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求婚<4>

2014.01.26 (Sun)
女レハト下級貴族、グレオニー側付き護衛のその後の話。
特に事件と言う事件も起こらず、血も流れずに死人もでません(笑)
お互いに、もじもじだらだらうだうだするだけの内容。たまにはこういうのもいいかな、と。


求婚<4>


「もう辛くてやだ。やだやだ。全然気付いてもらえないし。望み薄そうだし。毎日毎日、グレオニーのことで浮かれたり落ち込んだりするの疲れた」

「あらあら。では、あの方の求婚をお受けしてしまいますの?」

 正面に座るユリリエが呆れた声を出す。隙のない優雅な動きでカップを卓に起くと、音も無く近付いてきたローニカがそれに茶を注いだ。
 ぼんやりとその光景を見つめ、卓に突っ伏す。私の言葉を少しも本気にしていないユリリエの表情で、なんだか胸の中で反抗心が沸いてきた。溜め息と共に言葉を吐き出す。

「……受けちゃおっかなあ、なんて……」

 そのままの姿勢で、ちらりとローニカの方を窺った。老齢の侍従は表情も変えず何も口にせずに、役目を終えてその場から離れて行く。
 侍従の態度としては何一つ間違っていない行動なのだが。二人から子供扱いされている気がして、ますます私は意固地になってしまった。

「グレオニーと違って優しいし。美男子だし。気が利くし。鈍感じゃないし」

「はっきりと伝えてないのですから、鈍感と決めつけてしまうのは可哀想ですわよ。どうして彼に想いを告げませんの?」

「だって、言ったあとでぎくしゃくしたらやだもん。……下手したら護衛辞めちゃうかもしれない」

「では、彼をどなたかに盗られたとしても、後からぐじぐじと泣きごとを仰らないと約束できまして? ほらごらんなさいな、何もせずに求めてばかりいるから、とレハト様に説教をする役目を請け負いたくはありませんからね」

 誰かに盗られる……? グレオニーを?
 そんなこと、考えてもみなかった。
 思わず身体を起こし、ユリリエを凝視する。しかし彼女の意地の悪い笑みにまた反発したくなり、すぐに私は言葉を返した。

「ま、まさかあ……。盗られるって? グレオニーが? グレオニーをそんな風に狙ってる人なんていないよ、いないいない。見たことも聞いたこともない」

「今度、休暇で故郷に帰ると聞きましたけれど。慣れ親しんだ故郷で羽を伸ばして、旧知の方とお会いして。久々の再会で、昔はお互いに気付かなかった魅力に惹かれ合ってしまって、勢いで……、なんてこともあるやもしれませんわね。あら、嫌ですわ。まるで、どこぞの恋愛小説みたい」

 ユリリエの言葉で、グレオニーの幼馴染の話を思い出した。
 ……確か、女性を選択したと言っていた。まさか。まさかとは思うが。
 
「城の衛士なのですから、それなりに良いお話も来るんじゃないかしら。もしかしたら、ご両親もそんなお話を持って待ってらっしゃるのかも。ご自慢の息子でしょうし、良い縁談を、と思っていることでしょうね」

「……」

 ずっとグレオニーと一緒に居られるだなんて思っていなかったけれど。急にそれが現実味を帯びてきて怖くなってくる。
 いつかは、彼もこの城から、私の側から去る時がやってくることぐらいわかっていた。でもそれは、遥か遠い遠い日のことだと思っていた。
 もし、休暇から帰ってきたと同時に、「実は……」なんて話を切り出されたら。
 私はちゃんとうまく笑顔を作れるのだろうか。

 やっぱりもう嫌だ。こんな風に、彼のことでいちいち頭を悩ませる日々にはうんざりだ。
 傷つくのは嫌だ。辛いのも嫌だ。
 それなら、傷つく前に辛い思いをする前に逃げてしまえばいい。意気地なしと言われようとも構うものか。あの貴族衛士の優しさに甘えて何が悪いんだ。あの人もそれを承知で自分に求婚してきたんだから。

「……いいもん。グレオニーが誰と幸せになろうが、もう私には関係ないもん……」

「本当に?」

「うん」
 
「では、今度その彼をお茶にお誘いしてみようかしら。前々から、レハト様がお好きだった方がどんな方なのか興味がありましたの」

 首をかしげて、ユリリエがにっこりと微笑む。
 彼女が、誰のことを言っているのか一瞬わからなかった。

「……え? グレオニーを? お茶に? ユリリエが?」
 
「ええ」

「……だって。グレオニー、だよ?」

 先ほどから、彼に対してかなり酷いことを口にしている自覚はあった。
 でもユリリエがグレオニーに興味を持つだなんて。
 誰か、他の人と勘違いしているんじゃないだろうか。それとも、彼女の妙な気まぐれがまたむくむくと湧いて出てしまったのか。
 ……それはそれであり得なくもない。本当にこの友人は、予想もしなかった行動に出て人を驚かせるのが得意中の得意なのだ。

 眉をひそめたユリリエが、心外だとばかりに口を尖らせる。

「あら、いけません?」

「う、ううん。そんな、私の了解なんて必要ないでしょ……?」

「そうですわよね」

「……うん」

「うふふ、楽しみですこと。大層うぶな方だと聞いておりますけれど。二人きりになって、気分が盛り上がってしまったらどうしましょう」

「も、盛り上がればいいと思うよ……」

「お茶を飲みながらそっと手を重ねて、近くに寄り添って肩にしだれかかって。耳元で愛の言葉を囁いたら、彼はどんな反応をするのかしら。そうと決まれば、とっておきのお香を用意致しませんとね。うっとりするような、甘い甘い香りの……」

 がちゃん、と優雅なお茶の時間に似つかわしくない乱暴な音が響き渡る。
 力任せにカップを受け皿に叩きつけたせいで卓に染みが滲んでいった。どんどん広く。どんどん汚く。まるで今の私の心のように。手にお茶の熱さを感じたが、それは些細なことでしかなかった。
 すぐにローニカが「お怪我は」と側に駆けつける。それに返事をする余裕すらなかった。口を結んでユリリエを睨みつけるも、相手は全く怯むことなくくすくすと笑っている。

「まあ、怖いお顔」

「……」

 卓の上を綺麗に片付け、侍従が諌めもせずに去っていく。
 ローニカに謝罪もお礼も言えなかった自分が、ますます汚いものに感じた。子供扱いされて不貞腐れていたが、これではそう思われるのも当たり前だ。感情に身を任せて、駄々をこねて。みっともない。恥ずかしい。
 泣きたくなんかないのに、目から勝手に涙がにじみ出る。我慢しようと歯を食いしばると、鼻の奥がつんと痛んだ。

「どうなされたの? レハト様。私、何か気に障ることでも口にしてしまったかしら」

「……ユリリエ、意地悪だ」

「レハト様が意地を張るからですわよ」

「……」

「そんなレハト様も大変可愛らしゅうございますけれど。殿方というものは、揃いも揃って察するという能力が欠けている方たちばかりなのですから。仄めかしたりするくらいでは、一生気付かれずに終わってしまいますわよ。いい加減、意地を張るのはおよしなさいな。変にこじれて、却って嫌われてると思われてしまってもよろしいの?」

 そこまで言ってから、ユリリエはローニカへと視線を移した。

「もちろん例外もございますわよ。気が利く侍従が側に居て、レハト様はお幸せですわね」

 部屋の端に居た老侍従は少しだけ微笑み、一礼してそれに答えていた。



  ◇  ◇  ◇


 訪問を告げる呼び鈴が部屋に響く。その後にすぐ、

「グレオニーです。レハト様のお迎えに参りました」

と、扉の向こうから声が聞こえてきた。
 鍵を外して扉を開くと、出迎えた私の姿に彼が驚いて身体を固まらせる。きょろきょろ部屋を見回し、戸惑いつつ大きな体を部屋の中へと滑り込ませてきた。

「おはようございます……。ローニカさんは? どうされたんです?」

「すぐ戻るって、今ちょっと出てるの。サニャも」

 椅子にかけていた上着を手に取り、出かける準備を整える。今日は特に何も予定がないので、図書室に寄ってから中庭を散策しようと思っていた。
 予定通り、明日からグレオニーは休暇に入る。中庭を歩きながら、あわよくば例の幼馴染のことを聞き出せたら、なんてことも実は企んでいた。
 
 近くの棚から外出用の靴を取り出す。椅子に腰かけ、靴を履き替えようとして身を屈めた。その時、急にぬっと大きい影が私を覆う。グレオニーの手が伸びて、びっくりして言葉が出ない私の足首を掴んできた。そして無言のまま靴を脱がせ始める。 
 ぽかんと口を開けているうちに、彼は外出用の靴を私の両足に履かせていた。今は黙々と紐を通す作業を続けている。ここでやっと我に返った。
 
「じっ、自分でできるから、グレオニー。ねえってば」

「この前、足が痛まない結び方というのを教わったんです。レハト様、この靴があまり合わないのではないですか? 歩きにくそうにしていると、自分には見えたもので」

「……う、うん。実は、そうなの……」

「きつくありませんか? 大丈夫です?」

「……うん……」

 グレオニーが紐を縛り終え、もう片方の靴に取り掛かる。膝を曲げて身を屈め、紐を手にしている護衛の姿を私はぼんやりと見つめていた。

 足を触られるなんて恥ずかしくてたまらないのに。せめて、ちょっと声をかけてから触るとか。了解も得ずに女性の身体にいきなり触れるなんて、護衛とは言え失礼すぎやしないか。この間の、屋上で肩を抱かれた行為とは訳が違う。
 ……でも、そうか。
 彼にとっては、こんなことなんでもないことなんだ。私は女として見られていないということなのか。
 グレオニーだって、誰でも彼でもこんな振る舞いをするわけではないだろう。そこまで常識の無い人ではない。それは私がいちばんよくわかっているはずじゃないか。
 
 そう思い始めると、どぎまぎしているのは自分だけなのだ、と急に馬鹿馬鹿しくなった。靴が合わず足を痛めていたことに気付いてくれていた嬉しさも、煙のように胸からかき消えてしまった。
 
 一人で舞い上がっては落ち込んで。いったい、いつまでこんな想いをしなきゃいけないんだろう。
 告白なんて、絶対無理だよユリリエ。だって玉砕するのが目に見えてるもの。こんなにも彼は「それほど気遣いがいらない主」としてしか私を見てないもの。 

 溜め息を押し殺し、目の前にあるグレオニーの頭を再びまじまじと見つめる。
 つむじなんて、初めて見た。グレオニーはとても背が大きいから。彼の頭のてっぺんを見ることなんて今まで一度も無かった。
 ……あ。耳の後ろに、小さな傷がある。知らなかった。いつついた傷なんだろう。ここに来てから? それとも子供のころについた傷? 
 こんなに近くで彼を見ると、いろいろ新しい発見があるなあ、と思わず口の端が上がってしまった。

 耳の下。ちょびっとだけ、髭の剃り残しがある。寝坊でもしたのかな。慌ててたのかな。
 意外とまつげが長いんだな。下手したら私より長いんじゃないの? 男のくせに。ずるいなあ。
 ねえねえ、そんなにすごい一生懸命、紐に集中してるけど。
 知ってる? 私、ずっとグレオニーのこと好きだったんだよ。
 あの日、「側にいて欲しいから」って、結構勇気を振り絞って言ったんだけどな。でも貴方は、全然気付いてないんだろうね。

 急に、ユリリエの言葉が頭に思い浮かんだ。
「意地を張るのはおよしなさいな」
 意地を張らないって、どうしたらいいんだろう。
 どうしたら素直で可愛らしい女性になれるんだろう。

 肘掛けに乗せていた手を上げ、ゆっくりと彼の方へと伸ばす。
 頬に触れると、グレオニーが不思議そうな表情で少しだけ顔を上げた。
 彼の口が私の名前を囁く。その唇に自分の唇を重ね、途中で声を遮った。

 顔を離して、まず目に飛び込んできたのはグレオニーの見開いた瞳だった。
 再び、彼が小声で私の名前を口にする。

「……レハト、様……?」

 紐を手にしていたはずの護衛の手が、まだ頬に触れていた私の手へと伸びてくる。
 手首を優しく掴まれ、その温もりで急に正気に戻った。
 
 わたし。
 今、何をしたの、わたし。
 なに。なにを。なに考えて。わたし、グレオニーに。何を。

 掴まれた手を振り払い、両手で力いっぱいグレオニーの身体を突き飛ばす。
 椅子が倒れる勢いで立ち上がって、全速力で寝室に向かった。乱暴に扉を閉め、混乱した頭を抱えてその場にうずくまる。

 何考えてるの何考えてるの何をしたの私ってば。
 いきなり、あんな。何が起こったの。なんであんなこと。どうして。
 
 自問を繰り返し、先ほどの愚かな行為を思い返しては髪を掻き乱す。せっかくサニャが綺麗に編んでくれたのに、もうめちゃくちゃだ。
 髪飾りが床にぽとりと落ちる。今朝、鏡石の自分の顔を覗きながら、
「どうやって、幼馴染のこと聞きだそうかな」
「さりげなくさりげなく。慌てたらいつも失敗しちゃうんだから」
と、そんなことで頭を悩ませていたのが、はるか昔のように思えた。
 
 もう消えちゃいたい。ここから飛び出して、誰も居ないところへ行ってしまいたい。
 グレオニーにどんな風に思われたか。鈍感な彼でもさすがに気付いただろう。
 どうしたらいいの。これから、どんな顔してグレオニー会えばいいの。

「レハト様」
 
 扉を叩く音とともに、ローニカの声が聞こえてきた。
 グレオニーではないことに安堵しつつも、いや彼もまだ部屋に残っているに違いない、とすぐに顔が赤くなる。

「どうされました。お加減が悪いのですか」

「だ、大丈夫! そう、あの……ちょっとだけ頭が痛いの」 

「とにかく入ってもよろしいですか。酷いようなら、医務室へ……」

「だめ! 開けちゃだめ!!」

「ですが……」

「寝てれば治るから!! ごめんなさい、少し一人にして!!」

 扉の向こうで、ローニカとグレオニーがぼそぼそと会話している声が聞こえた。
 やがてそれは途絶え、「何かあったら、すぐに呼んでくださいね」という老侍従の声を最後に、部屋は静けさを取り戻した。

 寝台に寝転がり、枕に頭を埋める。
 時間が経ったところで、出てくる言葉は先ほどと同じ。どうしようどうしよう、ともう何度繰り返したかわからない。
 
 そうして私は食事も摂らず、夜まで寝室に閉じこもり続けた。

「何があったのかとかお訊きしませんから。とにかく食べてください。お腹がすいてたら、碌な考えしか思い浮かばないですよ」

と夜食を運んできたサニャの言葉に、やっと私は少しだけ笑顔を思い出した。

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