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贖罪<7>

2014.06.18 (Wed)
タナッセ、その後のお話。

そういうつもりで書いてはいませんが、読む人によっては「アッー」な話に見えるかもしれません。同性愛が極端に駄目な方はご注意を。
いつものように胸糞展開です。タナッセ苦難の連続。酷い目に遭いまくりで可哀想な殿下を見たくない!という方もご注意ください。



贖罪<7>


「昔から、ここの土はあまり良くないって言われてたんだ。それでも騙し騙しなんとかやってきたんだけど。こんなに長く続くのは初めてだなあ」

 畑を見つめて、村人が溜め息をつく。ここのところ作物の出来が良くないらしい。害虫が大量発生したわけでもなく、天候が異常なわけでもない。原因がわからないままでは、改善しようにも手探り状態で試行錯誤するしかない。
 自給自足の生活をしている村にとっては死活問題だ。いつもは笑顔が絶えない村人たちも、この深刻な事態に苦悩顔を浮かべる日が続く。

「水が良くないのだろうか」

「水じゃないと思うんだがねえ。俺らが飲んでても、今のところ何も身体に異常はないし」

「やっぱり土かな」

「新しい肥料を試してみようか。隣村で使ってる肥料がなかなか良いと評判らしい」

「ここの土に合えばいいけどねえ」

 いろいろ試してみたところで効果が現れるのは遠い先。新しく何かを試そうとすると、それだけ資金も必要となる。うまくいくかもわからない手段に、そう簡単に乗り換えるわけにもいかず、村人らは連日連夜に渡って話し合いを続けていた。

「前々から話は出てたけど。やっぱり皆でよその土地に移るべきなんじゃないだろうか」

「まだ決めるのは早いよ。領主様だって、少しの間は援助してくださると」

「でも、この先ずっと援助を受け続けるわけにもいかないだろう? 俺だって、住み慣れた土地を離れるのは辛いけどさあ……」

「貯えがあるちに、移住する準備を整えたほうがいいのかねえ」

「待ってよ。試せるだけ試してみようよ。新しい肥料を使えばうまくいくかもしれない」

「でも金が……」

「肥料の配分を変えてみたらどうだろう。例えば……」

 畑に関する知識など皆無に等しい私は、何の役にも立てずに見ていることしかできない。こんな大変な時に文字を学ぶという者が居るはずもなく、最近は専ら村長の仕事に手を貸すだけの日々だった。
 村長の家の食卓に並ぶ品数は、今のところ以前と変わりない。孫娘は、

「先生は、そんなこと心配しなくていいの。どんな大変なことになってもいいように、普段から考えて食材を使ってます。まだまだ貯えもあるから」

と、口を尖らせて食事を勧めてくる。そうは言っても、「ではお言葉に甘えて」と、遠慮なく食事を頬張ることが出来るはずもない。
 ある日、いつものように村長の家で夕食を終えた後。私は意を決して話を切り出した。

「その……。先日から、モルとも相談していたのですが」

「……? なんでしょう?」

「こんな時に逃げ出すようで、大変心苦しいのですが。このまま、いつまでもご厚意に甘えているわけにもいきません。近いうちに、いえ、明日にでもここを離れようと思います」

 がたん、と何かが落ちる音が耳に届いた。視線を向けると、孫娘が真っ青な顔で固まっている。運んでいたはずの器が足元に転がっていた。気付いたモルがすぐさま側へ駆けつけ器を拾い続けるも、孫娘は身動ぎもせずに私を凝視している。
 村長が慌てた様子で口を開いた。

「い、いや。もともと無理を言って、私どもがお二人を引き止めてしまったわけですから。どうしてもと仰るならそれを反対することはできません。しかし」

「これだけお世話になっておきながら、何も返すことができずに申し訳ありません。村の方々には、きちんと挨拶をして回ります。ただ、持っていけない衣類や本類などは、そのまま置いていくので……」

「ま、待ってください。気を遣って、そう仰ってくださっているのはわかりますが。本当に、しばらくは十分な貯えがあるのです。畑の問題も今に始まったことではありません。作物の出来が悪いのは、過去に何度もありましたし、その度に何とか乗り切ってきたのです。お気持ちはわかりますが、もう少し結論を出すのは待っていただけませんか」

「ですが……」

「だめ!!」

 突然、大きな声が私たちの会話に割って入ってきた。驚いた私と村長が思わず顔を向けると、孫娘は我に返ったように視線を外す。そして、俯いてもごもごと言葉を濁した。

「あ、あの……いや、その……。だ、だって、モルさんが手伝ってくれてほんとに助かってるって、みんないつも言ってるし。それに、それに……そう! あたしだって、まだちゃんと文字を覚えてないし!」

「基本はもう教えた。以前と違って、村長の他に文字を理解できる者も増えた。わからないところは皆に聞いて学んでいけばいい。私が居ても居なくても、文字を学ぶのに支障はないはずだ」

「そ、そうだけど……。そうなんだけど……。でも先生、卑怯だよ…。卑怯だし酷いよ!! あたしの覚えが悪いからって途中でほっぽり出すの!? これでも一生懸命あたしなりに頑張ってたのに!! 出来の悪い生徒にこれ以上構ってられないって、これ以上は時間の無駄だって言いたいわけ!? 一度は引き受けたくせに、ちょっと無責任なんじゃないの!?」

「これ!! 先生に向かってなんてことを……」

「ご飯だって、まだしばらくは大丈夫だって言ってるでしょう!? 何よ、変に気を遣って!! それともなに!? 遠慮とかじゃなくて、あたしの作ったご飯なんて不味くて食べらんないってことなの!?」

「そんなことはない。不味いなどと思ったことは一度も……」

「もう知らない!! 先生なんて、どこでも好きなとこへ行けばいい!! ここよりも美味しいものが食べられるとこに行きたいんでしょ!! どーぞどーぞ、引き止めたりしませんから!! でも先生一人で行って、モルさんは置いて行って!! 村のみんな、モルさんが居ないと困るんだからね!!」

 村長が諌める怒鳴り声にも耳を貸さず、孫娘は自室に逃げ込み扉を乱暴に閉めてしまう。
 かと思うと、また扉を開け、

「モルさん、器はその辺に置いといて! 後で洗うから! ありがとね!!」

とだけ言い残し、再び閉じ籠ってしまった。
 その時、彼女の目が真っ赤だったことに初めて気付く。

 ずっと顔を伏せていたからわからなかった。
 泣きながら叫んでいたのか……。

 村長が溜め息を吐き、私に謝罪を述べる。モルはと言うと、置いておけと言われた器を手にして部屋を出て行ってしまった。汚れた器を外の井戸で洗うつもりなのだろう。

「……ああ言ってはいますが。あれが孫の本心ではないことだけは、どうかご理解ください」

「……わかっています」

「あの……考え直してくださるわけにはいきませんか……。私も、先生のおかげで本当に助かっています。いや、役に立つから居て欲しい、立たないなら出て行けというわけじゃない。そういう次元の話ではないのです」

「……」

「あの子も……孫も、いつも楽しそうに先生の話をします。村の皆もそうです。気兼ねするなというのは無理かもしれませんが、出来ることなら、村の一員として問題をどう解決すべきか一緒に考えて欲しい。先生をよそ者だと思っている者は、もうここには一人もおりませんよ」

 村長はゆっくりと言葉を紡ぎ、そしてそれは私の心に深く深く染み込んでいった。

 私だって本心を言えば出て行きたくなんかない。もう少し、自分が納得いく形で恩返しをしてからここを去りたい。
 この村は、私に安らぎを、役割りを与えてくれた。人と触れ合うことの楽しさを教えてくれた。
 何とかして恩に報いたい。村人の笑顔を取り戻すためなら、何だってしてやりたい。だが、肝心の何をすべきかが私にはわからないのだ。

「……少し、考えさせてください」

 固く閉じられたままの扉を見つめ、今の私にはそう言うのが精一杯だった。


  ◇  ◇  ◇


 何をすべきか。
 何が出来るのか。

 一人で夜道を歩きつつ、私は同じ言葉を頭の中で繰り返していた。
 そうして、もうすっかり自分の家のように馴染んでしまった借家に辿り着いてから思い出す。器を洗うモルを手伝ってやるべきだった。つい物思いに耽ってしまって、あいつを置いてきてしまった。

 今からでも間に合うだろうか、と踵を返す。その時、家の中から物音が聞こえた気がした。
 扉に鍵は付いていない。この家に限った話ではなく、この村の家屋はどこも鍵など付けていなかった。
 村の誰かが本でも借りに来たのか。いや、明かりも付けずにいるのはおかしい。まさか空き巣が……。

 そこまで考え、他にも思い当たる人物がいたことに気付く。恐る恐る扉を開けると、悪い予感が的中してしまった事態に溜め息が漏れた。

「こんばんは、殿下。勝手にお邪魔してますよ」

 暗がりの中から、不愉快な魔術師の声が聞こえてきた。
 本当にしつこい奴だ。いったい、いつまで私に纏わりつく気なのか。

「……もうすぐモルが戻ってくるぞ。姿を見られてもいいのか」

「別に構いやしませんよ。手を出してくるようなら、こちらもちょっと本気出しますけど」

 部屋の明かりを灯すと、へらへらと笑う魔術師の姿が浮かび上がった。椅子に座っているだけならまだしも、足を卓に乗せて寛いだ様子を見せている。
 留守の間に忍び込んで図々しいにも程がある。後で、あの卓を念入りに拭いておかねば。

「ちゃんと真面目に励んでいたみたいですねえ。さすが殿下、たいへん筋がよろしい。私が見込んだだけのことはある」

「……何のことだ」

 眉をひそめて問うと、男は嬉しそうににんまりと笑いながら、懐から指輪を取り出して見せてきた。
 鼓動が一瞬だけ跳ね上がり、すぐに近くの棚に視線を移した。棚の上に鎮座している小物入れの蓋が開いている。
 間違いない。先日、私が行商人から買い取った指輪だ。

「貴様……っ、勝手に漁ったのか……!」

「泥棒じゃないんですから、ぶん捕ったりなんかしませんよ。ほらほら、そう怖い顔しないで。ちょっと確認したかっただけなんですってば」

 泥棒ではないという言葉を信じろという方が無理だ。金目の物などは置いていないが、他にも何か盗られていないか確認しておかなければ。
 魔術師を無視して、棚の引き出し、机の上などにざっと目を通す。ふと、魔術師が静かに指輪を卓に置いた。そして、あちこち調べている私を、じろじろと検分するように見つめてくる。

「うんうん、かなり安定してきたみたいですね。予想よりも早かったな。指輪のほうは、もうちょい時間が必要ですけども」

「……」

「やり方は間違ってませんよ、殿下。今まで通りの方法で、指輪にじゃんじゃん『中身』を注いじゃってください。やっぱり殿下はお優しい。寵愛者を救うべく、おぞましいと毛嫌いしていた術に手を染めるとは。いやはや、慈悲深くて涙が出そうです」

 その言葉に返事はせず、無言で卓に置かれた指輪を取り返す。再び奪われないように、それを固く握り締めた。
 嫌みをぶつけられても魔術師を睨み返すことはできなかった。何もかも見透かされ、いたたまれないような、怒りのような、説明できない感情が込み上げてくる。

 戸惑いつつ、「渦」を大きくする行為を密かに繰り返していたことも。
 「中身」を送り込むという方法がわからず、それでも指輪を手にしていろいろと試していたことも。
 知らぬ振りを装ったところで、こいつには何もかもお見通しというわけか。

「……なんか今、大変らしいですねえ。この村」

 魔術師が笑顔のままで話題を変える。
 いったい何を話すつもりなのか、と警戒を強めた。

「真面目な殿下のことだから、村のために何か出来ないかって悩んでるんでしょ? いやあ、本当にお優しい」

「……」

「すぐに金を稼げる仕事をご紹介しましょうか。もちろん術を使う仕事ですけど。心配いりませんよ、今の殿下の実力なら簡単にこなせます。そうだな、紹介料ってことで私の取り分は三分の一、ってなもんでどうです?」

 冗談ではない。
 悪事の片棒を担ぐつもりもないし、怪しげな術を外で曝け出すなどもってのほかだ。

「犯罪者になるのはごめんだ。お前と同類になるなど、想像しただけで虫唾が走る」

「またそうやって私を誤解してる。人助けですよ、人助け。私だって、何も悪いことばっかして稼いでるわけじゃないんですから」

 よくもまあ、これだけべらべらと嘘を吐けるものだ。こいつが人助けをする姿など、どう頑張っても想像できるはずもない。

「楽に金を稼げるだけじゃなくて、この村を救うことにも繋がるんですがねえ。一石二鳥でしょ。悪い話じゃないと思うんですけど」

「……」

 村を救うことに繋がる。
 その言葉に少しだけ心が動いた。
 だが、すぐに揺らいだ気持ちを引き戻す。

 耳を貸すな。
 騙されるな。
 同じ過ちを繰り返すつもりか。
 そう自分に強く言い聞かせるも、魔術師の声は、今にもぐらついてしまいそうな私の心を容赦なく揺さぶり続けた。

「殿下の身元がばれることもありませんし。信用できないなら、怪しいと思った時点で手を引いても構いませんよ」

 こうやって、この男は今までどのくらいの人間を騙して陥れてきたのだろう。
 言葉巧みに人の心を掴み、操り、汚い金をどれだけ稼いできたのか。

「真っ当な方法で殿下が金を稼いだところで、根本的な問題の解決にはならないでしょう? だから、その力の有効な利用方法を教えて差し上げますから」

 その通りだ。金が用意できても、この村を一時的に救うことにしかならない。金はいつか尽きる。
 そもそも、村が潤うくらいの金額を稼ぐことなど、今の私には到底無理な話だ。

「殿下がちょっと頑張るだけで、みんなが助かるんですよ? 王様の場合と同じじゃないですか。救える力を持ってるのに、殿下はただ黙って見てるだけなんですか? 寵愛者のためには動いたのに、この村は見殺し? まあ、縁も所縁もない土地ですからね。それも仕方ないか」

 指輪を握り締める手に力が入る。
 冷たく固い感触が手のひらに伝わり、村を救おうとしない私は、この指輪のように冷たい心の持ち主なのだろうか、と思った。
 レハトと村を比べることなぞできない。
 しかし、魔術師の言っていることは悔しいぐらいに正論だ。

 何が出来るのか
 何をすべきか。

 先ほどまで繰り返し呟いていた言葉が、再び頭に甦る。

「……本当に犯罪めいた仕事ではないのだろうな。村を救うことに繋がる、という言葉に偽りはないか」

 私の問いに魔術師がより一層目を細める。その表情を見て少しだけ後悔の念に苛まれたが、それはすぐに跡形もなく消え去った。
 もしかすると、無意識に奥底へと押し込めてしまったのかもしれない。

「ご理解いただけて大変嬉しく思います、殿下。交渉成立ってことで。じゃ、一応確かめさせてもらおうかな。ちょっと失礼」

 男は椅子から立ち上がり、机の上に置いてあった筆に目を向ける。それを手のひらに乗せ、

「こいつを動かしてみてください。出来ますよね? 知ってますよ、試したことあるんでしょ? 基本しか教えてないのに、独学でそこまで出来るようになるなんて大したもんだ」

と、言い放った。
 言葉が終わるや否や、私は手のひらを男に向けて意識を集中する。間を置かずに筆がゆらりと宙に浮いた。次の瞬間、まるで別の生き物のような素早い動きで、筆が魔術師の頬に傷を刻み込む。
 一筋の傷から、じわりと赤い液体が滲み出るのが見えた。
 やがて、溢れ出した液体が魔術師の頬を細く伝う。

 こちらが攻撃を仕掛けても、相手はぴくりとも動かなかった。まるで、こうなることを予測していたかのように。
 宙を彷徨っている筆に再び意識を向けて、こちらに呼び寄せる。飛んできた筆を難なく掴み取り、相手の様子を窺った。傷を負った瞬間こそ僅かに顔を歪めたものの、魔術師の表情は既にいつもの薄ら笑いに戻っていた。
 
 魔術師が頬の傷を手の甲で拭う。
 自分と同じ色の血液。何故だか、その事実に少しだけ安堵している自分が居た。

「上出来です。本当に筋がよろしい」

 男は満足げにそう呟き、甲に付いた血をゆっくりと舐めた。

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