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贖罪<8>

2014.06.24 (Tue)
タナッセ、その後のお話。

そういうつもりで書いてはいませんが、読む人によっては「アッー」な話に見えるかもしれません。同性愛が極端に駄目な方はご注意を。
いつものように胸糞展開です。タナッセ苦難の連続。酷い目に遭いまくりで可哀想な殿下を見たくない!という方もご注意ください。



贖罪<8>


 数日留守にする、とモルへの書き置きを残し、夜の闇に紛れて村を後にした。
 途中、何度か休憩を挟みながら、ひたすらに歩き続ける。魔術師が短い仮眠を取る時もあったが、もちろん私は眠れるわけがなかった。こいつの前で無防備に睡眠を貪るなど、何をされるかわかったものではない。
 
 魔術師に導かれるまま、とある街に辿り着いた頃には、再び夜が訪れていた。移動だけで丸一日費やしたことになる。
 貴族の邸宅と言うには小さく、庶民の住居にしては少し大きい家の前で魔術師の足が止まった。訪問の鈴を鳴らすと、年配の夫婦が、

「お待ちしておりました」

と、私らを出迎える。
 顔を見られたくなくて、頭を覆っているフードに思わず手が伸びた。この魔術師と似たような格好をしなければならないのは不愉快だが、目立たないためには仕方がない。魔術師と夫婦が短く言葉を交わしている間も、私は終始、顔を伏せてフードから手を離さなかった。

 案内された部屋には、痩せ細った老婆が寝台に横たわっていた。ちらと夫婦の様子を見やると、看病疲れからなのか、二人とも顔色が悪く心痛な面持ちをしている。
 手を組んで静かに眠ってる老婆。しかし僅かに胸が上下していることから、まだ山へと旅立っていないことが窺えた。「まだ」という言葉がつい頭に浮かんでしまうくらい、老婆の命の灯が今にも消えてしまいそうなのが一目でわかる状態だ。

 私の隣に居た魔術師が、

「一旦、部屋から出てもらえますか」

と夫婦に声をかける。戸惑った様子を見せながら、年配夫婦が場を後にした。
 薄暗い部屋に静寂が訪れる。老婆の呼吸は聞き取れないほど微弱で、むしろ緊張している自分の息遣いや胸の鼓動がうるさいくらいだった。
 着慣れていないフードがやけに重たく感じる。これは、長時間の移動や睡眠不足による疲労のせいだけではない。
 本来ならば、決して許されない行為。
 そんなものにこれから手を染めようとしている罪悪感が、大きな塊となって私の身体を押し潰そうとしている。
 そうだ。あの儀式を行った時も、同じように見えない何かが重く圧し掛かっているようだった、と思い出した。

「さ、殿下。まずは、このばあさんの手を握ってください」

 魔術師に導かれ、寝台の側に跪く。腕を伸ばして老婆の手にそっと触れてみた。

「道中、説明したことを思い出して。手を通して『中』を探ってみてください。どんな感じがします?」

 目を閉じて、意識を集中する。それでも頭の中では、また今なら引き返せるのでは、いや、もう少し様子を見てからでも遅くない、という雑念がなかなか離れなかった。今のところ、魔術師の行為に悪意めいたものは見られない。
 このまま、この男の言う通りにして本当によいのだろうか。私はまたしても選択を誤ったのでは。

「ちゃんと集中してくださいよ。ばあさん手遅れになっちまいますよ?」

「横でごちゃごちゃと抜かすな。集中できない」

「じゃあ余計なこと考えないで、言われた通りにさっさとやってくださいよ。私の頬に傷を付けた時の勢いはどこへ行ったんですか」

 再び目を閉じて、集中を試みた。
 大丈夫だ。これは人助けなんだ。
 許されない術を使っていたとしても、後ろめたい想いを抱く必要はない。

 無理やり自分に言い聞かせて、更に意識を深いところへと導く。

「……あちこちが途切れている気がする。いや……詰まって流れていないところも……」

「そうそう。やれば出来るじゃないですか。では、その切れてる部分をくっつけて。流れが途絶えてるとこは、流れるように促して」

「……数が、多い」

「これだけ重症ですからね。そりゃあそうでしょうよ。くそ真面目に全部やらなくてもいいんですってば。やってもいいけど、殿下の身体が持ちませんよ?」

 切断されている部分を探り出し、それを繋げる行為を繰り返す。
 掴みどころがない、線のような何か。
 もう一本。更にもう一本。
 繋げた途端に再び切れてしまうこともあり、なかなか思うように「修復」が進まない。焦れば焦るほど脆く儚い「線」は、こちらの思惑通りに動いてはくれなかった。
 ここは流れが止まっている。通りを良くしなければ。
 ここは……もう無理だ。片割れが見つからない。
 触れたと思ったら、次の瞬間には見失って消えてしまいそうな頼りない線ばかりだ。たまにはっきりとした太く逞しい線を見つけても、それは頑固でとても硬く、どんなに頑張っても全く動かせそうになかった。

 幾筋もの汗が額から流れ落ち、老婆の掛け布に染みを作る。
 手のひらも汗にまみれ、背中にはぴったりと衣服が張り付いていた。
 
 そうして、どのくらい時間が経ったのか。
 触れていた手が、僅かに動いた気がした。
 深いところから自分の意識を呼び戻し、顔を上げてみると、老婆の瞼がうっすらと開いているのが目に入る。

「はい、ご苦労さま」

 そう言って、魔術師が私の肩に手を置いた。それが合図だったかのように、意図せず私の口から深い溜め息が漏れる。
 立ち上がろうとしたが、眩暈を感じて倒れそうになった。足が自分のものではないように言うことを聞いてくれない。不本意ながらも、魔術師の手を借りて、やっとのことで壁際の椅子に腰を下ろした。

 呼ばれた夫婦が泣きながら寝台に駆け寄る。老婆はまだうまく話せないようだったが、意思の疎通は間違いなくできているようだ。
 部屋が、夫婦の歓喜の声に包まれる。妻のほうは涙で言葉にならない。主人が妻を固く抱き寄せ、そして老婆の手を握ってしきりに話し掛けていた。
 そんな光景を、椅子に座ったままぼんやりと見つめる。少しでも気を抜くと、すぐにでも意識を失ってしまいそうだった。それでも、私の中に生まれてしまった小さな達成感が、かろうじて意識を保たせていた。 


  ◇  ◇  ◇


「……でも、完治したわけではないのだろう?」

「そりゃそうですよ、神様じゃないんですから。魔術を使ったってそんなの無理です。でも、あの夫婦の願いは叶えたんですから。殿下が気に病むことはありませんよ」

 こんなあっけない別れなど想像していなかった。言い足りないこと、伝え足りないことがまだまだあったのに。
 死が訪れるのは確実だとしても、なんとかして、もう一度だけ話がしたい。
 夫婦の願いは、許されない行為に縋ってしまうほどに、金で叶うものならばと思ってしまうほどに強いものだった。魔術師があの夫婦を見つけたのか、もしくは夫婦のほうが魔術師を見つけ出したのか。それを知る術はないが、これ以上深入りしないためにも詮索はしないでおいた。

「まあ、もって二、三日ってとこですかね。経験上から言うと」

「……そんなに短いのか」

「症状の重さにもよりますけど。病気によっては、上手くいかないこともありますし。どうです? 言った通り、ちゃんと人助けだったでしょう?」

 確かに、夫婦の願いは叶えられ、これ以上はないというくらいに二人は喜んでいた。
 だが。こんな強引な方法で意識を取り戻したせいで、死期を早めてしまった可能性はないのだろうか。

「いつ死ぬかなんて、アネキウスじゃないんだからわかりゃしませんよ。私らが行かなくても、二、三日後に死ぬ運命だったのかもしれないし。もしかしたら明日ぽっくり逝くところを、殿下のおかげで永らえたのかもしれないし」

「……」

「いやあ、とにかく私も助かりました。体験したからおわかりかと思いますが、あれ結構しんどくてね。先日、かなりの重症人を引き受けたばっかりだったんで、私にはちょっときつくて」

 簡単にこなせると言ったくせに。やはりこの男の言うことは信用できない。
 あれから、だいぶ長い時間を取って休息を得たというのに、私の身体は重苦しさがまだ残っていた。しかし、ぐずぐずしている暇はない。あまり長く家を空けるとモルに余計な心配をかけてしまう。
 手に入れた金は、村長の家の軒先にでも置いておけばいい。私からだと知られては、いろいろと厄介なことになる。

「じゃ、これまでは基本編。こっからは応用編ってことで。殿下お待ちかねの、村を救う手段をご伝授しましょうか」

 村に戻ってこれたのは真夜中だった。暗闇の中、魔術師が迷いもせずに畑に向かう。
 皆、眠りについているではあろうが、誰かがうろついてはいないか、辺りに気を配りながら魔術師の後を追った。

「ばあさんの時と同じです。土に触れてみて、状態を探る。変なところ感じたら修復する」

「そんなに簡単に上手く行くものなのか?」

「だから応用編と言ったでしょうが。まあ、とりあえず実際に土に触れてみてくださいよ」

 地面に膝をついて、土に手を当ててみる。老婆の時と同じように、中へ中へと意識を集中した。
 途端に、気持ちの悪い感覚が手を通して伝わってくる。
 複雑に絡み合い、縺れ、捩じれ、それがどこまでもどこまでも続いている。
 軽く触ってみただけだというのに、私の息は既に激しく荒れていた。手を土から離し、ひたすら空気を肺に送り込んで息を整える。
 
 何なのだ、これは。老婆の時の比ではない。
 これを正しく治すなどと、どれだけの時間を要するのか想像もできない。しかも、畑はここだけではないのだ。

「私はお手伝いしませんよ。殿下も、私の手など借りたくはないでしょう?」

「……その通りだ」

「誰にも見られないように、夜中に少しずつ少しずつ作業を頑張るしかないですね。まあ、こんな村ほっといて逃げ出すのも選択の一つですけど」

「馬鹿にするな。逃げたりなどするものか」

 そう、逃げたりなどしない。
 私はもう逃げない。
 これで、この村が救われるのなら。どれだけ時間がかかろうともやり遂げてみせる。

「頑張りすぎて身体を壊さないでくださいよ? 集中してると消耗に気付きにくいですから。うっかりやりすぎてバッターン、そのまま山へ、なんてことにも成り兼ねない。指輪の作業もありますしね。まだまだ初心者なんだから無理は禁物」

 その初心者に、あんな仕事を持ち掛けてきたのはどこのどいつだ、と頭の中で悪態をついた。 
 だが正直、ここ数日の魔術師の言動にたびたび驚かされたのも事実だった。
 
 私が弱っているのをいいことに、報酬を全て奪って逃げる気では。
 金を受け取った途端に、口封じに夫婦に危害を加えるつもりでは。
 仕事だ、と私を連れ出しておいて、母上や父に身代金をせびる気ではないか。
 
 いろいろな事態を予測し、常に警戒を怠らないようにしていたが、魔術師は拍子抜けするぐらいに私に対して誠実な態度を示し続けた。
 案外、「悪いことばっかして稼いでいるわけじゃない」という言葉は真実だったのかもしれない、と思うも、すぐに慌ててその考えを打ち消す。
 油断しては駄目だ。いつ豹変するかわかったものではない。今まで通り警戒するに越したことは無い。

「では、お疲れ様でした、殿下。明日あたり、再びガクッと来るかもしれませんからね。十分に休んでくださいよ」

 音も無く、闇に消えて行く魔術師。畑に一人取り残され、緊張が一気に解けて大きく息を吐いた。
 金は数日経ってから村長の家にこっそりと置いてこよう。一度に、ではなく、何度かに分けたほうがいいかもしれない。
 問題はモルだ。何と言い訳をすればよいものか。

 信用できない男と秘密を共有してしまっている。その事実を再認識して、胸がちくりと痛んだ。
 後ろめたくないのなら、全てをモルに打ち明けたらいい。決して汚い金ではないのだと、胸を張って説明すればいい。
 だが、不気味な存在だと思われるのが怖かった。また馬鹿な真似をして、今度という今度は愛想が尽きた、と私から離れてしまう可能性だってある。
 卑怯者の私は、モルに全てを包み隠さず話すことなど、とてもできそうになかった。


  ◇  ◇  ◇


 夜な夜な家を抜け出しては、畑の修復を試みる。
 モルが寝入っているのを確認してから作業を行ってはいたが、奴が何も気付いていないはずがなかった。

「頼むから何も訊かないでくれ。危ないことはしていない。いつか、必ず全てを話す」

 聞き分けの良い護衛は、私の身勝手な言葉を忠実に守った。それでもやはり、モルは何かを訊きたそうな視線を絶えず送ってくる。

 心の中でモルに詫びながら、土の改善に奮闘する。進行具合は思わしくない。作物の出来は相変わらずで、終いには私の行為は全く無駄なことなのでは、とすら思い始めた。

 突然現れた大金は、発見されるなり村中に騒ぎを引き起こした。
 出所がわからない金を目の前にして、村長を始め、村人たちが不審の色を露わにする。 

「村のために使ってください」

 そんな紙切れ一枚で、何も疑わずに使えと言うほうが無理な話だ。
 金は手を付けられずに、とりあえず村長宅に保管された。
 いったい誰が。
 何のために。
 皆が、いろいろと議論を重ねる日が続く。

 そうしているうちに、また同じくらいの金額が村長宅に放置されているのが見つかり、三度、四度とそれが続いてくると、

「少しだけなら使ってもいいんじゃないかなあ」

と、言い出す者が出始めた。そのくらい、村の状態が逼迫していたのも原因の一つだ。
 少しずつ少しずつ、村のために金が使われていく。使い道は、皆で慎重に話し合いをして決めていた。
 それでも、なかなか解決策は見出せず、畑が改善する兆しもない。
 このままでは保管されている金が尽きてしまう。焦ってはいけない、と思えば思うほど私の作業も遅々として進まず、もう諦めるしかないのかと途方に暮れた頃。

「またお困りのようですね。仕事、ご紹介しましょうか?」

 見計らったように、魔術師が私の前に現れる。
 そして私は誘惑に勝てず、魔術師が持ち掛けてきた「仕事」に再び手を染める。
 そんなことが、何度か繰り返された。

 「仕事」はいつも同じ内容だった。重病人の意識を呼び戻し、依頼人との会話を可能にする。
 神を崇めるかのように、深々と頭を下げて礼を述べる家族。
 私の手を握って泣きながら喜ぶ恋人。
 報酬を渡しつつ、涙で言葉が続かない友人。 
 正直、悪い気はしなかった。真っ当な方法ではないとわかってはいるが、これほどの感謝の意を向けられて嬉しくない人間などそうそう居るわけがない。

 ひと仕事終えた時には、次は何と言われようとも必ずや誘いを断わろうと固く決心をするのに、依頼人の喜んでいる様子を見ていると、そう考えているのが罪だとすら思えてきてしまう。
 自分にしかできない、人助け。
 それは他人に必要とされた経験が乏しい私にとって、何よりも魅力的な言葉だった。

 村を救うために金を稼いでいるのか。
 それとも、誰かに感謝されたいだけなのか。
 自己満足のためだけに、こんな行為をしているのか。

 今の私は、何を目的に「仕事」を繰り返しているのかわからなくなってしまっていた。

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