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寵愛者 <後編>

2013.03.04 (Mon)
女レハト王様、男ヴァイルのその後のお話。
他の登場人物はネタバレになるため伏せます。
こちら反転で他の登場人物→タナッセ
さらに文字反転で言い訳→寵愛者の片方が王様になった際、もう片方が継承放棄の儀式をしているというのをすっかり忘れて書いてしまった作品です。つじつまが合わないのですが、広い心で読んでいただければ幸いです……。
以前pixivにあげた「食事会」を加筆修正したものです。
妊娠出産絡みの胸糞注意。非常に後味悪いです。ご注意を。


寵愛者<後編>


 いくら元継承者と言えども、こんな夜更けに城内をうろうろするのは、怪しんでくださいと言っているようなものだろう。面倒なことになりませんように、と祈りながら慎重に歩を進めた。
 長年過ごしてきた場所だ。隠れやすい所や人気の居ないところは十分わかっている。
 しかしそう慎重にならずとも、すんなりと彼女の寝室まで辿り着く事ができた。レハトは約束を守ったらしい。辺りに護衛の姿は見られなかった。

 遠慮がちに扉を叩く。静かな城内に思ったよりも響いて飛び上がりそうになった。どうやら自分は、想像以上に緊張に身を包んでいたようだ。
 冷静にならないと。そう言い聞かせて、ゆっくりと深呼吸してから静かに扉を開ける。
 レハトは長椅子に寝そべって本を読んでいた。既に薄手の寝着に着替えていた。

「こんな時間に寝室に忍びこむなんて、タナッセに叱られるな」

 そう言って、レハトの向い側にあるもう一つの長椅子に腰かける。深く沈む椅子は慣れなくてなんだか居心地が悪かった。
 この部屋に足を踏み入れるのは初めてだ。少し興味がわき、辺りを見回す。ここの調度品はレハトの趣味なのか、それともタナッセの趣味なのか、とふと考えた。

「そうよ。すんごい釣り目で、がみがみ朝まで説教されるのよ」

 笑いながらレハトは起き上がり、長椅子に掛けてあった上着を羽織った。読んでいた本を大事そうに閉じて本棚へと戻している。

「何か飲む?」

「どうせ酒しかないんだろ」

「よくわかってるじゃない」

 傍らに置いてあった酒をレハトが取り、注いでこちらに渡してきた。

「どうぞ」

「いや、俺はいい」

「用心深いのね」

 無邪気な子供のようにくすくすと笑って、レハトが自分の杯に口をつけた。


  ◇  ◇  ◇


 そうね、何から話しましょうか。

 ようやく少し体調が回復して、起き上がれるようになった頃にね。気晴らしに市でも見に行ってみてはどうですか、と侍従に言われたの。別にたいして興味もなかったし気も進まなかったんだけど。お忍びで行ってもいいから、と言われてようやく腰を上げた。もちろんそうは言っても、遠くから護衛の目は光っているんだけど。
 自分がこのまま寝込んでいたら、なんだか周りの皆のほうが倒れてしまいそうだったし。から元気でも回復している所を皆に見せなきゃ、という気持ちもあった。

 額を隠して、何も買う気もなくただぶらぶらと市を見て回ってた。そのうちに古書を並べている店が目に付いたの。
 店主は深くフードを被った男。顔がよく見えなかったから歳はわからなかったけど。手を見る限り若くはないと思う。
 並んでいる古書の中でも、ひときわ古そうな書を手に取った時に店主が言ったの。
 それは「禁書」ですよって。
 書いてある内容があまりにひどすぎて、執筆者が処刑されてしまったという曰く付きの物なんだって。
 じゃあどんな事が書いてあるのかと聞いてみたけど、それは購入してから自分で確かめろ、としか言わない。こちらも商売だから、と言って中身を見せてはくれなかった。仕方ないから買い取ったの。それほど高くもなかったし、暇つぶしくらいにはなるかしらと思って。高価な物じゃないなら古書に見せかけた偽物かなとも思った。

 でも読んでみても、さっぱり要領を得なくてね。
 専門用語なのかなんなのか、わからない言葉ばかりが出てくるから部分的にしか読めない。挿絵の様子からして医学書のような物かなと思ったから、自分を診てくれていた医士に見せてみたの。これに書かれている言葉の意味がわかるかって。
 それがきっかけで、その医士も本に興味を示したみたいだった。診察の合間に暇を見つけては解読を手伝ってくれたの。だいぶ難儀したけど、やっと店主が言っていた意味がわかった時には、私もだいぶ回復して普通に日常を送れるくらいになってた。


  ◇  ◇  ◇


「それで? 何が書いてあったのさ」

 ヴァイルが腕を組みながら聞いてくる。呆れたような苦虫を潰したような顔をしていた。
 碌な事じゃない、と想像ができているのだろう。

 神に選ばれた者だけが特別な存在なわけではなく、人は誰でも可能性を秘めているものである、とか。
 人は誰でも力を秘めている、とか。神に選ばれる可能性を秘めている、とか。
 何を言っているのかよくわからなかったけれど、読み進めるうちにだんだん意味がわかってきた。

 様々な要素が複雑に絡み合って覚醒される事例もあるが、奇跡に近いごくわずかな確立だったが故に、彼らは神の寵愛者などという名誉ある肩書きを独占してきた。
 しかし、ほんの少しの薬物と魔の力。
 これを加えることでも人は覚醒する事が可能である。

「つまり、私も貴方もさんざん振り回された額のこれは」

 そう言いながら私は忌まわしい額を小突いて、一旦言葉を切った。

「神に選ばれたわけではなく、王にふさわしいからでもなく、なんらかのきっかけが原因で現れたに過ぎないということ」


  ◇  ◇  ◇


 もうアネキウスの全否定よね。処刑されて当り前よ。
 あれだけ苦労して解読して、こんな馬鹿馬鹿しい内容だったなんて、自分の愚かさに呆れ果てたわ。三文小説よりひどいじゃない。
 これはその店主に騙されましたね、陛下。そんな事を言いながら、手伝ってくれた医士も内容を理解してから苦笑してた。馬鹿な事に時間を取らせて申し訳なかったと謝り倒したわよ。
 目に付くたびに怒りが湧いてくるから、燃やしてしまおうか破り捨ててしまおうか。どう処分してやろうか、とそんなことを考える日々が続いた。

 でもね。
 でもね、ヴァイル。

 どんなに馬鹿馬鹿しい内容だったとしても、信じられない内容だっとしても。
 私はそれを試すことが出来てしまう力を既に手にしていたの。

 愚かな行為をしても、諌めてくれるタナッセはもういない。
 止めることができるのは自分だけ。

 もうとっくにその頃には頭が狂っていたんだと思う。
 違うかな。
 あの晩、全てを失ったあの夜に狂い始めたのかも。


  ◇  ◇  ◇


 息苦しさに目が覚めた。
 体が熱っぽい。意図していないのに息が荒かった。
 ぼんやりと見える光景から、どうやら自分の寝室に寝かされているようだとわかる。何が起こっているのかよく思い出せなかった。自分は何故ここにいる?
 いつもどおりに政務をこなしていたと思う。今後の城の体制、警備、部屋の配置、人事をどうするか、などを皆で話し合っていて……。
 それからの記憶がなかった。

 考えがまとまらない。意識が集中できない。気を抜くとまた眠ってしまいそうだ。
 わけのわからない不安に襲われる。眠ってはいけない気がした。
 とりあえず体を起こそうとするも、あまりの体の重さに不可能だと感じた。

 寝返りだけでも打とうとした、その瞬間。下腹に激痛が走った。

 声にならない悲鳴が口から飛び出る。
 激痛は収まらない。それどころかどんどん酷くなる。
 浅い呼吸を繰り返し、枕を力の限り握り締める。歯を食いしばって、思わず片手を下腹に当てた。

 誰か。
 どうして、こんな、一体、なにが。
 誰か、側に居ないの?

 周りに人の気配は感じられない。
 絶望感に襲われながらも、頭の中では疑問が駆け巡る。

 どうしてこんなに体が重いの?
 どうしてこんなにお腹が痛いの?

 どうして私のお腹がこんなに平らなの!?

 扉を開ける音がした。足音が近づいてくる。
 痛みで、もう目を開けることさえ辛い。涙が勝手に滲み出た。

「申し訳ございません」

 聞き慣れた声がして、いつも自分を診てくれている医士だとわかる。
 しかし疑問は晴れない。

 何を謝っているの?
 一体何が起こったの?

「処置は終わっております。わたくしどもでは……力不足でございました。本当に、申し訳ございません」

「なに……が……」

 起き上がろうとする私を医士が抑える。
 動機が激しい。自分の呼吸がうるさい。医士の声が聞こえづらくなるほどまでに。

「意識が戻っただけでも奇跡に近いのです。まだ動いてはいけません」

 脂汗すら出てくる痛みに耐えながら、医士の言葉を反芻していた。

 奇跡?
 意識が戻るのが奇跡?
 そんなに自分はひどい状態なのか?

 考えがまとまらない自分に苛つく。
 何か大事な、とても重要なことを忘れている気がする。
 自分がこんな状態だということは……。

 ここに居るべき者が居ないという恐ろしい事実に、やっと私は気が付いた。

「タナッ……セは……タナッセは何処!? 何処にいるの!?」


  ◇  ◇  ◇


 たった一晩で全てが変わってしまった。受け入れることなんてそんなすぐにできるわけがない。
 想い合う力が強いからこそ産みの繋がりも強く出てしまったんですよ。そう言われた事もあった。でもそんなわけがない。そんな話は聞いた事がない。例えそんな事があったとしても、なんの慰めにもなりはしない。
 私のせいじゃない。みんなそう言った。ヴァイルもそう言って慰めてくれたよね。

 でも、私との子供を授からなければタナッセは死ななかった。
 私と出会わなければタナッセは死ななかった。

 私の額に徴がなければ、タナッセは死ななかった。

 この額のせいでいろいろな目には遭ったけど、この時ほど憎く思ったことはなかったよ。
 憎くて憎くて。でも、どうすることもできなくて。ただぼんやりと回復するために時を過ごした。
 皆、腫れものに触るように自分に気を遣って、手厚い看護を受けて。早く立ち直らなきゃと思いつつも本当は治りたくなんかなかった。このまま眠って目が覚めなければいいと毎日願った。
 でも、またそこで思い知るの。この徴のせいで、私は死んだ後もタナッセと同じ所に行くことはできない。遺体すら遠く離れたところに埋められてしまう。

 一体、自分が何をしたというのか。
 そこまで苦しめられるほどの何かを、自分はしてしまったというのか。
 自分は本当に神の寵愛者なのだろうか。それなのに何故こんなに苦しい試練を神は自分に与えるのか。
 もうどうしていいかわからなくて、毎日が地獄だった。

 そんな時にね、あの本を読んだの。
 そして、思った。

 なんだ、やっぱり神などいないんじゃないか。何が寵愛者だ、何が神に選ばれた証だ。
 いもしない神に振り回されて、自分はこんなことになってしまった。
 いもしない神を信じている奴らに巻き込まれて、自分はこんなことになってしまった
 その結果、彼を死なせてしまった。
 ならば、恨むべきは神の存在を信じきっているこの国だ。この国の者全員だ。
 みんなに思い知らせてやらねば。みんなの目を覚まさせねば。
 まずこの徴が神に選ばれた証などではないと私が証明してみせよう。
 アネキウスなど妄想から生まれた産物でしかないと私が証明してやる。

 解読を手伝ってくれた医士がまず協力してくれて。好奇心からなのか恐怖からなのか、理由はわからないけれどね。
 それから徐々に人を増やして。もちろん同調してくれない者もたくさんいた。その人達がどうなったかは……貴方なら言わなくてもわかるでしょう?
 だんだん大掛かりになってきたから、城で内密に活動するのが困難になってきて。だから外に施設をつくった。僻地の医者不足の改善、というもっともらしい理由をつけて。
 表向きは病気治療のための施設。裏では実験場。
 男、女、子供、若者、老人。いろいろ連れて来ては試してみた。
 あの男爵の息子もね。やっぱりいろいろな血族で試してみないと、と思って。貴方のようにふらふらと夜に一人で出歩いている所をさらってきたの。でもやっぱり大騒ぎになっちゃったわ。人手は足りなくなるし、本当に散々。これからはもう少し慎重に人を選ばないと、と検討していたところよ。そう、私に反感を抱いている貴族とかね。良い使い方だと思わない?


  ◇  ◇  ◇


「……それで?」

 粘りつく口をやっとで開いて、声を絞り出した。
 自分の声ではないような違和感がある。

「成功したかどうか聞きたい?」

 レハトは首を傾げて笑顔さえ浮かべて聞いてくる。
 それを見て、ああ、やはり昔の彼女とは違う、と思った。これは自分の知っているレハトではない。
 ただの殺戮者だ。

「……その話を俺に聞かせて、レハトはどうするつもりだったのさ」

「さあ、どうしようかしら」

 レハトは杯に再び口をつけた。
 それを見つめながらゆっくりと立ち上がる。自分が彼女を見下ろす形になった。

「話を聞いて、はい、そうでしたか、で終わらないことぐらいわかってるだろ」

「そうね、今までどおりこのままってわけにはいかないわね」

「こっちもこのままってわけにはいかないんだな」

「そうでしょうね」

 レハトがもう一度、杯を傾けた。それを見届け、袖に隠していた小さめの短剣を素早く出す。
 首を狙った。
 レハトの視線が自分に移る。と、思った瞬間首筋に冷たい感触が走った。
 鈍い音がして何かが床に落ちる。それからようやく自分の短剣が払われたことに気付いた。
 自分の首すじにレハトが握った短剣が押しつけられている。床に自分の短剣と、彼女が持っていたはずの杯が落ちていた。

「どんな時でも、武器は身につけておく。そう教えてくれたのは貴方だったかしら? ユリリエだったかしら?」

「俺だよ」

「貴方が私に、剣で勝ったことがないのを忘れた訳じゃないでしょう?」

 首に短剣を押し付けたまま、レハトも立ち上がる。
 抵抗しない意を見せるため俺は両手を軽くあげた。

「俺が何の準備もせず、ここに来たとでも思ってんの?」

「貴方がこちらに密偵を潜り込ませている事ぐらい、前から知っているわ」

「そう。そっちが権力にもの言わせて人を集めてたように、こっちもそれなりに人望があるの。これでも継承者だからね」

「元、でしょ」

「次期、になるかもよ」

「じゃあ、もう譲るよ」

 そう聞こえた瞬間、腹に衝撃を受けた。胃の中の物を戻しそうになる前に視界が暗くなる。
 ああ、倒れるんだな、と思った時には頬に床の冷たさを感じた。


  ◇  ◇  ◇


 それからレハトは姿を消した。
 城の者、施設に派遣していた者も何人かは居なくなっていた。人の補充に忙しい日々が続いている。
 僻地の施設はそのままにしておいた。もちろん十分な調査と、信頼に値する人物を派遣して。
 そろそろレハトの捜索も打ち切ろうかという動きも出ているほど時間が過ぎて行った。

 レハトが生きているのか、死んでいるのか。そもそも何故急に失踪したのか。いろいろな噂が飛び交った。
 結局は愛する夫と子を亡くし、世を儚んで……という結末に落ち着いたようだ。
 ずっと様子が変だった、というあちこちからの囁きも後押しして、ようやく城の中も日常を取り戻しつつある。

 一連の騒動は、早急に手をまわしたおかげで公にはならずには済んだが、まだまだ終わったという気にはとてもなれない。「禁書」が見つからないからだ。
 彼女が持って行ってしまったのか。どこかに隠したままなのか。城や施設をいくら探させても出てくることはなかった。レハトの言う「実験」に使った遺体らしきものも見つからなかった。何も残らないように普段から焼却してしまっていたのか。それとも……。

 もしかすると全てがレハトの作り話ではなかったのか。そんな馬鹿な考えすら浮かんでくる。
 表向きにはレハトの捜索を打ち切る形になっても、もちろん極秘裏に探させてはいた。しかし何ひとつとしてつかめないまま時が過ぎてゆく。苛立ちが募る一方だった。

 いつか時が経って、昔のレハトのように印を持った継承者が突然城にやってくるのではないか。
 それも何人も。

 そんな妄想に取りつかれながら、俺は今日も玉座に座る。
 レハトの肖像画に見張られているようで落ち着かない、座り心地の悪い玉座に。


  ◇  ◇  ◇


「……モル、いるんでしょう?」

 床に倒れているヴァイルを見下ろしたまま声をかけると、露台から大きな影が現れる。
 彼はいつもと変わらず、何も語ることなくこちらを見つめていた。

「酒に何かを混ぜたのは貴方なの?」

 そう言いながら、転がっていた杯を持ち上げた。すでに飲み干していたため中身は零れていない。

「お生憎さま。普段から毎日服用しているから、これくらいの量じゃ私は眠れないのよ」

 杯を放り投げ、モルに近づく。彼はこんな時でさえ無駄な動きはせずに、じっと立ち尽くしていた。

「貴方がヴァイルについてたことなんてとっくに気付いてたわ。貴方は……私を憎んでいたものね。まあ、当たり前だけど」

 持っていた短剣も放り投げる。

「剣で貴方に敵うとは思ってないわ。思う存分、恨みを晴らしなさいよ。かつての主の仇を自らの手で果たしたらどう? ヴァイルが起きたら止められるわよ」

 彼は私から視線を逸らし、逡巡する様子を見せた。こんな彼は初めて見たため少し驚いた。
 やがて視線を合わせないままモルがゆっくりと自分の背後に移動し、そして躊躇いがちに太い腕を首にまわしてきた。
 ああ、そうか。剣をつかったら血が流れてしまう。皆が変に思ってしまう。
 こんな時まで冷静沈着なんだな、と首を絞められているというのになんだか笑いたくなってきた。やっぱり私の頭は狂っているらしい。

 薄れていく意識の中で、自分はどこに埋められるのだろう、とふと思った。
 それとも焼かれてしまうだろうか。
 ヴァイルは自分をどう処理するつもりなんだろう。
 いや、もうどうでもいい。
 もう終わるんだ。

 本当に神がいるのかどうか、死んだ後に確かめてやろうじゃないか。

 流れる涙の冷たさを頬に感じながら、私は背後の彼に身を任せた。

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