スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

傾慕

2014.04.11 (Fri)
ハイラと娼婦の捏造話。
いつもの如く、あまり楽しい話ではありません。エロは出てきませんが、娼婦、娼館などの設定が苦手な方はご注意を。
一話で完結です。


傾慕

 窓の扉をそっと開け、外の空気を部屋へと送り込む。寝ている病人を起こさないよう細心の注意を払ったつもりでいたが、木の扉は悲鳴のような軋んだ音を部屋に響かせた。
 この娼館は私が産まれる前からここにあったと聞く。老舗と言えば聞こえはいいが、建物の老朽化はもう少しなんとかならないものかと溜め息が漏れた。少しでも居心地の良い部屋を、と隙間風の入らない部屋に病に侵された友人を移したものの、日当たりの悪さ、粗末な固い寝台のままではあまり意味の無いようにも思える。
 客と過ごす部屋とは雲泥の差だなと、みずぼらしい部屋を見回して再び溜め息を吐いた。

「お気の毒ですが……来年の年明けは迎えられないと覚悟してください」
 
 医者が言っていた言葉を思い出し、胸に抉られるような痛みが走る。
 友人が気になる咳をし出したのは去年の年明け前のこと。その後、詳しいことはわからないが王位を巡る争いというものが勃発したらしく、ここを訪れる客はめっきりと減った。気がねなく友人を休ませることができるが、それが幸いと言ってよいのかどうか。
 収入が減り、経営が苦しいだろうに、ここの経営者は病を患った友人を追い出すような非道なことはしなかった。

「ゆっくり養生しなさい。どうせ客もそんなに来ないんだから。体が治って、この戦いも落ち着いて、そうしたらまたばんばん稼いでくれればいい」

 今までよく働いてくれていたからね、と経営者は優しい言葉を付け加え、そして病人といちばん仲の良い私が看病を任された。尤も、看病と言っても、こんなに病状が悪化してしまっては自分にできることはほとんど無いに等しいのだが。

 背後の寝台から、布が擦れる音が聞こえてくる。不愉快な扉の音で友人を起こしてしまったか。

「ごめんね、うるさかった?」

「ううん、いいの。夜寝れなくなっちゃうし」

 儚げな笑顔を浮かべ、友人が体を起こす。側に置いてある水差しに手を伸ばしていたが、その細い手首が目に入り、先ほどの医者の言葉が再び頭を過った。

「外の様子はどう?」

 喉が苦しいのか、消え入りそうな声で友人が訪ねてくる。

「いつもと変わりないよ。こんな風景見ていると、戦いの最中だっていうのが嘘みたいだよね」

「お城がすぐそこだしね。でも……衛士さんたちは、遠いどこかで戦ってたりするのかな……」

 そう口にして、友人が肩を落として項垂れる。
 彼女が何を気にしているのかは、容易に想像がついた。重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、私は大げさなくらい明るい声で言葉を返す。

「大丈夫だよ、ハイラ様は貴族だから。前線に出るようなことは無いと思うよ?」 

 友人からの返事は無く、彼女が弱々しい笑顔を見せてから再び俯く。病気のせいで、良くないことばかり頭に浮かんでしまうのかもしれない。無理もない話だ。
 少しでも元気づけようと、寝台に近付いて骨ばった彼女の手を握り締める。あんなに綺麗な肌だったのに。色白で、すべすべしていて、いつもいつも羨ましいと思っていた。この肌を求めて、毎日たくさんのお客が彼女を指名していた。
 なのに今。指先に触れる友人の手の感触は、涙が出そうなほどかさかさとしていて。髪はきちんと整えられてはいるが、艶があって毛先まで手入れされていたあの頃の様子は見る影もない。若い女をここまでの状態にさせる病魔を、憎んでも憎み足りないくらいだった。


  ◇  ◇  ◇


「はーい、また来ましたよー。今日は差し入れ付きですよ~。最近、城でも評判のお菓子を買ってきちゃいましたー」

 小さな包みを手に、常連の客が扉から姿を見せる。途端に、隣に座っていた友人の顔がぱっと華やいだものになった。

「よかったね。ハイラ様、来てくれたよ」

「冷やかさないでよ、もう」

 肘で私の体を小突いてから、友人が彼のもとへ嬉しそうに駆け寄っていく。ハイラ様も人目を気にすること無く、友人の華奢な体を抱き寄せた。
 彼はいつも他の娼婦を選ばずに友人を指名していた。金に余裕があるのか、館の皆が顔を覚えているくらい頻繁に訪れる。衛士の給料だけでここに金を落としているとはとても思えないが。よっぽど裕福な家柄の息子なのだろうか。
 友人との長い長い抱擁を済ませた彼が、こちらに近付いてきた。そしてお菓子の入った包みを私にも差し出してくる。

「はい、君にも」

「ありがとうございます。……ハイラ様、ほんとマメですよねえ。私のような者にまで毎回わざわざ……」

「何言ってんの。誰にでもあげてるわけじゃないよ。君たち二人が特別可愛いから、こうやって美味しい物を見つけたらあげたくなるの」

 その言葉に苦笑して、包みを受け取った。口がうまいところも相変わらずだ。こんなところへ通わずとも、彼ならばあちこちで女性から声をかけられそうなものなのに。

 特別可愛いから。社交辞令とわかっているのに、その言葉に胸が温かくなる。だがすぐに、寄り添って階段を上がって行く二人の背中を見て、それがちくちくと刺すような痛みに変わった。
 先ほど彼が友人を抱き締めた時も、平静を装ってはいたが同じ痛みを感じていた。

「客に特別な感情を抱いてもいいことなんか無い。期待しちゃ駄目だよ。後が辛くなるから」
 
 余計なお世話とわかりつつ、彼にのぼせ上がる友人に何度か忠告していたのを思い出す。
 自分のことを棚に上げて、どの口がそんな偉そうなことを言うんだか。
 自重の笑みが漏れ、それでも耳は二人が入って行った部屋の扉が閉まる音を敏感に捕らえていた。

 彼はどんな風に友人を抱くのだろう。思わずそんな想像をしてしまう自分が心底嫌になる。
 この想いを友人に打ち明けるつもりはなかった。彼女には幸せになってほしい。あんな良い子の苦悩する顔なんか見たくない。
 娼婦とは思えないほど純粋で。がさつな自分とは大違いで、気が利いて可愛くて。
 この建物内のみの触れ合いであっても、その彼女のひとときの幸せを邪魔したくなかった。もし彼が私を指名するようなことがあれば、選べる立場ではないとわかっていても私はすぐさま力一杯その横っ面をひっぱたくだろう。
 まあ、まずそんな事態にはならないだろうが。
 そう断言できるほど、彼も友人のことを気に入っているのは見ていてすぐにわかった。

 いつまでもぐじぐじと落ち込んでいてもしょうがない。さっさと気持ちを切り替えないと。
 老舗と言われるこの館には、今日もこれからたくさんの客がやってくるに違いないのだ。

 手に収まっている包みから甘い匂いが漂ってきた。女の子が喜びそうな、可愛い模様の包み紙。こんなものを恥ずかしげも無く買えるあたり、やはり女の扱いに長けているのが窺える。
 それとも。もしかしたら自分の女に買わせたのかもしれないなと、そんなことをふと思った。


  ◇  ◇  ◇


 私に気を遣って、友人は無理をして笑みを浮かべている。だが、手を握り返してきた力の弱さ、そしてあの日のお菓子の包み紙を大事に側に置いている彼女を見ていると、腹の底から説明のできない感情が込み上がってきた。ぐっと歯を食いしばって、私は涙の代わりに言葉を吐き出す。

「ねえ。ハイラ様に手紙を書いてみない?」

 言ってしまった。前々から考えていたことを、とうとう口にしてしまった。

「……手紙?」

「こんな時だから大変だとは思うけど、ひと目会いたいって。それが駄目なら、せめて手紙をください、とか」

「わたし、字なんて書けないよ」

「私が代わりに書いてあげるから。あなたの言葉を、そのまま書き留めてあげる」

 友人はしばし考え込み、一点をじっと見つめ続けていた。だがやがて、ゆっくりと首を横に振る。

「……ううん、いいの」

「でも会いたいでしょ? もうずっと会ってないのに」

「いつも以上に忙しいだろうし。それに……」

 ひと呼吸置いてから、それでも笑顔を絶やさずに彼女は呟いた。

「こんな姿、見られたくないんだ」

 友人の言葉に衝撃を受ける。
 言われてみれば当然ではないか。長年連れ添った夫婦ならいざ知らず、想いを寄せている男に、以前とは違うこんなにもやせ細った姿を見せたがる女がどこに居ると言うのだ。
 自分の短慮さを恥じ、すぐに謝罪を口にした。

「ごめん……。考えが足りなかった。私、いつもこんなんで、ほんとごめん」

 考えるよりも先に体が動く。頭に血が上ると、思ったことをすぐに口に出してしまう。
 その気の強さは接客には致命的だとよく叱られていたのに。私はいつまで経っても成長していない。

「謝ることなんかないよ。ありがとう」

 言い終わるや否や、苦しそうに彼女が咳き込む。骨が浮き出ている背中を擦ってやると、「ごめんね」と言う声が聞こえてきた。

 この子がいったい何をしたって言うの。なんでこんな目に遭わなきゃいけないの。
 考えても仕方が無いのに、毎日同じ言葉が頭に浮かぶ。
 せめてこの反乱騒ぎがなければ。もう少しまともな治療が受けられたかもしれないのに。ハイラ様だって、もしかしたらお見舞いに来てくれたかもしれないのに。
 誰が王様になろうとどうでもいい。実際に見たことはないが、何の罪もないこの子を苦しませている継承者たちなんて、きっと碌でもない奴に決まっている。
 アネキウスも同様だ。何が神だ、寵愛者だ。

 神殿になんか、もう一生行かない。へこへこ頭を下げて、病気が治りますようにと祈っていた時間を返せと罵りたくなった。
 
 死んだら許さないから。
 咄嗟に浮かんだその言葉が、目の前にいる友人に向けたものなのか、それともアネキウスにぶつけたものなのか。自分でもよくわからなかった。


  ◇  ◇  ◇


 こんな姿を見られたくないと彼女は言っていた。でも、やっぱり。山に登ってしまう前に、一度でいいから会わせてやりたい。せめて手紙だけでも、ううん、野花の一輪でもいい。友人をなんとかして喜ばせてやりたい。
 とにかく、今の病状を彼に知って欲しかった。
 なりふり構わず突っ走って、また悪い癖が出ている自覚はあった。それでも、思いを込めた文字を綴る手を止められなかった。

 翌日、城に出入りしているという顔見知りの商人に手紙を預けた。

 そして日々が過ぎ去り、戦いの場がついに城下町の近くまで迫っているという噂が耳に入ってくるようになった頃。友人の病状はますます悪化し、会話もままならない程にまでなってしまった。

 彼は、まだ来ない。


  ◇  ◇  ◇


 街はずれに向かって、脇目も振らずに足を進める。街と外の境目となる門に近付くにつれ、だんだんと人の数が多くなってきた。あちこちから別れを惜しむ声が聞こえてくる。

 見慣れない衛士服に身を包んではいても、私の目は彼をすぐに見つけた。これから戦場に向かうと言うのに、久々に見た彼は相変わらず余裕ぶった態度で衛士数人と談笑している。
 てっきり大勢の女に囲まれて、いつもの口説き文句や別れの挨拶を撒き散らしているものと思い込んでいたが。でも、もちろん女の影が無いことぐらいでは、ずっと抱えてきた私の怒りが収まることはなかった。

 近付く私に衛士の一人が気が付き、怪訝な表情を浮かべる。やがて彼も私の存在に少し驚いた顔を見せた。
 手を伸ばし、力任せに彼の胸倉を掴んで引っ張る。そのまま衛士の群れから少し離れたところまで引き摺り、相手が口を開く前に頬に平手打ちをかました。

 一瞬の静けさの後に、わずかなざわめきが辺りを包む。
 周りの注目を浴びていようが、そんなものはちっとも気にならなかった。

「あの子は、亡くなりました」

 実際に口にすると、鼻の奥がつんと痛んだ。
 駄目だ、泣くな。泣いてる場合なんかじゃない。
 この男に、ぶつけてやりたい言葉がまだまだあるんだ。

「待ってたのに……。あの子、口にはしなかったけど、きっとずっと待ってたのに!! 会いには来れなくても、せめて手紙くらい書いてくれてもよかったでしょう!?」

 私の叫びに動じることも怯むこともなく、彼は目を伏せて軽く微笑んだ。

「……私の書く文字は汚いと城でも有名でね。報告書を書かせてもらえないくらいなんだ」

 この期に及んで、まだそんな冗談めかしたことを言うのか。あの子のために涙を流せとまでは言わないが、もう少し神妙な態度を見せたらどうなんだ。

「汚い字で、幻滅されたくなかったし」

「そういう問題じゃないでしょうが! こんな時までふざけないでよ! あの子がどんな気持ちで……」

「こんなご時世だから奥さんも情緒不安定みたいでさ。余計な心配かけたくなかったんだ。でも、ごめんね。贈り物ぐらいはするべきだったね」

 何を言われたか咄嗟に理解ができず絶句する。
 奥さん、という言葉が何度も頭を駆け巡った。
 いったい、いつの間に。そんなこと全く想像してなかった。

 殴られたような衝撃で、途端に頭が冷えてくる。
 そうか。もしかしたら、この戦いに出向くことはかなり前から決まっていたのかもしれない。それで急いで婚姻を結んだ、もしくは親から結婚を強いられたのだろうか。

 考えなしに自分が犯した失態に気が付き、すぐに周りを見渡す。
 では奥さんもこの場にいるのではないか。妻が戦地に赴く夫を見送らないはずがない。
 私たちをちらちらと見ていた人たちが慌てて顔を背ける。だが彼の配偶者らしき人物は見当たらなかった。

「大丈夫だよ。奥さん、家で寝込んでるんだ。ここには来てないよ」

 私の考えを察して、彼が優しく語りかけてくる。
 またやってしまった。何度反省しても同じことを繰り返してしまう。この短気さと考えの足りない行為ばかりの私を見て、友人も向こうで「だからいいって言ったのに」と叱咤しているかもしれない。

 自責の念に捕われて俯く私の頬に、ほっそりとした彼の指が触れた。温もりに驚き、こんな時に何をと再び小さな怒りが湧き上がる。
 でも手を払いのけることはできなかった。

「怒った顔も可愛いね」

「なっ……」

「戻ったらそっちに一度顔を出すよ。お墓に花くらいは添えたいし。場所、案内してね」

「……」

「まあ、それも生きて帰ってこれたらの話だけどさ。寂しいだろうけど我慢してね? 無事に戻れたら前以上に可愛がってあげるから」

「ちょっ……! 誤解されそうなこと言わないでください!! 貴方を相手したことなんて一度もないじゃない!!」

「そうだっけ?」

 わかっていて、この人はこんなとぼけたことを口にするのだ。
 いつもそう。愛してもくれないくせに、思わせぶりな言葉や態度で、いろんな女を惑わせて。

「じゃあ、君と楽しい時間を過ごすために、ますます死ぬわけにはいかないなあ」

「奥さんが居る人の相手なんかしたくありません!!」

「えー、そんな悲しいこと言わないでよ」

 嘘つき。そんなこと言って期待させておいて、貴方はきっと来ないんでしょう? いろんな人に同じ言葉を優しく囁いているんでしょう?
 そうして、家で帰りを待つ愛しい奥様以外に手を触れたりしないんでしょう? わかってるんだから。

「……そろそろ集合時間だ。じゃあね。見送りありがと」

 肩を軽く叩かれ、彼が踵を返す。その拍子抜けするくらいのあっさりとした態度に、やっぱりからかわれていたんだ、と胸が軋んだ音をたてた。
 これが最後かもしれない。もう二度と、この人の顔を見ることは叶わないのかもしれない。
 先ほどまで友人のために怒声を振り撒いていたというのに。最後、と思い始めると彼の広い背中に飛びついてしまいたい衝動に駆られた。
 何も言えずに行ってしまった友人の恨みを晴らしたいだのなんだのと綺麗ごとを並べ立てて、結局のところ、私はこの人に会いたい口実を作りたかっただけなんじゃないのか。
 
 縋ることが許されないなら。せめてもう一言だけでも。
 
「……生きて戻らなかったら許さないんだから!!」

 心の中で友人に詫びながら、彼の背中に向かって言葉を掛けた。
 彼の足が止まり、ゆっくりとこちらを振り返る。
 
「ははっ。じゃあ、死んだら向こうで待ってるから。もっかいひっぱたいてよ。なかなか強烈な平手打ちだったよ」

 無邪気な笑みを見せて彼は返事をした。
 それは初めて見る、彼の素の笑顔のように私には思えた。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。