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求婚<5>

2014.01.30 (Thu)
女レハト下級貴族、グレオニー側付き護衛のその後の話。完結しました。
特に事件と言う事件も起こらず、血も流れずに死人もでません(笑)
お互いに、もじもじだらだらうだうだするだけの内容。たまにはこういうのもいいかな、と。


求婚<5>


 翌日、起き上がれないくらいの身体のだるさをローニカに訴えると、すぐに医士が部屋に呼ばれた。ぼんやりとした頭で診察結果を聞いていたが、どうやらこれが発熱というものらしい。頭痛は酷いし、関節は痛いし、吐き気を催す奇妙な匂いの薬湯を飲まされるしで散々だ。病気らしい病気というものに罹ったことがない私には、とてつもない拷問のように感じられた。

「ちゃんと全部飲んでくださいませね。あ、そうだ。先ほどグレオニーさんがいらしたんですけど」

 口直しのお菓子を用意していたサニャが、こちらを振り向いて声をかける。どろどろとした液体を必死に流し込んでいた私の動きが、その言葉で思わず止まった。

「ぐ、グレオニーが……? なんだって……?」

「城を出る前にご挨拶にって。レハト様、ご診察中でしたからお通ししませんでした」

「……あ。そ、そっか」

 そうだ。今日からグレオニーは休暇に入るんだった。
 行っちゃったんだ……。寂しいな。行く前にひと目だけでも……、と考えてから、いやいやそんなわけにはいかない、とすぐに思い直す。辛くて苦しいけど、熱を出してしまったのは不幸中の幸いだ。

 サニャがくれた小さなお菓子を口に放り投げて、寝台に潜り込む。
 そうやってごろごろと一日を過ごし、夜になる頃には薬が効いてきたのか、幾分私の頭も冷静になっていた。

 あんなことをしてしまって、絶対グレオニーに気付かれた。もうおしまいだ、と昨日は絶望感でいっぱいだったけれど。よくよく考えてみれば、あの衛士の鈍感さは筋金入りなのだ。それはもう、私だけじゃなく城中の皆が認めるくらいに。

「レハト様。私をからかって楽しいですか。いたずらもいい加減にしてください」

 あの時、私が寝室に逃げ込まなければ。もしかしたら彼はそんなことを口にしたかもしれない。十分に考えられる。

 寝返りを打って、深く溜め息を吐く。
 だいぶ身体は楽になっていたが、だるさは抜け切れていなかった。

 こんなことなら、やっぱりグレオニーが故郷に帰る前にひと目会っておきたかったな……、と後悔の念に捕われる。
 お土産をねだっておけばよかった。
 なんでもいいから、彼が私のために選んだものが欲しかった。
 気をつけてね、と笑顔で送り出してあげたかった。
 ……幼馴染のことも、もしかしたら探りを入れれたかもしれない。

 故郷、という言葉を思い浮かべて少しだけ胸が痛む。

 グレオニーには友達がたくさんいる。故郷に戻れば幼馴染もいるし、親兄弟もいる。
 でも私には誰もいない。
 ローニカもサニャも優しいけれど。ヴァイルだって友達と言えば友達だけど。侍従はずっといつまでも私の側に居るわけじゃないし、新しい王は絶えず忙しそうだ。
 ううん、違う。そうじゃなくて。友達が欲しいんじゃなくて。
 城に来る前の私を知っている人が、ここには一人もいない。母を知っている人も、村での私を知っている人が誰も居ない。
 それがなんだか、自分の過去が綺麗に消えてなくなってしまったような錯覚に陥った。
 
 家族が一人も居ないという現実には、とっくに慣れていたつもりでいたのに。
 急に恐怖が忍び寄ってくる。その恐怖に追いつかれないように、慌てて他のことに頭を働かせた。

 ……グレオニーの家族はどんな人たちなんだろう。きっと優しい人たちに違いない。グレオニーがあんな風に育ったんだから。
 兄弟が居ると言っていた。やっぱりみんな、グレオニーと同じように身体が大きくて、顔も似ているのだろうか。
 私の知らない頃のグレオニーを知っている人たち。ここに来る前のグレオニー。成人前のグレオニー。
 例の幼馴染も、私よりもずっとずっとたくさん彼のことを知っているんだ。
 
 落ち込まないようにと頭を切り替えたつもりなのに。やっぱり思考は暗い方へと行ってしまう。 
 私がグレオニーと出会ってからほんのちょっとしか経っていない。敵うわけがない。年数の重みが全然違う。彼がここに勤めていた間の空白なんて、二人にとっては些細なことでしかないだろう。
 向こうで二人が意気投合してしまったら。
 そのままグレオニーが居なくなってしまったら。 

 彼の休暇が終わるまでまだ数日もあるという事実が、ますます私を不安にさせた。
 今まで、長く離れたことなんてなかったから。彼はいつも私の側にいてくれたから。
 
「……レハト様? どうされました?」

 様子を見に来たサニャが、泣いて枕を濡らしている私に近付く。優しく、子供をあやす様に頭を撫でてきた。そして首筋に手をあてて熱さを確かめる。

「ああ……また少し上がってきちゃいましたね。熱のせいで心が落ち着かないんですね」

「……そういうものなの?」

「サニャも小さい頃、熱を出したら訳もわからずに不安になって、泣きながら母を呼んだりしましたですよ」

「……わたし、子供じゃないもん」

「またお薬飲みましょう。これを飲んで、ぐっすり休んで。そうしたら嫌な考えもどこかへ行ってしまいますよ」

 こんなに暗澹たる気持ちになってしまうのは、果たして熱のせいだけなのだろうか。
 渡された苦い苦い薬湯を流し込み、やがてサニャが灯りを消して部屋を出て行った。

 布を肩までかぶり、暗闇を見つめる。何か怖いものがそこから飛び出してきそうな感じがして、慌てて目を閉じた。
 眠気はまったく訪れず、私の心は安らいだ気持ちと言うにはまったく程遠いものではあったが。うまく働かない頭の中で、いくつかのことを決断した。
 ちゃんとあの人には断ろう。誠心誠意を尽くして謝ろう。
 自分の護衛につく話も、もちろん取り消しだ。
 そして。
 グレオニーが帰ってきたら、例え手遅れであろうとも自分の想いを伝えよう。
 
 そう決心すると、少しだけ気分が楽になった。
 次第に身体が寝台へと吸いこまれる感覚が襲ってくる。それに抗わずに、私は眠りについた。 


  ◇  ◇  ◇


「いや、もうそれ、向こうもお前のこと好きだろ。絶対そうだろ。それしかないだろ」

 聞き慣れない声と口調で、横に座る幼馴染が言い放つ。
 久しぶりに戻った生家は、まだ落ち着いてゆっくりと腰を下ろせる状態ではなかった。家族の皆が集まり、自分の帰宅を歓迎する支度に大わらわの真っ最中だ。台所からは忙しなく食器が重なる音が聞こえてきて、居間では家中の椅子を運ぶ音が絶え間なく鳴り響いている。
 全てが終わるまで邪魔にならないところに引っ込んでいろ、と家に辿り着くなり、自分は幼馴染と一緒に庭に放り出されてしまった。

 俺を出迎えた成人したての幼馴染は、全てが予想と正反対の外見に面変わりしていた。
 女性を選択すると言っていたのに。髪は短く、太い眉。喉仏が出ていて、顎には生え揃っていない髭まである。どこをどう見ても女性とは程遠い。
 一体何が起こったのか。どういう心境の変化だと問うと、

「好きな子ができちゃったんだよねー。もう俺にはあの子しかいない。あれだよ、あれ。運命の出会いってやつ」

と、幼馴染と同じ名を名乗る男は、でれでれした顔で答えてきた。
 
「向こうからちゅーしてきたんだろ? ちゅー。決まりだよ、嫌いな奴にちゅーなんかするかよ」

「いや……ちょっと……大きい声で言うなってば……。みんなに聞こえる……」

「何をそんなにうじうじ悩んでるわけ? 好きだからちゅーしてきたに決まってるじゃん。じゃなきゃ、なんだと思ったんだよ」 

「それが絶対にあり得ないことだから、こうやってお前に訊いてるんじゃないか。難しい女心ってのを教えてもらおうと思ってたのに……」

「ああ、ごめんねー。俺、もう男だから。そんなのわかんない」
 
 豪快に口を開けて幼馴染が笑う。痛いくらいに背中をばしばしと叩いてくる男を見つめ、本当にこいつは俺の知ってる幼馴染なのかという疑念がますます強くなった。  

「ほんと昔のままで変わんないなー。衛士になって、向こうで少しはしっかり成長したのかなと思ってたのに。ずばーんと告白しちゃえばいいじゃんよ。ずばーんと」

「……お前は変わりすぎだろ」

 お前と違って、こっちにはいろいろと事情があるんだ、という言葉を飲み込んで俺は答えた。
 でもわかっている。それは自分に都合の良い言い訳でしかないということぐらい。
 気まずくなって、側に居れる唯一の理由である護衛という立場を無くすのが怖いだけだ。彼女は優しいから、そんなことで自分を解雇するなんてまず無いだろうけど。そのうち、意気地も根性もない自分の方が居た堪れなくなって、城から去る選択をしてしまうのが目に見えている。

「そうかなー? そんなに変わったかなー? へへっ。無事に篭りも終えたし。身体も今のところ問題ないし。もう少ししたら、俺あの子に結婚を申し込むんだー。お前も式に来てくれるよな? あっ、でも休暇とかそんなにしょっちゅう取れないのかな」

 鼻の下を伸ばす隣の男の顔をまじまじと見つめる。
 け、結婚!? ついこの間、篭りを終えたばっかりなのに!? 俺よりもいくつも年下のくせに!?

「だっ……お前、なっ……成人したばっかなのに……結婚だって!?」 

「だって、お前みたくぐずぐずしてるうちに他の奴に盗られたらどうすんだよ。やっぱこういうのはガンガン行かないと。男から行動すべきだろ」

 黙り込む自分を無視して、幼馴染は次々と説教を並べ立ててくる。見かけは別人と見紛うほどに変わってしまったが、こんな風に口うるさいところはそのままだな、と昔を思い出して笑みが漏れた。

 他の奴に盗られたら……か。もう既にほとんど盗られたようなものなんだけど。 
 それでもこうして、うだうだと自分は悩み続けている。女々しいことこの上ない。これを断ち切るためには、想いを伝えて面と向かってきっぱりと断られるしか方法がないと、既に自分は気付いていた。そうでもしないと、いつまでも悩み続けてそして後悔し続けるに決まっている。情けない話だが、それだけは自信を持って言えた。
 レハト様にとっては迷惑でしかないだろうが、こんな馬鹿な想いを抱えた衛士がいたことなど、幸せな日々を送っているうちにすぐにあの方は忘れてしまうだろう。
 
「……そうだな。行動しないとな」

 ぽつりと呟くと、途端に隣の幼馴染の目の色が変わる。

「おっ! その気になったか! これでグレオニーも結婚かあ!! おめでたいこと続きだなあ」

「はっ!? いやっ、ちょっと待てって。それはない!! ないから!! いろいろと事情が……」

「ほんとお前ときたら、その性格だから一生独り身なんじゃないかって心配してたよ。いやあ、よかったよかった。みんなー!! グレオニーが嫁連れてくるぞ、嫁!! あのグレオニーが!!」

 跳ねるように家へと向かった幼馴染が、扉を開けて大声で叫ぶ。
 途端に家中の者がわらわらと顔を出してきて、自分と幼馴染に群がってきた。互いに押しのけ合い、競うように皆が質問をぶつけてくる。
 なんだって、いつの間に。どんな子だ。年は。どこで知り合った。城で働いている子なのか。向こうの親御さんは。いつ連れてくるんだ。まさか、今日はその報告でわざわざ休暇を取って帰ってきたのか。

 ただ想いを伝えるだけのはずが。先走った幼馴染のせいで、いつの間にやらとんでもない事態に陥っていた。
 せっかちな幼馴染の脛を蹴り飛ばし、うまく事をぼかして家族に説明するのにかなりの時間を要した。
 なあんだ、と溜め息をつき肩を落とす兄弟や両親。お前のせいだぞ、と隣に立つ男をじろりと睨むと、「だって、向こうからちゅーしてきたって言ったじゃん……。うまくいくに決まってるじゃん……」とまだぶつぶつ言っていたので、さらに強く脛を蹴ってやった。

「まさかあんたが、っておかしいと思ったのよ……。まあ、じっくりと焦らずに相応しい子を向こうで見つけておいで。母さん、そんなに期待しないで待ってるから」

 さあ、盛りつけ盛りつけ、と母が再び台所へ向かう。他の者たちも元の作業へと戻って行った。
 それらの背中を見つめ、頭の中で声には出さずに呟く。

 ……連れてきたかった。レハト様をここへ。自分の故郷へ。
 皆に紹介したかった。自分の育ったところをあちこち案内したかった。
 
 叶うことない夢を思い浮かべ、それを振り払うように俺は台所へと足を向けた。
 

  ◇  ◇  ◇


 寝台の上で寝転がって本を読んでいると、訪問を告げる鈴が聞こえてきた。
 しばらくしてから、ローニカが扉越しに声をかけてくる。

「レハト様。グレオニー殿がいらしてますが」 

 その名前を聞いて、少しだけ鼓動が跳ね上がった。落ち着け、落ち着け。もう決めたんだから。この数日、どうやって言い出すか、ずっと考えてきたじゃないか。何を言われても、絶対笑顔でいること。泣かないこと。
 深呼吸してからローニカに返事をする。すぐに扉が開いてグレオニーが微笑を浮かべて姿を現した。

「ただ今、戻りました。長い休暇を頂き、本当にありがとうございました」

「お、おかえりなさい」

 あんなに冷静を保とうと意志を固めていたのに。出てきた声は少し上ずっていた。
 駄目だってば。落ち着いて。私の心臓、お願いだからもう少し静かにして。
 だが、そう思えば思うほど、何か自分とは別の生き物のように胸の中の鼓動は激しく脈打っていた。久しぶりに会えたというのに、彼の顔を見ていることすらできない。
 沈黙が続く。考えていたはずの言葉が、なかなか口から出てこない。

「あの……。レハト様」
 
 その静寂を破ったのはグレオニーの方だった。俯いていた顔を思わず上げる。

「ええと、その、ですね。……すごくすごく大切なお話があるんです。少しお時間よろしいでしょうか」

 彼の言葉と表情は、一瞬で私に落ち着きを取り戻させる効力を持っていた。
 うわあ……。すっごい真剣な顔。しかも、すっごい言いづらそう……。
 やっぱり向こうで幼馴染とうまくいったんだ。もしくはご両親の持ってきた縁談がまとまっちゃったのかな。
 ……こうなっては仕方がない。こんな事態も当然予想はしていた。
 それでも、伝えなきゃ。迷惑だろうけど、ちゃんと伝えて、ちゃんと失恋しておかないと。
 何も言わずに宙ぶらりんのままでいたら、後悔するばかりで新しい一歩も踏み出せやしない。自分のことは自分がいちばんよくわかっている。いつまで経っても後を引きずるに決まっているんだから。
 
「……私も、大事な話があるんだけど」  

「……レハト様も?」

「うん……」

「……」

「あ、あの。立ったままも何だから。座って、ほら」

「はい……」

 近くの椅子を勧めて、自分も腰を下ろす。
 笑顔を維持する努力を続けてはいたが、うまく笑えていないのはもう明らかだった。
 せめて、泣かないこと。これだけはなんとしてでも貫かないと。既に胸が押し潰されそうなくらい痛んでいたが、勇気を振り絞って彼の顔を見つめ続けた。


  ◇  ◇  ◇


 幼馴染はああ言っていたけれど。
 久しぶりの対面だと言うのに、今にも泣きそうな顔をして向き合っている彼女を見ていると、自分を好いているだなんてとても思えない。俺の帰還を悲しんでいるようにすら見える。
 
 そうか、もしかしたら。
 あの行為は、今まで護衛を務めた自分への感謝の気持ちの表れだったのかも。既にあの時点で、彼女の心は婚姻を結ぶと決めていたのかもしれない。
 休暇前に危惧していた通り、自分が居ない間に正式に話がまとまったのだろう。こんなに辛そうな顔をして。優しいレハト様のことだから、俺を解雇するとは口にしづらいんだな。
  
 まず祝福を先に言うべきか。いや、器が小さい自分は、想いを告げてからじゃないと心からの祝福の言葉を述べる自信がない。
 この方は本当にお優しいから。想いに応えられない自責の念から、今以上に悲しい顔を浮かべてしまうだろう。それがわかっていながら、俺は自分勝手に気持ちを押しつけて踏ん切りをつけようとしている。

 申し訳ありません、レハト様。貴女の手を借りないと忘れることができそうにないんです。
 気に病む必要などこれっぽっちもありませんから。俺の気持ちなど迷惑以外の何物でもないと、きっぱりと仰ってください。

「それで……? 大事な話って?」

 彼女の声で、鼓動が大きく脈打つ。口の中がからからに乾いて、声を出すのに少し時間がかかった。
  
「……レハト様から、どうぞ」

「グレオニーから言ってよ。すごくすごく大事な話なんでしょ?」

「ええ……。でも……いえ、やっぱりレハト様から」

「ううん、グレオニーから」

 そんなに言いにくい話なのか。もうこれは決定的だ。やはり解雇を口にするつもりなのだろう。 
 こうなったら覚悟を決めるしかない。無理をして、つくり笑いを浮かべている彼女を見つめ、ずっと道中で考えてきた言葉を言うために俺は口を開いた。
 
「……実は」

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