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護る剣、奪う剣 <1>

2013.03.07 (Thu)
女レハト衛士、グレオニーのその後の話。
他の登場人物はネタバレになるため伏せます。 こちら反転で他の登場人物→テエロ、トッズ


護る剣、奪う剣 <1>


 激しくぶつかり合った剣から衝撃が肩まで響く。腕の感覚が少し鈍くなるのも構わずに力任せに振り払うと、相手が体制を崩して手から離れた剣が宙を舞った。尻餅をつく音と剣が地面に落ちる音が同時に重なる。
 額から伝ってくる汗を感じながら柄を握り直し、相手の喉元にゆっくりと剣を突きつけた。
 グレオニーは息を荒くしてこちらを見上げている。

「ま……参った。も……勘弁……」

 そう言って、そのまま彼は地面に寝そべってしまう。息も絶え絶えに盾を外し手袋も外し、それらを乱暴に放り投げていた。
 深く息をついて汗を袖で拭うと腕にまだ違和感が残っている。持久力は前よりましになったとして、もう少し腕力を鍛えなければ、と思った。

「……長かったなあ……」

 遠くで寝転がりながら私たちの打ち合いを見ていたフェルツが呟いた。途中、彼が何度も欠伸をしていたのを私は横目で見て気付いていた。最初こそきちんと立って見届けていたのだが、あまりの長さにそのうち座り込み、最後には横になってしまったのだ。

「……お前……ちゃんと、審判……しろ……。なに、寝てるんだよ……」

「ああ、そうか。はい、レハト様の勝ちー」

「……そんな、言い方、あるかよ……」

 苦笑しながらも、まだグレオニーは息切れをして地面に横たわっていた。そんなに体力を消耗してしまったのだろうか。
 彼の分も片付けてやろうと思い訓練用の剣と盾を拾おうとすると、いつの間にか近くまで来ていたフェルツが素早くそれらを拾い上げる。

「いいです、俺が片付けてきます。レハト様はあいつに付いててやってください。ああ見えて、すっごい落ち込んでるだろうから」

「ごめんね。長々と付き合わせて」

「打ち合うのはごめんですけど、見るだけならいつでも。じゃ、頼みましたよ」

 そう言われて肩を叩かれ、彼は軽い足取りで荷物を持って去って行った。
 距離を置かれている、とまでは思わないが、フェルツはいつまでも自分に対して敬語が抜けなかった。いや、彼だけではない。継承者ではなくただの衛士となってもう長いというのに、気軽に砕けた口調で自分に話しかけてくる者はこの城では数えるほどしかいなかった。
 そんな事を気にしていても仕方がないのだけど、と溜息をつきながらグレオニーの方へ近づく。まだ寝そべっていたので、しゃがみ込んで彼の顔を覗き込んだ。

「落ち込んでるの?」

「……少し……」

 彼が拗ねたような表情をして顔を背ける。そんな様子を見て思わず笑ってしまった。
 こちらが手を差し伸べると、グレオニーがそれを掴んでやっとのことで起き上がる。しかし、石壁の方に向かってよろよろと歩き出して、すぐにまたへたり込んでしまった。

「駄目だ……もうちょっと休む……。足が言う事きかない」

 壁にもたれ掛かって足を投げ出した彼は、まだ荒い息に肩を上下させていた。
 仕方なく、私も彼の隣に腰を下ろして壁に体を預ける。

「五分五分かな、と思ってたんだけど……。まさか力負けするとは思わなかったなあ……」

「でも、こっちもまだ腕が痺れてるよ」

 頭を掻きながら溜息をつく彼に、そう言って腕を捲くって持ち上げてみせる。明日は間違いなく筋肉痛に悩まされるだろうと思うほど重たく感じる腕は、未だ制御かきかずに情けなく震えていた。

「……強くなってて、驚いたよ。しばらく剣を合わせてなかったもんな」

 こうやって彼と訓練場で顔を合わせるのも久しぶりだった。訓練場だけでなく、彼が衛士頭に任命されてから、お互いの休暇が合う日以外は彼の姿を目にするのも稀だと言っていいほどだ。

 今日のこの打ち合いも、珍しく訓練場に顔を出したグレオニーがフェルツと世間話をしていたところに自分も出くわし、しばらく三人で会話を続けているうちに、軽く剣を合わせてみようか、とグレオニーが言い出したところから始まったのだ。
 その提案に、全力で拒否の意を示したフェルツが審判を買って出た。始めは数人居た見物人も、いつの間にか寝転がるフェルツ一人だけになってしまうくらいに、つい熱が入って長く打ち合いを続けてしまった。
 最後にグレオニーと剣を合わせたのはいつの事だっただろうか、と記憶を辿ってみるが、

「なんか……変わったな、お前」

自分を見つめて、そう呟く彼の言葉に思考が遮られた。

「……何が?」

「何て言うか、こう……剣が前に出るようになったっていうか」

「そうかな」

「すばしっこいのは昔からだけど、こんなに攻撃主体だったかなってちょっと思った。前からあんなに打ち合う戦い方してたか?」

「私が変わったんじゃなくて、貴方の腕が落ちたんじゃないの?」

「怖い事言うなよ……。それでなくても最近はなかなか訓練する時間が取れなくて焦ってんのに」

 膝に手をついて、彼が苦笑して立ち上がる。もう息は上がっていなかった。

「そろそろ戻んなきゃ。せっかくの休みだったのに、こんな事で時間を潰しちまった」

「言い出したのはそっちじゃ……痛っ」

 自分も立ち上がろうとしたのだが、髪が何かに引っ張られ身動きが取れなくなった。手を回して触って確かめようとしたが届かなくてよくわからない。そうして一人でじたばたもがいていたら、彼が上から覆い被さってきた。

「あーあ。髪が壁の亀裂に引っかかってる。取ってやるから、動くなよ」

 その途端、数本の髪を引っ張られる痛みが走る。

「……いたたた痛い、ちょっと痛いって!!」

「我慢しろって。なんか複雑に絡まってるんだよ」

 仕方なく言われた通りに大人しくじっと待つが、いつまで経ってもグレオニーが自分の側から退ける様子が無い。

「……まだ?」

「まだ。……頼むから、上見るなよ」

「なんで?」

「変な気を起こしそうになるから」

 そう言われて、彼と体を密着させているという事に今更ながら気付き、火が出そうなくらい顔が熱くなった。動くなと言われてもなんだか体中がむず痒く感じ始め、今すぐにでもここから逃げ出してしまいたくなる。髪を触られているという事すら恥ずかしくなってきた。
 こんな所で急に変な事言わないでよ……。
 この状態を維持するという事にいよいよ我慢ができなくなって、たまらず口を開いた。

「も、いい。切っちゃって。長くてうっとおしかったし」

「駄目だ。こんなに綺麗な髪なのに」

「いいってば!」

「もう取れるから。だから動くなって!」

「お楽しみのところ申し訳ありませんが、いちゃつくなら他所でやってくれませんかね」

 私たちの怒鳴り合う声を割って入って聞こえてきたのはフェルツの声だった。

「ち、違っ……。髪が……」

 慌てた様子でグレオニーが退けると、腕を組んで澄ました顔でこちらを見降ろしているフェルツの姿が現れた。武具一式を片づけて戻ってきたようだ。

「グレオニー、そこで会ったんだけど衛士長が呼んでたぞ。なんか急ぎっぽかったけど」

「あ、ああ、わかった。ほらレハト、もう取れたから」

「ありがと……」

 恐る恐る壁から頭を離すと、彼の言うとおりもう髪は引っかかっていなかった。それでもまだ痛む頭を押さえながら立ち上がり、綺麗な髪と言われた事を思い出してしまって、また顔が赤くなるのを感じた。
 本当に恥ずかしくなるような事を平気で言うんだから……。
 思わず髪を掻きむしりたくなる衝動に駆られていたら、走り去るグレオニーの方に顔を向けていたフェルツが隣でぼそりと呟いた。

「転びますよ」

 言い終わると同時に、グレオニーの悲鳴といろいろな物が倒れる音が盛大に響く。ほらね、と言いながら朗らかに笑うフェルツと一緒に、痛そうに腰を抑えながら去って行く彼の背中を見送った。


  ◇  ◇  ◇


「レハト様は、気に入った殿方を痛めつけるような趣味がおありなのかしら。相変わらず勇ましくていらっしゃること」

 ユリリエが手で口を隠して上品な笑みを浮かべる。しかし言っている事はちっとも洗練された内容ではなかった。

「変な表現しないでくれるかな。知らない人が聞いたら誤解される」

「あら、腕が立つことを気にしていらっしゃるの? 城を護る衛士が強くて何が悪いのかしら。こうして平和が保たれているのは、貴女がた衛士のおかげだと日々感謝しておりますのに」

「いや、そうじゃなくて……」

 わかっていて彼女はいつもこうやってとぼけるのだ。本当に頭が回るというか口が回るというか。口より先に体が動いてしまいそうな自分には到底できない芸当だ、とつくづく思う。
 いったいどこから聞きつけたのだろう。まさか既に城中の噂にまでなっているのでは、と少し不安が頭をもたげた。

「愛にはいろいろな形がありますもの。私はちっとも気にしませんことよ」

「もういい加減、その話題引っ張るの止めてくれないかな……」

 降参とばかりに苦笑しながら手を上げる。これ以上、玩具にされてはたまらない。強引にでも話題を変えないと、延々といたぶられ続けるのは今までの経験からしっかり学んでいた。
 彼女のように機転を利かす能力に長けていれば、自分のここでの生活ももう少し変わっていたのだろうか、とふと思った。無いものねだりや今更変えられない事を考えても仕方がない、とはわかっているのだけれど。

「もうそろそろ貴女を衛士長に、というお話も来ているのではなくて?」

 何か別の話題と悩む必要もなく、彼女のほうから話を振ってくる。
 しかしそれは、あまり楽しい話題とは言い難かった。

「……それはないよ。私はそんな器じゃない。それに貴族じゃないし」

「まああ、本気でそんなことおっしゃっているのかしら」

 大げさに目を見開いてユリリエが言葉を続ける。

「器とか実力とか、そんなものは二の次である事ぐらい、この城の面々を長年見ていれば既におわかりでしょう? こんな事はあまり言いたくはないのですけれど、貴女のその額にあるのはなんだと思ってらっしゃるの? 貴族云々というのはこの際問題ではありませんわ」

「でも、これ以上徴のせいで特別扱いされたくないっていうのが本音なんだ。きつそうな仕事は他の人に回されたり、平の衛士なのに自分だけ個室だったり。今の状態だけでも居心地悪いっていうのに」

「そう仰っても、貴女が望む望まないに関わらず、間違いなく押し付けられることになるのが目に見えましてよ。実力もあるならば尚更ですわ」

「大丈夫だって。そんな話来ないから。来ても断るけど」

 彼女は怪訝な顔をして、それでもこれ以上追及してこなかった。
 溜息をつきながら私の手をそっと握ってくる。そして先ほどの口調とは変わって、優しい声で彼女は言葉をかけてきた。

「いいですこと。目立たないように控えめになさるのも結構ですけれど、少しは我を通さないと後悔する事もこの先きっと出てきますわ。あまり自分を押し込め過ぎないでくださいませね。貴女を見ていると、なんだか心配でたまらなくてよ」

「ありがとう。でも本当にそんなことないから。我慢してたり、押し込んでたりしてないよ」

 納得していない様子を見せながらも、彼女は次の予定があるから、と名残惜しそうに去って行った。
 ……そんな風に自分は見られていたのか。普段からそれほど城に居ないユリリエにまでそう思われているならば、他の面々には自分はどう映っているのだろう。いや、彼女が特別勘が鋭いだけかもしれないが。
 もう少し、振る舞い方に気を配るべきかもしれない。
 自分のしている事を誰にも悟られるわけにはいかないのだから。

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