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発端<3>

2014.03.12 (Wed)
とある人物の過去捏造話。
ネタバレになるので、登場人物は伏せます。
胸糞な展開になっております。ご注意を


発端<3>


 帰宅した自分を出迎えたのは、青白い顔をしている妻、そして沈痛な面持ちをしている医者の二人が醸し出す辛気臭い空気だった。ここに居るべきはずの人物が見当たらず、妻に問うてみる。

「侍従はどこへ行った。お前の側から離れないよう、あれだけきつく言い渡しておいたのに……」

「暇を出しました」

 表情も変えずに妻が淡々と述べる。

「暇、だと? 何を勝手なことを……」

「ここを辞めて出て行きたいのに旦那様のお許しが出ない、と以前から言っておりましたので」 

 妻の頬を目がけて力いっぱい腕を振りかぶる。乾いた音が部屋に響き、目の前の女は衝撃に耐え切れずに床に倒れ込んだ。じんわりと広がる掌の痛みがますます私を苛立たせる。妻は俯きもせずに、私をこれでもかというくらいに睨みつけて言葉を放った。

「ご心配なく。今まで誠心誠意を尽くしてお世話をしてくれた謝礼として、しばらくは困らないくらいに紙幣を握らせました」

「ここの主は私だ!! お前に侍従を辞めさせる権限など……」

「私が何も知らないとでもお思いですの? あの子は貴方から逃げたがっていた。私は気の毒に思って、それを叶えてあげただけのこと。嫌がる女を無理やり自分の側に縛りつけて……大の大人が、それも妻帯者がする行為とはとても思えませんわ。もう良い年なのですから、何でも自分の思い通りにはいかないことぐらい、いい加減に学んだらいかが?」

「……産後でなかったら、お前を蹴り飛ばしているところだ」

「まあ、旦那様からそんな労わりの言葉が出てくるなんて。お優しいところもあるのですね。驚きだわ。では、その機会を逃さずに言っておこうかしら。私も貴方から解放してくださいません?」

 以前から腹の立つ言動が多かった妻だが。抑揚なく喋る目の前の女は、私の知っている大人しい妻とはまるで別人に見えた。
 なんだ? この態度は。
 不機嫌な顔を見せつつも、いつも私のすることに口を出さずにいた妻は、いったいどこへ行った?
 何がこの女をここまで変えさせた?

「私が必要なのではなく、私の家柄やお金が必要だったのでしょう? でももう、貴方には余りある権力もお金もある。私など居ても居なくても同じじゃありませんの? お互いのためにも、もう離縁して……」

「そんなことは許さん。妻に逃げられたなどと、そんな恥さらしなことを皆に知られてたまるか!!」

 あの娼婦のように、お前も私を裏切るのか。私を捨てるのか。
 何故、揃いもそろって皆が私から離れて行くのだ。何故、私を選ぼうとしないのだ。
 いったい、私の何が足りないというのだ……!!

「おい、お前」

 無言で側に佇んでいた医者に声をかける。
 医者は身体をびくつかせて、おどおどした態度で振り返った。

「本当に、もう手の施しようがなかったのか? いい加減な処置をしたのではあるまいな」

「そ、そんな! 私は決して……!! 申し訳ありません、あの、その、最善は尽くしたのですが……」
   
「子の遺体はどうした」

 私の問いかけに医者が口を開きかけたが、妻がそれを遮って会話に割り込んできた。

「埋葬しました。目にしたら貴方が悲しむと思って。……でも余計な気遣いでしたわね。気の毒な我が子より、先に侍従の方を気になさるなんて。やっぱり貴方はそういう人間なのよ。私や子のことなんか、ただの道具にしか思っていない。血の通っていない冷酷な男なんだわ」

「お前がどう思うと勝手だが、離縁だけは許さん。いいか、とっととその弱っている身体を元に戻せ。すぐに次の子を作らねばいかん」

「……貴方って人は……」

「お前には見張りをつけるからな。私の許可無く、ここから出られると思うな」

 
  ◇  ◇  ◇


 ほら、やはり私の思ったとおりだ。
 あんな優男、陛下に相応しくないと私には最初からわかっていた。わかっていたぞ。
 かけがえのない我が子も城に置き去りにして、一人領地に逃げて戻ったというではないか。情けないことこの上ない。陛下を幸せにできるのは、私のような男でないと無理なのだ。

 こうなってくると、妻がなかなか身籠らなかったのは幸運だったとも言えるな。
 心置きなく、陛下に再び求婚できるというものだ。

「でも……陛下が妻帯者の求婚なんて受けますかねえ……? もちろん、離縁なさるんでしょ? まあ旦那様には悪いけど、奥様も望みが叶って晴れて独り身万々歳ってとこですかね」

 部下の一人がぶつぶつと呟く。金にものを言わせて雇ったうちの一人だ。
 綺麗ごとだけではのし上がることなんぞできない。どんな汚い手を使おうが、露見さえしなければいいのだ。何人かこういった者を雇い、人の道に外れたようなことをやらせ、それなりの報酬を払うことで私はここまで上り詰めた。

「いや、離縁はしない。外聞が悪い」

「じゃ、どうするんですか」

「決まってるだろう」

 部下が口を噤んで黙り込む。丁寧に手入れされた美しい庭を窓から眺めつつ、私は言葉を続けた。

「不自然に見えないように、そうだな、事故に見せかけてもいい。離縁よりも、愛しい妻を失ったという立場のほうが周りの同情も得られるだろう。最近雇ったあいつはどうだ? あのヒゲをはやした……」

「何を考えてるか、いまいちわからない奴ですが。大丈夫でしょう、多分」

「度胸試しに、ちょっとやらせてみろ。口だけが上手くて、腕が無い奴を雇い続けるわけにはいかん」

「では、『メーレ侯爵』にそう伝えておきます」

 部下が会釈して部屋を後にする。
 庭の木に、美しい小鳥が一羽留まって囀った。久々に清々しい気分だ。これまでうまくいかないことも多かったが、アネキウスはやはり私の味方だった。私を見守ってくださっていた。
 待っていろ、必ず手に入れてやる。何もかもが私と結ばれるための過程に過ぎなかったのだと、貴女にわからせてやろう。

 愛しい陛下の顔を思い浮かべ、そして輝かしい未来を想像して、口から笑いが漏れてしまうのを止められなかった。
 
  
  ◇  ◇  ◇


「そうしてお互いの傷を舐め合おうと? それは健常な状態とはとても言えぬな」

 子を産んで数年経つと言うのに、相変わらず王は美しい顔立ちをしていた。
 中庭の緑に囲まれ、寂しげな笑みを浮かべる王。なんとなく、以前とは違った印象を受けた。結婚、出産、そして離縁という経験が、彼女の中の何かを変えてしまったのか。
 
 彼女にやんわりと求婚を断られ、既視感に襲われる。
 またか。また貴女はそうやって私を拒むのか。
 だが、これくらいで怯んでなるものか。貴女を手に入れるために、私がどれだけ汚いことに手を染めてきたと思っているのだ。

「……そうでしょうか。私は……」

「何より、我はもう誰とも婚姻を結ぶ気は無いのだ。息子もいることだし。あれに新しい父親をつくるなど、とても考えられぬ」

「ですが」

「おぬしも妻を亡くして、まだ正常な判断ができないでいるのではないか? 無理も無い話だが……。この話は聞かなかったことにしよう。気持ちだけは有難く受け取っておく」

 王がそう言って、腰を上げる。逃してなるものかと声をかけようとした時、彼女が振り返ってぽつりと呟いた。
 
「……今は、息子のことを第一に考えたいのだ。すまぬな」

 護衛に囲まれて王が去っていく。必死に呼びかけたが、彼女が再び振り向くことは無かった。

 金も、権力も手に入れた。昔の私とは違う。大抵のことは思い通りに叶う力を手に入れた。
 なのに、それでも貴女は振り向いてくれないのか。そこまで私を拒むのか。
 子を失い、妻も捨てた。
 私にここまでさせておいて、貴女は何の代償もないなんて許されるのか?

 王配という立場を捨てて逃げ去ったぼんくら男のように、大人しく引き下がる私ではないぞ。
 この先、のうのうと穏やかな日々を過ごせると思うな。
 穏やかな死が迎えられると思うな……!
  
 こうなったら、あの息子に手をかけるべきか。
 いや、他にも良い手口がきっとあるはずだ。
 思い知らせてやる方法を、じっくりと考えよう。焦ることはない。彼女が王を退いてからのほうが……。

 中庭に一人取り残され、私はいつまでもそうやって、あらゆる手段を頭の中で巡らせ続けていた。

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