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贖罪<10>

2014.07.08 (Tue)
タナッセ、その後のお話。

そういうつもりで書いてはいませんが、読む人によっては「アッー」な話に見えるかもしれません。同性愛が極端に駄目な方はご注意を。
いつものように胸糞展開です。タナッセ苦難の連続。酷い目に遭いまくりで可哀想な殿下を見たくない!という方もご注意ください。



贖罪<10>


 城に居た頃。目的の本が貸し出し中で、時間潰しにはなるだろうと、とある恋愛小説を手に取ったことがあった。

「興味の引かれる本ばかり読んでいては、視野の狭い、つまらない人間になってしまいますわよ」

 未分化時代の面影が跡形もなく消え去ってしまった従姉妹の、そんな言葉が頭の片隅に残っていたからかもしれない。普段なら気にも止めない種類の本が並んでいる場所をしばらくうろつき、題名も碌に見ずに一冊だけを借りて部屋に持ち帰った。
 一人の男が一人の女と恋に落ち、やがて女が心変わりをして男の元から去っていく。何の変哲もない普通の恋愛話だった。女に別の恋人ができたと知っても男はいつまでもくよくよと思いを引きずり、女を忘れられずにいる場面がうんざりするくらいに長々と続く。辛抱強く文字を辿っていた私の目が、そこまで読んで音を上げた。

 既に望みがないのに女々しいと言ったらない。思い悩むのは仕方がないとしても、この男はいったいどれだけ長く過去の恋愛に囚われているつもりなのか。これからどうするべきか、どうやって立ち直るべきか。前向きな思考の描写が少しも出てこないのはどういうことだ。

 最後まで読む気がすっかり失せてしまい、その日のうちに本はすぐに返却した。
 こんな本を好き好んで読む奴の気が知れない、とまで思ったものだ。

 だが実際に経験してみて初めて理解できる。人の心は、そう簡単に切り替えることはできない。何とかしなければ、断ち切らなければとわかっていても、どうにも出来ないことも確かにあるのだ。
 過去の自分を振り返り、何も知らずに偉そうなことをほざいていたものだ、と自嘲した。今の私は、あの小説に出てきた男よりも更に女々しいことは間違いない。しかも、その気もないのに手近な女性で傷を癒やそうとした分だけ余計にたちが悪い。
 
 孫娘には誠心誠意を尽くして、すぐに謝罪しなければ。そして私の正直な気持ちを話さなければ。
 あんなことをしておきながら、思いを受け止める覚悟はなかったのだと。
 認めたくはないが、私の心の中にはまだ忘れられない人物がいるのだと。

 どんな罵りを受けても仕方がない。相手が望むなら、いや望まなくとも、この村を離れたほうがいいかもしれない。逃げ出すようで胸が痛むが、彼女もこんな男の姿を目にしたくはないだろう。

 モルにも全てを打ち明けよう。何故、度々家を空けていたのか。夜な夜な抜け出して畑で何をしていたのか。包み隠さずに話して、これからのことを相談しよう。
 このままでは、いつか私の精神が崩壊してしまう。隠しごとをしている、という罪悪感に押し潰されそうな日々はもうたくさんだ。自棄になって更に愚かな行為に及んでしまい兼ねない。

 どんな結果になるかはわからない。
 モルが私を見放すかもしれない。或いは、孫娘に村を叩き出されてしまうかもしれない。
 それでも、今の状況よりはよっぽどましだと思った。
 夜が明けたら一刻も早く二人と話をしなければ。

 そう固く決心した時に限って、不運というものは訪れる。
 朝方、突然外から布を切り裂くような孫娘の悲鳴が聞こえた。何事かと急いで扉を開けると、大きな身体が地面に突っ伏している光景が目に飛び込む。

 倒れているモルは、呼吸こそしているものの意識がない様子だった。息が荒く、苦悶に満ちた顔をしている。どう見ても普通の状態ではない。
 目の前の現実を受け入れられず、呆然としているうちに、悲鳴を聞きつけた村人たちが慌てて駆け寄ってきた。
 医者を呼ぶ者。
 手分けしてモルを運ぼうと手を貸す者。
 孫娘に何があったのかと問い質す者。
 皆が大騒ぎをしている中、自分は情けないくらいに何も出来ずに佇んでいた。

 モルに何かあったら。
 もし、このまま目を覚まさなかったら。
 想像するだけで顔から血の気が引いていく。

「もっと話したいことがあったのに」
「伝えたいことが山ほどあったのに」
「こんなあっけない別れなど、想像していなかった」

 「仕事」の依頼人たちの言葉が頭で鳴り響く。
 あれほど何度も耳にしていたのに、何故私は自分が同じ状況に陥らないと思い込んでいたのだろう。
 死は誰にでも平等に訪れるのだ。それは例外なく、病気とは縁がなさそうな屈強な元衛士にも。


  ◇  ◇  ◇


「傷を負っている者に、ごくたまに見られる症状です。いえ、文献で見たことがあるだけで。お恥ずかしい話、私もあまり詳しいことは……」

「ああ……。足に傷がありますね。たぶん間違いないでしょう」

「特効薬があると聞いたことはあります。しかし……非常に珍しい薬なので、私のような田舎医師が実際に目にするような機会は……」

「数が少ない、ということは、値もかなり張ると思っていたほうがいい。残念ですが……、後はアネキウスのご慈悲に縋るしか……」

 医者が発する言葉を理解するのに、かなりの時間を要した。
 寝ているモルの傍らで、村長や村人たちが「何とかならないのか」「何か他に効く薬は」と、医者と議論を交わす。それに加わることもできないくらい、私は茫然自失の状態だった。

 肩を何度か叩かれ、誰かに何かを言われた気がする。
 それが村長だったのか村人だったのか。何も思い出せない。
 気が付けば部屋は闇に包まれ、私とモルの二人だけになっていた。卓に食事が用意されている。孫娘が置いていったのだろうか。誰かが訪問したことにすら気付かないほど、私は殻に閉じ籠って呆けていたらしい。

 私がこの村に残ると決断しなければ。
 付いてくるモルを、無理にでも追い返していれば。
 そもそも、城を飛び出すという幼稚な行動になど出なければ。

 そんな、考えても仕方のないことばかりが頭に浮かんでしまう。
 今まで自分の我が儘でどれだけモルを振り回してしまったか。何も言わずに尽くしてくれた護衛に、私は何をしてきたのだろう。
 我が身可愛さに隠しごとを山ほど抱え、咎めるような視線から目を背けた。
 後悔してももう遅い。話す機会はいくらでもあったのに、そのうち、いつか、と先伸ばしにしていた私の自業自得だ。

 このまま二度と、など考えたくもない。
 せめてもう一度だけ。
 きちんと、感謝の気持ちを伝えたい。

 大量の汗を流して苦しんでいるモルを見つめ、大きな掌にそっと触れてみた。
 目を閉じて意識を集中する。
 いつものように、中へ中へと探りを入れる。
 ……何だろう。見えない壁に押し返されるような、妙な感覚。なかなか中の状況が掴めない。壁は、異物を入れてなるものか、という意思を感じるくらいに強固なものだった。
 それでもかなりの時間をかけて、やっとのことで侵入する。中は、たくさんの「線」が激しく暴れ回っていた。繋いで修復するどころか、触れることすらままならない。
 素早い動きの「線」の一つを何とか捕まえた、と思ったその瞬間。とてつもない衝撃を受け、弾かれるように意識が追い出された。
 握っていたはずの掌に、痛みがじんわりと広がる。腕の痺れが止まらない。肩を激しく上下させ、ひたすら空気を吸い込んで荒い息を整える。額から、滝のような汗が流れていた。
 駄目だ。これは今までの病人とは訳が違う。
 私の手に負える状態ではない。

 どうしてよいかわからず、両手で頭を抱え込む。
 医者は何と言っていた?
 アネキウスの慈悲に縋る?
 それほど信心深くない私が、今さら神に祈ったところで何を聞き届けてくれるというのか。ましてや、欲に負けて許されない術に手を染めている私など、アネキウスは見向きもしないだろう。

 特効薬は高価なものだと言っていた。
 そうだ、もしかしたら。
 城には薬の備蓄があるのではないだろうか。
 あそこには優秀な医者も大勢居る。例え薬がなくとも、何か症状を軽減する方法を知っている者が……。
 
 城まではここから何日もかかる。迷っている暇はない。 
 少しでも可能性があるのなら、それに賭けてみるべきだ。

 寝台で眠るモルをちらりと見やってから、椅子から勢いよく立ち上がった。
 その時、扉を叩いて訪問を告げる音が部屋に響く。村長か孫娘だろうか、と思って扉に向かうも、無礼な来客はこちらが出迎える前に勝手に中へと入ってきた。

「お困りのようですね、殿下。また金が必要なのでしょう?」

 魔術師が、許可してもいないのにずかずかと足を踏み入れる。腹が立ったが、今はそんなことにいちいち構っていられない。

「……金は必要だが、仕事を受ける気はない。もう二度と、お前の仕事に手を貸すつもりはない」

「おやおや。どうしたんですか、いきなり」

「私は忙しいのだ。さっさと消えろ。お前の相手をしている暇はないんだ」

「今回の仕事、ちょっとデカい案件だから、いつもより報酬もたっぷりなんだけどなあ。高価な薬とやらを買っても、おつりが来るぐらいなんですけど」

 またどこで話を盗み聞いていたのか。いつものことながら、油断も隙もない。
 こうやって、付け入る状況を見計らっては姿を現す。あの儀式を持ち掛けてきた時と同じだ。 
 私の行く手を阻むように魔術師が立ち塞がる。
 早く城に向かわなければ。一刻の猶予もないというのに。苛立ちが募り、一瞬、術で手近な物を奴にぶつけてしまおうかと腕を伸ばし掛けた。しかし、モルがこんな状態である以上、下手に手を出すべきではないと思い留まる。
 落ち着け。今はモルを救うことを最優先にしなければ。
 こんな奴に時間を取られている場合ではない。 

「いいから、そこをどけ!! 私は……」

「城に行くんですか?」

 私の言葉を引き継いで魔術師が言う。暗闇ではっきりとは見えないが、口調からして、にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべているであろうことは容易に想像がついた。

「『尻尾を巻いて逃げ出した元殿下がのこのこと舞い戻ってきた』『世間知らずの軟弱息子が、やはり城の外で生活なんぞ出来るわけがなかったんだ』。そんな風に、みーんなに馬鹿にされにわざわざ戻っちゃうんですか。仕事を引き受けたら嫌な思いもしないで済むってのに。何で茨の道を突き進もうとするかなあ」

「……それくらい、どうと言うことはない。モルが助かることに比べれば」

「王様が素直に薬を譲ってくれたらいいですけどねえ。殿下、寵愛者様に何をされたか忘れたんですか? あんなことされたってことは、相当恨まれてるって証拠でしょうが。のほほんと呑気に出向いて無事に帰って来れるって本気で思ってんの? ちょっとそれは考えが甘いんじゃないかなあ」

「……っ」

 正直、そこまでは考えていなかった。魔術師の言葉に衝撃を受け、自分が置かれている立場の危うさを今更ながらに思い知る。
 儀式の直後こそ告発されなかったものの、それは罪を許されたからでは決してないのだ。あの時は何も考えずに城から逃げ出していたが、そのまま残っていたらどうなっていたか。男性を選び、私を欺いただけではまだまだ足りないと考えたレハトが、証言を覆して憎き男を処刑台へと送ることで復讐を遂げていたかもしれない。
 
 次期継承者に、決して癒えることのない傷を刻んだ大罪人。
 そんな言葉が頭に重く圧し掛かる。
 
 レハトの心の底では未だに憎悪が燻っており、城に現れた私をすぐさま捕えることだって十分に有り得る。
 何故、こんな簡単なことすら考え付かなかったのか。
 私は心のどこかで、レハトが男性を選んだのは何か深い理由があったからなのでは、とでも思っていたのか。
 魔術師の言う通りだ。甘い考えにも程がある。

「それも覚悟の上で城に戻るって言うなら、私も止めませんけどね。寵愛者様の温情に縋るってのも、アネキウスに縋るよりはまあいくらかマシじゃないですか? 自分の人生を賭けてまで復讐しちゃう寵愛者様が、そんなに慈悲深いとは到底思えませんけど」

 自分はどうなってもいい。何をされても文句は言えない。
 ただ、モルだけは助けて欲しい。
 捨て身の覚悟で城へ戻り、レハトにそう懇願すべきだったのかもしれない。

 なのに。
 レハトとの再会を想像して、無理やり押し込めていた私の意気地の無さが、また湧いて出てしまった。

「私をこんな身体にした奴など、もっともっと苦しめばいい」
「薬など決して譲ってやるものか。大事な人が冷たくなっていくのを、何も出来ずに側で黙って見ているがいい」
「お前は許されない罪を犯した。当然の報いだ」

 私の知らない姿をしたレハトは、聞き慣れない声でそんな言葉を吐くのだろうか。
 あいつから、憎悪の眼差しを向けられるのが怖かった。
 面と向かって罵られるのが怖かった。
 許されないことをしておいて、なんと虫のいい話だろう。償いたいなどと綺麗な御託を並べて、いざその時になると、またこうして逃げ道へと向かおうとしている自分が居る。
 私はどれだけ逃げ続ければ気が済むのか。これでは、嫌悪していた父親そっくりではないか。

 自分を責める言葉ならいくらでも思い浮かぶ。
 しかしそれは、魔術師を押しのけるほどの効力までは持っていなかった。足が、重い枷を付けられたように動いてくれない。
 ここまで救いようのない奴だったとは、と自分に絶望しつつ、私は魔術師に言葉を返す。
 
「……村長に、モルのことを頼んでくる。少し待っていろ」

 仕方が無いんだ。他に方法が無いんだ。
 何もせずに、モルを看取ることだけはどうしても避けたい。
 これで最後だ。もう二度と、魔術師の誘いには乗らない。
 今度こそ、本当に。

 そんな私の考えを読みとったかのように、暗闇から魔術師の含み笑いが聞こえてきた。

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