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贖罪<6>

2014.06.13 (Fri)
タナッセ、その後のお話。

そういうつもりで書いてはいませんが、読む人によっては「アッー」な話に見えるかもしれません。同性愛が極端に駄目な方はご注意を。
いつものように胸糞展開です。タナッセ苦難の連続。酷い目に遭いまくりで可哀想な殿下を見たくない!という方もご注意ください。



贖罪<6>


「ね? お約束どおり、殺しはしなかったでしょう? どうです、少しは信用してくれました?」
 
「……私が頼んだわけではない」

 一人、自室で書類の清書をしていたら、またあの魔術師がやってきた。この間もそうだったが、モルが居ない時を狙って来ているのだろう。まったく忌々しい。常に行動を見張られているようで不愉快極まりない。
 この男の言葉で、やはり先日の偽物騒ぎは、こいつの仕業だったということがはっきりしてしまった。偶然かもしれない、という一縷の望みは木端微塵に砕かれた。だが、考えれば考えるほど偶然なわけがないのだ。悪事を働いた人間が自ら罪を認めて名乗り出るなど、何者かに脅されでもしない限りそうそう簡単に起こり得るはずがない。

 あんな結果を望んでいなかったと言えば嘘になる。
 名を騙る奴など、それ相応の報いを受けるがいいと思ったことがあるのも事実だ。
 だからと言って、目の前の男に礼を述べる気にはとてもなれなかった。睨みつける私に、魔術師は肩を竦めて非難を口にする。

「えー、ちょっと酷くないですか、それ。殿下のために頑張ったってのに」

「だから、私はそんなことを頼んだ覚えはないと言っているだろうが。誰かに見られる前に早く失せろ。金はないと前にも言ったはずだ」

「まあまあ。そうかっかしないで。金なんかいりませんってば。私はただ、殿下に償いを……」

「余計なお世話だ。もう私に関わるな」

 そう言い放ち、私は男の存在を無視して書類に手を伸ばした。しかし、魔術師はまったく気にする風でもなく、部屋の中を面白そうにじろじろと眺めている。
 
「頑固だなあ。殿下がちょっと頑張るだけで、王の具合も良くなるし、貴方の気も晴れるし、私の心も軽くなるしで万々歳なのに。なんでそう頑なに拒むんですか」

 お前の言うことなど、何一つ信用できないからだ。
 頭の中で反論し、もちろん口にはせずに黙々と清書を続ける。

「ほんと簡単なんですから。少しだけでも試してみません? 誤解しないでいただきたいのは、誰にでも出来るってわけじゃなくて、殿下なら見込みがあると思ったからこそ、こうして私も勧めてるんですよ。ほら、これからの生活のためにも。新しい力を身に付けておいて損はないと思うんですがねえ。便利ですよ? いろいろと」 

 筆の動きを止めず、ひたすら清書に没頭した。そんなおぞましい力、手に入れたいと誰が思うものか。今のままでいい。今の生活のままでいいんだ。これ以上、何も望むものはない。

 すると、男がいきなり腕を伸ばして私の手を掴み上げた。筆が音もなく床に落ちる。咄嗟に振り払おうとしたが全くの無駄な行為だったようで、魔術師は涼しい顔をしたまま佇んでいた。見かけからして、腕力はそれほどなさそうだと思っていたのだが。今も、例の魔術とやらを使っているのだろうか。
 何をされるのか予測できず、掴まれた手に力を込めることしかできなかった。攻撃してくるつもりか、と身構えていると、私の手は魔術師によって自分のみぞおちの辺りに導かれる。

「ここです、ここ。この辺り。手を当ててみたら何かを感じるはずです。何て言うか……異物ってほどじゃないけど、余計なものっていうか。渦を巻いてるような、そんな感じ」

 説明に耳を貸さずに必死に抵抗を試みる。だが、やはり魔術師の手を払うことはできなかった。私の手を押し付ける魔術師の力が、より一層強くなる。

「暴れないでくださいってば。何もしませんよ。いいですか、この渦を大きくする感覚を繰り返し繰り返し養うんです。身体の隅々から、この部分に集める感じ」

 その時、手のひらに何かを感じた。一瞬で身体中が総毛立つ。
 説明のできない何か。
 蠢いているような、それでいて掴もうとすると途端に分散してしまいそうな。
 男が言う「渦」という言葉が確かに最も当てはまりそうな……。

「コツを掴めば、殿下ならすぐですよ。この渦が安定してきたら次の段階で……」 

 その言葉が言い終わらないうちに魔術師に思い切り体当たりを仕掛けた。不意を突かれたのか、男が抵抗も見せずに床に尻餅をつく。やっと束縛から解放され、手のひらの妙な感覚も途端に消えた。
 すぐに椅子から立ち上がり、男と距離を置く。
 気持ちが悪い。
 何なのだ、先程の妙な感覚は。
 まだ手のひらに余韻が残っているような気がする。思わず腿のあたりで手を拭った。

「いてて……。ひっでえなあ、殿下。いきなり突き飛ばすことはないでしょうに」

「もう一度だけ言う。とっとと失せろ。二度と顔を見せるな」

「ほんと、頭固いんだなあ……。普通の人が持つことは到底不可能な、便利な力なんですよ? 魅力的だと思いません? 新たな力を得て人に知られるのが怖いってんなら、普段はそれを使わなきゃいい。王の身体を治すためだけに使って、後は……」

「うるさい!! もう黙れ!! お前が何を企んでいるか知らないが私にはそんな力など必要ない!!」

「ああ、そっか。申し訳ないと思ってる、とか言っちゃって、やっぱり本音は憎んでるんですね? 王の容体なんて知ったこっちゃないってことですか。ですよねえ。あんな酷いことされたんじゃ当たり前か」

「……っ!!」

「王様、もう長くないみたいなんですけどねえ。寝たきりの状態が続いてるそうで、城下町でもその噂でもちきりですよ。腕の良い医者を募ってるあたり、もうなりふり構ってられないくらい容体が悪いんだろうなあ。気の毒に。貴方にしか治せないのに、殿下はそうやって敢えて耳を塞いで、じわじわと寵愛者に復讐してるってわけなんですね。よおくわかりました」

「……」

「はいはい、今日のところはこれで退散します。お互い知らん振りして、王様が旅立たれるのを大人しく待ちましょうね」 

 魔術師は笑みを絶やさずに、そんな言葉を残して出て行った。

 もう長くない。
 寝たきりの状態。
 胸が押し潰されるような感覚に陥る。しかし、私に何ができるというのだ。あんな不気味な術に手を染めるなど冗談ではない。
 
 溜め息をついて椅子に腰かける。落ちた筆を拾って、再び清書に取り掛かった。
 静寂の中、ひたすら筆を走らせる。筆が紙を擦る音のみが耳に響いた。
 滑らかとはとても言い難い紙は、何度も筆先が引っ掛かって行く手を阻む。城に居た頃は、あんなにも高価な紙を湯水のように使えたというのに。気付かずに本当に恵まれた生活を送っていたのだなと、つくづく思った。
 ただ内容を書き移せばいいだけの単純な作業は、余計な思考を捗らせる。
 文字を書く行為に集中しているつもりが、頭の中では別のことが次々と浮かんでくる。そして、私の心は次第に罪悪感に捕われた。
 
 私さえ、その気になれば。
 もしかしたらレハトの命は助かるかもしれない。
 いや、馬鹿なことを考えるな。あんな男の言うことを信じるつもりか。また騙されるのが落ちだ。
 しかし。このまま、何もせずに傍観に徹することなど許されるのだろうか。
 償い、とあの男は言った。
 例え皆に忌み嫌われる存在になろうとも、私はレハトを救うべきなのではないだろうか。私に出来ることがあるのなら、どんなことでもやってみるべきなのでは。

「やる前からそんなこと考えたってしょーがないでしょー? どんだけ考え抜いて行動したって、失敗するときゃ失敗するんだから。失敗したらその時にまた考えりゃいいのよ。実際にやってみなきゃわかんないことだって、いっぱいあるでしょうが」

 先日の孫娘の言葉が頭を過る。
 筆を止め、左手でゆっくりとみぞおちの辺りに触れてみた。
 最初は何も手ごたえを感じられなかったが、身体の奥底へ「渦」という感覚を求めてみると、先ほどと同じような感触がじわじわと手のひらに甦ってくる。
 
 渦を、大きくする。
 集める。
 身体の隅々から。
 この部分に。

 「渦」が、少し大きくなった気がした。
 皮膚を通して手のひらに伝わってくる。
 身体を突き破って、今にも溢れ出しそうな「何か」。
 まだ大きく出来る。
 集めることが出来る。
 身体の隅々から……。
 
 そこで急に我に返った。恐ろしくなって慌てて手を離す。
 意図せず、手のひらを見つめた。感触はまだ残っている。言いようの無い、形にならない何かが手のひらに張り付いているような感覚。
 もう気のせいだと言い訳はできなかった。あの男が言うように、「渦」が自分の中に存在しているのは明らかだ。
 ……気味が悪い。
 自分の中にこんなものが潜んでいたなど、今まで想像したことすらなかった。
 
 誰も居ないとわかっているのに思わず辺りを見回す。後ろめたさが身体中を襲い尽くした。
 私は、何を血迷っているのだ。馬鹿なことをして。
 例え「何か」が身体の中にあるのだとしても、私にレハトを救える力などあるわけがない。あの男の言葉など、何一つ信用してはならない。

 頭を振って気持ちを切り替えた。明日までに、これを書き上げなければ。
 筆を動かしつつ、蠢く「何か」の感触を追い払うように、私は何度も何度も左手を服で拭った。


  ◇  ◇  ◇


 この村の生活は自給自足でほぼ補える。長い道のりを超えて、大きい街へと買い物に繰り出す者も居るが、体力に自信があり、尚且つ時間に余裕がある者は数えるほどしかいなかった。以前、私の本を買ってきた村人も、その数少ないうちの一人だ。
 他に珍しいものを手に入れるとなると、たまに訪れる行商人に頼るしかない。
 ある日、道を歩いていて広場にいつも以上に人が群がっているのが目に入った。近付いてみると、案の定、行商人が風呂敷を広げて商売の真っ最中だった。村人の一人が私に気付き、いつものように気軽に話しかけてくる。

「ああ、先生。先生も何か買っておくかい?」

「いや、私は……」

「本……は、無いみたいだねえ。あっ、これなんかどうだい? 先生にすっごく似合いそう」

 決して悪意は無いとわかっている。だが、村人が広げて見せた服は、とても趣味のいいものとは思えない色遣いだった。
 苦笑してやんわりと固辞する。この場で「いいから着てみなよ」などと言われてはたまったものではない。早々にここから去ったほうが良さそうだ。

「先生? 医者なのかい? 若いのに大したもんだ」
 
 行商人の男が愛想のいい笑顔をこちらに向けた。「先生」という呼び方で誤解されてしまったようだ。

「いえ、私は医者では……」

 誤解を解こうとした時。側に居た村人の一人が私を押しのけて言葉を放つ。

「ちょっとおじさーん。おつり間違えてない?」

「えっ、間違えてないよー? さっきこれだけ貰って……あれ? ごめん間違えたかなあ」

「おじさん、これちょうだい! この布!! あと、こっちの器も!!」

「これと同じので色違いないのー!?」

「あっ、それ私が狙ってたのに!! 譲ってよー!!」

「おじさん、早く―!! 畑仕事残ってるんだから、早くお釣りちょうだいー!!」

 何が何やらわからないうちに、気付けば私は、行商人側に座って仕事を手伝っていた。金の勘定、品物の陳列、などなど。目まぐるしい忙しさに抜け出す暇もない。
 何故、私がこんなことを……。客足がひと段落し、ぐったりして地面に寝そべる。辺りは既に薄暗くなり始めていた。
 たまたま今日は何も予定が無かったからよいものの、一日をこんなことで潰してしまうとは。買い物に精力を注ぎ込む女性の意気込みが、こんなに恐ろしいものだとは思わなかった。

「ありがとうねえ。助かったよ」

 にこにこと笑う行商人を見ていると、愚痴の一つも言えなくなってしまった。まあ、役に立ったのならよかった。後で、「ところで先生。どうしてあの時、お店の手伝いしてたの?」と誰かにからかわれてしまいそうだが。
 
「そうだ。手伝ってくれたお礼にちょっとだけ安くしてあげるよ。本当はどれか一つ贈呈、と行きたいところだけど、俺も生活かかってるからさ」

「いえ、特に入り用なものはないので……」

「ほらほら。どれがいい? これなんかお薦めだよ」

 そう言って、行商人は残った品物を手に取って勧めてくる。何か選ばないと帰してくれなさそうな勢いだ。正直、手伝っている時から、これと言って興味を引かれるものは見当たらなかったのだが。仕方なく改めて品物に視線を移す。
 服は足りている。
 器も十分ある。
 本は売っていないようだし、髪飾りや紅などはもちろん私に必要のないものだ。

「先生なら可愛い恋人の一人や二人いるでしょー? こういうのあげたらきっと喜ぶよー?」

 女物の服を取り出して、行商人はまだ執拗に品物を勧めてくる。ふと、片隅に置かれている小物入れが目に入った。中にはいくつかの指輪が並べられている。私の視線に気が付き、すかさず行商人が口を挟んできた。

「先生、お目が高いんだねえ。わかった。仕方ない。これ、結構いい値段の物なんだけど、思い切って半額にしてあげるよ」

 行商人が小物入れを手に取り、それを私の目の前へと突き出してくる。
 どの指輪にも小さな石がついており、きめ細やかな彫刻が施されていた。石の大きさからい言って行商人が言うほど高価なものではないと見受けられたが、今の自分には少し贅沢が過ぎる代物には違いない。

 身に付けられる物。首飾りとか、指輪とか。
 魔術師の言葉が、一瞬だけ頭を過る。

 いや、違う。あの男の言葉を真に受けたわけでは決してない。
 行商人に勧められたから、だからこうして仕方なく選んでいるだけだ。
  
 自分の中で言い訳を繰り返しつつ、私の手は懐の財布へと伸びていた。
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