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贖罪<11>

2014.07.19 (Sat)
タナッセ、その後のお話。

そういうつもりで書いてはいませんが、読む人によっては「アッー」な話に見えるかもしれません。同性愛が極端に駄目な方はご注意を。いつものように胸糞展開です。タナッセ苦難の連続。酷い目に遭いまくりで可哀想な殿下を見たくない!という方もご注意ください。

今回、死にネタ注意でございます。



贖罪<11>


 生温い夜風に煽られ、葉が囁く。

「引き返せ」

 鳥が、枝から羽ばたくと同時に不気味な鳴き声を闇に放つ。

「引き返せ」

 暗闇は余計な恐怖心を増長させる。幻聴は耳からなかなか離れてくれず、足元の草が、周りの木々が、道行く私を見ているような錯覚に陥った。

「引き返せ」

「引き返せ」

 草が足に絡み付いてくるのでは。
 生い茂った葉が上から襲い掛かってくるのでは。
 馬鹿な妄想に縮み上がっている私を気にも留めず、魔術師は暗闇をひたすら突き進んで行く。フードの色が周りに溶け込み、少しでもぼやぼやしていたら見失ってしまいそうだった。奴は何故、こんなに視界がきかない状態で足を進めることが出来るのか。
 鳥が頭上で再び鳴き声を上げた。近くを旋回しているのか、不快な音がいつまでもいつまでも天から降り注ぐ。

「……うっせーな」

 愚痴を垂れた魔術師が、天に向かって腕を伸ばした。何をするつもりかをすぐに察し、その腕を掴んで異を唱える。

「生き物は大切に、とでも言いたいんですか? 殿下はほんとにお優しいこって」

 相手の表情は見えなくとも、声の調子から薄ら笑いを浮かべていることがわかった。魔術師は舌打ちをして、また闇へと足を踏み出す。

 どこの街に向かっているのか見当もつかない。「仕事」の時はいつも行き先を知らされず、ただ魔術師に黙って付いて行くだけだった。深入りしたくなかったため、私も敢えて目的地を訊こうとしなかった。

 ふと、むせかえる草や葉の匂いが薄れた。相変わらず周りの景色はよく見えないが、少し開けた場所に出たようだ。頬をすり抜ける風の強さが今までとは違う。足裏の感触から、多少は人の手が入っている道を歩いているのがわかった。
 しばし道に沿って進んでから、魔術師が急に方向を変える。そして、「少し仮眠を取る」と言って木の根本に座り込んでしまった。

「……あと、どのくらいかかるのだ。もう何日歩いたと思っている」

 急いでいるのに、のんびりと歩を進める魔術師にいい加減いらいらしていた。こうしている間にも手遅れになるかもしれないというのに。

「もうすぐですよ。そうやって、休憩するたびに訊いてくるの止めてくださいよ」

「しかし……!」

「体力を温存しつつ歩かなきゃ。いざって時にへばったら何にもならないでしょ」

 動こうとしない魔術師の説得を諦め、仕方なく私も腰を下ろした。歩いている時には感じなかった足の痛みが、次第にじわじわと広がってくる。

 魔術師の寝息を耳にしつつ、膝を抱えて頭を埋めた。
 体力を回復しておかなければと思うのに、気持ちばかりが焦っていてとても眠れそうにない。もう何日もまともな睡眠を取っていなかった。このままでは「仕事」に取り掛かる前に倒れてしまう。
 
 「仕事」を終えたら、またこの距離を戻らねばならないのか。
 それまでに、モルは持ち堪えることができるのだろうか。私は間に合うのだろうか。
 事を終えたら急いで戻らねば。あともう少し早ければ、なんていうことだけは避けたい。
 
「無駄だよ。間に合わない」

 耳元で誰かが囁く。

「あんたは報いを受けなきゃいけないんだから。まだまだ辛い目にたくさん遭ってもらわなきゃ」

 僅かに顔を上げ、前方を見やると、暗闇の中に人の形らしきものが見えた。
 距離があるのに、声は耳の近くで呟いているようにはっきりと聞こえてくる。

「それだけのことをしたんだもの。当たり前だよねえ」

 人影はその場所から動かずに、私を見て語り続ける。
 暗闇なのにこちらを見ているとわかったのは、その額から淡い光が放たれていたから。
 見覚えのある忌々しい証が、まるで目のように私を見つめていたから。
 
「嘆くがいい。泣き喚くがいい」

「のたうち回って苦しめばいい」

「罪も償わずに逃げた臆病者」

「報いを」

「報いを」

「報いを」

 その時、悲鳴のような音が耳を突き破り、目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 周りはまだ闇に覆われていた。それほど長い時間眠っていた訳ではないと知り、安堵から息が漏れる。上から耳障りな鳥の鳴き声が絶えず聞こえてくる。悲鳴のように聞こえたのは、この鳥の鳴き声だったようだ。
 
 人影のいた辺りに視線を移した。闇の中には、もう誰も居ない。
 夢だったのか。
 そうだ、夢に決まっている。あいつがこんなところに居るはずがないのだ。

 まだ出発しないのだろうか。魔術師はいつまで眠りこけている気だ、と隣に顔を向けた。途端に心臓が大きく脈打つ。
 
 いない。
 魔術師の姿がどこにも見当たらない。

 慌てて立ち上がり、木の周辺を捜した。
 人の気配がない。聞こえてくるのは、荒い自分の息遣いと鳥が羽ばたく音のみ。

「おい! どこへ行った!」

 声が闇に吸い込まれていく。

「ふざけるな! 隠れて見ているのか!? おい!!」

「こっちですよ、殿下。こっちこっち」

 背後から声を掛けられ、思わず振り返る。だが魔術師の姿は見えない。

「どこだ。暗くて、よく見えな……」

「こっちですよ……」

 声が遠ざかって行く。魔術師が踏み潰した葉の音が、だんだんと小さくなっていく。
 なんなのだ、これは。私はまだ夢の続きを見ているのか?
 何故、あいつは姿を見せない? いったい何をしているのだ?

 声のした方へと恐る恐る足を踏み出す。こちらが止まると、また足音が少し遠くから聞こえてくる。
 周りがぼんやりとしか見えないので、手探りで進むしかない。 

「そう、こっちです。こっちこっち……」

 声を頼りに進むも、いつまで経っても奴の姿は見えない。次第に、魔術師の足音が速さを増してきた。見失わないよう、必死に音を聞き分けて後を追い駆ける。

「いい加減にしろ!! おい!! どこにいるのだ!!」 

 私が怒声を張り上げても、返ってくるのは微かな足音のみ。やがてその足音も聞こえなくなってしまった。
 しん、と静まり返った辺りを見回す。耳をそばだてても魔術師の気配は感じられない。
 闇雲に動き回っては余計な体力を消耗してしまう。そうわかっているのに、突然取り残されてしまった恐怖から、そして早く事を片付けて村に返らなければという焦りから、私は闇の中を彷徨い続けた。

 どこだ。どこにいるのだ。
 あいつは何を考えているのだ。
 こうしている間にも、モルは。
 早くしなければならないのに、こんなことをしている暇はないのに。

 そうして歩いているうちに、ふと既視感に襲われた。ぼんやりとしか見えないが、この風景を前にも目にしたような気がする。
 いつ見たのだろう? 城を出てからモルと通った道だろうか?
 いや、違う。もっと昔。もっと前に……。

 歩を進めていくと共に、その感覚は強くなっていった。間違いなく私はここを通ったことがある。
 道の舗装が、土から石畳に変わった。
 脇の草や木々も今までの生え方とは違い、明らかに手入れされている感がある。
 その時、妙な気配を感じた。
 人の気配ではない。何かの「流れ」が途切れているような、ずれているような。
 魔術師の痕跡だと直感した。根拠はないが、こんな奇妙な感覚を残す奴など他に考えられない。
 気配を辿って行くと、道に沿って続いているのがわかる。一歩一歩足を進めるたびに、鼓動がだんだんと大きくなっていく。それに合わせて歩調も早くなる。

 まさか。
 もしかして。
 
 嫌な予感を振り切るかの如く、私は懸命に走った。気配はまだ道の向こうへと続いている。息が苦しくなり、足がもつれそうになった。暗くてよく見えないので、何かに躓いて何度も何度も転んでしまう。
 口の中に、じゃりじゃりとした土の感触が広がった。多分、膝だけでなくあちこち擦りむいている。
 だが、そんなものに構っている暇はなかった。胸から飛び出してしまいそうな心臓の動きが、急げ急げと私を急き立てる。
 早く、確かめなければ。ここはどこなのか、何か判別できるのものは。

 やがて、横に長々と連なる柵らしきものが見えてきた。領地の境目なのだろう。見張りの人影は見当たらなかった。
 急いで柵に駆け寄り、どこかに何か記されていないかを必死に探す。
 しかし、その必要はなかった。
 髪を撫でる風に紛れて、聞こえてくる音。何故、これに今まで気付かなかったのか。
 城に居た時も似たような音をいつも耳にしていた。だがこれは、それとは比べ物にならないくらい大きく力強い。
 大量の水が絶え間なく押し寄せてくる、唸りのような地響きのようなさざめき。近くに海があるのだ。

 ゆっくりと顔を上げると、遥か遠くに建物の影が見えた。真っ黒い大きな影は多くの木々に隠れるようにそびえている。
 その形を見て確信する。

 もう間違いない。やはり私の予感は当たっていた。
 ここは、ランテ領だ。


  ◇  ◇  ◇


 魔術師の気配は屋敷の中へと続いていた。奴は護衛の目をくぐり抜けて既に侵入している。
 いったい、何をしようとしているのか。母上は無事なのか。

「おい、放せ!! 怪しい者ではないと言っているだろうが!!」

 焦りで冷静さに欠け、馬鹿正直に正面から屋敷に入ろうとしたのが間違いだった。護衛の中に元殿下である私の顔を覚えている者は居なかったらしく、すぐさま扉を守る者達に取り押さえられてしまった。
 もっとも、私の顔を見知っている者が居たとしても、貴族とは程遠いこんな身なりでは不審者以外の何者にも見えなかっただろう。

「はいはい、殿下さん? 後でゆっくり事情は聞くからね」

「可哀想に、どっかで頭でもぶつけたのかな~? ここはね、お前みたいなのが入れる場所じゃないんですよ~?」

「放せと言うのに!! だから、私は……!!」

「こいつ、どこにぶち込んでおく? 地下でいいかな」

「ちゃんときつく縛っておけよ。頭おかしい奴は何をするかわからんからな」

「武器は持っていないみたいだな。ほら、立てよ。さっさと歩けっての」

 屈強な力で無理やり立たせられ、抵抗虚しく身体が引き摺られる。叫べど喚けど、護衛たちは耳を貸さない。
 きっと、魔術師の目的は母上だ。何を企んでいるか知らないが、母上の身に危険が迫っていることだけは確かだ。
 こんなところで足止めを食っている場合ではないのに。
 一刻も早く、母上の元へ駆けつけねばならないのに。

 もう既に、迷いはなかった。
 ぐずぐずしている暇はない。

 かろうじて動く手首を捻って、意識を集中する。掌が熱くなってくる。それを護衛の身体に当て、思念の固まりを思い切り放った。
 太い悲鳴と共に護衛が宙に放り出される。身体を地面に打ち付け、その口から呻き声が漏れた。
 皆が驚いて固まっている隙に、拘束されているもう片方の腕を振り払う。

「な……っ」

「な、何をした!? なんだ!?」 

「うるさい、どけ!!」

 護衛の手が伸びる前に、私は駆け出していた。扉は頑丈そうで恐らく鍵も掛かっている。守っている人数も多い。他の侵入口を探さねば。

「追え!! 早く追え!!」 

「寝てる奴らも叩き起こせ!! 逃がすな!!」

「明かりをもっと持ってこい!!」

 行く先を阻まれそうになると、私は躊躇なく術を放っていた。不可思議な現象の連続に、私に注がれる視線がまるで魔物を見るような目つきに変わる。それでも、さすがは選び抜かれた前王陛下の護衛と言うべきか。怖気づいて足を止める者は居なかった。
 追い払っても追い払っても、護衛は次々と私に襲い掛かってくる。

「中に入ったぞ!!」

「早く取り押さえろ!!」

 母上はどこに。
 寝室か? 寝室はどのあたりだった?

 記憶を頼りに、屋敷の中を走り回る。大勢の者に術の発動を見られてしまったが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
 早く、早く見つけないと。
 どこだ。母上はどこだ!!
 
 その時、再びあの妙な気配を感じた。踵を返し、急いで気配の元へと駆けつける。
 辿り着いた扉の前で護衛が二人倒れていた。心臓が大きく脈打つ。血は流れていない。魔術師の姿も見当たらない。記憶が正しければ、ここが母上の寝室のはずだ。扉は固く閉ざされたままで、奇妙な気配はそこで途切れていた。
 震える手で扉を叩いてみる。

「は、母上……」

 扉の向こうからの返事がない。
 まさか。まさか……!!   

「母上!! ご無事ですか!! 私です、タナッセです!! 母上!!」
 
 突然、扉が開かれ、振り上げていた腕が宙を彷徨う。
 部屋から現れた人物が、私を見て目を大きく見開いた。

「タナッセ……? おぬし、何故ここに……」

「母上、ご無事でしたか……。よかった……」

「これは……。いったい、何が……」

 言葉はそこで途切れた。倒れている護衛に視線を移していた母が、息を詰めたような表情に変わる。
 身体がゆっくりとこちらに傾き、私は母を受け止めた。
 ぐったりと私に身を預けている母の肩越しに、笑みを浮かべた魔術師が見えた。
 
 母の背中に深々と突き刺さっている短剣。
 衣服が、どんどん朱に染まって行く。 
 私の衣服も、母の衣服も。
 手にぬるりとした感触が走った。
 母の血。
 こんなに、たくさんの。身体から、血が。

 何が。
 なにが、起こって。
 これは。
 なぜ。

「この人、妙に勘がよくてね。なかなか隙を見せてくんなくて困ってたんですよ。助かりました、殿下」

 そう言うなり、魔術師は私と母を部屋の中に引きずり込んだ。
 乱暴に床に投げ出され、手を触れていないのに扉が音も無く静かに閉まる。

「さてと。あんまり時間もないんで、さくさくやっちゃいますか。ほんと、すいませんねえ、殿下。私も仕事なもんで」

 言葉とは裏腹に、これ以上はないというくらいに嬉しそうな笑顔で魔術師が言う。
 掌が私に向けられ、男は少しずつ少しずつこちらに近付いてきた。 
 尻餅をついたまま私は後ずさる。それが無駄な行為だとわかっていても、そうすることしか出来なかった。

 こいつは今ここで私をも始末するつもりなのだ。そうして、母を殺めた罪を私に被せる気なのだ。
 死人に口なし。ここに辿り着くまで、大勢に姿を晒してしまった。倒れている二つの遺体を見て、私が母を短剣で貫いて自害したのだと誰でも思うだろう。

「……仕事、だと?」

「ええ、そうなんですよ。がっぽり金を積まれちゃあね。私も断れなくて」

 じりじりと後ろに下がるも、魔術師も同じように距離を詰めてくる。横に逃げようとすると、鋭い風が顔を掠った。鈍い痛みと共に生温かい液体が頬を伝う。続いて、床に着いている手に、反対側の頬に、足元に、見えない風によって傷が刻まれていく。追い詰めた獲物を弄んでいるのだ。術で反撃しようか、と一瞬考えた。しかし、きっとこの男には敵わない。

「誰に頼まれたんだ」

 後ろに下がろうとしたが、もうそこには壁しかなかった。左右の床に魔術師の攻撃が降り注ぐ。
 逃げ場はない。

「知りたいですか?」

「……」

「この国の、いっちばん偉い人」

 風が、動けずにいた私の鼻先を掠めた。切り刻まれた数本の髪が、はらりと宙を舞う。

「う、嘘だ!!」

「あらら。やっぱりまだ、あの寵愛者のことが忘れられないんですか? なかなか諦めの悪いお人なんですねえ。まあ、信じなくてもそれはあんたの勝手だけど」

「……っ!!」

「それじゃ、殿下。ごきげんよう」

 目を閉じて、その瞬間を覚悟した。しかしなかなか衝撃はやって来ない。
 恐る恐る目を開けると、魔術師の喉から短剣が突き出ていた。いつ意識を取り戻したのか、いつ自分の体から剣を抜き取ったのか。男の背後には、息を荒くしている母の姿があった。
 膝をつき、崩れるように魔術師が倒れる。すぐさま私は母に駆け寄った。

「母上!!」

「早く、ここから、去れ……。面倒に、巻き込まれる前に……」

「何を言うんですか!! すぐに手当てを……!!」

「我は、大丈夫だ。早く……」

 私の手を振りほどいて、母はよろよろと椅子にもたれか掛かる。そして、いつもの少し意地の悪い笑みで「早く行け」と言わんばかりに手で私を追い払った。
 顔は真っ青だが、意識を失うことなく、瞳は力強い光を保っていた。その綺麗な瞳が真っ直ぐに私を見ている。自力で動けたことからも、見た目ほど重症ではないのか。もしかすると急所からは外れていたのかもしれない。
 いや、それでも。とにかく人を呼ばないと。すぐにでも手当てが必要なことに変わりはないのだ。
 急いで扉に足を向け、それからふと思いつく。私の例の力で応急処置を試みたほうが確実なのでは。
 
「母上」

 振り返って母に声をかけると、彼女は既に息をしていなかった。
 
 けたたましい羽音を響かせて、露台に一羽の鳥が舞い降りる。鳥は、ぎゃあ、と短く不快な悲鳴を嘴から放ち、またどこかへと飛び立って行った。

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