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贖罪<2>

2014.05.24 (Sat)
タナッセ、その後のお話。

そういうつもりで書いてはいませんが、読む人によっては「アッー」な話に見えるかもしれません。同性愛が極端に駄目な方はご注意を。
いつものように胸糞展開です。タナッセ苦難の連続。酷い目に遭いまくりで可哀想な殿下を見たくない!という方もご注意ください。



贖罪<2>


「……できた」

「どれ。見せてみろ」

 差し出された紙を受け取り、添削を始める。ちらと孫娘の方を見やると、不機嫌極まりないという顔をして目を逸らしていた。その態度からして、書いた文字が正しく記載されていないと自分でもわかっているのだろう。受け取った紙に綴られた文字は間違いだらけで、解読が困難なほどであった。

「ここと、ここと、ここ。こっちも違う。昨日、教えたところばかりではないか」

「そうだったかな」

「もう一度。書いた後にきちんと確認してるか?」

「してるもん」

 不貞腐れた顔に磨きをかけて、孫娘が紙を受け取る。むっつりと筆を握って文字を書き始めるも、筆の動きは滑らかとはとても言い難い。それどころか少し書いてはよそ見をし、欠伸を噛み殺し、隙あれば逃げ出そうとしているのが手に取るようにわかる。
 
「びしびしと厳しく学ばせてやってください」

 村長にはそう言われていたが、寝床やら食事やらいろいろと世話になっていることを考えると、怒鳴り散らすのも気が引ける。孫娘が必死に文字と格闘している間、わずかな明かりを頼りに、昼間作成した書類を見直す作業に移った。
 

  ◇  ◇  ◇


 日中は村長に付き添い、領主へ提出する書類の作成に取り組む。その間、モルは村の皆に引っ張りだこで、いろいろな仕事を手伝わされているようだった。力持ちはどこでも優遇される。剣術にも長けていると知られてからは、手が足りない時は、夜に村周辺の見回りにも駆り出されていた。
 夜は村長の家で用意された食事を食べ、寝るまでの時間、こうして孫娘に付いて根気よく文字を学ばせる。毎日がその繰り返しだった。と言っても、二人で机に向かうのはほんのわずかな時間だ。孫娘はいつも、何かと理由をつけては勝手に切り上げてしまう。

「あ、そうそう。洗濯物をたたまなきゃ」

「モルが今、やってくれている」

「あー……。やだ、あたしったら。おじいちゃんに、今日こそは草むしりやっておくよう頼まれてたんだった」

「それは、私が昼間やっておいた。お前は、真っ暗闇の中で草むしりをする習慣があるのか?」

「そろそろ休憩しようか」

「さっき始めたばかりだろうが」

「あっ、お腹痛い気がする! 痛い! 明日、頑張るから! 今日はもう終わりにしよう? じゃあ、また明日!!」

 本当に文字が嫌いというか、じっとしていることに耐えられない性分なのだな、と村長の苦労が偲ばれた。
 
 様々なことに振り回されつつも、何不自由なく、日々を過ごしていたと言っていい。今までの辛い旅路に比べれば雲泥の差だ。
 村の者たちは、競い合って私たちの世話を焼きたがった。
 ちょうど合いそうな服が余っていたから、と着替えを押しつけてくる者。
 いつものお礼に、とモルにも新しい服を縫い上げてくれた者。
 たまにはうちで食事を。いやいや、うちで。珍しい果物を手に入れたから。今日は大物の獲物が捕れたから。

 世話になりっ放しなのは心苦しい。そもそも、城で爪弾き者だった私は、他人にこれほどまで善意をぶつけられることに慣れていないのだ。モルは村の仕事に大いに貢献しているが、私は村長の仕事にしか手を貸していないという引け目もあった。ここでもまた、自分の無能さを思い知らされる。
 私にできることはなんだろうか、と考えを巡らせるも全く思いつかない。
 そんな時、顔見知りの村人に、とあるお願いをされた。

「ちょっと離れた街にさ。以前、世話になった人が住んでるんだよね。代わりに手紙を書いてくれないかな?」
 
 それがきっかけで、たまに村人から手紙の代筆を頼まれることが多くなった。そうなると、必然的に村に届けられる返事を読んで聞かせてやる機会も多くなる。この村で文字を読み書きできる人物は、今まで村長一人だったそうだ。皆、気を遣って村長には頼みにくかったらしい。
 普通の土地ならば神官も読み書きができるのであろうが、この村には神殿がなかった。半日ほど歩いた隣村にはあるようだ。それ以上詳しい話は聞けなかったことから、どうやらこの村の人たちはあまり信心深くないことが窺えた。

 そして、そろそろ書類作成にも終わりが見えてきたな、と思い始めた先日のこと。
 食事中に、村長がためらいがちに話を切り出してきた。

「その……。作業にひと段落ついてから、のことなのですが」
 
 面と向かって、仕事が終わったらとっとと出て行け、とはさすがに言いにくいのだろう。普段使っていない家屋とは言え、
「この辺でそろそろ釘を刺しておかねば。大きい顔をしてずるずると居座られては困る」
と考えるのは、至極当然だ。
 先手を打って、こちらから矢継ぎ早に言葉を発した。

「はい。思いもよらず、かなり長くお世話になってしまって。労働に見合わないもてなしを受けて、いつも申し訳ないと思っていました。いつまでも甘えるわけにはいきませんので、区切りのいいところで、私らもここを出ようかと」

「いやいや。こちらがお礼を言いたいぐらいだ。村のみんなが、お二人のおかげで本当に助かっているのですよ」

「そんなことは……」

 二人、というよりも、モルのおかげで、と訂正すべきでは。
 そんなことを思いながら、隣に座るモルの方へとちらりと視線を向ける。いつものように、彼は会話の内容を気にする風でもなく黙々と食事を続けていた。
 しばしの沈黙を挟み、村長が居住まいを正して口を開く。

「このまま、ここに留まる気はないですかな?」

 予想もしなかった言葉に驚愕し、目を見開いて村長を凝視する。孫娘も食事の手を休め、大人しく黙り込んでいた。その態度から察するに、予め何か聞いていたのかもしれない。

「ご存じの通り、この村で文字を理解できるのは私だけです。この子も、いつ使い物になることやら。数日付き添っていただいて、覚えの悪さはおわかりいただけたでしょう?」 

 言葉と共に、村長が怪我をしていない左手で孫の頭を軽く小突く。
 無論、「仰る通り、お孫さんの理解力の乏しさは並大抵のものではありません」という言葉は、口にはせず飲み込んだ。

「この子は別として。将来は神官になりたい、城で仕事をしてみたい、せめてもう少し大きな街で職を得たい、と夢を語る子どもたちの声も増えてきているのです。子どもらだけではありません。大人でも文字を学んでおいて損は無い、と考えている者もたくさんおります」

「……」

「皆、私に気を遣って教えを請おうとはしません。村長としての役目に追われ、そんな時間がないのも事実です。気を遣いすぎて、届いた手紙を見せずに仕舞い込み、実はとても大事な内容の文書だったと気付いた時は後の祭り、ということもありました」

「……つまり、お孫さんのように私が皆に文字を教えろと」

「もちろん、無理強いをするつもりはありません。そちらにも都合がおありでしょうし」

 そう言い終えると、村長は口を閉ざして私の反応を待っていた。手を組んで、じっとこちらを見つめている。気がつけば、モルも食事を中断して大人しく事の成り行きを見守っていた。
 しばし考えを巡らせてから、私はぽつりと呟く。

「皆が、私のような者に教えを請いたいと思うでしょうか」

 言葉を紡ぎつつ、一言も口を挟まない孫娘の様子を気付かれないようにちらりと窺った。彼女は目を伏せがちにして、会話の邪魔をすることなく神妙な態度を取り続けている。

 教え下手な自覚はあった。毎晩、机に向かっている時の孫娘の態度、そして進展が思わしくない状況からもそれは明らかだ。尤も、彼女のやる気のなさも多少は原因に含まれるのではあろうが。
 人付き合いも得意な方ではない。私が教えを請う立場ならば、間違いなく自分のような人物に習いたいとは思わない。いくら村長が望んだところで、村人たちが同じ考えとは限らないではないか。
 しかし、村長はそんな私の考えをあっさりと論破した。
 
「これは私だけの意見ではなく、村の総意です。貴方がたに隠れて、こそこそと事を企んでいたことはお詫びします」

 いったい、いつの間に。村長の言葉に再び絶句する。
 私はずっとこの老人に付きっきりだったはずなのに。村の意見を纏めているところなど、一度も見かけたことがない。
 いや、そう言えば。
 見舞い客が訪れた時は、私は場を外して別の部屋で待機していた。考えられるのはその時ぐらいしかない。私のいないところで、まさかそんな会話がなされていたとは。

 縋るような村長の視線が、身体に突き刺さる。
 正直、この村に居心地の良さを感じ始めてはいた。だが、この先ずっと、となるとやはり少し躊躇してしまう。
 目的がある旅なのかと問われると、そんなものはないと答えるしかない。ここに留まることができない明確な理由など、何一つないのだ。
 しかし……。

「神殿では、日を決めて学ばせる場を設けているでしょう? 何も私のような者に頼らずとも、そこでは駄目なのですか?」

 代わりの案を提示するも、相手は間を置かずに言葉を返してくる。

「子供だけで通わせるには少し不安な距離です。交代で大人が付き添うことも可能ですが、そこまで時間に余裕がある者は、この村には少数しかおりません。それに……、あそこの神官は何と申しますか、ちょっと態度に問題があるお方でして……」

「あたしがここまで文字嫌いになった原因は、あいつのせいよ」

 急に孫娘が愚痴を吐き出す。これ、とすかさず村長が窘めた。
 なるほど。その神官に対する、あまりよろしくない印象が、文字を拒否する態度に拍車をかけているのか。
 周りの者より学があると、自分が偉くなったような錯覚に陥る輩はいくらでもいる。村長が言っている神官もそのうちの一人なのだろう。もしかすると、田舎になればなるほど、その傾向は強くなってしまうのかもしれない。
 
 いや、田舎だけに限った話ではない。自分も、そんな思い上がった考えを持つ一人だったな、と頭の中で自嘲した。
 まったく。自分一人で生きる術も持たないくせに、私は何故あんなにも愚かな振る舞いを晒し続けていたのか。今頃気付いても、もう遅い。
 
 もし。
 もう少し早く、私が自分自身の愚かさや未熟さに気付けていたら。
 城から出ることなく、以前のような平穏な日々を過ごしていたのだろうか。 
 もしかしたら、あいつも……。

 そこまで考え、慌てて思考を止める。思い出したくない過去が甦る前に、求められている返答を出すために頭を切り替えた。
 
 いつまでも当ての無い旅を続けるのにも限界がある。骨を埋める覚悟とまではいかないが、ここで少し足を休めてみてもいいのではないだろうか。
 この村の人たちは、元殿下である私を求めているわけではないのだ。私という人物そのものを見て慕ってくれ、そして能力を認めてくれた。
 無理に取り繕う必要もなく、こんな私でも皆が受け入れてくれたという事実。それは、未だかつてないくらいに心を揺さぶられた。城を出た時からずっと私の身体を蝕んでいた自己否定の固まりが、ゆっくりと溶けて行くような感覚に陥る。 
 
 いいのか。
 私は、このままでもいいのか。

 心を決め、隣のモルの方へと顔を向けた。視線に気付いたモルが無言で頷く。それを確かめてから、目の前の村長の視線を受け止めた。

「わかりました。お役に立てるかどうかはわかりませんが。とりあえず、様子を見ながらやってみましょう」  

 私の言葉に、村長が安堵の表情を見せる。驚いたことに、孫娘も笑みを浮かべていた。
 

  ◇  ◇  ◇


 その孫娘は、今。あの時の笑顔とは似ても似つかないしかめ面で、紙と睨めっこをしている。
 筆が止まってから、しばらく経つ。わからないならわからないと言えばいいものを。それとも、何がわからないのかも、わからない状態なのだろうか。

「……ねえ、先生」

 紙から視線を離さずに孫娘が私を呼ぶ。
 この呼び方にも、最近ようやく慣れてきた。頼むから先生は止めてくれ、と懇願したのだが、じゃあ何と呼べば、と皆に問われて答えに詰まった。
 そう。私は自分の名前を、まだ誰にも告げていなかった。
 もちろん生まれ育った場所、前王の息子であった過去、その全てを一度も口にしたことはなかった。

 何か事情があると察していたのか。特に興味がなかったのか。誰も聞いてこようとはしなかったし、自ら話す気にはとてもなれなかった。
 過去を知らない者達に囲まれて生活をしていると、「タナッセ」という人物とは別の人格を演じているような不思議な感覚になる。そしてそれは、今まで体験したことがない解放感に満ちていた。

「わからないところがあるのだろう? どこだ?」

 書類から顔を上げ、言葉を返す。するとこちらを向いた孫娘が、上目遣いで問うてきた。

「先生、ほんとは無理してここに残ってくれたんじゃないの?」

 突然の問いかけに、しばし惑う。
 そして、ありのままの気持ちを偽りなく口にした。

「そんなことはない」

「ほんと? どこか、行かなきゃいけないとこがあったんじゃないの?」

 孫娘は、紙を睨みつけていた時と同じ眼差しでこちらを見ている。そのまま目を逸らさずに、私の返事を待ち続けていた。
 
 行くところなどない。
 帰るところも、もうない。
 
 思い浮かんだ言葉を口にはせず、微笑して書類に視線を戻した。
 返事をしない私に根負けしたのか。孫娘が溜め息をついて再び紙と向き合う。

 ぼんやりとした薄明かりに照らされて、壁に筆の影が映し出される。ぎこちない動きを描く影は、弱い心につけこみ、よからぬことへと誘惑する魔物のようにも見えた。

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