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発端<1>

2014.02.25 (Tue)
とある人物の過去捏造話。
ネタバレになるので、登場人物は伏せます。
初っ端からほんの少しだけエロ入ってます。苦手な方はご注意を。


発端<1>


「どんなお方でした? 新しい王は」

 汗ばんだ体をぴったりとくっつけて、女が上目遣いで問うてくる。上気した顔を胸に預け、笑顔こそ浮かべてはいるものの、これは相当機嫌が悪い時の表情だと自分は気付いていた。
 もう長い付き合いなので、慌てて取り繕うつもりはない。だが、これ以上機嫌を損ねて、ここにいつまでも居座られるのも困る。配偶者が居ない身とは言え、金で女を買っているなどということを周りに大っぴらにする勇気までは持ち合わせてはいなかった。

「……何故そんなことを訊くんだ」

「心ここに在らず、のご様子でしたから。さぞかし美しい方だったのかと思って」  

 返事はせずに、傍らに置いてあった酒を手に取る。喉を潤し、さあなんと答えようかとしばし悩んだ。

 先日、王の戴冠式が城で行われた。
 大した家柄でもない自分は、もちろんそんな厳かな式典に出席できるはずもなかった。亡くなった者を悪く言いたくはないが、自分の親の不甲斐なさに腹が立つ。親が何の努力もしてこなかったツケが、こうして息子に回ってくるのだ。
「食べていければ、それで十分じゃないか。これ以上何を望むんだい」
 父も母も、いつもそんなことを口にして、野心というものとは程遠い性格の持ち主だった。

 実際に新王に見えることができたのは、夜に開かれた舞踏会の場だ。
 新たな王は、厳格な祖父がつきっきりで育て上げたと耳にしていた。自分の意志を持たず、人形のような王になり果てたのではあるまいか。もしくは、前王のようにひねくれて育ってしまったか。姿を見るまでは、そんな想像をしていた。
 
 あの瞬間は忘れられない。
 やがて現れた王は、成人して間もないというのに、自分だけでなく場に居た全ての者を圧倒する雰囲気を放っていた。 
 華美過ぎない控えめな衣装を身に纏い、王は微笑を浮かべて壇上からゆっくりと場を見回す。

「堅苦しい挨拶は不要だ。皆、いつものように宴を楽しむがよい」

 凛とした声が会場に響く。声を張り上げたわけでもないのに、不思議とその声は隅にいた自分まで届いた。
 優雅な仕草で若い王が椅子に座る。肘を付き、たまに思い出したように傍らの杯に手を伸ばす。ご機嫌伺いに近寄る貴族らに、魅惑的な微笑を返す。
 とある貴族に手を取られて彼女が踊りの場に出ると、会場が拍手の渦に包まれた。滑らかな動きに合わせて、皆の視線が彼女に注がれる。
 舞踏会は顔を売る大事な場だ。いつもならばひたすら歩き回り、しきりに話しかけ、人脈を作ることに心血を注いでいた自分も、この日ばかりはそんなことはすっぽりと頭から抜け出てしまっていた。
 いつまでもいつまでも、成人して間もない新王を目で追い続けていた。何故、あの細くて白い美しい手を取って踊っているのは自分ではないのだ。あの時ほど、自分の立場を惨めに思ったことはなかった。
 
「……そうやって、都合が悪くなるとすぐ黙り込んで。そんなに惚れ込んでしまったの? もう私はお払い箱なのかしら」

 怒りに満ちた声で、急に我に返る。
 女は掛け布を頭まで被り、背を向けて怒りをあらわにしていた。  
 
「そんなことはない。私がお前を手放すわけがないだろうに」

「どうだか」

「ほら、機嫌を直して……」

 女の肩に手を掛けて、強引に抱き寄せる。不貞腐れた顔をしていた娼婦は、再び事を始めようとするとすぐに表情を和らげた。
 耳元に唇を寄せ、優しい言葉を囁きながら考える。
 今のままでは駄目だ。王配の座を手に入れるには、まだまだ努力が必要だ。あの若く美しい王を虎視眈眈と狙っている男は、想像以上に潜んでいるに違いないのだ。
 もっと自分に権力があれば。
 金があれば。
 人脈があれば。
 ここでも親の怠慢が自分の足かせとなって邪魔をしてくる。のんべんだらりと生を楽しむつもりはさらさらない。上を目指して何が悪い。どんな手を使ってでも、私は勝ち上がってみせる。周りの奴らを蹴落として彼女を手に入れてみせる。
  
 女の手首を掴む力に、思わず力が入ってしまった。
 娼婦が恨めしそうに非難の声を上げる。しかし、聞こえない振りをして行為に没頭した。


  ◇  ◇  ◇


 遠くに佇む護衛らの視線が痛い。何も悪いことはしていないのに、罪人のような気分になってくる。
 こうして、中庭でたびたび王陛下にすり寄る自分を見て、

「またあいつか。懲りもせずに哀れなものだ」

と、貴族、使用人問わず皆が陰口を叩いていることも知っていた。 
 何とでも言うがいい。笑っていられるのも今のうちだ。諦めずに行動し続けた者こそが勝利を得ることができるのだと、事が成った暁にはこちらが高らかに笑ってやる。
 
「おぬしもよく続くな。手を変え、品を変え。よくもまあ、そう次から次へと口説き文句が出てくるものだ」

「本心でございますから」

「手紙の量が他の者の群を抜いておるぞ。このままでは、その粘り強さにこちらが根負けしてしまいそうだ」

「それが、そう遠くない日であることを願っておりますよ」

 若き王は、苦笑しつつも自分との会話を楽しんでいるようにも見えた。
 もうひと押しか? それとも、まだまだ足りないか?
 やんわりと求婚を拒まれつつも、邪険にはされない。それが彼女の気遣いからくるものなのか、それとも本当にまんざらでもない様子なのか、未だ判断がつかなかった。
 
 生まれながらの王。王以外、他の何者にも成り得ることを許されなかった神に愛された者。
 いくつも年下だというのに、彼女は仮面を決して外そうとはせず、いつ、どんな時でも「王」だった。年相応の反応を見たことなど一度も無い。さすが寵愛者と言うべきか。王になるべくして育てられたと言うべきか。
 彼女は、部屋で一人でいる時も「王」なのだろうか。そんな考えがふと浮かんだ。

「それはそうと。……あの者、先ほどから何をしているのだろうな?」

 彼女の視線の先を辿ると、一人の男が花壇の側に座り込んでいた。
 身なりからして貴族だろう。ぴくりとも動かずに、じっと地面を見つめ続けている。

「さあ……? まさか具合が悪い……とか? あっ、でも動きましたね……って、あああ、勝手に花を毟っていますよ。何を考えているんだか、不作法にも程がある。ちょっと注意して参りましょうか」

「まあよい。少しくらい摘んだところで、美観を損ねる程ではあるまいて。そこの者。ああ、そうだおぬしだ。何をしている? そんなにも心奪われる花でもあったか?」

 呼びかけられて振り向いた男は、少し罰の悪そうな顔を浮かべた。
 若い男だ。恐らく王とそれほど年は変わらないくらいだろう。
 適齢期の貴族はある程度頭に叩き込んでいたつもりだったが。この男の顔には覚えがなかった。どこか遠い土地の者なのかもしれない。あるいは、こういった貴族社会に全く興味を持たない偏屈者か、極度の人嫌いか。
 男は数本の花を手にして、渋々と近寄ってきた。 

「ちょっと珍しい花だったものですから、つい……」

「ほう……。確かに珍しい色の花だな」

 王のその一言で、男の顔がぱっと明るくなる。
 途端に弾ませた声を口にした。

「でしょう!? いやあ、やっぱりここの庭はすごいですよねえ。興味深いものばかりで、時間が経つのを忘れてしまいますよ」

「それを聞いたら、庭師も喜ぶであろうな。どれ、その花、もうちょっとよく見せてくれぬか」

「えええー? 欲しいんですか? 参ったなあ……。持ち帰ってよく観察してみようと思ったのに……」

 王に対する態度とはとても思えない男の言動に驚愕する。名残惜しそうに摘んだ花を見つめながら、男はまだぶつぶつと愚痴を垂れていた。
 なんなんだ、こいつは。不作法どころの話じゃない。この国に君臨する王が自ら所望しているというのに。しかもそれが価値のありそうもないたかが野花だというのに、何を躊躇することがあるというのだ。まさか、彼女の額の徴に気付いていない、なんてことは……。
 
「おい、失礼ではないか。陛下が……」

 たまらず口を挟むと、隣に座る王がくすくすと笑い出した。
 ……こんな風に笑う彼女なんて、初めて見た。いろいろと彼女が興味を引くような話題を提供し続けていたが、王はいつも静かな笑みを浮かべるだけに留まっていた。

「いやいや、欲しいわけではない。そんなに気に入ったのなら、好きなだけ持って帰るがよい。そこの花壇、まるごと持っていかれるのはさすがに困るが」

「いえ、これだけで十分です」

 ほっとした様子で、男が懐から布を取りだす。そして大事そうに花をそれに包んだ。
 せっかくの時間なのに、思わぬ邪魔が入ってしまった。話に区切りがついたのだから、さっさとここから去ればいいのに。少しは空気を読んだらどうなのだ。
 にこにこと屈託のない笑みを見せている男をじろりと睨みつけ、私は陛下と大事な話があるのだ、と追い払おうと試みた。だが、王陛下はこの男に興味を持ってしまったらしい。

「あまり見ぬ顔だな。名は?」

「申し遅れました。ヨアマキス家の次男でクレッセと申します」

「ああ……ヨアマキスの……。おぬしの父と兄はよく見知っているが」

「父が城に出向くという時はいつも逃げ回っていたもので。逃げて隠れるのは得意なんですよ。花に見惚れてさえいなければね」

 失礼な言葉を少しも失礼とは思っていないような男の態度を見つつ、どうやらこの男は王配というものに執着していないのだな、と少し安堵した。親はどう思っているのかまでは知らないが。
 しかし油断は禁物だ。探りを入れておいて損はない。私は男に向かって問いかけた。

「クレッセ殿は、今日の舞踏会にも出席されるのですかな?」

「踊りは不得手なんですが。まあ、珍しい食事をつついて、隅で大人しくしていようかなと。たまにこうして顔を出しておけば、父の機嫌もしばらくは持ちますし」

「では、おぬしを踊りに誘うのだけはやめておくとしよう。おぬしの父に、余計な期待をさせても申し訳ないしな」

「本当に、陛下がなかなかお相手を決めてくださらないから。こんなこと言いたくはありませんが、僕のように、貴女の年に近い男ら皆が迷惑を被っているんですよ。この馬鹿騒ぎがいつまでも続いたら、心労で父の寿命が縮んでしまいます。父の穏やかな余生のためにも、なるべく早くなんとかしていただけませんかね」

 お前と私を一緒にするな。私は迷惑などと思ったことは一度もない。さっきから身分もわきまえず、言いたい放題言って何様のつもりなんだ。
 隣に座る王が、特に気分を害した様子でもないのが余計に腹が立った。多少のことでは怒りを表に出さない寛大さも彼女の魅力の一つではあるが。ここで諌める言葉の一つでもぶつけてやらねば、こういう輩はますます図に乗ってしまうのではないか。

「すまぬな。我も、頭が痛いところなのだよ。最近では、舞踏会とは名ばかりの王配選びの場と化してしまっている。少し話をしただけで『お気に召されましたか』と皆が色めき立って騒ぎたてる。踊りを踊ろうものなら、翌日には城中の話題の的だ。皆に迷惑をかけているのは、わかってはいるのだが……」

「ですから。私の想いを受け止めてくだされば、何もかも解決ですよ」

 少し意識して、大きめの声で若い王へと語りかけた。目を逸らさずに、彼女の瞳を覗き込む。
 妙な男が側にいるが構うものか。こうして、直に話ができる時間は限られているのだ。人目を憚っている余裕はない。
 王が苦笑して口を開く。

「……まったく。その一途さは感嘆に値する。こんな女のどこがよいのやら」

「全てです。何もかも」

「全て、か。このやっかいな徴も含めてか?」

「徴と陛下を切り離して考えることなぞできませんよ。その徴が今の貴女を作り上げ、そして私はそんな陛下に惹かれたのです」

「では徴がなければ、おぬしは我に見向きもしなかったやもしれぬな。……いや、意地悪な言い方だった。忘れてくれ」

 そろそろ時間だ、と彼女が腰を浮かせようとした時。
 大人しく黙って見ていた男が、急に手を叩いて朗らかな声を出した。

「ああ、それはいい。もし陛下に徴がなかったなら、僕はこの場ですぐ結婚を申し込んだでしょうね」 

 あまりの暴言に絶句した。動くことさえできない。
 それは王も同じだったようで、きょとんとした顔で男を見つめている。そして、緩んだようにふっと顔を綻ばせ、我慢できなかったのか口を隠して笑い出した。

「正直な口だな。つまり、王という身分はおぬしにとって邪魔なものでしかないと。そう言うのだな」

「正直すぎて、家でも皆に煙たがられております。貴族社会のしきたりというものは、僕には理解不能なことばかりでして」

「残念だな。この徴は消すことはできぬ。いや、良い気分転換になった。感謝するぞ」

 まだ笑いが止まらないのか、肩を揺らせて彼女が去っていく。護衛らが慌てて側に駆け寄ってきた。
 数歩進んだところで、王がふと立ち止まる。そして振り返って男に問いかけた。

「……すまぬ。もう一度、名を訊いておこうか」

「クレッセと申します、陛下」

「先ほどの花。少し増やしてもらうよう庭師に言いつけておこう」

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