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主従 <7>

2013.03.01 (Fri)
女レハト王様、グレオニー側付き護衛、テエロの その後のお話です。完結しました。
レハトさん、喋りまくります。

主従 <7>


「腕……そのものを、ですか?」

「そう、簡単なことさ。新しい腕を付け替えりゃいいんだ」

 老婆はこともなげにそう言って、また茶を口に運んだ。

「そんなこと……できるわけ……」

「だからまっとうな方法ではないと言っただろう? 信じなくてもそれはそれでいいさ。年寄りの世迷言だと思っとくれ」

 本当にそんなことが可能なんだろうか。常識的に考えてできるはずがない。この老婆は馬鹿正直に信じる自分を騙して楽しんでいるのではないか。

「そうだね、確かに背格好が似通った者同士じゃないと難しいだろう。もちろん腕を付けたあとも、それなりに鍛錬は必要だ。いじくった神経やら血管やらを自分のものにしないとね。それを怠ると付ける前よりもひどい状態になる」

 しかし、戯言にしては老婆の説明は具体的過ぎた。まるで何遍となく経験してきたかのように、すらすらと言葉を並べる。だからつい、こんな問いかけをしてしまった。

「……それは……どのくらい上手くいくんですか。……失敗例は……」

 馬鹿な質問だとはわかっていた。老婆の話を丸々信じたと思われてもおかしくない。こんな狂気の沙汰とも言えるような話を。
 だが聞かずにはいられなかった。
 知りたい。
 どのくらいの希望を持っていいのか聞いてみたい。方法があるのならそれにすがりたい。
 老婆は黙って私を見つめ、カップを置いてゆっくりと語った。

「今、ここであたしがどのくらいの経験をしてきて、どのくらい成功して失敗したかを話すのは簡単だ。でもね。あんたにとっちゃ、成功したか失敗したかのどちらかでしかないんだよ。あまり意味のない数字だってことさ」

 老婆の言うことはもっともだったが、なんだか話をはぐらかされたような気もする。もやもやした気分で落ち着かない。

「まあ腕一本用意するなんて、そうそうできることじゃない。よっぽど世間に顔向けできないような事に慣れている輩なら、また話は別だがね」

 その老婆の言葉に、一瞬だけテエロの顔が思い浮かんだ。
 何を馬鹿な。そんなことを頼めるわけがない。頭がおかしくなったと思われるのが落ちだ。
 黙り込んでいる自分にこれ以上説明する必要はないと判断したのか、老婆は部屋に戻ると告げて、加えてこう言った。

「ただ、一つだけ言っておく。あたしは見ての通り、そう長い命じゃない。いくら腕が良いと持て囃されても、こればっかりはどうにもならんさね。つまり、あんたが考える時間はあまり残ってないということだけは覚えておきな」

 ゆっくりとした口調で老婆はそう言い残し、部屋を後にした。
 一人取り残された私は、老婆の言っていたように体に毒が染み込んでいくような重苦しい気持ちで、椅子にもたれたまま動くことができなかった。


  ◇  ◇  ◇


 報告を聞き終えて、自分の部屋までテエロに付き添ってもらった。護衛はまだ眠ったままだ。
 扉を開けて部屋に入り、疲れがどっと押し寄せてその場に座り込む。
 動機が激しい。
 息が、少し荒かった。
 あの老婆から貰ったお香がテエロの言っていた薬に違いない。判断がつきにくい状態に……。まさに最近の自分の状態そのものではないか。そんな物は早く処分してしまわないと。
 寝台の方に目を向ける。まだ老婆から貰ったお香はかなりの量が残っていた。少しずつ大事に使っていたからだ。

 テエロは老婆を異教徒だと言っていた。
 自分はやはり騙されていたのか、と話を聞いたときには思った。でもよく考えれば、異教徒だからこそ普通では出来ないような何か特殊な治療法があるのではないか。物騒な事を企てたのかもしれないが、老婆が名医だということを否定する理由にはならない。
 あの老婆の腕の良さはきっと本物だった。それは信じていいと思う。しかめ面をしながらもテエロもそう言っていたではないか。

 ならば。
 やはり治療法はあるのだ。あの老婆にしかできない方法が。

 いや、違う。そんな事はもう必要ないのだ。
 彼はもうここから去ってしまうのだから。
 そう、去ってしまうのだ。私の前から永久に。

 永久に。

 背筋が凍りそうになった。何かが体の底から込み上がって来て、思わず叫び出しそうになる。
 両手で体を抱え込み、震えを何とか抑えようと試みた。それでも震えは止まらず、どうしようもなくなって今度は頭を抱え込む。
 何も考えられない。どうしたらいいのかわからない。

 そうだ、とにかくあのお香を処分しなければ。
 処分。どうやって。外に捨てて? でも、あれがないときっとまた眠れなくなる。
 処分。どうやって。屑入れに入れても誰かに見つかってしまう。それにあれがないと、自分はずっとこんな状態のままかもしれない。気が狂いそうになってとても自分を保てそうにない。
 処分。
 処分。
 処分。

 ああ、そうか。
 燃やしてしまえばいいんだ。
 簡単なことではないか。

 袋から薬草をすべて出し、皿の上に山盛りに乗せた。
 火をつけると、すぐにいつもの嗅ぎ慣れた匂いが漂ってくる。
 心が安らいでくるのが自分でもわかった。

 深呼吸を繰り返す。肺いっぱいに香りを満たした。
 体が軽くなる感じがした。
 落ち着いて考えを巡らす。

 彼は、片手の不自由な衛士など聞いた事がないと言っていた。臣下も、片手の不自由な衛士を置くのは不自然だと言っていた。
 そうか。それなら。
 やはりあの老婆に頼むしかない。彼の腕を治してもらえばいいのだ。彼も考えを変えてくれるかもしれない。周りの声も今よりは収まるかもしれない。
 あまり時間はない。明日、いやもう、夜が明けたら老婆は処刑されてしまうのだ。
 早く、早くなんとかしないと。

 腕。
 腕が必要なのだ。今すぐにでも。
 どうやって手に入れればいい? どうしたら……。

 何も思い浮かばず、部屋の中をぐるぐると歩き回る。
 気のせいか眩暈までしてきた。
 余計な体力を使ってはいけない。
 温存しておかねば。
 床に座り込んだ。

 腕。
 腕。
 腕。
 腕が必要なの。
 今すぐに。

 腕。
 そうだ。護衛の衛士は朝まで目が覚めないとテエロが言っていたではないか。
 護身用の短剣の存在を思い出した。
 ふらつきながらも寝台に辿り着き、置いてあった短剣を手に取る。
 なんでこんなに目が回るのだろう。これでは腕を切り取ることなどできない。
 途中で目を覚まされてはお終いだ。
 駄目だ。とても上手くいくと思えない。
 どうしよう。
 どうしたらいいの。

 腕。
 腕。
 腕。
 早く、早く。早く用意しないと。
 もう夜が明けてしまう。
 腕。
 腕。
 腕。

 なんだ、ここにあるじゃないか。

 私は左手で短剣を握りしめた。


  ◇  ◇  ◇


 彼女が発見されたのは翌日のことだった。
 血まみれで寝台に横たわっている王。傍らには短剣。
 暴漢が侵入したのではと囁かれたが、傷の付き方から自分で自分の右腕に短剣を突き立てたのだろう、と診断した医士が言っていた。

 右腕。そう聞いたときに血の気が引いた。
 いったい何を思って右腕を傷つけたのか。今、自分の目の前で眠っている彼女は何も語らない。あの日からまだ一度も目を覚ましていなかった。

「大丈夫ですよ。犬もだいぶ回復したことですし。彼女もこのまま目を覚まさないということはないでしょう」

 医士が淡々と説明する。どうやら何か変な薬のせいで、こうして昏々と眠り続けているらしい。
 騒ぎを聞きつけて部屋に駆け込んだ時、中は強い匂いで満たされていた。あの時、彼女から漂う香りに気付いた時にもっと追究するべきだったのだ、と自分の愚鈍さを呪った。
 腕の傷も大事には至らなかったようだ。

「あれだけ大量に吸いこんだら、多分力もそんなに入らなかったんじゃないですかね。不幸中の幸い、と言うべきか」

 しかし何故そんな自傷行為を犯してしまったのか。誰にも想像すらつかなかった。
 でも自分にはわかる。きっと何か自分に関係しているのだ。だからこそ、彼女は打ち明けることができずに一人で抱え込んでしまった。自分が彼女をきつく撥ね退けたがために、こんな事態を招いた。
 彼女をここまで追い詰めたのは自分だ。

「……まだここに居座る気ですか? 貴方が陛下の側に居ると、いろいろうるさい連中から私まで文句を言われるんですよ。目が覚めたらすぐにお知らせしますから、もう出て行ってくれませんかね」

「嫌です」

 振り向いて即座に拒む自分に、医士は目を丸くした。

「目が覚めた時に、一番に見えるものが自分で在りたいんです。しばらく居座り続けるつもりですので、どうぞお構いなく」

「つまり、辞めるのは止めた、という事ですか?」

 医士が呆れ顔をして溜息をつきながら言う。

「お恥ずかしい話、そういう事です」

「……本当?」

 声がして驚いて顔を戻すと、彼女が目を開けてこちらを見ていた。
 なんと声を掛けようか迷っているうちに、医士が自分を押しのけて彼女に言葉を述べる。

「いいですか、頭は動かさないように。一気に吐き気が襲ってきますから。と言っても、何も出る物は無いと思いますが」

 彼女は無言で瞬きをした。

「水分はいくらでも欲しいだけ摂ってください。詳しい事情はもう少し回復してから聞きますから、とりあえず治す事だけ考えること。わかりましたね」

 再び彼女は瞬き、それを見届けて医士が寝台から離れる。

「じゃあ、そこの貴方。へばり付いている気なら水分補給は任せましたよ、そこに置いてありますから。私は意識が戻った事を報告して参ります」

「この杯でですか?」

「そんな物を使ってもこぼれる事くらい予想がつくでしょう。少しずつ飲ませないと、むせて戻してしまいますよ。貴方にしかできない飲ませ方があるでしょうに、少しは頭を使ったらいかがですか」

「……頭を」

「では、お願いしますね」

と、答えを言わずに医士はさっさと居なくなってしまった。
 ようやく彼が何を言おうとしていたのかを理解し、自分でも頭の先まで真っ赤になるのがわかった。彼女の顔をまともに見れない。そんな場合ではないとわかっているのに。
 彼女が腕を伸ばして、自分の左手を握ってきた。それに気付き、その上に自分の右手を乗せる。

「さっきの、話、本当、なの?」

「本当です。……申し訳ありませんでした。もう、二度とあんな馬鹿な事は言いません」

 右手で精一杯の力を込めて彼女の手を握る。

「……」

「……許して、くださいますか?」

「……三度目は、ない、んだから」

「はい」

「また、逃げたら、許さない、から」

「はい」

「ずっと、側に、居なきゃ、許さない、から」

「はい」

「……あり、がとう……ごめん、なさい」

 彼女の目から涙が溢れた。彼女はそれからも、ごめんなさい、と繰り返し口にし続けた。彼女の瞳から流れる涙を何度も手で拭ってやる。それでも涙が止まることはなかった。
 問題はまだまだ山積みのままだったが、まずは彼女が回復してからだ。
 それまで自分は側を離れず付き添っていよう。彼女の側に居る事ができる幸福を噛みしめながら。

「……グレオニー……。喉が、乾いた、のだけど」

 とりあえず、目先の問題から解決していこう。
 俺は傍らに用意された水差しを睨みながら、そう思った。

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