スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

邂逅<6>

2015.04.26 (Sun)
裏切りEDのグレオニー、その後のお話。

どこかで見た設定、結末、になっておりますが、目をつぶっていただけるとありがたいです…。
勝手に創作して、グレオニーが「アンタどこのどなたー!?」状態になってますので、普段のグレオニーしか認めない!という方もご注意を。
いつものごとく、オリキャラが出まくります。
今回、少し胸糞注意。


邂逅〈6〉


 お互いに慣れないことを口にしたもんだから、明日からは少しぎこちない雰囲気漂う旅になってしまうんだろう。いや、それとも。案外、朝が来たらいつも通りの空気に戻るのかもしれない。グレオニーさんは相変わらず無口で、僕は僕で泣き喚いたことなど無かったかのように振舞って。
 いやだなあ。わざとらしいかなあ。
 だからと言って、いきなり馴れ馴れしく態度を変えるっていうのも何だかなあ。

 そんなことを思って眠りについたのだが、全て考えるだけ無駄だった。
 僕は翌朝から熱を出してしまい、夢と現実を行ったり来たりしていた状態だったから。

 重い瞼を開けると、すぐ側の椅子に座っているグレオニーさんの姿が見えた。
 近くに、水も薬も用意してくれている。どうやら僕の意識がない間に医者を呼んでくれたようだ。
 興奮しすぎて熱を出すなんて。なんだか子供っぽくて恥ずかしい。でもきっと慣れない旅の疲れもあったんだろう。そうだそうだ。きっとそうだ。重い荷物を持って、あれだけの距離を歩いてきたんだから。仕方ないんだ、不可抗力というやつだ。

 僕が目覚めたのにも気付かず、護衛は足を組んで本を読み耽っている。
 
 本なんか読むんだ。知らなかった。
 ここからじゃよく見えないけど難しそうな本だなあ。文字ばっかり。何の本なんだろう。
 そういえば、グレオニーさんってあんな身なりだけど文字は読めるんだよね。貴族のおばさんとご飯を食べた時の振る舞いといい、そういう教育は受けてきたってことなのかな。ますますどういう生い立ちなのかわからないや。
 
 しばらくそうやって護衛の姿を眺めていて、僕はとあることに気付いた。
 指が、さっきから一度も本を捲っていない。
 よくよく注意して観察してみると目もあまり動いていない。文字を追わずに、まるで画集でも観賞しているような。
 グレオニーさんがわずかに俯き、片手で目頭を押さえた。
 その仕草に、黒くて重い、確信に近い予感が僕の胸を埋め尽くす。

 それでも襲い来る睡魔には勝てず、また僕は意識を失ってしまった。


  ◇  ◇  ◇


 翌日。熱もすっかり下がり、昨日までのだるさが嘘のように体が軽かった。
 食欲もある。頭もすっきり。
 やっぱり成人したてで若くてぴちぴちだからね。回復も早いんだよ。ふふん。

「本当に大丈夫か? まだ休んでいたほうがいいんじゃないか?」

 心配性の護衛が、手を伸ばして僕のおでこを触ろうとしてくる。
 それに顔を背けて抗いつつ、言葉を返した。 

「大丈夫。元気いっぱい。それに、今日ここを出ないと間に合わなくなっちゃうから」

「間に合わないって何が。おい、動くなって。ちゃんと熱を測らせろよ」

「熱は下がったってば。だから早く出発しないと市に間に合わないんだよ。今日って、もう青の九日でしょ? ぐずぐずしてたら、父さん品薄状態で店を開くことになっちゃう」

 僕の言葉でグレオニーさんの動きが不自然に止まった。伸ばされたままの腕は、逃げる僕の額を追い駆けようともしない。
 目は大きく見開かれ、わずかに動いた口元から小さな声が漏れ出す。
   
「……市って……。親父さん、街で……、フィアカントで店を開くんじゃないのか?」

「あれ言ってなかったっけ? 違うよ、お城の市に店を出すんだよ。すごいでしょー。うちの品は昔から評判いいからね。やっと久しぶりに市に店を出せるって、父さんも張り切っててさ。あっ、お城の市ってね。毎月、白と青と黄の週の十日に……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そういや、フィアカントまでって大まかなことだけで、どこまでお前に付き添うかちゃんと決めてなかったけど。俺は街の入り口まででいいんだよな?」

「……えっと。できれば、お城の中まで、ついてきて、欲しいなあ。なんて」

 しおらしい声で上目遣いでお願いしてみたが、醜く歪むグレオニーさんの顔を生み出すだけの結果に終わった。 
 ここ最近、見たことがなかった厳しい表情。ああ、そうだ。酒場で初めて会った時も、グレオニーさんはこんな顔をしていた。

「お断りだ。言っただろ、フィアカントには近付きたくないって。街に行くのも嫌だって言うのに、城にまで入り込むなんてまっぴらごめんだ」 

 護衛はそう言うと、溜め息をついて乱暴な仕草で椅子に腰を下ろしてしまう。眉間に皺寄せて髪をガリガリと掻いていた。もうこれ以上はないというくらいに不機嫌さをこちらに見せつけている。
 無理を言っているのは百も承知だけど、僕もここは譲るわけにはいかない。
 
「だってー……。思ったより日数かかっちゃったんだもん。最初は街の入り口まで父さんに迎えに来てもらうつもりだったんだけど、こんなにギリギリになっちゃったし。明日は店の支度で父さん忙しいだろうし……。ねえねえ、駄目? どうしても? 報酬、少し上乗せするからさー。一人でお城に行くなんて、僕、怖いなー……」

 指をもじもじ動かしながら、再度請うてみた。が、返事は聞こえてこない。グレオニーさんの意思は相当固いようだ。体の大きな護衛は腕を組んでそっぽを向いている。 
 
「……ねえ。なんでそんなにフィアカントに行きたくないの?」

「……」

「会いたくない人でもいるの?」

「……」

 恐る恐る聞いてみても、やっぱり護衛は口を閉ざしたままだった。 

 誰にだって、知られたくないこと、詮索されたくないことの一つや二つはあるものだ。まだそんなに年齢を重ねていない僕でも、それくらいはわかる。
 でも、以前よりちょっとはグレオニーさんに近付けたと思っていたのに。距離を縮めようとしてくれている、と感じたことすらあるのに。
 だんまりを決め込む護衛を見て、急に突き放されたような気がした。所詮は僕の勝手な独りよがりだったということか。冷たい横顔から、「お前なんかと慣れ合う気はこれっぽっちもない」という無言の圧力がひしひしと伝わってくる。
 
 それが寂しくて、なんだか悔しくて。
 自分勝手で負けず嫌いな僕は、聞いちゃいけないと決めていたことを思わず尋ねてしまった。

「フィアカントって、グレオニーさんの目が悪いことと何か関係がある場所なの?」


  ◇  ◇  ◇


 口にしてから自分の幼さを恥じた。驚いて固まっているグレオニーさんの顔を見て、後悔の念で胸が押し潰されそうになる。
 勝手に裏切られた気になって。自分の思い通りにならないと、こうして駄々をこねるような言動をぶちまけて。子供扱いされるのが大嫌いなくせに、僕はみんなが言うように篭りを終えてもやっぱり全然成長していない。
 
 しばらく、重苦しい沈黙が続いた。
 静寂が耳に痛い。
 謝るなら今だ。余計なことを聞いて、ごめんなさいって。こんなに世話になっておいて、我が儘言って、ずかずかと踏みこんで気分を悪くさせてごめんなさいって。ほら、早く。
 でも、罰が悪そうに顔を背けた護衛を見て、僕は言いかけた言葉を飲み込んでしまった。自分の想像以上に、グレオニーさんにとっては触れて欲しくないことだったんだ、と今さらながらに思い知る。
 やがて大きく長い長い溜め息を吐きながら、グレオニーさんが天井を見上げた。片手で顔を覆い、絞り出したような濁った声が指の隙間を縫って聞こえてくる。

「……違う。目のこととは別件だ。……いつから気付いてた?」

 とりあえず、返事をしてくれたことに安堵した。
 謝る機会を失ってしまい、しどろもどろに僕も言葉を返す。
 
「いつからってわけじゃ……。耳がすごくいいんだなあって思ってて……。あと、歩き方とか。グレオニーさん、たまにすり足で歩いたりするよね」

「……」

 熱で朦朧としていた時に、本を読んでいる仕草で確信したとは言えなかった。
 きっと、僕には見られたくない姿だったに違いないから。

「……僕の兄さんも、よくそんな歩き方してたんだ。目を使いすぎると頭が痛いって、こめかみをしょっちゅう押さえてた。兄さんはお医者さんに診てもらっても視力が戻らなかったけど、グレオニーさんは? ちゃんと診てもらったの?」

 言葉の途中で天井に向けられていた護衛の頭が動き、グレオニーさんは目を逸らさずにじっとこちらを見つめてきた。この護衛に兄の話をしたのは初めてだ。驚くのも無理はない。

「……一応、診てはもらったよ。悪くなることはあっても良くはならないって、有り難い言葉をいただいた。おい、酒場のおやっさんには言うなよ。仕事を減らされたら死活問題だからな」

「どのくらい、見えないの? その、初めて会った時は、僕のボタン……」

「それくらいは見えるよ。今お前がどんな顔してるのかだって、この距離だったらちゃんとわかる。ただ……小さい文字や細かい模様が見えづらい程度だ。そんな顔するなよ、今までだって、ここまでちゃんとお前を守って来れただろ? だから、まあ……これからだってどうにかなるさ」

 まるで自分に言い聞かせているような、グレオニーさんらしくない弱々しい声。
 そういえば店で食事をとる時、品書きを見ずにいつも僕と同じものを頼んでいた。食べ物に興味がない人なんだな、それとも僕と同じくらいの値段のものを食べないと悪いと思ってくれてるんだろうか。呑気な僕は、そんな風にしか考えていなかった。

 グレオニーさんはああ言ってるけど、これ以上目が悪くなったらどうするんだよ。こんな危ない仕事を続けていて、危ない目に遭って、取り返しのつかないことになったら……。

「俺の目のことはもういいだろ。話を戻すけどさ。……できれば、俺だってきちんと最後までついて行ってやりたいよ。いい加減な仕事したくないし。でも、どうしても行きたくないんだ、城には」

「……」

「納得できないって顔してるな」

「そんなこと……!」

「理由を説明したら納得してくれるか? 情けなくて女々しくって、聞いててあんまり面白い話じゃないけど」

「い、いいよ! 話したくないでしょ? 僕、本当はそこまで根掘り葉掘り聞き出したいってわけじゃなくて、目のことだって言うつもりじゃなかったのに思わずカッとなっちゃって……」

 今、この場の雰囲気に相応しくない緩んだ笑みが、グレオニーさんの顔に宿った。
 でも少し寂しそうで。
 それでいてほっとしているみたいで。
 そして、吹っ切れたような声でグレオニーさんはぽつりと呟いた。

「……きっと、俺も誰かに話してしまいたかったんだ。そんなに長い話じゃないから聞いてくれないか? 頼むから」

 嫌と言えるはずがない。グレオニーさんにここまでさせてしまったのは僕のせいなんだから。
 姿勢を正し、僕は無言で頷いた。
 罪の意識にちくちくと苛まれながら。


  ◇  ◇  ◇


 何から話そうかな、と前置きをしてからグレオニーさんは語り始めた。

 不器用な護衛の説明は途切れ途切れで、あちこち脱線して、言葉を選ぶのが下手くそなせいでお世辞にもわかりやすいとは言えなくて。
 でも、成人前の王様のことが、とても好きだったというのはすごく伝わってきた。

「信じてもらおうとは思ってないよ。作り話だと思ってもらっても構わない」

 そう言って、背中を丸め、床を見つめたままでグレオニーさんは話を締め括った。大きな体が今は何故かいつもより少し小さく見える。

「……信じるよ。ちょっと、びっくりすることだらけだったけど。グレオニーさんのそんな様子見てたら、苦し紛れの嘘とは思えないし……」

 まさかお城の衛士だったなんて。しかも、王様の護衛を勤めていただなんて。
 あれだけ剣術に長けているのも納得できたけど、それは「城に居た頃はそんなに強くなかったんだ。お情けで護衛に上げて貰ったようなものだし」と、自嘲ぎみに否定された。どうも衛士を辞めてからもいろいろあったみたいだ。その辺りは、護衛の口から語られることはなかった。

「とにかく、そういうことだから。まだ城に居るかもしれない同僚や知り合いたちに、今の情けない姿を見られたくないんだよ」

「……」

「ここまで、自分の恥ずかしい話を晒したんだ。脅すわけじゃないけど……、聞きわけてくれるか?」

 でも。
 でもさ。
 僕はまだ、誰かを好きになったり、誰かにこっぴどく裏切られたり、そういう経験をしたことはないけどさ。
 グレオニーさんが、男になっちゃった王様の姿を見たくないのもわかるけどさ。何か理由があって、王様はそんなことをしたのかもしれない。会って謝りたいと思ってるかもしれないじゃないか。

「俺のことなんて、もう忘れてるさ」

「でもでも、余計なお世話だってわかってるけど。グレオニーさん、王様に一度も会わないままでいいの? だって、これ以上目が悪くなったら見たくても見れなくなっちゃうんだよ。城に入れる機会だってもうないかもしれないよ?」

「……」

 相手が黙っているのをいいことに、僕は調子に乗ってべらべらと説得のような慰めのような、訳のわからない言葉を護衛にぶつけまくった。
 子供に何がわかるんだ、全部話したんだからもう放っておいてくれと、背中を向けられる覚悟もしていたのに。グレオニーさんはやっぱり俯いたままで身動ぎもしない。
 そんな護衛の姿を見たくなくて、グレオニーさんがグレオニーさんじゃないみたいで悲しくて、僕の言葉はますます勢いを増してしまう。暴走しているとわかっているのに、もう止まらない。

「今の王様を見たら、少しは踏ん切りがつくかもしれないじゃないか。そうだよ、あの貴族のおばさんは、王様はたいそう美男子でいらっしゃるだの何だの言ってたけど、実はすっごいぶさいくなのかもしれない。そうしたらさ、『ああ、俺はこんな人のことで長年悩んでいたのか』って、意外とあっさり気持ちが軽くなって……」

「美男子になってるよ、間違いない」

 僕の暴走を遮って、グレオニーさんはやっと返事をしてくれた。
 驚くぐらいに、穏やかな声で。

「……なんでそう言い切れるの?」

「わかるよ。うまく説明はできないけど」

 照れ臭そうな顔で、グレオニーさんは頬づえを付きながら言った。
 視線は遠くを見つめていて、もしかしたら過去の王様のことを思い出していたのかもしれない。

 グレオニーさんの話を聞く限りでは、王様がそんなひどい裏切りをするような人にはとても思えなかった。何か深い理由があったとしか思えなかった。
 本当のところはわからないけどさ。グレオニーさんが色ボケに目が眩んでて、最初からそんな望みのあるような関係じゃなかったのかもしれないし。

 でも、やっぱり。
 何となくだけど、せっかくの機会なのに、このまま何もしないでいるのはあんまり良くない気がするんだ。

「そんな顔してるくせに、会いたくないって言っても、僕には強がりにしか聞こえないよ」

「……そうかな」

「そりゃ、市に行ったからってうまく王様に会えるとは限らないけどさ。ほんの少しでも気になるなら会っておいたほうがいいよ。影からこっそり見るだけでもいいし。後悔しないように」

「……」

「……僕は兄さんが死んだ時、怖くて怖くて、葬儀の時にも、魔よけの布を巻く前にも顔を見れなかった。今はすっごい後悔してる。何となくしか思い出せないんだ、兄さんの顔。毎日毎日あれだけ一緒にいて、嘘みたいな話だけど」

 生まれた時から目が悪くて、決して丈夫だとは言えなかった兄。
 いろんな医者に診せて、名医と聞いたらどんな遠くでも出向いて行って、高い薬もいろいろ買って、それでも状態が良くなることはなかった。苦しいはずなのに、泣いたり弱音を吐いたりする姿も見せなかった。
 体の小さい僕は、街の子供によくいじめられていて。喧嘩を売られても一度も勝てなくて。泣き虫の僕を優しい兄はいつも頭を撫でて慰めてくれた。この間、グレオニーさんがそうしてくれていたように。

 ある朝、ついに兄の目から光が奪われ、隣で寝ていた僕は兄の叫びと呻き声に恐怖した。
 混乱で頭を抱え、周りの物を手で触って確かめては再び喚く兄。僕の頬をしきりに撫でて、でも目は僕を見ていなくて、狂ったような泣き笑いの表情を浮かべている兄。それは、僕の知っている兄とは別の人物だった。優しくて穏やかで、「病気なんかに負けないよ」と言っていた兄に魔物がとり憑いてしまったんだと思った。

 それから僕は一人で眠れなくなり、そもそも「眠る」という行為そのものが怖くなった。
 そして、兄のことを不憫に思いながらも、もし自分がそうなってしまったらと考えるようになってしまった。兄とは歳が一つしか変わらない。血を分けた兄弟だし、この先、僕も似たような病気になるかもしれない。
 徐々に闇に閉じ込められるっていうのはどんな気持ちなんだろう。
 あの時は兄に魔物がとり憑いたんだ、なんて思ってしまったけれど、僕だって同じ状態になったら暴れて泣き叫んで、周りのことなんてなりふり構ってられないに違いない。

「だから、僕が篭りを終えたら両親は涙を流して喜んだんだ。兄さんは……篭りを乗り切れなかったから」

「……お兄さん、亡くなってたのか」

 いろいろ思い出してしまって、鼻の奥がツンと痛み出した。
 涙がじわりじわりと滲んでくる。でも泣き顔を見られたくなくて、慌てて袖で自分の顔を拭った。
 そうだ、今は泣いてる場合じゃない。
 僕の話じゃなくて、グレオニーさんの話をしているのであって……。

「ぼ、僕の場合とグレオニーさんの場合じゃ全然違うけどさ。変な話してごめんね! あーもう、何が言いたいのかわからなくなってきたけど、とにかく、事情はわかったからこれ以上無理強いはしないよ。グレオニーさんは街の入り口までついてきて。その後は……グレオニーさんの判断に任せるから」

「……」

「話しこんでたら遅くなっちゃったね。急いで支度しないとね! あっ、それともお腹すいた? 何か食べてから出たほうがいい?」

「……ここから王都はすぐだから。焦らなくても明日の朝早く出れば市には間に合うよ。やっぱり、無理しないで今日は休んでおけよ。熱がぶり返したら大変だ」

 護衛の言葉に素直に従い、出発は明日に延ばすことにした。僕も何だかどっと疲れてしまって、少し休みたい気分だったし。
 それに、グレオニーさんとの別れを先延ばしにしたい気持ちも、正直あった。
 こんなにいろいろ話した後で、街の入り口であっさりと「じゃあ、ここで」だなんていう別れ方だけは嫌だったんだ。


  ◇  ◇  ◇


 次の日、まだ明るくなる前に出発の準備を始めた。荷物を纏め、忘れ物はないかと部屋を見回している途中で、グレオニーさんの纏っている服がいつもと違うことに気付いた。
 普通の、薄汚れていない、少し綺麗さっぱりとした装い。 
 裾が破れていないし、下手な繕いの痕もないし、外套には顔を隠せるフードも着いていない。何故か、手袋はいつものボロボロの物だったけれど。

「ど、どうしたの、それ」

 先日、「貧乏だからきったねー護衛しか雇えないのか」と僕が言われたことを気にしているんだろうか。いつの間に用意したんだろう。あっ、僕が熱で寝込んでいる間に?
 護衛は僕の問いには答えず、代わりに、

「今日、城まで行くよ。やっぱり、引き受けたからには、無事にお前を親父さんのところまで連れて行くのが筋だと思うから」

とだけ答えた。
 髪をかき上げ、紐を口に咥え、少し長めの髪を縛ろうとしているその姿を、僕はただただ驚いて見つめていることしかできなかった。よく見たら、首の後ろやうなじあたりに細かい傷がたくさんついてる。今まで着替えているところをまじまじと観察したことがなかったけど、もしかして服で覆われている部分にも無数の傷があるんだろうか。
 
「じゃ、行こうか」

 準備が整った護衛は、そう言って荷物を担いで立ち上がった。
 昨日までとは打って変わって堂々とした雰囲気が漂っている気がする。衛士だった頃のグレオニーさんはこんな感じだったのかな、と僕はふと思った。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。