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表と裏と

2014.11.16 (Sun)
衛士祭に提出したもの、その2。
長い。長いね。どうにかして背景を説明しようと必死だったんですね、アイタタタタ。
一応タイトルは「表の顔と、裏の顔」「表の護衛と、裏の護衛」を掛けたつもりなのでした。


「表と裏と」


「だって、なんとなく柄が手に馴染まないんだもん。しっくりこないって言うか。微調整してもらってるんだから仕方ないでしょう?」

 自分に背中を見せたまま、レハト様は歩みを止めずに不機嫌そうな声を漏らした。
 いくら恋仲と言えども、ただの護衛が王に意見するなど出過ぎた行為というのは十分理解している。でも今日という今日はこっちも黙って引き下がるつもりはなかった。

「それにしても、ちょっと頻繁過ぎやしませんか。城のお抱えだからって、こうもしょっちゅう……」

 ここ最近、一人の鍛冶職人が王である彼女の元へと足繁く通っていた。剣の修理等を依頼した時に、自分も何度か見かけたことがある男だ。衛士の間でも、若いのにさすがお抱え職人なだけある、と以前からその男の腕の良さには定評があった。

「鞘の装飾も気に入らなかったから、ついでに直してもらってるの。……なあに? グレオニー、まさか嫉妬してるんじゃないでしょうね? 私のこと、そんなに信用できないの?」

「なっ……!? ち、違います。信用してないとか、そんなんじゃなくてですね……!! だって、今日と三日前と、七日前? そう、先週の市の日にもあの者を見かけましたよ、確か。もしかしたら、わざと手を抜いて城に出向く口実を作ってるんじゃないかと……」

「うっわ。グレオニーってば気持ち悪。そんなに詳しく日にちまで覚えてるなんて」

「気持ち悪い!? 護衛なんですから、貴女に近付く者を覚えるのは当たり前じゃないですか!!」

「あーもう、うるさいなあ! そんな人じゃないよ、あの職人さんは!! なんでそんなに疑うの!?」

「ですから!! いつどこで何が起こるかなんてわからないのですから、もう少し危機感を持って欲しいと……」

「なにそれ!! 私がいっつもぼんやりしてるって言いたいの!? ほらもう着いたよ!! グレオニーは外で警備!! 私は中で楽しい楽しいお仕事!! じゃあね!!」

 執務室の扉が勢いよく閉められ、辺りを揺るがす大音響が耳に突き刺さる。「交代だよ」と、顔見知りの衛士が後に残された自分の肩を軽く叩いてきた。今までの応酬の一部始終を聞いていたのだろう。その衛士は笑いを噛み殺し、憐みの視線をこちらに向けていた。

 いたたまれなくなり苦笑いでその場を濁す。逃げるように自室へと足を向けたが、すぐに後悔に苛まれて頭を掻き毟りたくなった。いつもの癖で右手を上げようとしてから、腕の違和感に気付く。

 ……まだまだ無意識に、とはいかないか。

 不自由なく動かせるまで回復はしたが、未だ右腕の感覚は鈍いままだ。
 普段から左手を使うことに慣れておかないと。
 剣を持っていない時でも咄嗟に左で反応できるように。
 どんな事態になっても彼女を護ることができるように。  
 そこで彼女の怒りに満ちた顔を思い出してしまい、再び暗澹たる気分になる。左の掌を見つめて力いっぱい握り締め、俺は体中の空気が全て抜け出るような深い深い溜め息を吐いた。


◇  ◇  ◇


 あんな言い方をするつもりじゃなかったのに。ただ、彼女があまりにも成人前の頃のように無防備だから。無邪気な笑顔を見せられた男どもが、揃いも揃って顔を赤くしている事実にも気付かないような人だから。常に危険が付き纏う立場であると、もう少し自覚して欲しかっただけなのに。
 自分の存在は周りにも知れ渡っていたが、彼女を密かに狙っている男はまだまだ山のようにいる。情報通のハイラからそんな話を聞いてしまったのが、もしかしたら焦りを生んでしまったのかもしれない。

 自室の寝台に寝転んで、自己嫌悪に陥る。同室のフェルツが呆れた声で「脱いだ服ぐらいきちんと畳めよ、だらしがないな」と小言を言ってきたが、起き上がる気力すらなかった。
 ただの鍛冶職人の度重なる訪問ならば、自分もこんなに口やかましく言ったりなどしない。警備が厳重な城の中で、そうそう危ない目に遭うわけがないということも本当はわかっている。
 だが自分は気付いてしまったのだ。あの職人が、彼女に対して好意を抱いている事実に。

「ああ……。あの鍛冶職人ね。俺も顔ぐらいしか知らないけど……。でも、お前と陛下の仲を知らない奴なんて居るわけないだろう? 知ってて、わざわざ横恋慕? お前の気のせいじゃないの?」 

「違う。絶対に気のせいなんかじゃない」

 あれは先週、寝室の警備に当たっていた日のことだ。
 扉の前で眠そうな顔をしている衛士に交代の旨を告げると、その衛士が去り際に欠伸混じりの言葉を口にした。

「あ、そうそう。今、中に一人来客が居るよ」

 途端に頭が真っ白になる。こんな夜中に? 来客? しかも、わざわざ寝室に?
 そんなに急を要する用事なのか。いったい誰が、と考えを巡らせていると、寝室の扉が開いて件の来客が姿を現した。あの鍛冶職人だ。

「どうも。もう用件は済みましたので。遅くまで御苦労様です」

 仕事道具を抱えた職人は、そう言って軽く頭を下げてきた。
 そして自分とすれ違う瞬間に、

「こんな男のどこがいいんだか」

と、小さな声で呟いたのだ。

 かっとなって相手の顔を睨みつけるも、向こうは不敵な笑みを浮かべるだけで、軽やかな足取りでその場を去ってしまった。警備をしなければならない自分は、後を追い駆けることもできなかった。
 あの男は自分を敵対視している。聞き間違いなんかじゃ絶対ない。何よりも、人を小馬鹿にしたようなあんな表情を見せてきたのがいい証拠じゃないか。
 言葉の意味を考えても、連想できる理由なんて一つしか思い浮かばない。自分と同様に、あの職人も彼女に想いを寄せている以外に何が考えられるだろう。

 後日、夜中に男を寝室に入れるなんて、とレハト様に苦言を呈したが、

「だって、夜しか時間がなかったんだもん」

と、なんでそんなことをいちいち気にするのか、とでも言いたげな声しか返ってこなかった。

 もう一つ。まだ誰にも言っていないが、気にかかっていることがある。
 先日、巡幸に護衛として同行した時。城下町からかなり遠く離れた地で、あの職人が佇んでいる姿を確かに見た。
 一瞬だったし、すぐに見失ってしまったものの、見間違いではなかったと自信を持って言える。これでも護衛なのだから、人物を見分ける術には長けているつもりだ。
 偶然? あの男の所縁の街だったとか?
 まさか彼女を追い駆けてきたのでは、という疑心すら抱いた。

 その夜。
 宿泊先で、彼女が休んでいる部屋の警備をしていた。旅の疲れが出たのか、もう一人の護衛は立っているのにもかかわらず頭で船を漕いでいる。
 ふと、何か物音が聞こえた気がした。部屋の中からだ。
 レハト様がまだ起きているのだろうか。なんだか窓が開いた音だったような……。外は今、雨が降っているというのに?
 一度気になり出すと、嫌な想像ばかりが頭を埋め尽くす。
 何者かが侵入したのではないか。
 建て付けが悪くて、勝手に窓が開いてしまったのではないか。
 今までそんなことは一度もなかったけれど、もしかしたらレハト様が寝ぼけて……。

 いろいろ思い悩み、意を決して部屋の中の彼女に声をかけた。

「……陛下。起きてらっしゃいますか」

 声をかけつつ、ちらりと隣の様子を窺う。護衛は既に床に座り込んでいて盛大ないびきをかいていた。起きる様子は全くない。よっぽど疲れが溜まっていたのだろうか。
 少し経ってから、ようやく彼女の声が部屋から返ってくる。

「……なに?」

 とりあえず、彼女に異変がないとわかって安堵から溜め息が漏れた。でも普段からくそ真面目と馬鹿にされている自分は、部屋の中を確かめるまではどうしても気が済まない。

「夜遅くに申し訳ありません。ちょっと、中に入ってもよろしいでしょうか」

「なんで?」

「気になることがありまして」

「……いいよ」

 彼女の声が少しいつもと違う、と感じた。そんな風に思ってしまったからか、自分を出迎えたレハト様の態度がぎこちなく見えた。まるで、何かを隠しているかのように。
 部屋の中をざっと見回す。特に異常はないようだ。
 露台の方へと視線を移すが、窓は閉じたままだった。やはり気のせいだったのか。

「……今日はずいぶんと夜更かしなんですね」

「枕が違うからかなあ。なかなか眠れなくて。どうしたの? 急に部屋に入りたいだなんて」

「何か、物音が聞こえた気がしましたので。……ずっとおひとりでしたか?」

「当たり前でしょう? なあに? あなたたち、居眠りでもして警備をさぼってたの?」

「露台に出たりなさいました?」

「出るわけないじゃない。雨が降ってるのに」

 そんな会話を続けながら、さりげなく部屋の様子を再び窺う。露台近くの床に、うっすらとだが濡れた足跡が残っていた。
 雨が降り出したのはこの館に着いてからだ。彼女はそれから一歩も外に出ていない。となると、この跡は外部からの侵入者の置き土産以外考えられない。

「今日出た食事、美味しかったね。城に居たら、あんまりお目にかかれないものばっかりで」

 その場を取り繕うように彼女が急に話題を変えてくる。違和感を抱きつつ、それを表に出さずに言葉を返した。

「……正直、ちょっと自分の口には合わなかったです。申し訳ないと思ったんですが、ほとんど残してしまいました。やっぱり普段から食べ慣れているものがいちばんというか」

「あ、食べなかったんだ。そっか……。お酒、も飲まなかったんだよね、グレオニーたちは」

「護衛が酔ってしまったら仕事になりませんよ」

「そ、そうだよね。仕事にならないよね」

 やっぱり今日の彼女はどこか変だ。何かを隠しているとしか思えない。
 だがその後、すぐに、 

「そろそろ私も寝るから」

と言われ、部屋から追い出されてしまった。

 考えたくはないが。あの時、やはり彼女は誰かを部屋に招き入れていたのではないだろうか。
 逢引き、という言葉が思い浮かんで、慌てて頭を振って打ち消す。何を馬鹿な。彼女がそんなことをするわけがないじゃないか。あの足跡だって、きっと何かの拍子についてしまったもので……。
 そうやって何度も疑念を振り払うも、昼間見かけた職人の姿が頭にちらついて離れなかった。巡幸の間中、ずっと自分は悶々とした気持ちで彼女の護衛をし続けた。

「まあ確かに仕事はできるし、女が群がりそうなくらい顔は良いし。お前と違って自信たっぷりな雰囲気を醸し出してる感じの奴だけどさ。そんなに気にするなって。お前にはお前の良いところがあるよ。どこだって言われると俺も答えに困るけど」

 うつぶせの体制で巡幸の時のことを思い出していると、フェルツが再び話しかけてくる。横目でじろりと睨みつけ、友人の有難い言葉に返事をした。

「……それ、励ましてるつもりか?」

「励ましを求めてるなら、ハイラのところにでも行ってこいよ。そりゃもう、両手広げて歓迎してくれるぞ」

「あいつの暇つぶしの玩具になるだけじゃないか」

「とにかく。いつまでもそんな顔見せられてるこっちの身にもなってくれよ。どんよりして辛気臭いったらありゃしない。頼むから、玩具にされるなり、何か行動起こすなりしてきてくれ。俺まで気が滅入ってくる」

「……」

「そんなに気になるなら、その職人に釘刺しにでも行ってくれば? 俺の陛下を取るなー、陛下は俺のものだーって」

「言ってくる」

「えっ……ちょっ……、ほ、ほんとに!? まっ……、ちょっと待てってば!! 頼むから剣は持って行くなよ!? おい、聞いてるか!?」

 昔のように、行動もせずにうじうじ悩むだけの自分とは決別したかった。ただその思いだけが、今の自分を奮い立たせていた。
 フェルツの慌てた声を背中に浴びて、自室を後にする。あの男はいつもの鍛冶屋に居るだろうか。もしかしたら、まだ城の中をうろついているのでは。
 まずなんと言って話を切り出そう。いきなり荒い言葉をぶつけるのはさすがに……などと考えていると、当の本人が廊下の向こうから歩いてくるのが視界に入った。いつもの仕事道具を大事そうに抱え、ゆっくりとした足取りで近付いてくる。

「やあ、こんにちは」

 愛想のよい、朗らかな声で先に挨拶をされてしまった。
 何か言わないと。ほら、早く。
 さっきまであんなに意気込んでいたじゃないか。簡単なことだろ。この男のように余裕たっぷりのにっこりとした笑みを浮かべて……。

「なんだよ、黙り込んじゃって。挨拶もしたくないほど俺のこと気に入らないの?」

「……。別に、そういう訳じゃ……」

「喧嘩したんだって? さっき移動中の陛下をお見かけしたけど、すごいしょんぼりしてたよー? そんなでかい図体してるくせして、嫉妬でねちねちと女を責めるような情けない真似してんじゃないよ、みっともない」

 普段の接客中の態度とはまるで違う男の言動に、再び言葉を失う。
 このまま好き勝手言われたままでいいのか。相手に舐められっぱなしじゃないか。
 奮起して反撃に出ようと口を開きかけたが、向こうがそれを遮るように言葉を被せてきた。

「ちょうどいいや。あんたに話があったんだ。これ以上、仕事の邪魔されちゃたまったもんじゃないし。薄ぼんやりな野郎だと思ってたのに、意外と勘が良くてやりにくいったらないよ」

「話……?」

「あんた、今日はもう仕事ないんでしょ? 街に出て歩きながら話そう。ほら、早く」

 自分の返事を待たずに、男が背を向けて歩き出す。なんなんだ。勝手にどんどん話を進めて。
 こっちも話したいと思っていたから好都合と言えばそうなのだが。向こうの仕切りで事が運ぶのは我慢ならない。

「話をするだけなら、何も街に出なくても……」

「人に聞かれたくない話は歩きながらするのがいちばんなの。ぐずぐずするなってば。俺もそんなに暇じゃないんだから」

 いちいちつっかかる言い方をする男にますます腹が立った。でも、何を話すつもりなのか、そんなに人に聞かれたくない内容なのか、と気になるのも正直なところだ。
 仕方なく男の後について歩き、二人で無言のまま城外へと向かった。


◇  ◇  ◇


「裏の……護衛?」

 自分の声が街の喧騒に紛れていく。耳を疑うような話を聞かされて思わず歩みを止めてしまったが、不自然に止まるな、と鍛冶職人に叱咤されて慌てて足を前に出した。

「陛下のために体張って命をかけてるのは、あんたら衛士だけじゃないってこと。とても人には言えないような仕事をね、王の手足となって汗水垂らして頑張ってるってわけ」

「人に言えない……?」

「暗殺、密偵、監禁、拷問とか。いろいろ」

「……あ、あんさ、つって……まさか、そんな……」

「そこまで馬鹿じゃないとは思うけど。口外したらあんたが湖に浮かぶ羽目になるのはもちろん、彼女の立場も悪くなるのだけは覚えておいてよね」

「……」

「綺麗ごとだけで国を統治できるほど世の中ってのは甘くないんだよ。わかった? 世間知らずの側付き衛士さん」

 嫌みたらしい言葉を聞きながら、意識して足を交互に前に出す。
 もしかしたら真っ直ぐ歩けていないかもしれない。
 石畳の地面を踏み締めているはずなのに、ふわふわとした感覚が足に纏わりついて離れない。

 彼女のことなら何でも把握している、などと自惚れたことは今まで一度もなかった。自分の立場は弁えているつもりだったし、国に関わる重要な事項なら、恋仲と言えども一介の衛士に漏らすなんて決して許されない行為だというのもわかっている。
 だが、それでも。
 知らなかった彼女の一面をいきなり突き付けられて、息をするのも苦しくなるほど胸が痛んだ。
 王である彼女の立場を考えれば仕方のないことだ。何度も何度も繰り返し自分に言い聞かせる。その一方で、やはり全てを自分に曝け出していたわけではなかったんだ、という馬鹿な思いが頭の隅からなかなか消えてくれなかった。

「なに、この世の終わりみたいな顔してんの? 一気に愛情が冷めたとか? 彼女を汚く感じた?」 

「そんなことない!!」

「陛下に直接確かめたりなんてしないでよ? あの人がどんな思いで、あんたにそういう黒い部分を隠し続けてきたのか。そんな簡単なこともわからないほど、頭がすっからかんなわけじゃないでしょ?」

「……聞いたりなんかするもんか」

 普段から鈍感だと言われている自分にだって、それくらいはわかる。周りに見られたくない、知られたくない一面は誰にでもあるものだ。
 表の顔と、裏の顔。
 この男が鍛冶職人と護衛の顔を使い分けているように、彼女も自分の知らない王の顔をしている時があるというだけのこと。
 だが、そのどちらが表の顔なのか。自分が見ていたレハト様は……。

 その時、いきなり男に右腕を掴まれて思考が止まる。

「……っ!! 何する……」

「こんな情けなくて頼りない奴だってわかってたら、もっと確実な手段で仕留めればよかった」

 相手の言葉がすぐには理解できなかった。
 今、何と言った? 
 確実な手段? 仕留めるって?

「寵愛者様を狙った刺客だって、勝手に誤解してくれたみたいだけど。違うよ。こっちは最初からあんたを狙って打ったんだ」

「な……っ、あの時……? お、お前が!? なんで……」

「邪魔だったからに決まってるじゃん」

 鍛冶職人は事も無げにそう言ってのけた。その内容の重さとは裏腹に、風に吹き飛んでしまいそうなくらいの軽い口調で。
 
「ほんとは胸を狙ってたんだけどね。でもそこに彼女が現れちゃってさ。なんだか緊迫した雰囲気が漂ってきたから、てっきりあんたが愛の告白でも始めるのかと思って。で、焦って矢を放っちゃったんだ。さすがの俺も冷静じゃなかったんだね、あの時は」

「……」

「後から聞いたけど、この腕の怪我がなかったら護衛辞めるつもりだったんだって? 余計なことしないで黙って見てればよかったよ」

 自分の右腕は、奇跡でも起こらない限り完治は難しいだろうと医士に言われていた。
 それでも諦めたくなくて。彼女の側に居ることを許されたくて。
 腕が不自由なところを見られて彼女に負い目を感じさせてはいけない、と血の滲むような努力を必死に重ねてきた。

 次第に言いようのない怒りが込み上げてくる。
 こいつが。この男が自分の腕に決して消えない傷跡を残した。

「そんな怖い顔するなよ。結局はあんたの想いも届いたことだし、護衛も継続できたことだし。結果良ければすべて良しってなもんで、さらっと水に流してよ」

「ふざけるな!! お前が……お前のせいで……!!」

「あんたが憎くて羨ましくて、おかしくなりそうだったんだよ!! なんだよ!! そんな恵まれた立場に居るくせに、腕の一本ぐらいどうってことねえだろ!!」

 それは、体の底から絞り出したような絶叫だった。
 周りの人々が自分たちに視線を向け始める。すぐに男は我に返った様子で、自分の腕から手を放して歩き始めた。

「……剣の腕だって、あの人を想う気持ちだって、あんたに絶対負けない自信がある。でもこればっかりはどうしようもないんだ。努力したところで、俺の汚い過去を消せるわけでもないし」

「……」

「あんたはあんたで、貴族に生まれなかった自分を嘆いてるかもしれないけどさ。俺に言わせればそんな悩み、贅沢極まりないよ。故郷ってもんがあって、親が生きていて、人に胸を張って自慢できる職に就いてて。身分の違いはあれど、死に物狂いで頑張れば、彼女と結ばれる可能性だって全く無いわけじゃないのに。それなのに……」

 そこまで告げて、男は歩みを止めて振り返ってきた。
 先ほどまでの余裕ぶった態度はもう見られない。怒りに満ちた眼差しを自分にぶつけている。

「その腕で護衛になれるぐらい努力したのは認めるけどさ。あんた、それで満足しちゃってるんじゃないの? 側にさえ居れば、わざわざ言葉にしなくても行動に移さなくても全て伝わる、とか呑気なこと考えてるんじゃないだろうね」

「そんな、ことは……」

「遠慮してるんだか、幸せボケで浮かれまくってるんだか知らないけど。あんたが肝心なことはいっつも言葉にしないから、あの人は不安で不安で、でもあんたにそんな顔見せられなくて。もしかしたら護衛になったのを後悔してるんじゃないか。身分違いだと周りに陰口を叩かれて、城に留まったことを、自分を選んだことを後悔してるんじゃないか。そんな風に思ってる。ほんっと、苛々するよ。あんた見てると」

 立ち竦む自分に、男は次々と言葉を吐き捨てる。その一つ一つに頭の中で反論し続けた。
 違う。後悔なんてしてない。
 本当に心から自分が望んで、城に留まったんだ。側で彼女を護り続けると決断したんだ。
 そう声を大にして言いかけたが、言うべき相手は目の前にいるこの男じゃない、と思い留まった。

「……もう戻んなきゃ。こっちは仕事を掛け持ちしてる身で、体がいくつあっても足りないくらいなんだ。お偉い衛士様と違ってね」

 冷たい表情を見せてから、男が背中を見せて去って行く。
 また何か王からの密命を受けているのか。それとも、鍛冶職人の仮面を被って、客に人当たりの良い笑顔を振り撒きに戻ったのか。
 今、自分が向かうべき場所はひとつしかない。すぐに俺は城の方向へと足を向けた。


◇  ◇  ◇


「お引き取りください!! こんな時間に、非常識にもほどがあります!! 陛下も貴方にお会いしたくないと仰って……」

 喚き立てる侍従を強引に引っ張り出し、部屋の中へと足を踏み入れた。
 扉を閉めても追い出された侍従の怒声は止まらない。内側から鍵をかけると、その金切り声がより一層大きくなった。
 こんなに大騒ぎをしているというのに、椅子に腰掛けている彼女は背を向けていて、全くこちらを見ようともしない。騒いでいた侍従の声もそのうち聞こえなくなった。重苦しい沈黙が部屋を包み込む。

「……陛下」

 声をかけても、やはり彼女は微動だにしなかった。昼間の怒りがまだ解けていないようだ。
 無言の背中から、話しかけるな、という雰囲気が突き刺さってくる。

「……レハト」

 びくり、と彼女の肩が動く。振り向いた表情は笑顔ではなかったが、やっと顔を見せてくれた。

「ど、どうしたの? 名前で呼んでくれるなんて、久しぶり……」

 その言葉が言い終わらないうちに、座っている彼女を後ろから抱きすくめる。
 身を固くしていた彼女だったが、華奢な肩に顔を埋めても拒絶はされなかった。

「……俺、本当に口下手で。融通利かないし頑固だし。そのうち、愛想尽かされても文句言えないんですけど」

「なあに、急に。フェルツかハイラにでも、そんな風に言われたの?」 

 自分の言葉を聞いて、我慢できなくなった彼女が軽く吹き出す。その吐息が耳を甘く刺激した。
 このように彼女の温もりを身近に感じたのはいつ以来だったろう。あの鍛冶職人の言う通りだ。心のどこかで、わざわざ行動に示さなくても心は繋がっているから、と悠然と構えていた部分も確かにあったのかもしれない。

「でも、ずっと側に居るから。何があっても絶対離れたりしないから」

 あれだけ決意を固めてきたのに、彼女の顔を見て言うことはできなかった。
 情けない。
 本当に情けない。

 再び沈黙が訪れる。長く長く。この場を逃げ出してしまいたいほどに。
 しばらくして、彼女の手が自分の腕に触れた。それからようやく柔らかい声が聞こえてくる。

「……ありがとう、グレオニー」

 敬語じゃなくて嬉しい、と続けて口にした彼女には、笑顔が戻っていた。

 その時、背後で施錠が外れる音がした。どうやら侍従が合鍵を持って戻ってきたらしい。
 扉が開くと同時にものすごい剣幕で怒鳴り散らされ、そのまま部屋を叩き出されてしまった。
 侍従の手によって乱暴に扉が閉められる。閉まる直前、自分に手を振っている苦笑いの彼女の姿がちらりと見えた。

 身分を考えれば王配になることはまず叶わない。彼女と婚姻を結ぶなんて夢物語に等しい。
 今まではそれでも構わないと思っていた。彼女の側に居られれば。それだけでも自分には不相応なくらいの幸せだと思っていた。
 でも何が起こるかなんてわからないじゃないか。
 そう、出世が望めそうもなかった俺が、こうして王の側付き護衛になれたように。
 右腕が元のように戻らないと言われても、こうして護衛を継続できたように。
 可能性が全て失われたわけじゃない。やってみなけらばわからない。

 右腕が不自由な衛士長。人に言ったら笑われてしまうだろうか。ハイラやフェルツの呆れた顔が思い浮かぶ。不可能に近い目標だとはわかっているが、何もせずに諦めてしまうよりはよっぽどいい。

 思うように力が入らない右の掌をじっと見つめ、ゆっくりと握り締めてみる。
 なんとなくいつもより力強く握れたような、そんな気がした。

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