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邂逅<7>

2015.05.02 (Sat)
裏切りEDのグレオニー、その後のお話。

どこかで見た設定、結末、になっておりますが、目をつぶっていただけるとありがたいです…。
勝手に創作して、グレオニーが「アンタどこのどなたー!?」状態になってますので、普段のグレオニーしか認めない!という方もご注意を。
いつものごとく、オリキャラが出まくります。

無駄に長くなりましたが、完結しました。


邂逅〈7〉


 久々に足を踏み入れた王都は、変わっていない所もあれば見たことがない建物が増えていたりもして、「懐かしい」という感情は想像していたほど込み上げてはこなかった。
 ここまで通ってきた街に比べて、行き交う人々の数も格段に違う。しかし、俺たちのことを気に留める者など誰一人として居ない。始めこそ、知り合いに出くわすかもしれないと落ち着かない気持ちでいたものの、歩みを進めるうちに「これだけ広い街なんだから、そうそう都合よく会うわけがないさ」という余裕すら生まれてきた。今まであんなに思い悩んで足を遠ざけていたのが馬鹿みたいだ。

 自分がここを離れている間も、皆は日々の生活に追われ続け、慌ただしい一日を終えるのに精一杯で。そのうち衛士の一人が失意のどん底で行方を眩ましたという些細な出来事など頭の片隅に追いやられて、やがて徐々に風化していく。
 誰かに見咎められたら、なんて自意識過剰もいいとこだ。自分が思っているほど周りの方は俺のことに構う暇なんてありはしないのに。フェルツも、ハイラも、もしかしたら、

「ああ……、確かに同期にそんな奴が居たね。名前なんだったっけ?」

ぐらいの記憶しか残っていないかもしれない。

 隣を歩く小さな主は、珍しくいつもより口数が少なかった。王都の雰囲気に圧倒されているのか。もしくは俺に気を遣っていたのか。
 キョロキョロ辺りを見回しつつ、子供のように俺の服の袖を力一杯掴み、「決して離すものか」と言わんばかりに強く荷物を抱える主。彼がそういう過敏な態度になるのも仕方がない気がした。大通りは賑やかで華やかな雰囲気そのものだが、細い路地には穏やかとは言い難い輩がたむろしているのがちらほら見受けられる。一体何を営んでいるのかよくわからない怪しげな店も昔より増えた感じだ。

「前はあんなんじゃなかったのにねえ。もっと、警備も行き届いててさ。俺らみたいな田舎者でも安心して歩ける街だったのに」

 いつだったか、酒場に居た客がそんな愚痴をこぼしていた。
 治安が悪くなったという噂は聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
 ……ずっと変わらない物なんて無いんだな。それが現実なんだ。

 長い長い橋を渡り、巨大な城を前にした時。
 その冷たい現実が再び容赦なく俺の前に立ち塞がった。

「えーと。市の許可証ね。はい、いいよー。通って通って」

 正門警備の衛士が、主の差し出した許可証を碌に見ずに俺たちを通そうとする。幸い、と言っていいのかどうか。その衛士も、詰め所に控えている数人も、俺の顔見知りの奴らではなかった。

「あ、あの。僕のほかに、もう一人護衛も中に入れて欲しいんですけど。だ、駄目ですか……? 許可証、無くしちゃったんだ……。一生懸命探したんだけど……」

 目に涙を潤ませながら、主が下手な演技を披露する。
 しかし、その努力も虚しく、

「あーいいよいいよー。構わないよー」

と、衛士の男は面倒臭そうに手をひらひらさせるだけだった。二人揃って、拍子抜けしたのは言うまでもない。

 門をくぐる前に荷物を検められることもなく。身につけている武器を調べられることもなく。振り返って詰め所に目をやると、中から下品な笑い声が聞こえてきた。今しがた会話をしていた衛士は呑気に欠伸をしている。仕事に手を抜いているのが丸わかりだ。

 いつから、こんなに警備が緩くなったんだろう。市の日はいつもより人の出入りが多いというのに、こんなんで大丈夫なんだろうか。
 いや。
 ここを離れた俺が、そんなことを気にしても仕方がないんだ。もう城とは関わりの無い人間なんだから。

 城下町と違い、さすがに城の中は以前と変わらないままだった。石壁に囲まれたひんやりとした空気。太い柱の影が延々と床に描かれている広い廊下。少し感慨に耽っていると、

「……なんか、じめっとしてて、僕が思ってたお城と違う……」

と言う主のぼやきが聞こえてきて、苦笑が漏れた。

 中庭では商人たちが店の準備に大わらわだ。この雰囲気も変わってなくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
 
 忙しなく動き回る人たちが珍しい品物を次々と並べ始め、時間が経つにつれてどんどん人の多さも増してくる。その人と物の波をかき分け、やっとのことで主の父親の店に辿り着いた。俺たちの姿を見つけるなり、父親らしき人物が駆け寄ってきて頭をぺこぺこ下げ始める。

 本当にうちの息子が世話になりまして。いやいや、我が儘で大変だったでしょう? 私も後から鳥文で知って、顔が青くなりましたよ。まさか一人で来るなんて思いもしなかったものだから。ほら、ちゃんとお前も礼を言わんか。だいたい幾らでこの方を雇ったんだ? 変に値切ったり、相場に合わないとんちんかんな値段を言ったんじゃないだろうな。まったくもう、お前ときたらいつもそうやって……。

 叱られているというのに、小さな主は父親との久々の再開に嬉しそうな顔をしていた。無事にここまで荷物を届けることができた達成感もあるのだろう。
 その顔を見て、やっぱり最後までついてきてよかったな、と改めて思った。

「まだ準備などでお忙しいでしょうし。報酬は、落ち着いてからで結構です。俺は適当に時間を潰してきますから」

「いえいえ、そんなわけには。すぐにお支払い致します」

「いえ、本当に。……少しこの辺りを見て回りたいので」

 恐縮している父親の横で、主が不安そうな顔を見せる。「一人で大丈夫……?」と、その目が語っていた。
 笑みを返し、

「珍しいお菓子でも買ってきてやろうか?」

と聞くと、主も笑いながら、

「そんなのより、あちこちでうちの店の宣伝してきてよ」

と俺を見送ってくれたのだった。


  ◇  ◇  ◇


 懐かしい風景を目に焼き付けておきたい気持ちももちろんあったが、それだけの理由で店を離れたわけではなかった。
 
 先ほどから気になっている人物が一人いる。
 杖をつき、おぼつかない足取りであちこちの店を見て回っている小さな老人。
 大きな荷物を抱えた商人がよろけた時に、素早い身のこなしで老人が接触を避けたのを、一瞬だけだが確かに見た。理由なんてわからないが、あの老人が足の弱い振りを演じているのは間違いない。

 老人は普通の客を装いながら、店の品物を眺めては、またふらふらと歩き出す。気にしすぎかもしれない、と思いつつも、一定の距離を保って動向を見張っていた。
 やがて、老人が人の群れから離れて中庭の隅へと移動し始める。老人の向かう先にはもう店は無いはずだ。少し小高いところへ続く階段があり、中庭を見渡せる場所なので警護の衛士が常駐しているはず。
 自分が城に居た時と状況が変わっていなければ、の話だが。

 正門の様子からして、この市もきちんと監視されているのか怪しいものだ。
 その証拠に、これだけ人が賑わっているというのに、あの目立つ衛士の白い服がほとんど見当たらない。中庭に近付いた時から、それが気になっていた。

 ……様子を見に行くべきだろうか。
 でも、あの老人は、ただ単に眺めの良いところに移動しただけかもしれない。
 また余計なことに首を突っ込んで、余計な騒ぎを起こしてしまうかもしれない。

 その場でしばらく思い悩んでいると、近くを歩いている客たちの雑談が耳に入ってきた。

「ねえねえ。今日、陛下もここにいらしてるって噂、聞いた?」

「うふふ。私、見たわよ、さっき」

「えー、いつの間に!? どこよ、どこで見たのよ、あんた」

「あっちの店。目立たない服だったけど、お付きの人っぽいひとも側に居たから、多分あの方がそうだったんだと思う。頭に布を巻いてたし。噂どおりの美男子だったし。とっても素敵なお顔だったわあ……」

「ずるいじゃないのよ、なんで教えないのよ。私だって見たかったのにー!!」

「あっ、ほら、あれあれ。あの方よ。青い服の……」

 そこまで聞いて、俺は咄嗟に近くの壁に身を隠してしまった。
 レハト様が。すぐそこに。
 振り向けばわかるぐらいの距離に。
 そう考えただけで、体が逃げの体勢を取ってしまうのを止められなかった。なりふり構わずに目の前にあった階段を一気に駆け上る。

 こうして心を決めて城に来てはみたものの、やっぱり直に会う勇気なんて出せそうもない。冷静に考えてみれば向こうが俺に気付くはずもないのに。何をみっともなく逃げ回っているんだ、俺は。
 それでも、どうしても階段を下りる気持ちにはなれなかった。

 情けなくてもいい。
 主が言っていた通り、叶うことなら遠目に姿を見るだけで……。

 そして辿り着いた高台で、先ほどの老人の姿が目に入った。
 老人は床に這いつくばった不自然な格好をしていた。最初は、具合が悪くて倒れたのだろうか、と思った。
 次に目に入ったのが、少し遠くに置かれている杖。
 杖は、取っ手の部分と柄の部分が別れて床に転がっていた。
 老人の手には細い筒のような物が握られている。
 仕込み杖。吹き矢。
 その言葉が頭に浮かんだ時には、既に体が反応していた。

 老人の手を蹴り上げて筒を遠くへ飛ばす。攻撃から逃れようとしている相手の背中に、思い切り体重を乗せて肘を打ちつけた。のけぞった老人からうめき声が漏れ、その時に服の隙間から見えた首元は、皺ひとつ無いつるつるとした肌だった。やはり老人を装った刺客だったようだ。偶然とは言え、犯行を未然に防ぐことができてよかった。

 自分の腰紐を外して、刺客の手首を拘束する。
 階下の様子を窺うと例の青い服の人物がのんびりと買い物を楽しんでいた。周りの物たちが騒ぎ立てたり遠巻きにしていない様子から、先ほど耳にした「陛下が市を見て回っている」という噂はまだそれほど広まってはいないのだろう。
 状況と位置からして、この刺客がレハト様を狙ったのは間違いない。改めて辺りを見回すと衛士の姿は一人も見当たらなかった。いったい何をやっているんだ、ここの奴らは。警備が緩すぎるにもほどがあるだろうが。

 さて、どうしたものか。
 刺客に馬乗りの状態で、俺はここから動けなくなってしまった。足を拘束する道具を持ち合わせていないし。こいつをこのままにはして置けないし。いつ来るかもわからない衛士を待ち続けるのにも限界が……。

 その時、 

「おい、そこで何をしている!?」

という声が背後から響いた。驚いて反射的に振り返ってしまう。 
 遠くて顔はよくわからないが、聞き間違えるはずがない。
 これは、フェルツの声だ。

 顔を見せてしまったことで、恐らく向こうも俺に気付いたのだろう。駆け寄ってくる足が少しの間だけ止まった。
 だが、すぐにフェルツは加速を増して近付いてくる。そして情けないことこの上ない俺は、またもやその場から逃げ出し、

「ちょっ……、おい、待てって! 待てってば!!」

という声を無視して、だいぶ距離を開けてから壁に身を隠した。

 ……何度同じことをすれば気が済むんだ。俺って奴は。
 レハト様からも逃げ出して。かつての友人からも逃げ出して。
 
 フェルツは刺客を拘束しているのか、それ以上近付いては来なかった。
 ほっと胸を撫で下ろして、その場に蹲る。

「……手紙、書けって言っただろうが。この馬鹿」

 しばらくして、刺客の居るあたりからフェルツのそんな呟きが聞こえてきた。その声に胸を打たれ、姿を見せるべきか少しだけ迷いが生じる。でも俺の足はやっぱり動いてはくれない。代わりに、返事をするちっぽけな勇気だけは何とか絞り出すことができた。

「……ごめん」

「俺に会いたくないってんなら、それでもいいよ。でも家族には連絡ぐらいしてやれよ、親不孝者」
 
「うん……」

「あー? 聞こえないなー? グレオニーだと思ったけど、やっぱり俺の気のせいだったかー? そこに居る人、気にしないでいいですよー、ぜーんぶ俺の独り言ですからー。ちっとも報せをよこさない薄情な奴の愚痴を、俺が勝手に吐いてるだけですからー。あー忙しい忙しい。ほら、とっとと歩けよ。武器はこれだけか? え?」

 刺客の怒鳴り声と共に、足音が遠ざかる。
 壁からこっそり様子を窺うと、ぼんやりとだがフェルツの背中と引きずられて行く老人の姿が見えた。

 本当に、ごめん。
 ありがとう。

 その背中に向かって、俺は何度も何度も同じ言葉を投げかけた。


  ◇  ◇  ◇
 

「あっ、いた! やっと見つけた!! もー、どこで何してたのさ、グレオニーさんってば。すっごい捜したんだからね!!」

 市が終わるまでどうやって時間を潰そうか、とぶらぶらしていたら、俺を見つけた主がいきなり腕をぐいぐいと引っ張ってきた。

「おい、あんまり大きな声で名前を呼ぶなって」

「そんなのどうでもいいから早く来てよ、大変なんだってば!」

「何が」

「あ、あのね。あのねあのね。お、おおお、おおお王様が、ぼぼぼぼぼ僕の、店に、父さんと、親しげに、お話してて、どどどどどうしよう。ねえ、どうしようグレオニーさん」

 早く早くと興奮した顔で急かしていたくせに、そう口にした途端に主は泣きそうな、困ったような表情に変化して、その場でじたばたし始めた。

「……レハト様が……?」

「さっきから、みんな噂してたんだ。今日は王様も市を見て回ってるって。お忍びっぽい感じで、青い服で、頭に布巻いてて、なんか、実は、王様ってば昔うちの店のお得意様だったらしくて、もう僕、何が何だか……」

 口を動かしながらも、主は力強く俺の腕を引っ張り続ける。
 まだ心の準備もできていないのに、とか。
 もう店には居ないかもしれないじゃないか、とか。
 そんな言葉で始めは抵抗したものの、騒ぎ立てる相手に根負けして止む無く主と一緒に店に向かった。
 店の裏に辿り着くと、壁代わりの布を通して中からぼそぼそと話し声が聞こえてくる。

「よかった、まだ居るみたい。ほ、ほら、グレオニーさん。ここから、ちょびっと、のぞいてみたら? ね? ね?」

 布を摘み上げて主が促す。
 誘惑に抗えず、逸る鼓動を抑えながら布の隙間から中を窺ってみた。

「いやー……。まったく以前の面影がありませんなあ。驚きましたよ、見違えてしまって」

「ええ、よく言われます」

「本当に、昔はよくご贔屓にしていただいて。いつも有り難く思ってました」

 主の父親とレハト様らしき人物との会話を聞き、そして店に並べられている品を目にして、必死に抑えていた鼓動が次第に速さを増していく。
 この店が、何を扱っている店なのか。
 そういえば今まで俺は主に聞いたことがなかった。
 主がいつも大事そうに抱えていた、父親に届けるための荷物の中身を見たことも無かった。

「今日もまた、前のように手袋をご所望ですか? 今も昔と変わらず自慢の品ですよ。いかがです?」

 並べられている品は革製品ばかり。
 父親が手袋を一つ手に取って、青い服の人物に勧めた。

 それは、俺がいま身に付けている手袋とまったく同じものだった。

 ここの店の物だったんだ……。
 思いがけない偶然に驚愕し、自分の手を見つめて力強く握り締めてしまう。
 あれだけ「うちの品は」「うちの品が」と何度も自慢を口にしていたのに、主はどうして気付かなかったんだろう。……まあ、こんなにボロボロじゃわからなくても無理もないか。

 ずっと肌身離さずに使っていたこの手袋は、俺がまだ城に居た頃にレハト様がくれたものだった。

「あのね、これ。グレオニーにって思って買ってきたの。使ってくれる?」

 息を切らして駆け寄ってきたレハト様は、そう言って満面の笑みで手袋を差し出してきたのだった。
 成人前で、まだ声も高くて。
 背丈も小さくて。
 そのレハト様が、今は男性となって自分のすぐ目の前に居る。
   
 ずっと背中を向けていた青い服の人物が、手袋を手にしてゆっくりと店内を見渡し始めた。
 自分の心臓の音がうるさく響く。
 頭に血が上っているのか、普段より視界がぼやけている気がした。固く結んだ口元に意図せず力がこもる。
 あともう少し、首を傾けたら横顔が確認できる。
 あと、もう少し……。

「み、見えた? どう? グレオニーさん、ど、どうなの? ねえってば」

 待ちきれなくなった主が、俺の背中をつついて問うてくる。

「……う」

「え? なに? なんて言ったの?」

「ちがう。あれは……レハト様じゃない」

 確かに布で額を隠していたけれど。
 横顔だけでもわかる噂どおりの美男子で、さっきの人たちが言っていたように青い服を纏って、威厳漂う優雅な身のこなしだったけれど。
 レハト様じゃないということは間違いなく断言できた。

 あの人じゃない。
 あの人じゃなくて……。

「えっ、ちょっ、グレオニーさん、待って待って」

 主の制止も聞かず、俺は布の隙間から店の中へと身を滑り込ませた。
 突然の闖入者に、父親と青い服の人物が驚いた表情を見せる。

「あ、戻られたんですね。息子が捜しに行ったんですが会いませんでしたか……って、ちょっと、どうされました?」

 父親の非難めいた声にも足を止めずに、俺は、店の入り口に控えていた緑の服の人物に近付いて行った。
 しゃがみ込んで店の品を興味深く眺めていたその人は、俺に気付くと、無言のまま瞳を大きくさせる。

 俺は、自分でも驚くぐらいに普通の声で話しかけることができた。

「……こんにちは」

「……こん、にちは……」

 青い服の人と同じように、その人も布を頭に巻き付けていた。
 後を追い駆けてきた主も、父親も、青い服の人物も、何が起こっているのか訳が分からず、混乱しているせいなのか一言も言葉を発さない。
 固まっている目の前のレハト様に向かって、俺は再び声をかける。 

「今日は、何をお求めに?」

「いえ、私は……そちらの方の付き添いで……」

 青い服の人に向けられていたレハト様の視線が、俺の手元に移って、そこで止まった。俺がつけている手袋に気が付いたようだ。
 何かを言いかけて、そして思い留まったようにまたレハト様は口ごもる。

「俺は店の者じゃないんですけど。ここの革製品はお勧めですよ」

「ええ、知っています……。昔、よく買いに来てました」

 以前のことを思い出したのかレハト様がようやく微笑んだ。
 その笑みに、昔の面影が少しだけ残っているのを見つけて、俺の中に安堵のような気持ちが訪れる。

「うん。やっぱりこれ、一つください」

 レハト様の細く白い指が、並べられている手袋の一つを指差す。
 事の成り行きを見守っていた父親が進み出てきて、

「ちょっと貴方には大きいような気もしますけど……よろしいんですか?」

と問うと、

「いいんです」

と、レハト様は短く言葉を返した。

「そんなにボロボロじゃ使いにくそうですから。これ、ご迷惑じゃなければ」

 そう言って、父親から受け取った手袋をレハト様が俺に差し出してくる。

 もしかしたら、レハト様なりの謝罪の気持ちなのかもしれない。俺は勝手にそう解釈して、品を受け取ろうと腕を伸ばした。
 だが、寸前でその動きを止める。

 こちらを見つめているレハト様の瞳の色は、当たり前だが成人前と同じ色だった。だが、その目線が。昔よりも近いことに俺の胸がずきりと痛んだ。
 広い肩幅。服の隙間から見え隠れしている喉仏。

 面影を残していても、やはりこの方はもう、俺の知っているレハト様ではないんだ。わかっていたはずなのに、こうして目の当たりにして改めて思い知らされた。

 うまく説明できないけれど。
 これを受け取ってしまったらいけない気がした。
 この偶然の出会いに感謝しつつも、だからこそ、この場で踏ん切りを付けなければと思ったんだ。

「……いえ。お気持ちだけいただいておきます」

「えっ、グレオニーさん、ちょっと、王さ……その人がせっかく……」

「ボロボロですけど、これが気に入ってるんです。すみません」

 俺の返事に、レハト様は少し悲しそうに目を伏せた。
 笑みを崩すことなく。大事そうに手袋を抱えて。

「そ、そろそろ戻りましょうか。なんだか長居し過ぎてしまいましたし」

 空気を読んだ青い服の人物が、レハト様の背中を押して帰還を促した。きっと、こちらが本物のお付きの人なのだろう。もしくは護衛の者なのかもしれない。しかしレハト様はその場に留まり、

「あの、また次の市にも出店されますか? 今日だけなんですか?」

と、店の主に問いかけた。
 次の市も、そのまた次の市にも、可能な限りここで店を開く予定だと父親が告げると、心底安心したような表情がレハト様の顔に宿る。

「また、必ず見に来ますね。今日はひと品しか買わなくてごめんなさい」

 二人の青年が店を去る間際。俺とレハト様の視線が重なった。
 もうこれで最後というこの時に、何と声をかければよいのか思い悩んだ結果、俺の口から出てきたのは、

「……ありがとう、ございました」

という言葉だった。

 わずかに首を振ったレハト様の瞳が濡れていたように見えたのは、俺の気のせいだったのかもしれない。


  ◇  ◇  ◇


「僕、やっぱり余計なことしちゃったかなあ……」

 店をたたんで親子と別れる際、俺の元主は俯きながら何度も呟いていた。
 そんなことはない。この仕事を引き受けたおかげで、俺はこうして気持ちの整理をつけることができたのだから。

 そう答えても、やはり小さな元主は納得できない顔をしていたのだった。

 できればこのまま、帰り道も護衛を続けてくれないか。
 父親に請われたのは嬉しかったが、

「申し訳ありません。この後、行きたいところがありますので」

と告げると、二人は名残惜しそうに何度も振り返りつつ城を後にした。
 やはりこの店の品は質が良い、という城での評判を手土産にして。

 二人の姿が見えなくなってから、その場で振り返り、元は砦であった大きな建物を見上げる。
 衛士を辞めて城を去った時は、こうして振り返ることすらできなかった。正しい方向かどうかはわからないけれど少しは前進できたのかなと思う。

 そうして巨大な城をしっかりと目に焼き付け、とある決心を胸にしてから、いま俺は城下町の宿の一室で机に向かっている。

「近々、帰ります。
      グレオニー」

 たったこれだけの言葉を書くのに、こんなにも回り道をしてしまった。
 突然帰ったら両親はどんな顔をするのだろう。
 今さら顔を出して何を考えているんだ、と兄たちにはこてんぱんに殴られるかもしれない。

 故郷での思い出が鮮明になるにつれ、自然と顔に笑みがこぼれてきた。
 筆を置いて、書き終えた手紙を何度も何度も読み返す。

 ひとことだけ綴った手紙を丁寧に折りたたんで、俺はすぐに文鳥を扱っている店へと向かった。

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