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啼かぬなら

2014.04.28 (Mon)
男ヴァイル王様とギッセニのお話。

ヴァイル祭に出品したものを少しだけ加筆修正しました。
あらすじ、結末は変わってません。


啼かぬなら


 案内された部屋は、異様な匂いに満ちていた。扉が開かれるのと同時に思わず顔をしかめる。体に纏わりつくように忍び寄ってくる、不愉快極まりない匂い。それは足を踏み入れるのを躊躇させるには十分なものだった。背後をちらと見やると、護衛らも自分と同じような苦悶の表情を浮かべている。
 だが、座る場所が用意されるのを待っているうちに、不思議なことに、だんだんとそれほど苦痛でもなくなってきた。鼻が麻痺してしまったのかもしれない。こんな匂いに慣れてしまうなんて、と不機嫌さを隠さずに鼻をつまむ。
 しばらくしてから、
「ああ、あの男から漂ってきていた匂いと同じだ」
と、椅子を運んでいる男を見てようやく気付いた。

「護衛の方は、外で待っててもらえますか。他に人が居ると集中できないもので」

 汗を拭きながら、椅子を運び終えた男がそう口にする。不満の色を浮かべている護衛らに、目線で部屋を出るよう指示を出した。王の命に逆らえるはずもなく、衛士たちは一礼してから部屋の外へと足を向けた。

「さてと。こちらに座っていただけますかな。どうぞ楽な体制で構いませんので。かと言って、寝転がるのだけは止めてくださいね」

 男が笑顔を絶やさずに、部屋の中央に置かれた長椅子を勧めてくる。てっきり、長時間に渡って石像の如くじっとしている苦行を強いられるだと思っていた。だから自分は、肖像画を描くなどという面倒なことに、ずっと抵抗を続けていたのだ。
 肩透かしを食らって、長椅子に腰を下ろして足を組む。体が深く沈みこむ椅子は座り心地も悪くなかった。

「ずっと動いちゃ駄目なのかと思ってたよ」

 自分が呟いた声で、画布が張ってある木枠を手にしていた男の動きが止まる。人懐こい笑みをこちらに向けてきた。

「普通の方は、そんなに長く同じ体制を取り続けるなんて無理ですよ。まあ、紐で縛り付けるというならば、また話は別ですが」

「……あんた、そんな趣味あるの?」

「ご希望とあらば紐をご用意致しますよ。どうされますか?」

 声を立てて笑いつつ、男は細かく砕かれた顔料を油で練り始めた。再びあの強烈な匂いが木枠の向こうから漂ってくる。どうやらこの破壊力のある匂いの原因はあの油のようだ。

「……その匂い、どうにかなんない?」

「これがないと絵が描けませんよ。すぐに慣れますのでご辛抱を」

 動いてもいいというのは助かるが、この匂いの拷問からは逃れられないらしい。
 観念して、溜息をついて背もたれに寄り掛かった。男は、威厳のある表情を、というような注文も口にはしなかった。ならば、王に似つかわしくない膨れっ面を晒し続けていても構わないということだ。思う存分、自分の不機嫌さを顔で表現してやろうじゃないか。半ば意地になって、いつも以上に眉に皺を寄せてみた。

 王を継承したての頃は、まだ面影に変化が現れるかもしれない、ということで、この厄介な束縛から逃れることができていた。だが、さすがにこれだけ年数を重ねてしまうと、

「いつまでも逃げられるものじゃありませんよ」
「そろそろ覚悟をお決めなさいませ」
「ここは、多くの者が訪れる部屋であり、いつまでも現王の肖像画が無いと言うのは……」
「これも王の大事な仕事の一つだと、いったいいつになったらご理解くださるのか!!」

と、ちくちく言われることが多くなり、こうして嫌々ながらも画家の部屋に足を運んだのだ。
 
 幾分慣れてはきたものの、心地よいとはお世辞にも言えない匂いがますます不機嫌さに拍車をかける。
 やっぱり自分はまだ逃げ続けるべきだった。ここに来たことをだんだん後悔し始めた。
 男は黙々と筆を動かし続けている。話し相手が他にいない以上、この男に愚痴でも吐いてないとやってられない。

「あと何回ぐらい、ここに来なきゃ駄目なの」

「それほどお時間は取らせません。そうですね……あと一、二回、短い時間でもここに来ていただければ。だいたいの印象が掴めれば、自分だけでも仕上げることができますので」

 思ったよりも少ない負担で済みそうだと安堵した。
 しかし同時に不安もこみ上げてくる。

「それでほんとにちゃんと描けんの? 似ても似つかない肖像画がずっと受け継がれていくなんて、俺やだよ?」

「私は人の顔を一度見たら忘れません。それが高じてこのようなことを続けているわけですが。それに、実はもう既に一枚描き終えているのですよ」

「え、そうなの?」

 そう言われて、謁見の間で一度だけこの男の姿を見た記憶が甦ってきた。隅の方で、自分をちらちらと見ながら何かを描きつけていた気がする。他にもたくさんの人があれやこれやと自分に話しかけていたので、あの時はそれほど気にもとめなかったのだが。

「じゃあそれ使えばいいじゃん。俺、ここに来る必要なくない?」

 一縷の望みを見出した嬉しさで、思わず身を乗り出した。
 だが、その僅かな希望の糸をぶつりと断ち切る勢いで、

「そういう訳にはいかないのですよ」

と、前置きをしてから、男は言葉を続ける。

「私はいつも肖像画を二枚描き上げます。一枚目は、まず受けた印象をそのままぶつけるように画布に吐き出す。これはとても人様に見せることができるような代物にはなりません。その後、自分の中でゆっくりと咀嚼しながらもう一枚描く。……絵は、怖いですよ。そうやって気を付けていないと、自分の中の物が全部出てしまいます。私はこうして吐きだす術を見い出せたからよいものの、もし絵を描いていなければと想像するだけでぞっとしますよ」

 自分は絵なんか描かないので、男の言っていることがよくわからなかった。とりあえず既に描き上げた一枚目は使うことができない、という残念な内容だけは理解できた。
 仕方なく、再び椅子にもたれ掛かって、滑らかに動く筆を黙って見つめる。

 しばらく無言の時が続いた。
 男がたまに自分に視線を移す。筆を動かし続け、顔料を油で溶く。ひたすらこの作業が繰り返された。
 なんとなく、自分を射抜く男の視線に嫌悪を感じ始めた。前王の甥、そして寵愛者、現王という立場を歩んできた自分は、視線を浴びることには慣れているつもりだったが。なんだかこの男に見られていると落ち着かない気分になってくる。
 男は普通に自分を見ているだけだ。表情も動きも、何もおかしいところはない。
 なのに、何故だろう。
 何故こんなにも、気持ちの悪い感じがするのだろう。
 背中にじんわりと嫌な汗すら浮かんでくるような気がする。

 そんな重苦しい雰囲気を振り払いたくなり、男に話しかけてみた。

「ねえ」

「なんでしょう」

「退屈なんだけど」

「もう少しご辛抱を」

「なんか話してよ」

「それならば、私は陛下の話をお聞きしたい。内容によっては絵が良い方向に変わるかもしれません」

 そう言ったきり、男は何も喋ろうとはしなかった。どうやら自ら話題を振る気はないらしい。
 息苦しい沈黙を続けるよりはと思い、何を話すかしばし考えを巡らせた。

「……最近さ、飼ってる鳥が鳴かないんだよね」

 こちらが話題を提供したところで、特にそれほど興味を示した様子も無く、男は筆を画布に滑らせ続けていた。絵が変わるだのなんだのと言っておいて、本当は絵に集中したいがための言い訳だったのではないか。別にそれでも構わない。上っ面な会話は、自分の生活では日常茶飯事だ。

「ほう。陛下は鳥を飼ってらっしゃるのですか」

「籠が狭いのが良くないんだろうな。……外に放したほうがいいのはわかってんだけど」

「手放したくないのですね?」

「そう」

 男が筆を置いて、顔料を砕き始める。
 少し経ってから、ごりごり、という音と共に画布の向こうから声が返ってきた。

「思い切って扉を開けておいてみては? 少しは開放的になるのでは」
 
「……逃げるよ」

「そうでしょうか」

「逃げるに決まってる」

「そうとは限りませんよ。私の鳥は逃げませんでした」

 思わぬ返答に、一瞬言葉が詰まった。
 貴族ならば、鳥を飼うのはそれほど珍しいことじゃない。でも、この体格のいい男と鳥という組み合わせが、なんだか不釣り合いな気がした。もちろん、自分の勝手な思い込みとはわかっているのだけれど。
 負けじとこちらも反論する。

「それは、その鳥があんたに懐いてるからだろ」

「いいえ。無理やり捕まえて閉じ込めたんです。懐いてなどいませんでした」

 男は顔料を練っていた手をようやく止めて、絶句している自分に笑みを見せた。
 表情を崩さずに、また筆を持って絵を描きながら話し出す。

「どうしてもどうしても、じっくりと眺めて描いてみたかったんです。しかし、なかなか納得のいく絵にはならなかった。あんなにも描きたいと願って、やっと捕まえたというのに」

「……」

「どうして良い絵にならないのか。何日も悩み続け、そのうち鳥も元気がなくなってきて、絵も荒れていく一方でした。もうこれ以上は無理だと判断して、ある日逃がそうと思って扉を開けておいたんです。でも、鳥はちゃんとそこに居続けました」

「……」

「もしかすると、鳥も私の気持ちを理解してくれたのかもしれませんね。不思議なことに、それからすぐに素晴らしい出来栄えの絵を描くことができました。今も扉を開けたままですが、鳥はまだ私の館にいますよ」

 満面の笑みで男は筆を動かし続けていたが、おや、と急に手を止めてこちらに視線を移してきた。
 男に見つめられ、途端に背筋が凍るような感覚に陥る。
 体が固まってしまったように動けなくなった。

「いつの間にか、私の話になってしまいましたね。申し訳ありません」

 そう言って、男はすぐにまた絵を描く動作に戻る。今にも鼻歌を歌い出しそうな男の顔を見つめ、頭に浮かんだ疑問をつい口に出してしまった。

「……鳥、なんだよね?」

「鳥ですよ」

 この男は人の肖像画しか描かないと、確か前に誰かが言ってはいなかったか。
 では、今の話はなんなのだろう。
 作り話なのか。気まぐれで鳥を描いてみようと思ったのか。それとも……。

「陛下の鳥なのですから、陛下の思うようにしたらよろしいのですよ。鳴くまで辛抱強く待つもよし。なんとか鳴かせてみようと策を講じるのもよし。……鳴かないのが気に入らないのでしたら、いっそのこと、処分してしまって新しい鳥を用意してみてはどうですか」

「そんな、殺すなんて」

「鳥なのでしょう?」

「……鳥だよ」

 再び沈黙が訪れた。
 筆が布を擦る微かな音、顔料を練る音だけが響く。もう既に、匂いは気にならなくなっていた。

 いったい、自分はいつまでここに閉じ込められていればいいのだろう。
 ここは城の一室で、すぐ外には護衛も控えている。なのに、何故こんなにも恐ろしい空間に感じてしまうのだろうか。何故、王という威厳も何もかも放り出して、逃げ出してしまいたい衝動に駆られるのか。

 気分が悪い、とでも理由をつけて、無理やり切り上げてしまおうか。そのまま別の者に任せてしまっても構わないのだ。この男に一任する理由など何一つない。他にも絵を描ける者は山ほどいる。王の肖像画ともなれば、我も我もと皆が手を上げるに違いない。
 それなのに。
 再び口を開くという簡単なことが、今の自分にはどうしてもできなかった。真正面から、男の視線を受け止める勇気すら出てこない。

 筆の滑る音が、前よりも忙しなくなった気がする。
 男の突き刺さるような視線を体中で感じた。

 早く。早く終われ。
 頭の中で、ひたすらそんな言葉を繰り返す。 

 窓からの日差しが陰り、部屋が薄暗くなりかけた頃。ようやく男が筆を置いて、溜め息と共に言葉を吐いた。

「もう、これでいいでしょう。思わぬ話が聞けたので、予想外に良い出来に仕上がりました。細かい所は一人でもなんとかなりそうです。長々とお疲れ様でした、陛下」

 男は満足そうに自分の描き上げた絵を眺めている。
 もうここに来なくてもよいと言われて、意図せず安堵の息が漏れた。いつのまにか、手のひらに汗をかいていたことに気付く。

「……その絵、見せてよ」

 しばらく声を出していなかったので、少し篭るような声になってしまった。
 王の威厳さのかけらもない声だった。

「駄目です。まだ完成していませんからね」

 今の話で絵がどう変化したというのだ。どう解釈すれば良い出来に仕上がるというのだ。
 本音を言えば、駆け寄って画布を奪ってでも絵を目にしたかった。でも足が竦んでしまって、椅子から立ち上がることもできない。

 ふと、部屋の片隅に視線を移す。そこには肖像画と同じくらいの大きさの木枠が壁に立てかけられていた。布に覆われているため、何が描かれているのかは見えない。あれが男の言っていた例の一枚目なのではないだろうか、と思った。
 男が今手を付けている絵と、既に完成している絵。渡されるのはどちらかなんて、この男にしかわからない。
 今まで自分を見ながら描いていた絵は、もしかすると「人様に見せられないような代物」に仕上がっているのでは。そんな恐怖に捕らわれた。

「数日後には、完成品をお届けしますので」

「……わかった」

 男が座っている自分に手を伸ばしてくる。部屋が薄暗いせいで、相手の表情はよく見えなかった。差し出された手には触れず、少し力を込めて椅子から腰を上げる。
 この部屋の空気、匂い、そして何よりも絵描きの男から少しでも早く遠ざかりたくて、早足で扉へと向かった。外で待機していた護衛を引き連れ、重い足取りで廊下を進む。

「陛下、お顔の色が少し優れないようですが」

「平気」

「ですが……」

「平気だってば」

 待つもよし。
 策を講じるのもよし。
 いっそのこと……。

 男の言葉が、再び頭に中で鳴り響いた。
 何が正解かなんてわかるはずもない。
 
「ちょっとここで待ってて。上に行ってくるから」

 鳥が待つ部屋へと続く階段に辿りつき、護衛に声をかけた。
 一歩ずつ階段を上り、呪文のように再び呟く。

 待つもよし。
 でも、いつまで待てばよいのか。
 策を講じるのもよし。
 思いつく限りのことは試した。もうこれ以上何もできることはない。  
 いっそのこと……。

 懐に忍ばせている護身用の短剣に、手が伸びる。
 扉の側にいた衛士らが、急に現れた自分を見て佇まいを直した。
 
 重く分厚い扉に手をかけても、どうしたらよいのか心は決まらなかった。

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