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雨が降らなかったから

2014.11.16 (Sun)
衛士祭に提出したものです。
世の中の人はグロいと思うかもしれない……と心配してR18で提出しましたけど、
書いた本人はちっともグロいと思ってなかったり。
一応、胸糞注意


「雨が降らなかったから」


 果物を片手に扉を開ける。寝台の上の彼女は自分の方へ視線を向けるわけでもなく、ぼんやりと何もない空間を見つめ続けていた。
 用意しておいた食事が手つかずのままだ。せっかく食べやすいよう調理したのに、と深い溜息と共に彼女を諌める。

「……駄目ですよ、ちゃんと食べないと」

「食べたくない」

 表情は虚ろではあったが、発せられた声は意思の強さを表すかの如くはっきりとしたものだった。
 寝台の側にある椅子に腰を下ろす。果物を持ち上げて見せ、彼女に語りかけた。

「何と言われようとも、今日は絶対に食べて頂きますからね。果物なら口にできそうですか?」

「だから食べたくないってば」

 相変わらず目を合わせようとしない彼女の横顔を眺める。
 整った目鼻立ち。染み一つない、陶器のような白い肌。
 額の印が前髪の隙間から見え隠れしていた。その前髪が、長いまつ毛にかかってしまうほど伸びているのにふと気付く。手を伸ばして細くしなやかな長い髪をすくい上げた。

「……髪が、だいぶ伸びましたね。そろそろ切り揃えましょうか」

 そこでようやく彼女が自分の方へと顔を向ける。
 何が可笑しいのか、口の端を僅かに上げて微笑していた。

「なんですか?」

「城に居た頃と比べて、ずいぶんと態度が変わったなあと思って」

「……そうでしょうか」 

「顔を真っ赤にして、ろくにこっちの顔も見ないでさ。言いたいことだけ言いっ放しで、返事も待たずに消えちゃって。こんな風に平然と髪を触ってくるグレオニーなんて、あの頃は想像もできなかったな」

 彼女がいつの時の話をしているのか、自分にはすぐにわかった。
 お互いがまだ城を生活の場としていた頃。そう、彼女はまだあどけなさが残る成人前で。もうすぐ年が明けるという大事な時期に、自分は彼女に対して身の程知らずな行為に及んだのだった。

「……レハト様」

「なあに」

「あの時……、もし俺が返事を待っていたら、貴女は何と答えるつもりだったんですか? 口からでまかせを? それとも、正直に行けないと答えてくださいましたか?」

 自分の問いに、彼女はぞっとするような、見惚れてしまうような笑みを浮かべて、

「雨が降ったら見に行くって、正直に言ってたと思うよ。大事な友達の最後の試合だし」

と、口にした。

「雨……?」

「雨天だと市は中止になるでしょう?」


  ◇  ◇  ◇


 自分の想いが届かないことなんで始めからわかっていた。
 それでも。
 どうしても、見て欲しかったんだ。自分にとって最後になるかもしれない試合を。唯一の取り柄とも言える、剣を手にして戦っている姿を。
 それがあの頃の自分にできる精一杯のことだったから。

「必ず、勝利をお捧げいたしますから」

 相手の顔を見る勇気さえ持ち合わせていなかった自分は、レハト様が口を挟む隙すら与えず、逃げるようにしてその場を去った。悪いけど、と面と向かって断られるのが怖かった。本当に臆病者で卑怯者だったと思う。

 試合前の控え室で、
「レハト様は見に来てくれているだろうか」
「それとも自分が誘ったことなど忘れてしまっただろうか」
と、汗でじっとりと濡れた手を握り締めて悶々としていた。大人しく座っていられずに、うろうろと部屋の中を歩き回ってしまう。

 なんとしてでも勝利をこの手に、とあれだけ決意を固めていたというのに、今日の空は雲ひとつない目が覚めるような青空が広がっていた。雨が降りそうな気配は全くない。自分にとって大事な日と思えるような時には、いつも雨に悩まされていたと記憶していたのだが。
 もしかして勝手に自分でそう思い込んでいただけだったのだろうか。いや、ひょっとするとまた前回のようにすぐに負けてしまう前兆なのでは……。

 いつもの悪い癖が出てしまい、弱気な考えを頭を振って振り払う。
 駄目だ。集中しろ。そんな余計なことばかり考えてどうする。
 あの方が見に来てくださらなくても、アネキウスの恵みが得られずとも、力の限り戦うことに変わりはない。この最後の試合に最善を尽くすだけだ。

 再び椅子に腰を下ろして集中しようと試みる。目を閉じて意識を統一させていたが、次第に大きくなる周りのざわめきに、そう言えばなかなか試合が始まらないな、と気付いた。
 やがて進行係の者が控え室に現れ、声を張り上げる。

「本日の試合は中止と決定致しました! 速やかに各自の持ち場にお戻りください! 繰り返します、本日の試合は……」

 途端に部屋の中が驚きや非難の声に包まれた。
 何故だ。一体どうして。来年は試合がないと言うのに。自分はこの試合に賭けていたと言うのに。
 自分と同じ思いが皆の口から次々に飛び出す。大勢から問い詰められた進行係が、しどろもどろに消え入りそうな声で説明し始めた。

「ま、まだ未確認なのですが……ちょっとした騒動が起きたらしく……」

「騒動!? 試合を中止するほどのことなのかよ!!」

「陛下のご命令なのか!? お前らの独断じゃないだろうな!! いったい何があったんだよ、説明もなしに納得できるわけないだろうが!!」

「それが……その……、どうやら、もう一人の印持ち……寵愛者様のお姿がどこにも見当たらないと、少し騒ぎになっていまして……」

 進行係の言葉に耳を疑った。
 レハト様が? 姿が見えない?
 周りの喧騒が次第に耳から遠のいて行く。自分はただ茫然と、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 レハト様は城から姿を消した。自分にも、誰にも何も告げずに。本当に突然に。 
 やがて年が明け、彼女が反逆者と呼ばれるようになるまでそう時間はかからなかった。


  ◇  ◇  ◇


 最近では珍しいどしゃ降りの日。
 数人の同僚と共に、城からかなり遠く離れた村の見張りを命じられた。
 何もこんな辺鄙な村まで警戒しなくても、と同僚の一人が愚痴をこぼす。首謀者をなかなか捕えることができずに戦いは長引き、城の皆が不満を募らせる日々が続いていた。

「あー、また一台来たよ。ったく、面倒くせえなあ」

 泥を辺りに撒き散らして、遠くから鹿車が一台こちらに向かってくる。一見、何の変哲もない普通の車だ。だがこの村を通るものは、着飾った貴族であろうと今にも壊れそうなみすぼらしい鹿車であろうと、必ず検するようきつく言い渡されていた。

「そう言うなって。一応調べておかないと。さぼってるのがばれたら、有り難いお叱りを長々と聞かされる羽目になるぞ」

 同僚が腕を大きく降り、御者に止まるよう指示を出す。

「はーいはい、ちょっとすみませんねえ。中を調べさせてもらっていいですかあ?」

 帽子を深く被った御者がたずなを引き、少しずつ速度を落として車が止まった。
 同僚が扉に近づいた瞬間、中から勢いよく飛び出た剣がその体を貫く。

「な……っ!?」

「えっ……!? お、おい、ちょっ……!?」

 剣を引き抜かれた同僚が声もなく泥の道に身体を沈める。すぐに車の中から数人の男が現れ、いきなり自分達に向かって斬りかかってきた。御者も懐から短剣を出し、何が起きているのか理解できず茫然と佇んでいる自分に攻撃を仕掛けてくる。
 考えるより先に、体が動いた。腰に下げていた剣の柄に手をかけ、とにかく自分の身を護るために剣を振り回す。

 気が付けば、立って息をしているのは自分だけだった。
 車から出てきた奴らが、先ほどまで普通に会話をしていた同僚らが地面に伏し、赤黒い液体が雨と共に流れていく。

 顔を伝っているのは雨なのか汗なのか。もしかしたら、突然の出来事に混乱してしまって涙を流していたのかもしれない。荒い息を整え、危機は去ったと判断して剣を鞘に収めた。
 一体、何が。こいつらは何者なんだ? 反乱側の人間だったのか? 
 捕えて口を割らせる余裕もなかった。
 後で上の者にどやされるかもしれない。でもこっちだって命がけだったんだ。

 何か手掛かりが残っていないかと鹿車の扉に手を描ける。その途端、再び中から短剣が自分の顔目がけて襲いかかって来た。避けると同時に咄嗟にその腕を掴み、そのまま正体不明の敵を外へと引きずり出して地面に押し付ける。そこでようやく、相手がやたらと華奢な体つきをしていると気付いた。
 頬にかすり傷を負った。降り止まない雨が少し傷に沁みる。
 まだ仲間が潜んでいたなんて。逸る鼓動と共に肩を上下させて息を吐きつつ、相手の顔を確かめるために髪を掴み上げた。

 自分を睨む、力強い眼差し。
 そして雨を滴らせた前髪の隙間から見え隠れする光る印。
 記憶と違って女性と化していたが、自分の足元で泥だらけになっている人物はかつての想い人に間違いなかった。

「れ……レハトさ……ま……?」

「放して」

「な、なんで、こんな、ところに……」

「放して!!」

 彼女の叫びに思わず手を緩めてしまいそうになる。だがすぐに、相手は自分の敵なのだと思い出して我に返った。
 混乱している場合じゃない。同僚がみな息絶えてしまった今、判断を下すことができるのは自分しかいないのだ。

「と……とにかく城に戻りましょう。怪我は? どこも傷を負ってないですか?」

「大人しくついて行くと思ってるの?」

「抵抗するなら、力ずくでも連れて行きます」

「……グレオニーは私が処刑されても平気なんだ」

「……っ」

「私が殺されても全然平気なんだ。あんなに城では仲良くしてくれてたのにさ。やっぱり最初から出世目当てで印持ちに近づいたの? グレオニーだけはそんなんじゃないって思ってたのに」

 駄目だ。耳を貸すな。騙されるな。
 彼女は、もう自分が知っているレハト様じゃない。この国を混乱させ、罪のない大勢の人々が亡くなってしまう事態を招いた反逆者なんだ。

 そう、わかっているはずなのに。
 美しく成長した彼女を目の当たりにして、彼女が大罪人として処刑されてしまうのを想像しただけで身が引き裂かれるような思いがした。
 思考を止めようとしても、想像はどんどん膨らんで頭の中を支配する。すんなりと処刑が実行されるとはとても思えない。知っていることを全て吐くまで、誰が加担していたのかを包み隠さず白状するまで、ありとあらゆる仕打ちを受けるのだろう。
 それこそ、生きていること自体が辛いと思ってしまうくらいに。
 処刑が下される頃には、彼女の精神も体力もぼろぼろになっているであろうことは容易に想像がつく。大勢の者が見ている前で首を刎ねられて晒し者にされる彼女。額に神に愛された印を持ちながら、その死体は埋められることなく無残に打ち捨てられてしまうのだろうか。

 嫌だ。
 やっと会えたのに。やっと再会できたというのに。自分はまた何もできずに彼女を失ってしまう。
 あんな思いは二度とごめんだ。何かできなかったのか、何かできたはずだ、と後悔する日々を再び送り続けるなんて冗談じゃない。

 雨が容赦なく自分の体を、彼女の体を激しく叩き付ける。
 大事な日には雨が。
 そうか。このアネキウスの恵みが降り注ぐ今日こそが、自分の人生を左右する大事な日だったんだ。

 ぐずぐずしている暇はない。雨で視界がきかず音も響かないとは言え、騒ぎに気付いた人がいつ駆け付けて来るかわからない。
 辺りを見回すと、黒々と濡れている大きい石が視界の端に入った。 
 思いついた手段を行動に移すべく、俺は覚悟を決めてその石を両手で抱えた。   


  ◇  ◇  ◇


「表情ひとつ変えないで、あんな非道なことがグレオニーにできるなんてね。城に居た頃のおどおどしたグレオニーと、今こうして愛おしそうに私を見ているグレオニーと。息をしていない人の顔を無残に潰していた貴方と、どれが本当のグレオニーなの? もう全然わからないよ」

「……」

「一生、友達にも家族にも会わずに私に付き合うつもり? いつまでこんなこと続けるの?」

 彼女の言葉で、あの土砂降りの中での自分の行為が思い起こされた。
 倒れている御者の顔を潰した後、纏っていた衣服を自分のものと取り替えた。髪型やその色、体形が自分と似通っていたのはアネキウスが味方をしてくれているからだ、と見えない何かに背中を押されている感すらあった。今考えれば、そう思い込むことで、あの残虐な行為をただ正当化したかっただけなのだと思う。

 使い慣れた自分の剣を御者にしっかりと握らせ、グレオニー・サリダ=ルクエスは戦闘の末に死亡したと見せかけた。
 あの死体がうまく自分だと判断されたかどうか、それを確認することなんてできるわけもない。反乱の首謀者である貴族がまだ捕まっていないという噂だけは耳にしていた。だが二人目の寵愛者がここに居る以上、戦いが終結するのも時間の問題だろう。

 誰にも見つからないように、気付かれないように。
 いつまでこんな生活を続けるのかなんて自分にもわからない。正気の沙汰ではないことも十分理解している。
 それでも、彼女を失いたくなかった。
 何を犠牲にしても彼女に生き延びて欲しかった。 

 手足を拘束された彼女が、不貞腐れた顔をこちらに向ける。それを無視して皮を剥いた果物を彼女の口元へと運んだ。彼女は口を開く代わりに、汚らしいものを見るような目つきで果物を睨みつけ、ぷいと顔を背けてしまう。

「食べたくないって言ったのが聞こえなかったの?」

「食べて頂かないと、身体に障ります」

「いらない。食べない。このまま餓死したっていいの。私にはそれしか抵抗する術が……」 

 果物を口の中で噛み砕き、乱暴に彼女の後ろ髪を掴んで身体を引き寄せた。有無を言わさず唇を押しつけて塊を流し込む。
 突然の狼藉に、彼女がむせて咳き込んだ。
 優しく背中をさすってやりながら、自分でも驚くぐらい冷淡な声で彼女に語りかける。

「貴女がどう思おうが、どんな方法を使ってでも絶対に死なせませんから。覚悟してください、と始めに申し上げたはずです」

「……」

「俺と出会ってしまったのが運の尽きだったと思って、諦めてください」

 そう言って果物を差し出すも、やはり彼女は身体を捻じって必死の抵抗を示した。
 力任せに彼女を押し倒して組み伏せる。噛み砕いた果物を再び相手の口に流し込んだ。
 瞳からこぼれた涙に気付かない振りをして。
 自分の胸の痛みにも気付かない振りをして。
 暴れたために、彼女の衣服が乱れてしまった。はだけてしまった胸元を無言のまま整えてやり、寝台から身体を起こす。

 壁を叩き付ける雨音が次第に大きくなってきた。この分だと嵐になるかもしれない。
 あの日、今日のようなとても止みそうもない雨が降っていたら。
 市が開催されずに彼女が試合に足を運んでくれていたら、こんなことにはならなかったのに。
 自分は、彼女は、どこで選択を間違えてしまったのだろう。
 どうしてこんな結果になってしまったのだろう。

 激しい雨音に心が落ち着かなくなってくる。
 アネキウスがまるで自分を責めて怒りをぶつけているような。そんな錯覚に陥った。

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