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求婚<3>

2014.01.17 (Fri)
女レハト下級貴族、グレオニー側付き護衛のその後の話。
特に事件と言う事件も起こらず、血も流れずに死人もでません(笑)
お互いに、もじもじだらだらうだうだするだけの内容。たまにはこういうのもいいかな、と。


求婚<3>


 屋上は風が少し強かったものの、冷たさはなく、レハト様は穏やかな顔で景色を眺めていた。一方、俺の心中は決して穏やかとは言えないもので埋め尽くされ、彼女の顔をまともに見ることすらできないでいた。

 ……ハイラが呆れるのも当たり前だ。相手は額に徴を持つ寵愛者。しかも自分の主。
 身分違いも甚だしい。身の程知らずとはこのことだ。

 風が吹くたびに細くしなやかな髪が揺れ、彼女がそれをゆっくりとかきあげる。そんな何気ない仕草一つ一つに胸の鼓動が早鐘を打った。目を細めて城下を見つめる彼女の横顔に見惚れては、視線を逸らすという訳のわからない行動を繰り返す。
 何を考えているんだ。こんなんで護衛と言えるのか。
 ちゃんと集中して。周りに気を配って。レハト様に何かあったらどうするんだ。

 不意に、彼女がこちらに顔を向けた。動揺しているのを悟られないよう、必死に冷静を装う。

「……どうか、なさいましたか?」

「グレオニーの故郷って遠いんだよね。気をつけて行ってきてね」

 自分は来週から少し長期の休暇をもらっていた。城に来てから今まで碌に故郷に帰ったことがない、と世間話のつもりで口にしたところ、レハト様が気遣ってお膳立てしてくれたのだ。
 戸惑いながらもその時は好意を有難く思い、少しだけ羽を伸ばさせてもらいますと返事をしたのだが。今はまた、事情が変わってきてしまった。
 帰りたくない。休暇なんか必要ない。
 自分の居ない間にレハト様はどう過ごしているのだろうか、と考えてしまうに決まってるし、却って体が休まらないのが容易に想像できた。

「お土産いっぱい持っていくといいよ。あ、そうだ。幼馴染さんがいるって言ってたよね」

「……ええ、最近篭りを終えたばかりで。体調も問題ないようだと、このあいだ父からも鳥文が」

 以前、自分が口にした他愛無い話を覚えていてくれたことが、少し嬉しかった。
 でも……。

「その人にもちゃんとお土産用意するんだよ。あっ、でもどっちを選んだんだろう。それでまたお土産が変わってくるよね」

「女性を選択する、と前は言っていましたが……。あの、あのですね、レハト様」

「久しぶりなんだから、ゆっくりしてきてね。私のことは気にしなくていいから」

 休暇は取りやめにしてください、と言おうとして遮られてしまった。
 気のせいだろうか。レハト様がいつもより浮かれているようにも見える。

 自分が休暇の間、とりあえず試しにということで、件の新人衛士をレハト様の護衛として使ってみると上司から聞いていた。そのせいもあって彼女の態度が普段と違うように感じてしまったのかもしれない。

 ……俺はもう必要ないのだろうか。
 まさかとは思うが。自分が居ない方が、あの衛士と一緒に過ごせる時間が増えるから。だからこんなにもレハト様はそわそわしているのだろうか。
 もしかしたら、休暇を終えて帰ってきたら、自分の居場所が彼にそっくりそのまま取って代わられているかもしれない。
 そんなことすら思い浮かんだ。

「……レハト様」

「なに?」

「あの……。私が居ない間、代わりの者を補充するそうですが。お聞きになりましたか?」

「あ、うん。そ、そうらしいね。聞いてるよ」

 彼女の顔や耳が、途端に真っ赤になる。
 慌てた様子で視線を逸らすその態度に、胸がちくりと痛んだ。

「……なんだか、嬉しそうですね」

 俺が居ない方が、という言葉はかろうじて飲み込んだ。しかし小さく呟いた声は、風にかき消されてしまったようだ。怪訝な顔をしたレハト様が訊き返してくる。

「え?」

「いえ……。なんでもありません」

「……グレオニー、今日はなんか変だよ? どうかした?」

 何か変なのは貴女の方です。
 もちろん、そんなことを言えるはずもない。

「別に何も。どうもしていませんよ」

「だって、ずっと元気ないよ。何かあったの? お腹痛いとか?」

 彼女が距離を縮めて詰め寄ってきた。腕を掴まれるも、本当になんでもありませんから、と、やんわりとそれを退けようとした時、彼女の手の甲の傷に気付く。

「……この傷、どうされたんです?」

 俺が声を出すのと同時に、レハト様が反射的に手を背中へと隠した。
 必死に誤魔化そうと彼女は言葉にならない声を発していたが、その行動自体が「どうぞ怪しんでください」と言っているようなものだった。
  
「怪我をされた、という報告は受けておりませんが。いつ傷を負われたんですか?」

「……昨日」

「どう見ても、昨日今日の傷じゃありませんよ。嘘はやめてください。一体いつ……」

「いつでもいいでしょ!! 大したことないの!! 大丈夫!!」

 そう叫んでから、レハト様が逃げるように踵を返した。慌てて妙な体制を取ったため、走り去ろうとした彼女の肩が奇妙な動きを見せる。咄嗟に駆け寄って手を伸ばし、固い石の地面に転がる前に抱きとめることができた。
 お怪我は、と言いかけて、右手の痛みに思わず顔をしかめる。彼女の体の下敷きになり、軽く手首を痛めてしまったようだ。手の甲からも、うっすらと血が滲んでいた。
 彼女が泣きそうな顔で真っ青になっているのに気付き、すぐに自分の失態を恥じる。
 主を不安にさせてどうする。こんな大したことのない痛みをすぐ顔に出してしまうなんて、未熟者の証拠だ。咄嗟のこととは言え、もう少し上手く彼女を庇うこともできたはずなのに。馬鹿なことを考えながら仕事をしているからこんな羽目になる。

「ご、ごめんなさい……。ごめんなさい、グレオニー! 大丈夫? ねえ大丈夫!?」

「私の方こそ申し訳ありません。レハト様、お怪我は……」

「馬鹿!! 私のことなんかより……。医務室! 早く、医務室行こう!」

「いえ。大丈夫ですから。先にお部屋に戻りましょう」

「だめ! 医務室が先!!」

「ですが」

「ほら早く! 立ってってば、グレオニー!!」

「よろしければ、私がレハト様をお部屋までお送りしましょうか」

 突然、頭上から聞き慣れない声が響いた。言い合いに夢中になって気付かなかったが、顔を上げると、あの新人衛士がすぐ側まで近付いていた。静かな笑みを浮かべ手を指し向けているので、止む無く痛みのない左手でそれを掴む。
 いつから見ていたのだろう。何もこんな時に、と頭の中で呟きながら、手を借りて体を起こした。
 なんとなく怪我を見られたくない気分になり、さりげなく右手を隠しつつ、衛士に返事をする。

「大変有難い申し出ですが、本当に大したことはないので」

「やせ我慢はなさらないほうがいい。ほら、血も出ているようですし」

「すぐに止まります」

「どうか遠慮なさらずに。責任を持って、貴方の代わりにレハト様をお護り致します」

「いえ、本当に」

「貴方のその血で、レハト様のお召し物が汚れてしまうのでは、と思ったものですから。……何をそんなにむきになっておられるのやら」

 意固地になっているのは自分でもわかっていた。何故か、この衛士が囁くたびにいちいち不快な気分になる。
 そんな自分を嘲笑うかのように、衛士が目を細める。そして「さあ、レハト様」と優雅な声を出して、今度は彼女に手を差し出した。主はどうしたらよいものかと、自分と新人衛士の顔をおろおろしながら交互に見つめている。
 
 膨れ上がる感情を抑えきれなくなり、気付いた時には痛みのない左手が前に出ていた。
 衛士の手を軽く払い除け、ぱしっと乾いた音が風に紛れてすぐ消える。
 そのまま左手で彼女の肩を掴んで抱き寄せた。

 睨んで凄んでみせても、新人衛士の表情は変わらなかった。これではどちらが先輩なのかわかったものではない。
 言い負かされるのが怖かったわけではないが、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。自分がどんどん愚かな行動を犯してしまいそうで嫌だった。これ以上、こんな自分をレハト様に見せたくなんかなかった。

「レハト様の護衛は私です。……失礼します」

 感情にまかせて彼女の手を握り締める。そして主の了解も得ずに、俺は強引にその場を後にした。


  ◇  ◇  ◇


 痛いほどに強く手を握られ、グレオニーはずんずんと勢いよく歩を進める。強張った大きな背中が、なんとなく話しかけられない雰囲気を醸し出していた。

 屋上でのグレオニーの怖い顔が頭に浮かぶ。
 私が傷を隠して、さらに嘘までついてしまったからあんなにも怒りを露わにしていたのだろうか。
 傷の理由を問い詰められ、馬鹿な行動を起こしたせいで彼に怪我を負わせてしまった。自己嫌悪がますます彼に声をかけにくくさせてしまう。

 しかし、その心の奥底で。
 もしかしたら、あの衛士とのことを嫉妬してくれたのでは、という浅ましい考えが生まれていることにも私は気付いていた。そんな場合じゃないのに、グレオニーに怪我までさせて、不愉快な思いをさせてしまったというのに。それでも言いようのない気持ちの高ぶりは、どんどん胸の中で大きくなっていった。さすがにそれを顔に出すことまではしなかったが。

 だんだんとグレオニーの足取りが重くなり、やがて立ち止った彼は手を放して振り返った。
 ずっとこのままで、手を握ったままで構わないのに、とこの期に及んでまだそんなことを考えている自分が嫌になる。
 だって、手を握ってくれるなんて初めてだったから……。

「無礼な真似をして、申し訳ありませんでした」

 護衛は軽く項垂れて、そう口にした。既に彼の顔は穏やかなものに戻っていた。
 彼が謝ることなんか何もないのに。
 消えていく温もりを名残惜しむように、自分の手を握り締める。
 手を引かれるままについてきたが、いつの間にか自分の部屋の前まで来ていたことに気付く。促すように、彼の左手が扉へと伸びた。

「あ、あのね」

 もしかして。もしかして、と先ほどまでの考えを頭から振り払うことができず、私は勇気を振り絞ってそれを声にした。
 扉に手をかけたグレオニーの動きが止まる。

「どうしました?」 

「あの、あのね……。さっきの話、だけど」

「さっきの……?」

「護衛を補充するって話。……あの人が新しく護衛になるの、グレオニーはどう思う?」
 
 訊いてしまった。とうとう訊いてしまった。どうしよう。もう引き戻せない。
 でも、もし。もしグレオニーが反対してくれたら。あんな人は貴女の護衛に相応しくないと言ってくれたら。期待は頭の中でどんどん膨れ上がり、祈るようにして目の前にいる彼の顔を見上げた。

 だって、さっき機嫌が悪くなっていたでしょう? 私の体をあの人から遠ざけて、引き寄せてくれたでしょう? あれは、あの人に私を部屋まで送らせたくなかったからじゃないの? それはどうして? 
 聞きたい。その理由を貴方の口から聞きたいの。

 しばし、無言の時が続く。
 自分の心臓の音で、周りの音が聞こえなくなりそうだった。少しの動きも見逃すまいと、ずっとグレオニーの口元を見つめ続ける。
 その口元が僅かに開き、胸の鼓動が一段と高く跳ね上がった。
 静かな笑みを浮かべて彼が優しく呟く。

「問題ないんじゃないですか。腕も確かだし。レハト様も安心でしょう?」

 予想は見事に裏切られ、絶望感が一気に襲い掛かる。

 馬鹿みたい。あんなに期待に胸膨らませて。
 ひょっとしたら嫉妬してくれたのかもなんて、そんなことがあるわけないのに。自分の勝手な思い上がりに、途端に恥ずかしさが込み上げてきた。
 彼の顔を見ることができなくなり、俯いて床を見つめる。涙がこぼれそうになるが、ここで泣き顔を見せてしまったらそれこそ最低だ、と思った。

「……ちゃんと、医務室に行ってね。本当にごめんなさい」

 扉を開けて、声を震わせずにそう言うのが私には精一杯だった。

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