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寵愛者 <前編>

2013.03.04 (Mon)
女レハト王様、男ヴァイルのその後のお話。
他の登場人物はネタバレになるため伏せます。 
こちら反転で他の登場人物→タナッセ
さらに文字反転で言い訳→寵愛者の片方が王様になった際、もう片方が継承放棄の儀式をしているというのをすっかり忘れて書いてしまった作品です。つじつまが合わないのですが、広い心で読んでいただければ幸いです……。
以前pixivにあげた「食事会」を加筆修正したものです。
妊娠出産絡みの胸糞注意。非常に後味悪いです。ご注意を。


寵愛者<前編>


<食前酒>


 綺麗に並べられた食器の数々を横目に辺りを見回す。記憶とさほど変らない部屋の様子が、却って自分の居心地を悪くさせていた。気のせいか、座っている椅子の固さまで自分を拒んでいるように思える。いつも同じこの椅子に座っていたはずなのに。
 恒例だった食事会に最後に参加したのはいつのことだったか、もうよく思い出せない。
 あれは確か……と記憶を辿ろうとして、途中でやめた。何かいらぬ事まで思い出してしまいそうだ。こんな風に昔に思いを馳せるためにここに来たわけではないのだ。
 背後で扉が開く音がして振り向く。現れたこの部屋の主は、記憶と違わず相変わらず綺麗な顔立ちをしていた。

「ヴァイル、お待たせ」

「久しぶり」

 なんとなくぎこちない挨拶をかわす。久しぶりに見る友人は少し青白い顔をしていた。
 彼女が椅子を引いて腰掛けると、すぐに給仕が飲み物を運んでくる。

「ごめんね、だいぶ待ったでしょう?」

「いや、急に訪ねてきたのはこっちのほうだし」

「この部屋で食事するのも久しぶり。会えて嬉しい」

 レハトはそう言って先ほどの自分と同じように部屋を見回し、静かな笑みをこちらに向けた。
 注がれた酒を手に取り、

「久々の再会に」

そう言って軽く杯を持ち上げてから口を付ける。懐かしい味が舌を刺激した。そういえばこんなに上等な酒はしばらく口にしていなかった事を思い出す。
 酔わないように半分ほどで杯を卓に戻したが、レハトは杯を既に空にしていた。給仕が慌ててまた酒を注いでいる。酒好きなのも変わっていないんだな、とそんな様子を見て思った。


  ◇  ◇  ◇


<前菜>


 給仕が料理を運び始める。自分はこの前菜がいつもいちばん苦手だった。
 腹をすかせて辛抱強く待ち続けた結果、やっと運ばれてきた皿には必ず忌々しいあいつが隅の方に綺麗に盛り付けされているからだ。今日ももちろん、奴らは身を寄せ合って皿の上に鎮座していた。

「今日はどうしたの? 何か急ぎの用事でもあった?」

 レハトが上目づかいにこちらを見ながら聞いてきた。皿を睨みつける自分をよそに、美味しそうに料理を口に運んでいる。顔色は悪いがどうやら食欲はあるようだ。

「いや、久しぶりに顔を見ておこうかなと思って。しばらく来てなかったし」

「そうね。最近はゆっくり話す機会もなかなかなかったものね」

「でも元気そうで安心した。調子はどうなのさ?」

「この食欲を見ればわかるでしょう? もうだいぶ良いの」

 そう言って、レハトは綺麗になった皿をこちらに向けてみせる。
 少し前まで、彼女は寝込んでいることが多かった。一日中床に伏せっているという訳ではなかったが、その間もちろん政務は滞りがちになり、城の様子も慌ただしかったと聞く。最近やっと昔のように仕事をこなせるほど回復してきたと、ここに来る前に耳にしていた。

「もう医士のお墨付きよ。ヴァイルも……元気そうね。豆もちゃんと食べてるし」

「いつまでも子供じゃないからね」

 やけくそのように大量の豆を頬張る自分を見てレハトが笑う。
 そう、もう子供じゃない。嫌な物は嫌だと、駄々をこね続けるような振る舞いはもう許されないのだ。
 どうだと言わんばかりに急いで自分も皿を平らげ、感触が口に残る前に急いで酒で流し込んだ。


  ◇  ◇  ◇


<スープ>


「人の配置をあちこち変えてんだって?」

 火傷しそうなほど熱いスープを少しずつ冷ましつつ、彼女に問いかけてみた。向かい側に座るレハトも同じように難儀しているようだ。しばらく返事が返ってこなかった。

「……そう、少しずつね。一度にやろうとすると大混乱になっちゃうし。やっぱり信頼できる人を側に置きたかったからなんだけど、想像以上に大変。うんざりするわ」

 そう言った後、レハトは一生懸命スープを飲むことにしばらく専念していた。ようやく口にできるほどの熱さになったらしい。何か悪意でも込められてるのでは、と勘繰りたくなるほどに今日のスープは熱かった。自分はしばらく放置することにさっさと決め込み、代わりに酒で喉を潤す。

「昔から頭でっかちな人が多いからね、ここは。新参者の王に何がわかる、とでも言われてるんだろ」

「まあ、そんな感じかしら」

「上手い事、右から左へ聞き流しときゃいいんだよ、どうせ何やったって文句言われるんだから。全部真っ向から挑んでたら身が持たないぞ」

「……本当はヴァイルにも戻って欲しい所なんだけど」

「それは前にも断っただろ」

「ごめん、わかってる」
 
 以前から何度か、城に戻ってくる気はないか、と彼女から言われていた。そのたびに今の暮らしが自分には合っているからという内容の鳥文を飛ばして断っていたのだ。彼女には悪いとももちろん思っていたのだが、それ以上に城に戻るということに抵抗を感じた。
 せっかく封印していた悲しい事を思い出しそうになる。立ち直りかけていた心が挫けそうになる。この城は自分にとって悲しい出来事が起き過ぎた。何かを見るたび何かを連想しそうで、そんな生活を送る事は自分にはとてもできそうになかった。

「人手が足りないわけじゃないんだから。それどころかじゃんじゃん居るだろ? 役に立つか立たないかはともかくとして。俺なんかが居なくてもなんとかなるって」

「……それが、今はそうでもなくて……」

「なんでさ」

「……」

 レハトが口を濁す。答えがすぐに返ってこないと判断し、その間に自分のスープを平らげた。放置しすぎたせいで既に冷たくなっていたスープは、あまり美味しいとは感じられなかった。


  ◇  ◇  ◇


<魚のメイン料理>


 運ばれてきた料理を見て思わず呟く。

「……ここの魚料理は相変わらずなんだね」

 彼女もそれを聞いて苦笑する。
 目の前には、皿からはみ出そうなくらいの巨大な魚が盛り付けされていた。昔から魚料理に力を入れていると感じてはいたが、その伝統は耐えることなく引き継がれてしまったらしい。四苦八苦しながらその魚に取り掛かる。味の質は落ちていなかった。

「それで? 何で人手が足りないのさ」

「あの……男爵の……」

「……ああ……」

 だいぶ前から、ある貴族の息子が突然行方を眩ましたとの噂を耳にしていた。年頃の息子だったという事もあり、許されぬ恋を成就するために駆け落ちをしたのでは、とも囁かれていたが、親は必死に否定して回っていたようだ。

「まだ探させてるんだ」

「もちろんよ。止めるわけにはいかないでしょう?」

「そのせいで、あちこち手が回らないってわけ?」

「それだけが理由じゃないんだけど……」

 料理を平らげて、大きく息をついた。既に胃の中に余裕が感じられなくなってきている。
 皿の上に乗っている骨だけになった魚を見て、嫌な事を連想してしまった。

「気の毒だとは思うけど……。まだ無事でいるとはとても思えないね」

「……私もそうは思うけど、でもそんなこと言えないわ」

「まあ、そうだよね」

 杯に残っている酒を煽る。満腹なせいで酒がなかなか減らない。
 レハトもようやく魚を片づけたようだ。同じように、杯を手に取って口を付けていた。明らかに自分より多い量を呑んでいる。頬に少し赤みが戻ってこそいるものの、彼女はちっとも酔った様子を見せなかった。

「ああ、わかった。前に言ってたあの施設の件だろ、人手不足の原因って」

「……そう」

「そりゃ、あんだけあちこち辺鄙な場所に施設をいきなり増やしたら、人手が足りなくなるなんてわかりきってた事じゃん」

「医者不足は早急に対処したかったの。間違った事をしたとは思ってない」

 彼女から送られてくる鳥文には、近況はもちろんのこと、相談事もたまに書かれていることがあった。一応、自分もそれなりに王になるべく学んではいたので、わかる範囲で彼女に助言を書いて返事を送ることもあった。
 医士を派遣する施設を増やしたいと思っており、自分なりにいくつか候補地をあげてみたが、他にも思い当たる地域はないか、と彼女が以前寄こした鳥文には書かれていた。

「そこまで言うならせいぜい頑張れば。こっちはこっちで気楽な生活を送らせてもらうから」

「ヴァイル……貴方、まだ怪しげな酒場に出入りしているの?」

 レハトが溜息をついて軽く睨んでくる。
 大事な事はなかなか口を割らないくせに、余計なだけ事はすぐにべらべらと喋る、という厄介な人種はどこの世界にもいるものだ。自分の堕落した生活を彼女に告げ口した者がいたらしく、彼女から怒りの言葉を羅列した鳥文が届いたことがあった。もちろん自分は、少し羽目を外していただけだ、と悔い改めることはなかったのだが。

「別に危ない事はしてないよ」

「お酒好きなのは結構な事ですけどね。もう少し自分の立場をわきまえたらいかが?」

「レハトがそんな事を口にする日が来るとはなあ」

「茶化さないの」

「自分だって酒好きのくせに」

「大きなお世話」

 そう言って、二人同時に酒を煽った。


  ◇  ◇  ◇


<口直し>


 夜が訪れるのを待って、いそいそと出かける準備を始める。額が隠れるように布を頭に巻いてきつく縛り、鏡石の前でその風貌を確認した。そんな自分の様子を見て、家令がしかめ面を浮かべて口を開く。

「また今夜も出かけられるのですか?」

「少しくらい多めに見てよ。昼間のうちに、やるべき事はちゃんとやってるでしょ」

「寝室まで酔いつぶれた貴方様をお運びするのは、この老体を苛める行為に等しいことだと申しているのです」

「まだそれ言うかなあ。たった一回の失態を、そう何度も持ち込まないでよ」

「最近、柄の悪い連中が増えてきていると聞きます。重々気を付けて……」

「はいはいはいはい、わかったわかった」

 城から離れて新しい生活を始め、夜な夜な酒場に通うようになるのにそう時間はかからなかった。
 夜に一人で外出をする、という今まで経験したことがない冒険に心奪われ、いつまでも煌々と明かりがついている建物に好奇心から入ってみると、そこは大好きな酒の匂いと楽しそうな笑い声に包まれた空間だった。これで我慢をしろと言う方が無理というものだ。
 視察は大事な仕事だ、と自分に言い訳をして、口うるさい使用人の目を盗んで通っているうちに、すっかり酒場の常連となってしまった。見慣れない物がたくさんあったし、なにより気さくに話しかけてくる者達との語らいが楽しい。もちろん自分の身分を明かしてはいなかったが、気にする者など誰もいなかった。皆、酒を飲んで楽しい思いができれば、細かい事などどうでもよいのだ。
 そんな楽しい雰囲気に呑まれてついつい調子に乗り、歩くのがやっとというほど酔っぱらってしまったのはつい先日の事だ。激しい頭痛と延々と続く家令の怒鳴り声に悩まされながら、二度と深酔いはしないと心に誓った。あんな苦しい思いは二度とごめんだ。

 その日もいつものように酒場に足を運び、酒をちびちびと飲みながら隣に座っていた男と会話を交わしていた。すると店の隅のほうで、何かが倒れる音が突然響く。店主が慌てて駆け寄り、床に伸びている男に話しかけていた。どうやら飲み過ぎて潰れてしまったようだ。

「ちょっと困りますよ、お客さん。起きてください」

 店主が揺すったり叩いたりしているが反応がない。困っている様子がここからも見て取れた。
 先日、自分が同じような失態を犯しているのもあり、だんだん他人事とは思えなくなってくる。席を立ち上がり店主に救いの手を差し伸べた。

「いいよ、俺が外に連れてく。これでこの人の分も足りる?」

 適当に店主に貨幣を渡し、男を抱えて店を出た。ものすごい酒の匂いが男から漂ってくる。相当の量の酒を飲んだようだ。
 とりあえず近くの草むらに男を座らせた。先ほどまで意識がなく唸り声のみを上げていた男だったが、地面に下ろした衝撃で目を覚ましたらしい。ぼんやりと目を開けて、うつろな目でこちらを見ていた。

「おい、大丈夫? 俺の言ってることわかる?」

 自分の問いかけに男はゆっくりと頷いた。意思の疎通はできるみたいだ。

「送ってってやるから。家はどのへん?」

「……いや、まだ飲む……。酒、持って来てくれ」

「いやいやいや。もう飲まない方がいいって。あんた死んじゃうって」

「飲まないと、傷が痛むんだよう……」

 そう言われて改めて男の姿を眺めてみると、脛のあたりに包帯が巻かれていた。血が滲んでいたが手当はちゃんとされている。

「なんだよ、怪我してんの? ますますお酒なんか駄目だよ」

「痛えんだよう……。飲むと治まるから……」

「いやいやいや。そんなわけないって。痛いなら医者を呼んでやるから。とりあえずうちに……」

「いやだ!! 医者はやめてくれ!!」

 男は急に叫び出した。差し伸べた手を乱暴に払いのけられる。
 急な変貌に驚いている自分をよそに、男は尚も叫び続ける。

「だから俺は医者なんか信用できねえって言ったんだ!! 何されるかわかったもんじゃねえ!! 前々からなんか怪しいと思ってたんだ。あんな所にあんな物……」

「……ちょっと、何言ってるかわかんないんだけど」

「いいから早く酒持って来てくれよ!! 俺に必要なのは医者なんかじゃねえ、酒なんだよ!!」


  ◇  ◇  ◇


<肉のメイン料理>


 給仕が仰々しく皿を運んできた。部屋が香ばしい匂いに包まれる。綺麗に焼き目の入った肉が静かに自分の前に置かれた。
 程良く火が通された肉は抵抗なく刃を通し、切った所から、さらに食欲をそそる匂いが鼻を刺激する。
 食べやすい大きさに切りながら話題を変えてみた。

「気のせいかもしれないんだけどさ」

 そうひと言告げてから、肉を口に運んだ。酒場で出されるような筋張った安物とは違い、肉は口の中ですぐ消えてなくなった。レハトは黙って肉を切り分けながら自分の声に耳を傾けている。

「なんか急に行方を眩ます人が増えてる気がする、最近」

「どういうこと?」

「そういえば最近あいつ見かけないな、とか。そんな話をよく耳にしてる気がするって思っただけ」

 満腹で苦しかったはずなのだが、久しぶりに口にする上質な味に肉を切る手が止まらなくなった。昔よく食べていた味だと懐かしさがこみ上げてくる。

「別にそういう報告はこっちには来てないけど」

 レハトが付け合わせの野菜を口に運びながらそう答えた。

「うん、別に大騒ぎにもなってないから、急に引っ越したとか、旅に出たとかかもしれないんだけどね」

「じゃあやっぱり、貴方の言うとおり気のせいじゃないの?」

「俺もそう思うんだけどさ。ただね」

 最後の肉の塊を口に放りこむ。ゆっくり咀嚼して飲み込んでから言葉を続けた。

「家族とかが居ない人ばっかりだっていうのが気になるんだよね」

 レハトは相変わらず野菜を口に運んでいる。魚よりはあまり好みではないのか、肉は少ししか減っていなかった。

「気楽な独り身だからこそ、居住も変えやすいんでしょう」

「そうだといいんだけど。もしかしたら、男爵の息子さんにも関係してるんじゃないかと思って」

 自分の言葉にレハトの手が止まる。手を置いて曇らせた顔をこちらに向けてきた。

「貴方の言う条件に当てはまらないじゃないの。あそこの家は親も兄弟も揃ってるわよ」

「そうなんだけどね。ちょっと思いついたもんだから」

「考えすぎよ」

「そうかな。そうだね」

 そう言ってから杯に残っていた酒を飲み干した。それ以上会話は続かず、急に黙り込む自分に肩透かしを食らったのか、レハトも溜息をついて酒を煽り始める。
 しばらく無言の時が続いて、綺麗に平らげた自分の皿を給仕が運んで行った。

「これもさげて」

 布で口を拭きながら、レハトが給仕に声をかける。
 レハトの皿の肉はほとんど減っていなかった。


  ◇  ◇  ◇


<デザート>


「食べ過ぎたなあ。ここんとこ、碌なもの食べてなかったから」

 やはり肉を全部平らげたのは無理があったか。少し胸やけがする。
 美しく盛り付けされた果物をちびちびと口にするも、これ以上は胃が受け付けそうにない。

「一体どんな生活してるのよ。ちゃんと食べなきゃ駄目じゃない」

「ちょっと最近忙しかったからさ」

 レハトも果物に手を付けていなかった。しかし食事が終わったというのに、まだ給仕に酒を注がせている。給仕が自分にも酒を注ごうとしてきたが、もう酒はいい、とお茶を頼んだ。すぐに熱々のお茶が運ばれてくる。

「ここはもういいから。さがってて」

 レハトがそう言うと、給仕が一礼して部屋を出て行った。
 それを待っていたかのように、彼女が自分を睨みながら小言を言い出す。

「ヴァイル。……貴方、一体何をしていたの?」

「何って、何が?」

「しばらく連絡がつかなかったじゃない。いくら鳥文を送っても返事はさっぱり来ないし。そうかと思えば、急に城に出向いてくるし。いったいどこに行ってたのよ」

 ゆっくりとお茶を飲みながら、返答はせずに彼女の顔を見つめた。あれだけ酒を飲んでいたというのに彼女に酔った様子はまったく見られない。確かに酒好きだったが、前からこんなに強かっただろうか、と昔を思い出そうとした。だが、やはり余計な事まで思い出しそうになって慌てて思考を止める。
 やっぱり駄目だ。
 この場所は、この城は自分にとって決して居心地の良い場所ではない、と再認識した。

「ヴァイル」

 なかなか口を開こうとしない自分に、彼女が苛立った様子を見せてくる。眉に皺寄せてこちら睨んでいるが、それでも整った顔立ちが崩れることはなく、そんな彼女の顔に思わずしばし見とれた。

 慣れない環境に身を置きながら、たった一人で国を治め続けるというのは、恐らく自分には想像がつかないくらい過酷な日々だったと思う。自分とは違い、彼女は急にここに連れて来られて将来の選択を迫られた。そして王になってからも、身を削るような努力をしてきた彼女を自分は知っている。
 彼女からの鳥文に綴られた数々の相談事。
 噂で流れてくる彼女の評判。
 遠く離れていても、レハトの奮闘ぶりが目に浮かぶようだった。

 それなのに。
 どうして。

 決心が鈍りそうになり、乱暴にカップを置く。響いた音に彼女が少しだけ身を震わせた。
 迷うな。
 これは、自分の役目だ。
 自分にしかできない役目なのだ。
 そう覚悟を決めて、口を開いた。

「……酒場で、会った男がね」

「ヴァイル、話を逸らさないで」

「酒が好きで好きで、毎日飲まないと落ち着かないって言うんだ」

「ヴァイル」

「怪我して施設に泊まらされた夜も、どうしても我慢ができなかったらしくてね」

「……」


  ◇  ◇  ◇


 まったくちょっと切っただけじゃねえか。どうして家に帰らせてくれねえんだよ。
 一晩様子を見た方がいいって、どうせ寝てるだけだろ? 家で寝てたって同じじゃねえか。
 傷が塞がるまで酒を控えるなんて狂気の沙汰としか思えねえ。何日我慢しなきゃいけねえんだよ。少しくらい飲んだって、そうそう酷くなったりしねえよ。
 ああやって、ぎゃんぎゃんと口うるさいから医者って奴は気に食わねえんだ。村のみんなは、辺鄙な場所に立派な施設ができたって喜んでるけど、こんなの建てるくらいなら大きい酒場でもつくりやがれってんだ。そういう娯楽の場こそ本当に必要なもんだろが。

 あんまり痛みもないな。なんとか歩けそうだ。
 どれ、ちょっと抜け出して酒を調達してこようか。
 このままじゃ落ち着いて眠れねえ。

 ……なんだよ、まだ起きてる奴がいるのかよ。しかもなんだ? ありゃ荷車か? こんな夜中になにしてんだ?
 これじゃ見つかっちまうじゃねえか。仕方ねえな、居なくなるまで待つか。

 ……まだ居るのかよ。だらだらと何やってんだ。
 ずいぶんとでっかい荷物だなあ。なに運んでんだ? いや今度は小さいな。ちんたら運んでないで頼むからさっさと終わらせてくれよ。早く酒が飲みたいんだよ。……あああ、転んでんじゃねえよ。まったく苛苛するな。あーもう、包み直さなくてもいいから早く運んじまえよ。どうせ大したものじゃないん……

 あれ……? なんか、あれ、人の腕っぽくねえか?

 だらーんとして……なんだよ、人を運んでんのか? 眠ってんのかな。いやいやいや、眠ってるやつを布であんなぴっちり包んだりするもんかよ。息が詰まって苦しくなっちまう。……じゃあ……死んでるのか?

 おいおいおいおい。何やってんだよ、こいつら。なんでこんなとこにそんな物運んでんだよ。もしかして荷車に乗ってるの、あれ全部……そうなのか? なんなんだよ、こんな夜中に一体何やってんだよ。
 やっぱり最初っからどうも胡散臭いと思ってたんだ。こんな辺鄙な村に立派な施設なんて、どう考えてもおかしいと思ってたんだよ。

 きっと裏で碌でもねえことしてるに違いねえ。早くとんずらしないと、何されるかわかったもんじゃねえぞ。

 これだから医者は信用できねえんだ。
 やっぱり俺は正しかった。正しかったんだ。


  ◇  ◇  ◇


「それでこっちの方まで逃げてきたんだって。痛む足引きずりながらさ」

「……」

 レハトはずっと黙って俺の話を聞いていた。一言も口をはさまなかった。酒にも手を付けていない。
 無表情の彼女からは何を考えているのかは読み取れなかった。ただじっと自分を見つめて、言葉に耳を傾けている。

「最初は酔っ払いが訳のわからない事を言ってると思ったんだけどね。でも、一応調べてみたほうがいいかなと思って。なんか気になるし。で、こっそりと様子を見に行ってみたんだ、その施設に」

「……」

「そしたらさ、こんなもの拾った」

 そう言って、懐から腕輪を出した。
 卓に腕輪を置いたがレハトの視線は動かなかった。腕輪を見ようとはせずに、じっとこちらを見つめている。いや、睨んでいた。

「これ、男爵の息子さんのだよね? ちょっと珍しい形だから覚えてたんだけど」

「……」

「前に舞踏会で見かけてさ。俺もそんなやつ欲しいなあって話した事があって。特別に拵えてもらった物だって言ってた。どうしてそんな物があんな所に落ちてたのかな」

「……」

「俺に聞いたよね、何をしてたのかって。こっちが聞きたいよ、レハト。一体何をしているんだい?」

 レハトは答えなかった。変わらず俺を睨み続けている。こっちも負けじと睨み返し、腕を組みながら彼女の返事を待った。
 ちゃんと彼女の口から直接聞きたかった。何をしているのか。何を考えているのか。何が起こっているのか。だからこうして、できることなら足を運びたくない城にまで乗り込んできたのだ。ここで引き下がるわけにはいかなかった。

 沈黙が続く。根比べをしにここに来たわけじゃない。これ以上続くようなら何か次の手を、と思った時に彼女が口を開いた。

「……もう戻らなきゃ謁見の時間に遅れる。夜に……寝室まで来てくれない?」 

「……わかった」

 不本意ながら承知した。謁見を中止しろなどと言えるわけもない。

「人払いはしておくから。場所はわかるでしょ?」

 そう言って彼女は席を立ち上がり、視線を合わせずに扉へと向かう。
 その背中に言葉をぶつけた。

「逃げるなよ」

「そんな事しないわ」

 そのままレハトは振り向かずに部屋を出て行った。

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