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贖罪<5>

2014.06.09 (Mon)
タナッセ、その後のお話。

そういうつもりで書いてはいませんが、読む人によっては「アッー」な話に見えるかもしれません。同性愛が極端に駄目な方はご注意を。
いつものように胸糞展開です。タナッセ苦難の連続。酷い目に遭いまくりで可哀想な殿下を見たくない!という方もご注意ください。



贖罪<5>


 魔術師との不愉快な再会を果たしてから、数日後。他人に成り済まして本を出していた貴族が、悪事を認めて自ら名乗り出た、という話を耳にした。他に、出版に手を貸していた数名も不正な行為を認め、大人しく沙汰を待っている状態らしい。
 偽物について、それ以上詳しいことはわからない。城がどんな裁きを下したのかも不明だ。街で噂を仕入れてきた村人が、そこまで突っ込んで話を聞いてこなかったためである。

 既に世に出てしまった本を残らず回収するのは不可能だとしても、新たに偽物本が作り出されることはもうない。その事実に、少しだけ胸のつかえが下りた。
 名を騙られた悲劇の詩人ディレマトイ。今、街ではそんな風に囁かれているらしい。
 だが、そんな目に遭っても正体を明かさないのは何故なのか。
 よっぽど名乗り出れない理由があるのだろうか。
 新作がしばらく出ていないことと、何か関係があるのか。
 もしかして、もう死んでいるのでは。
 いろいろな噂が飛び交っているらしいが、騒ぎもいずれ収まるだろう。またすぐに他の話題がどこからともなく湧いて出てきて、移ろいやすい人の心は瞬く間にそれに群がり始める。過去の出来事は徐々に風化され、音も無く皆の頭の中から消え去って行く。日常とは、そんなことの繰り返しだ。

 魔術師が何をしたのか、私に知る術はなかった。いや、あの男が何も手を下すことなく、ただの偶然が重なっただけなのかもしれない。
 そんなわけがない、甘い考えにも程がある、という否定と、でももしかしたら、という僅かな期待が私の中で錯綜する。悩みの種が一つ減ったものの、私の心中は穏やかとは程遠いものであった。むしろ、以前よりももっと厄介な種を抱えてしまったのかもしれない。  


  ◇  ◇  ◇ 


「……また何か考えごとしてる」 

 筆を握る手を止めて、孫娘が問いかけてくる。
 就寝前の文字の書き取りは相変わらず続けられていたが、彼女の上達ぶりは思わしくない。それでも以前よりは、文字と向き合う姿勢が改善されつつあった。

「私が考えごとをしてはいけないのか」

「そういうわけじゃないけどー……」

「仕事に手を抜いているわけではないぞ。ほら、そこの綴りが違っている」

「間違ってないもん。合ってるもん」

 頬を膨らませて孫娘が反抗を示す。まるで駄々をこねる子どものようだ。
 村長が、あの子は昔から気が強くて、と将来を危惧している気持ちが理解できた気がする。

「この綴りは、文字を極めた熟練者でも書き間違えが起こりやすい個所なんだ。ちょっと貸してみろ」

 机に近付き、孫娘が握っていた筆を奪う。紙に手本を書き連ねながら、そう言えばヴァイルもよく間違えて、

「間違ってないもん。タナッセの目がおかしいんだよ」

と、文句を言っていたのを思い出した。

「ここの形と、ここの流れ。同じように見えて微妙に違うだろう。わかるか?」

 顔を上げて孫娘の反応を窺う。しかし集中力に乏しい生徒は、聞こえていないのか理解できていないのか、紙ではなくこちらの顔を見つめたまま固まっていた。

「……おい。聞いているのか」

「きっ、聞いてるよ。はいはい。似てるから間違えやすいのね」

「返事は一回」

「あっ、そうだ。熱心に習いに来てたあの子。働き先が決まったって聞いた?」

 何の脈絡もなく、孫娘が急に話題を変えてくる。こんなことは日常茶飯事だ。どうしてこう、次から次へと思考が飛んでしまうのか。 

 村の子どもの一人が、羽振りの良い商人の見習いとして働くことになった、という話を村長から聞かされたのが昼間のこと。もうすぐ迫っている篭りを終えてから、この村からも両親からも離れ、遠い地で新たな生活を始めるそうだ。
 話を聞いた後、本人が直接報告に来てくれたが、子の表情からは寂しさや不安げな様子など微塵も感じられなかった。新しい世界に踏み出す嬉しさに満ち溢れ、何度も何度も「先生のおかげです」とはしゃぎならが礼を述べていたのだった。

「知っている。昼に本人が礼を言いに来てくれた。いや、そうではなくて、今は文字を……」 

「やっぱ、文字の読み書きができるってのは大きいねー。選択肢も広がるし。それにあの子、顔もいいしさ。男を選んでも女を選んでも、街に行ったらモテモテで、商売繁盛に貢献するんじゃないかなあ」

「だから。手が止まったままではないか。お前も少しはあの子を見習え。皆にどんどん引き離されてもいいのか」

「はーい、はいはい。わかりました」

「返事は一回と何度言えば」

「あーあ。私、やっぱり男を選べばよかったかなあ。そうしたら、もうちょっと見栄えのいい顔になったかもしんないのに。もっと、ぱっちりした目になりたいよー」

 ぶつくさと文句を言いつつ、孫娘が再び筆を走らせる。
 孫娘の容姿は、それほど見劣りがするようなものではないと思うのだが。確かに、見目麗しく人を惹きつけてやまない顔立ち、とまではいかないが、平均的な、至って普通の容姿と言っていい。
 まあ、本人しかわからない拘りがあるのだろう。言われてみれば、目元のあたりが少し村長に似ているなと、ふと思った。

 性別を決める理由は人それぞれだ。
 親に勧められた者。
 がっしりとした体格に憧れた者。逆に、華奢でしなやかな体型になりたかった者。
 兄弟に倣って。
 特に流れに任せて、なんとなく。
 或いは。
 成人前に、心惹かれる人物に出会えて想いを遂げようとした者。
 
 もちろん、私の想像がつかないような理由で決断した者も大勢いることだろう。

「……お前は、どうして女性を選択したのだ?」

 私の突然の問いに、孫娘の目が大きく見開く。そしてすぐに鋭い眼差しでこちらを睨みつけてきた。

「それ、どういう意味? ぶさいくに磨きがかかるのがわかってるのに、なんで敢えて自虐的な選択をしたのかって言いたいの?」

「そんなことは一言も言っていないだろうが」

 孫娘は私の言葉に納得していない様子だったものの、やがて筆を置き、眉を寄せて考え込む仕草を見せた。

「うーん……。なんでって言われてもなあ。なんでだろ。なんとなく? お母さんみたくなりたかったからかな。いや、もちろんお父さんも大好きだったけど。そう言う先生は? なんで男を選んだの?」

「私のことはどうでもいいだろう」

「好きな人が女の人だったから、とか?」

「違う」

「お父さんに憧れたから? あっ、もしかしてモルさんみたくなりたかったの?」

「それも違う。そもそも、私が努力して鍛えたところであんな体格にはならないことなど、少し考えればわかるだろう」

「そうだね。先生って、ほんと弱っちいもんね。あたしより体力ないんじゃない?」

「……これでも、以前よりはだいぶましになったと思うが」

 私の反論も虚しく、孫娘が大口を開けて盛大な欠伸を披露する。さっさと机の上を片付け始め、腑抜けた声を出した。

「なんか眠くなっちゃった。続きは明日でいい? いいよね。おやすみなさーい」

 こちらの返事を待たずに扉に向かう孫娘を見て、急に不安が頭をもたげた。
 村長の家はすぐそこだ。途中、何か危ない目に遭う可能性は低い。でももし、また例の魔術師が現れたら。孫娘に何か危害を加えるようなことがあったら。
 考えすぎかもしれない。しかし、用心するに越したことはない。

「……待て。送って行こう」

 椅子から立ち上がると、孫娘がきょとんとして動きを止める。

「なんで? すぐそこだよ? 今まで、そんなことしなかったじゃない」

「いや、別に。大した理由は無い。ああ、村長に隠れて誰かと逢い引きする予定があるのなら、私も無粋な真似をするつもりはないが」

「……そんな相手いないって、わかってて言ってんでしょ。あーはいはい、お願いします。嬉しいわー。先生自ら、わざわざ送ってくださるなんてー」


  ◇  ◇  ◇


 不貞腐れた顔をしている孫娘と二人、夜の道を歩き続ける。少し離れたところに村長の家の明かりがぼんやりと見えた。孫の帰りを待つ老人は、まだ眠りについていないらしい。
 いつも音も無く忍び寄ってくる魔術師を警戒し、孫娘に気付かれないように辺りに目を配る。しかし、実際にあの男が近付いてきたとしても、どう対処したらよいのか。妙な術を使う者相手に、どう立ち向かえばいいのか。

「先生ってさー、悩みごと多いんだねー。静かだなーって思ったら、いっつも難しい顔してる」

 孫娘がいつもの口調で話しかけてきて、思考が途切れた。ようやく機嫌が直ったらしい。

「……誰でも悩みごとの一つや二つはあるだろう」

「そうなんだけどさ。なんか先生って考えすぎっていうか、考え方が真面目すぎるっていうか、そんな感じする。……もしかして、ここの生活、居心地悪い? あたしら、ずかずか立ち入り過ぎたかなあ」

 少し視線を落として孫娘が呟いた。 
 人前では普通に振る舞っていたつもりだったが。気がかりなことが多すぎて、無意識にそれが滲み出てしまっていたようだ。すぐに誤解を解くべく言葉を口にした。

「いや、そんなことはない。違うんだ。この村の人たちには本当に良くしてもらっている。……ただ単に、個人的なことで頭を悩ませているだけだ」

「ふーん……」

 あいつに居場所を知られてしまった以上、やはりここから去ることを考えるべきだろうか。それでも、少しの時間稼ぎにしかならないではあろうが。逃げたところで、きっとまた同じことの繰り返しだ。私がどこに身を隠しても魔術師は再び場所を探り出し、執拗に付き纏われ、そして逃げて、逃げ続けて。
 いつかあの男が諦めるのを待つしか手はないのだろうか。たった一度、あんな男と関わってしまったが故に、月日が経った今でもこうして悩まされる。本当に自業自得としか言いようがない。
 
 二人の足音だけが辺りに響く。夜風が木々に触れ、葉が揺れる度に「また、奴が来たのでは」と肝を冷やした。
 びくびくしたところで何になる。私はもう、あの魔術師にとって利用価値のある人間ではないのだ。あいつは、気まぐれの暇つぶしにちょっかいをかけてきては、それを見て楽しんでいるだけに過ぎない。
 そう、相手にしなければいいだけのことだ。あいつだって、私にばかり構っていられるほど暇人ではないはずだ。

 そんなことを考えつつ、私はこの村から離れたくないがために、自分に言い訳していることに気が付いた。
 多少なりとも、自分が必要とされている今の生活を手放したくない。
 慕ってくれている人たちと離れたくない。
 一人でも生きていけると城を出た時の勢いはどこへ行った、と自嘲した。あんなにも決意を固めて逃げ出したというのに。結局はまたこうして、モルに頼り、他人の優しさに甘え、ぬるま湯のような生活に浸り続けて抜け出せずにいる。

「そうやってさ、うだうだ悩むのってわかんないなあ。悩むくらいならとりあえず行動してみるけどな、あたしだったら」

「……お前なら、そうするだろうな」

「あっ、馬鹿にした。今、明らかにあたしのこと馬鹿にした」

 再び、孫娘が頬を膨らませた。乱暴に腕を振り回して、びしばしと私の身体を叩いてくる。
 穏やかな性格の村長から、何故こんなに粗暴な性格の孫が作り出されてしまったのだろう。亡くなったという両親に似てしまったのか。
 いや、これでもきっと彼女なりに気を遣って元気づけているつもりなのだ。少々、手荒いような気もするが。

「だが、そうしてとりあえず行動してみて。考えが足りなかったが故に、失敗に終わったらどうする?」

「やる前からそんなこと考えたってしょーがないでしょー? どんだけ考え抜いて行動したって、失敗するときゃ失敗するんだから。失敗したらその時にまた考えりゃいいのよ。実際にやってみなきゃわかんないことだって、いっぱいあるでしょうが」

「……そうだな」

 そうは言っても、取り返しのつかない結果になることだってある。今の私のように。
 とりあえず行動してみろ、と言われても、何ができるのかすら思い浮かばない。ただこうやって、レハトをあんな身体にさせてしまった行為を悔いることしかできない。
 
 王ともなれば、思うように休息も得られないだろう。無理をしていなければよいが。
 幼い頃から母の生活ぶりを見てきて、王の日常の苛酷さは理解しているつもりだ。それでなくとも、住み慣れていないところで、知らない者ばかりに囲まれた生活。不安や辛さを吐露できる人物は、あいつの側に居るのだろうか。

 ……だが、私がこんな風にレハトを思いやってること自体、あいつにとっては不愉快なことに違いない。
 最初から、レハトにとって私は敵でしかなかったのだ。身体の不調を感じる度に、「これくらいの復讐では足りなかった。もっと酷い報復を与えてやるべきだった」と思っているのかもしれない。
 何をされても仕方がない。それだけのことを私はしてしまったのだ。

 そのまま言葉少なで歩を進めているうちに村長の家に辿りついた。
 まだ納得していない表情を浮かべて、孫娘が扉の向こうへと身体を滑り込ませる。なのに、なかなか扉を閉めようとしなかった。不審に思い、どうした、と声をかけようとした時、

「まあ、何に悩んでるのか、あたしにはわかんないけどさ」

と、背を向けた孫娘が呟く。 

「先生は男を選んで正解だったと思うよ。じゃ、おやすみ」

 その言葉だけを残して、扉が静かに閉められる。
 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。呆気に取られて扉を見つめ続ける。
 
 何故、いきなり性別の話になるのだ? 
 まったく、あの孫娘の言動は突飛すぎて、何を考えているのかさっぱりわからない。

 暗い夜道に足を進めつつ、孫娘の言葉の意味について思案する。
 道の途中で、「何故女性を選んだのか」と自分から話題を振ったことをようやく思い出した。もしかして、私が男を選んだことを後悔しているように思われたのだろうか。
 見当違いな彼女の気遣いに思わず苦笑する。問題は何一つ解決していないものの、村長の家に向かっていた時よりも、ほんの少しだけ心が軽くなったような気がした。

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