った。
 ハイラが口をぽかんと開けて、自分を見つめている。今さらながら自分の行動を恥じて謝罪した。

「……ごめん」

「グレちゃん、まさか……」

「違う!!」

「まだ何も言ってないよ」

「あ……」

 店はざわめきを取り戻したが、ハイラも自分も無言のままで酒を飲み続けた。
 ぬるい液体でひたすら喉を潤す作業に没頭する。つまみも卓に置かれていたが、なんとなく手を伸ばすのが憚られた。皿を下げたいのか、店の者が何度も近くをうろうろとして様子を窺ってくる。
 しばらく経ってからぽつりと、

「また厄介な相手を選んだもんだね……。これだから経験値が低い奴は……」

と、ハイラが呟いた。
 二度目の否定の言葉は、俺の口からは出てこなかった。

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