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贖罪<4>

2014.06.02 (Mon)
タナッセ、その後のお話。

そういうつもりで書いてはいませんが、読む人によっては「アッー」な話に見えるかもしれません。同性愛が極端に駄目な方はご注意を。
いつものように胸糞展開です。タナッセ苦難の連続。酷い目に遭いまくりで可哀想な殿下を見たくない!という方もご注意ください。



贖罪<4>


 孫娘とモルに監視されながら、寝台から一歩も出なかったのが功を奏したのか。
 私の症状はそれ以上酷くならず、数日経ってからようやく熱が下がり始めた。完治までは、さらに数日を要した。

「またあんなことになっても、もう知らないんだから。面倒なんか見てやんないだからね」

 そんな憎まれ口を叩きつつも、前以上に孫娘が私に気を遣っていることにも気付いていた。少しでも無理をさせると、すぐに倒れてしまう情けない男、と彼女の中で認識されてしまったようだ。
 以前よりも食事の量が増えた気がする。もう十分だ、と言っても、更に無理やり口に詰め込もうとしてくる。せめて皿洗いぐらいはと申し出たら、

「先生の洗い方、汚いから駄目」

と、ぴしゃりと撥ねつけられた。住まわせてもらっている家の掃除を始めると、途端に箒をもった孫娘が飛んでくる始末。
 
「いいから私に任せなさいってば」

 そう言って、溜まった洗濯物を抱えた孫娘から、なんとか下着だけは奪い返す。城に居た時は、特に気にもせずに他人に任せていたというのに。環境は人を変える、とはよく言ったものだ。
 
 干されたたくさんの洗濯物が風にたなびく。それを眺めて、思わず笑みが零れた。
 ほら。私だって、やろうと思えばできるのだ。矯正が不可能なほど不器用なわけでは決してない。

「……。先生、今までどうやって暮らしてたの?」

 以前、たった一度の洗濯で下着をぼろぼろにさせてしまった時。事の有り様を見て孫娘はそう言った。無理やり洗濯物を奪い返した結果がこれかと、明らかにその表情は私を馬鹿にしていた。その時のことを思えば、なんとも目覚ましい成長ぶりではないか。
 掃除、洗濯を習得したから、次の目標は料理だ。
 こうやって少しずつ、全てにおいて自活できるよう学んでいけばいい。最初から、何もかもうまくやれる人間などいないのだ。

 今日はこの後、特に何も用事が無かった。モルは朝早くから村人に請われて畑の手伝いに行っている。生徒が訪れる予定も入っていない。
 いつものように村長を手伝うとしよう。そう思い、踵を返した時に背後から突然声を掛けられた。

「お久しぶりです、殿下」

 ここ最近、呼ばれることがなかった敬称に耳を疑う。聞き覚えのある、そして二度と聞きたくもなかった声に、身体が固まったように動けなくなった。

「いやあ、まさかこんなど田舎に隠れて、ぬくぬくと過ごしていたとは。上手いこと潜り込んだものですねえ」

 茂みに身体を半分隠したまま、魔術師は気持ちの悪い笑みをこちらに向けている。
 過去に犯した愚行が、一瞬だけ頭を過った。胸が締め付けられ、息をするのも苦しくなる。
 もう会うことはないと思っていたのに。
 何で、こんなところに。

「……何の用だ」

「別に用って程のものじゃ。たまたま通りがかったら、なんと殿下が自らの手を汚されて洗濯に勤しんでいるじゃないですか。知らない仲でもありませんし、一応ご挨拶でもしておこうかと思った次第で」

 白々しい。こんな僻地で偶然に出会うわけがない。
 何が目的か知らないが、こんな奴に関わると碌なことにならないのは既に経験済みだ。

「私はもう殿下ではない。つまり、以前のように自由になる金は無いということだ。それがわかったならば、とっとと失せろ」

「冷たいなあ。そう邪険にしないでくださいよ。こうして再びお目にかかれたわけですし、せっかくだから耳寄りな情報を殿下に教えて差し上げようかと」

「殿下ではないと言っているだろうが。聞こえなかったのか? 早く……」

「新しい王様のご様子、聞きたくありません?」

 自分の言葉を遮った魔術師の声に、思わず耳を傾けてしまった。
 拒否を口にしなければとわかっているのに、意思に反して私の口は動いてくれない。喉が押し潰されてしまったように、声を絞り出すことすらできなかった。

「沈黙は肯定と受け取っていいんですかね?」

「……」

「そうでしょうそうでしょう。気になって当たり前ですよねえ」

「……そんな、ことは」

「相当、具合悪いらしいですよ。まあ察しがついてるでしょうけど、もちろん病気なんかじゃない」

 魔術師は面白くてたまらない、という表情を私に見せつけ、「話が長くなりそうですね」と地面に座り込んだ。
 無視しろ。聞いては駄目だ、と頭の中で警報が鳴り響く。
 お前はまた同じ過ちを繰り返すつもりなのか。こいつは、私を利用することしか考えていない奴だと、散々思い知らされたではないか。また何か、よからぬことを企んでいるに違いないのだ。

 それなのに。
 私の足は、魔術師が潜む茂みへと動き出してしまった。


  ◇  ◇  ◇


 私が地面に座り込むのを待って、魔術師が話を続ける。

「嬉しいなあ。やっと話を聞く気になってくれました?」

「……」

「そうですね、無駄話はよしましょう。これ以上、殿下の機嫌を損ねたくありませんし。王様ね。医士が手を尽くしているらしいんですけど、どうも思わしくないみたいで。このままだと、次の徴持ちを待たずに神の国へと旅立たれてしまうんじゃないか、とかなんとか」

 そんな事態になってしまった原因は明らかだ。
 甘い言葉に乗せられ、常軌を逸した儀式に私が手を貸してしまったからに他ならない。
 
 自分の声とは思えないほど掠れた声で、私は言葉を返した。

「……あいつに対して、申し訳ないとは思っている。だが、どうすることもできない私にそんな話を聞かせて、今度は何を企んでいるのだ」

「ええ? 申し訳ないと思ってんですかあ? ほんとに?」

 魔術師の口から、大げさに驚いた声が飛び出した。しかし小馬鹿にした態度が隠しきれずに滲み出ている。
 何が言いたいのだ、と言い返す隙も与えられず、目の前の男は言葉を続けた。

「取り繕って紳士ぶるのは止めましょうよ、殿下。本音をぶちまけてもいいんですよ? 本当は『ざまあみろ』ぐらいに思ってんでしょ? いえいえ、隠さなくても。あんな酷い仕打ちされたんだから当然ですよ」

「……っ。馬鹿を言うな。私は」

「あの寵愛者、飴を与えておいて、油断したところを見計らって強烈な鞭で仕返ししてくるとはねえ。お可哀想に。私は心から同情しますよ、殿下」

 この男は、全てを知っているのだ。
 何故、私が城から姿を消したのか。
 何故、今の今まで誰にも居場所を知らせずに、こんなところに潜んでいるのかも。

「……私がしたことは許されることではない。あいつが復讐のために男を選んだのも、当然と言えば当然の行為だ」

「へええ。殿下は大層心が広くていらっしゃる。私が殿下の立場でしたら、裏切った相手が憎くて憎くてたまりませんけどねえ」

「貴様と一緒にするな。私はレハトの選択を責める気など、これっぽっちもない」

 そうだ。レハトの態度で許されたと思い込み、勝手にのぼせ上がった私が馬鹿だっただけなのだ。
 私は何を期待していたのだろう。
 どうしてあんな、身の丈に合わない夢を思い描いていたのか。
 自分を殺そうとした男に、心からの愛を告げる奴がどこの世界にいると言うのだ。少し冷静に考えれば誰にでもわかりそうなものではないか。
 だが、レハトの真剣な眼差しを感じるたびに、強い意志を持ったレハトの声を聞くたびに、私の心に住みついていた疑心は次第に小さくなっていってしまった。再び疑いを抱かせないくらいに、レハトの演技は完璧なものだった。少なくとも、私にはそう見えた。
 
 何のことはない。浮ついた心のせいで、私の目が曇っていただけのことだったのだ。 
 
「そんなお優しい殿下にですね。とっておきの話がありまして」

 己の不甲斐なさに閉じ籠っていると、そんな魔術師の言葉が殻を突き破って飛び込んできた。

「たった一つだけね。王の体調を回復させる方法があるんです」

 何を言い出すのかと思えば。
 馬鹿馬鹿しい。そう何度も何度も騙される私ではない。
 それでも、返事をしない私に構わず魔術師は説明を続ける。

「なに、簡単なことなんですよ。あの儀式で、殿下が寵愛者様の『中身』を奪ったわけですから。それを返せばいいだけのことで」

「……」

「普段から身に付けていられる物……。そうですね、首飾りとか指輪とかかな。それに殿下の『中身』を送り込むんです。それを通して、じわじわと『中身』が王に返されていく。どうです? 簡単でしょう?」

 愛想の良い笑みを見せられても、私の心は動かない。
 早くこいつから離れたかったが、無理に追い払って、あの妙な力で騒ぎを起こされても困る。
 奴が飽きるまで好きに喋らせ、じっと耐えることにした。反応がなければ、そのうち諦めて姿を消すだろう。

「まあ、難点としては少し時間がかかるのと、多少殿下に鍛えていただく必要があるってことぐらいかなあ。手っ取り早い方法が、他にもあるにはあるんですけどね。ちょっと今の殿下には酷な方法だから、お薦めできなくて」

「……」

「……信用できないって顔してますねえ。私だって、悪かったなあと思ってるんですよ。だから、せめてもの償いとして、こうして殿下に有益なお話をして、ついでに私の心の負担を減らそうとしてるだけで。ねえ、殿下。聞いてます?」

 次々と飛び出してくる歯の浮く台詞に吐き気がしてくる。誰が信用などするものか。
 思った以上に、魔術師は粘り続けた。心のこもっていない謝罪を口にし、馴れ馴れしい口調で語りを止めようとしない。

「強情だなあ。どうしたら信用してくれるんですか。私は殿下のためを思って話してるってのに」 

「……」

「そうだ。信用していただくために、ひと仕事してきましょうか。もちろん、お代なんていただきませんよ。これは私からの謝罪を込めた、ささやかな贈り物ってことで」

「……」

「偽物のディレマトイ。居どころを突き止めてあるんです。ああ、やっと顔色が変わった。決まりですね。ささっと行って、ぱっと片付けて参りますから」

 無言、無表情を貫くつもりだったのに、思わず反応してしまった。
 こいつ、どこまで私のことを調べ上げているのだ。ディレマトイを名乗っていたことのみならず、あの本の真相まで知っているとは。

「ちょっ……待て!! お前、何で……いや、何をするつもりだ!!」

「殺しはしませんよ。私も信用を得るのに必死ですから。殿下の気分を害するようなことは決して行いません。あ、でも。ご希望ならば、もちろん捻り潰してやりますが。あっさりめと、じわじわと。どちらがいいか、お選びになってくださいよ」

「ばっ、なっ、ひ、捻り……? そんな必要は無い!! 余計なことをするな!! 私にはもう関係がないことなのだ。下手に騒ぎを大きくして、万が一、巻き込まれるような事態にでもなったら」

「またまた。だから本音で語りましょうって。嘘や我慢は身体に悪いですよ? 勝手に名乗られて、かつての栄光を横取りされて、腹が立たないわけがない。仮に、殿下に私のような力があったとしたら。それでも貴方は、何も行動しなかったと言いきれますか? アネキウスに誓って? 殿下は、本当にそこまで何でもかんでも許してしまうぐらいに、寛大な心の持ち主なんですか?」

「……っ」

 相変わらず、この男は人の弱いところをついてくる。
 そうだ。その通りだ。
 私は、「何もできない」のを、「何もするべきではない」という言葉にすり替えて、自分で自分を誤魔化していただけなのだ。
 魔術師が言うように、もし私にも何らかの力があったら。怒りに任せて、偽物に危害を加えてしまったかもしれない。
 考えたくも想像したくもないが、絶対にそんなことは有り得ないと言い切れる自信もなかった。

「力の無い殿下に変わって、私が懲らしめてきてあげますよ。これ以上、妙な本を出さないようにね。事が成功したら、また報告に伺います」

 止めるべきだとわかっていた。
 私はそんなことは望んでいない、と叫ぶべきだった。
 しかし、私の中で燻っていた黒い感情が、その全てを押し留めてしまった。

 私の返事を待たずに魔術師が去って行く。
 しばらくその場に佇み、既に誰もいない空間を見つめ続けた。
 気味が悪い程に穏やかな風が頬をくすぐり、今までの出来事は白昼夢だったのでは、と馬鹿な考えが浮かんでしまう。

 大口を叩いておきながら、あいつは何もしないのかもしれない。
 二度と姿を見せに来ないかもしれない。
 そう思いつつも、そんな言葉は気休めでしかないと、私の中の誰かが叫び続けている。

 ずっと考えないようにしていた過去を呼び起こされ、私の気分はこれ以上はないというくらい最悪だった。
 一度溢れてしまうと、堰を切ったように次々と光景が頭に甦る。

 忌わしい儀式に手を染めた時のこと。
 男を選択したレハトに、真実かどうか確かめに行った夜。
 城から旅立つ際に感じた、引き裂かれるような胸の痛み。
 二度と会いたくなかった魔術師の、不愉快極まりない声。
 そして何よりも。
 この気分の悪さのいちばんの原因は、偽物が相応の報いを受けるかもしれない事態に、心の底から嫌悪を感じているわけではないと私自身が気付いてしまったからだった。

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