スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

贖罪<1>

2014.05.20 (Tue)
タナッセ、その後のお話。

そういうつもりで書いてはいませんが、読む人によっては「アッー」な話に見えるかもしれません。同性愛が極端に駄目な方はご注意を。
いつものように胸糞展開です。タナッセ苦難の連続。酷い目に遭いまくりで可哀想な殿下を見たくない!という方もご注意ください。



贖罪<1>


 こめかみから流れてきた汗が頬を伝う。大して多くもない荷物が、石を詰め込んだように重く感じた。もう、だいぶ前から肩が悲鳴を上げ続けている。
 舗装されていない道は、昨夜の土砂降りのせいで見るも無残な光景だ。足を取られて歩きにくいといったらない。城下町の石畳ならば、雨上がりでも靴を濡らさないように気をつけるだけで済むというのに。油断していると、くるぶしの辺りまでずぶずぶと足が埋まってしまいそうになる。注意深くのろのろとしか進めない苛立ちが、余計に疲労感を助長させていた。

 喉の渇きを癒そうと、水の入った革袋に手を伸ばして思い出す。
 そうだった。
 もう残り少ないから、そろそろ水を調達しなければと、モルと今朝がた話をしたばかりだった。
 水の摂取を諦め、再び足を前に出す。すると、背後からモルが自分の革袋を差し出してきた。口を付けずに袋を仕舞った私の動作で、中身が空だと思ったのだろう。

「いや、いい。まだ残ってはいるんだ」

 普段から水は節約するよう心掛けていた。今までは、うまい具合に街や村に立ち寄ることができていたが、この先も同じように集落に遭遇できるとは限らない。城から離れれば離れるほど、村どころか人に出会うことさえ難しくなってくるに違いない。

 城を出てから、どのくらい経っただろう。足を止めて振り返るも、以前は砦であった建物はもちろん影も形も見えない。
 先日、立ち寄った村で、暇そうな老人たちが新しい王について議論を交わしていた。ひたすら移動を続け、感覚が麻痺した毎日を送っていたが、周りは容赦なく時を刻み続けているのだ。

 そう。私が居る居ないに関わらず、あの場所はいつも通りの日常が繰り返される。
 たくさんの人が行き交い、市や舞踏会で皆が噂話を囁き合う。訓練場は剣が交わる音や衛士の気合いの声に包まれ、図書室では静寂さを保つために文官が目を光らせていることだろう。

 城での日々が頭に甦りそうになり、振り切るように踵を返す。
 歩を進めようと足を前に出した時、いきなり腕を掴まれて目の前に革袋が迫ってきた。

「おい、放せ。いらんと言ってい……ふがっ! 放さんか!! はな……ぐへっがはっ!! 鼻に入るだろうが!!」

 革袋を無理やり口に突っ込まれ、道のど真ん中でモルと大立ち回りを繰り広げる。私を気遣うのは有難いが、こいつは加減というものを知らない。まるで、今この時に水を口に含まなければ、たちまち命の危険を伴うとでも言いたげな形相だ。

 やっとのことでモルの手から逃れ、水に塗れた顔を手で拭う。袖口から少し汗臭い匂いが漂ってきた。
 肌触りは決してよくない、薄汚れた服。城を出てすぐに購入したものだ。モルも衛士服は疾うの昔に手放し、同じように目立たない服を身に纏っていた。
 もうすっかり見慣れたものの、二人とも以前からは考えられない格好だなと苦笑する。せめて肌着くらいは持ち出してくるべきだったか。あの時は、何も考えずに飛び出してきてしまったから……。

 あの場所にいたくなかった。何も考えたくなかった。
 少しでも早く。出来るだけ遠くへ。
 それしか頭にはなかった。

 ついて来るなと私が怒鳴り散らし、モルが無言で首を振る。そんなやり取りをどのくらい繰り返しただろうか。この巨体の持ち主の頑固さは自分がいちばんよく理解しているつもりだったので、そのうちに追い返すことを諦めた。
 無口なくせに、生活能力は自分より格段に上なのは認めざるを得ない。モルはどこからともなく、食料や旅に必要なものを調達しては自分に差し出してきた。こいつが居なければ、ここまで距離を稼ぐことなど到底不可能だっただろう。
 深い考えも持たずに、衝動的に飛び出した自分の幼さを恥じた。世間知らずは自覚していたつもりだったが、ここまで何も出来ない役立たずだったとは。しかし落ち込んでいる暇などない。一つ一つ学んでは身体に染み込ませ、生きる為に身にしていかなければならないのだ。

 当ても無い旅に、モルは愚痴一つ言わずに付き合ってくれた。
 いつまでもこうして根なし草を続けているわけにもいかない。どこかに拠点を構えるべきだとわかってはいたのだが……。

「どうしたものかな」

 振り返り、無表情の護衛に何度となく問いかける。もちろん返事はいつも返ってこない。
 しかし今日は少し様子が違った。モルは自分の顔を見てはおらず、遠くの方へと視線を向けている。

「どうした? 何かあったか?」

 視線の先を辿ると同時に、モルが急に駆け出した。向かった先には、崖からの土砂が崩れて山のように積もっている。昨夜の雨で地盤が緩んだのだろう。木々も斜めに傾き、何本か倒れているものあった。
 そのうちとりわけ幅広い木の下に、人影のようなものが下敷きになっているのにようやく気付く。慌ててモルの背を追い駆けようとしたが、泥が足に絡みついてなかなか追い付けない。息を切らし、やっとのことで目的の場所に着くと、既にモルが一人の老人を助け終えたところだった。


  ◇  ◇  ◇


 助け出した老人の案内で、崖から少し離れた村に辿り着いた。見たところ、あまり大きい集落ではないようだ。
 三人揃って、全身泥だらけの身なり。そしてモルに背負われた老人を見て、農作業をしていた村人たちが悲鳴を上げた。

「やだ! 村長さんどしたの!!」

「たいへんたいへん、早くお医者様!!」

 皆に囲まれつつ、老人の居宅へと歩を進める。
 周りの家より少し大きめの住居が見えてきて、「孫が居るはずですから」と、老人が弱々しい声で呟いた。言葉に頷き、扉に近付いたその時。
 鼻と額に、ものすごい衝撃を受けて目の前が真っ暗になった。

「おじいちゃん!! やだー、もう!! だから気を付けてって言ったのに、いっつもあたしの言うことなんてちっとも聞かないんだから、ああもう、お医者さまお医者様……」

 扉の側で涙目になっている私には目もくれず、家から飛び出てきた孫娘は喚きながら走り去ってしまった。
 動転しているのはわかるが、祖父を助けた礼の言葉ひとつないのは如何なものか。いやそれよりも、扉を開けた時の衝撃や、被害を受けて尻餅をついている私の存在にも全く気付かないとは。そそっかしいにも程がある。

 しかめ面で鼻のあたりに触れてみる。幸い、鼻血は出ていないようだ。
 苦笑している村人の手を借りて、やっとのことで立ち上がった。

「なんとも騒がしい子で……。すみませんなあ」

 モルの背中の上で、村長が溜め息交じりに呟く。すると、開いたままの扉から、先に孫娘に伝えに走った村人が姿を現した。

「大した怪我じゃないみたいだって、必死に伝えたんですけどねえ……。聞いてくれなくて」

「成人してもあの子は相変わらずだね」

「元気いっぱいでいいじゃないか。さ、あんたたちも、まずはその汚れを落とさないと。着替えも貸そうか? お腹は空いてないかい?」

 屈託のない笑顔をこれでもかというくらい振り撒いて、村人たちは私たちを労ってくれた。こういうところでは「よそ者なんて、どんな輩かわかったものではない」という扱いを受けると思い込んでいたのだが。どうやらこの村は、外の人間でも気軽に受け入れる気風らしい。村長を救出したという行為が、皆の好感を得たというのもあるだろう。

 今日採れたばかりの野菜がある。いや、うちの畑のほうが美味い。
 酒は飲まないのか。そっちのでかい人は、もちろん飲むんだろう?
 ほら、遠慮しないで。随分と行儀正しく食べるんだねえ。もっとこう、がーっと食べなよ、がーっと。
 おっきいおじちゃん、肩車してー。わああ、たかーい!! すごーい!! 
 ずるいー!! 俺も、俺もー!!
 だから遠慮するなって言ってるだろうが。そうか、辛いのが好みか? この間、俺が作った特製香辛料を……。
 ちょっと、あんた! またお医者様の仕事を増やす気かい!? あんな騒ぎを起こしておいて、まだ懲りてないのかい!!

 訳がわからないうちに、村人総出の宴会となってしまい、終いには私たち二人をどこの家に泊めるかという言い争いまで勃発した。
 屋根がある場所で休めるのは久々だ。村人たちの心遣いは有難い。だが、そうほいほいと見ず知らずの者を受け入れるというのは……。お人好しというか、警戒心が薄いというか。この村の警備状態が少し心配になってきた。 
 寝台がなくとも納屋で十分ですから、という私の言葉はもちろん黙殺された。論争は私の意志を無視して収まるところを知らず、そのうちにたくさんの杯が卓に並び始める。次々と酒が注がれていき、いちばん早く空にした者が私たちを招く権利を獲得、ということにまで発展していた。

「村長さんが、お礼を言いたいそうだよ。手当てが終わって落ち着いたみたい」

 村人の一人が、そっと耳打ちしてくる。
 顔を出して戻った頃には、この騒ぎも落ち着いていることだろう。盛り上がっている場を後にして、私たち二人は村長の家へと向かった。


  ◇  ◇  ◇


 私たちが着くなり、孫娘は真っ赤になって礼と詫びを交互に口にし続けた。ぺこぺこと頭を上げたり上げたりを繰り返していたため、あまり顔が見えなかったが、私とそんなに歳は変わらない印象だ。そう言えば、成人してもあの子は相変わらずだ、と誰かが言っていた。もしかしたら篭りを終えたばかりなのかもしれない。
 家には、村長と孫娘の二人しか居なかった。村長の息子夫婦らしき人物は見当たらない。
 調理場近くの卓に置かれている椅子はニ脚。どうやら二人きりで生活を営んでいるようだ。

 村長の怪我は、右腕と右足の骨折がいちばん酷く、年齢を考えても完治まで相当かかるかもしれないとのことだった。顔の傷や、添え木と共に巻かれた包帯が見ていて痛々しい。しかし、寝台に横になっている老人は案外元気そうだ。

「本当に世話になりましたなあ。ありがとうございました」

 村長が穏やかな笑顔を見せる。そして、半身を起こそうとして、もぞもぞ動き出した。怪我を負っているのに、こんな時まで客人に気を遣うとは。まったく、この村の者達は人が良すぎて見ているこっちがはらはらしてしまう。
 慌てて老人の側に駆け寄り、動きを制する。

「あの、無理はなさらずに」

「大丈夫です。応急処置が適切だったおかげで、酷いことにはならなかったと医者も言っておりました。もしかして、医術を学んでおいでで?」

 村長がモルの方を見上げて尋ねた。
 泥の山から村長を引きずり出した後、モルは痛みに呻く老人の身体を軽く触診して、手持ちの布や落ちていた枝で手早く処置を施したのだった。さすがは元衛士、と言うべきか。骨折の手当てはお手の物らしく、手際の良さに私も驚いたほどだ。モルがそんな特技を持っていたとは、私も今まで知らなかった。

「いえ……。そういう訳ではないのですが」

 寡黙な護衛の代わりに、私が村長に言葉を返す。はっきりとしない返答を気にした様子でもなく、村長は照れたように再び語り出した。

「昨夜は酷い雨だったでしょう? 少し離れたところにある畑が気になりましてなあ……。様子を見に行ったら、あんなことになってしまった次第で」

「だから一人で行くなって言ったのに」

 それまで静かにしていた孫娘が、急に口を挟んできた。途端に、村長の顔がしかめ面に変わる。

「みんな忙しいのに、手を煩わせるわけにはいかんだろうが」

「そんな意地張って、結局みんなに心配かけて、私の手を煩わせてるじゃないの」

「こんな怪我、すぐに治るわい」

「すぐったって、明日明後日で治る怪我じゃないでしょう? どうすんのよ。領主様に届けないと行けない書類が、こーんなにあるのに」

 孫娘が指さす先には、山積みになっている書類が机の上に鎮座していた。

「……お前が書くしかないだろうが。他に誰がやるんだ」

 分厚く包帯を巻かれた右手を振りつつ、村長が低く呟く。確かに、あの手では筆を握るのは到底不可能だろう。
 だが、孫娘は負けじと村長を睨み返し、これ以上はないと言うくらいに不機嫌な声で反撃した。

「やだ。あたしが上手に字を書けないの知ってるくせに。できるわけないじゃないの」

「まだお前はそんな我儘を! だから早く文字を学んでおけと、あれほど言ったではないか!!」

「おじいちゃんが怪我したのが悪いんでしょー!? やだやだ!! あたし、絶対書かないからね!! 文字なんて読むのも書くのも大っ嫌い!! 頭痛くなる!!」

「いい加減にせんか!! 今、学んでおかないと、この先……」

「あの」

 すっかり空気扱いになっていた私の声で、場が急に静まり返る。
 怒声を撒き散らしていた二人が、怪訝な顔をこちらに向けた。

「それは、やはり外部の者に知られてはまずい内容の物ですか?」

 何を訊かれたのか、二人ともすぐには理解できなかったらしい。先に我に返ったのは村長の方で、戸惑いがちに口を開く。

「いえ……。領主に毎年提出している、この村についての報告書でして。別段、隠すような物では」

「では、私が代筆しましょうか。内容を村長が口述してくだされば、私がそれを書き留めますが……」

 私の突飛な提案に、再び沈黙が訪れる。
 やはり、出過ぎた言動だっただろうか。よそ者にそこまで介入されるのは、決して良い気分ではないだろう。深く考えもせずに言葉を発してしまった失態を恥じ、詫びを言って撤回しようと思ったその時。
 村長と孫娘が競い合うように騒ぎ出す。

「ほ、本当ですか。本当にお願いしてよろしいのですか?」

「やったー!! ばんざーい!! 文字の書ける人でよかったね、おじいちゃん。私は何もお手伝いできませんけど、好きなだけここにいて手伝ってやってください。洗濯とか、お食事とかならお世話できますから!!」

「これ。そうやって、また調子の良いことを……。お前も、これを機にちゃんと学ばんかい。そうだ。お願いついでと言っては何ですが。空いた時間にでも、こいつに文字を学ばせてやってくれませんかの。図々しいとは百も承知ですが、本当に机にじっと向かっているのが嫌いな子で、私もほとほと困り果てて……」

「ちょっと、余計なこと頼まないでよ!! あ、そうだ。お父さんたちの家に泊まってもらったら? そうと決まれば、寝床整えてきますね! あー、明日の朝食たくさん用意しなきゃ! そっちの大きい人、たくさん食べそうだものね!!」

 お父さんたちの家、というのが、恐らくこの孫娘一家が以前住んでいた家なのだろう。話が嫌な方向へ流れるのを防ぐためか、孫娘はばたばたと騒がしい音を立てて部屋を飛び出してしまった。その後ろ姿を眺めていた村長が、肩を竦めて溜め息を吐く。

 どうやら予想以上に喜ばれたようだ。今頃、酒を競って飲んでいるであろう村人達の行為が無駄になってしまった。この分だと、孫娘が言っていた家とやらに、有無を言わさず押し込められる羽目になりそうだ。
 自分から言い出したとは言え、なんだか妙なことになってしまったなと苦笑する。同じところに長く留まるつもりはなかったのだが。まあ、でも。村長の仕事を手伝う間だけだ。それほど長い期間でもあるまい。

 ここは、城からはかなり遠く離れている。こちらの居場所を知られることもないだろう。
 モルを好き勝手に連れ回しておいて、我ながら勝手な言い分だとわかっていたが。定住せずに移動ばかりの生活に疲れ果てていたと、いうのも本音だった。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。