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護る剣、奪う剣 <3>

2013.03.09 (Sat)
女レハト衛士、グレオニーのその後の話。
他の登場人物はネタバレになるため伏せます。 こちら反転で他の登場人物→テエロ、トッズ


護る剣、奪う剣 <3>


 小さな広場で太鼓の音が響き渡る。音に合わせて子供たちが踊っているのを、少し離れた草むらに座りながら私たちは眺めていた。
 手拍子をし、跳ねまわり、手を握り合って軽やかな足踏み。笑顔をまき散らす子供たちを周りの大人が微笑ましく見守っている。
 そうやって踊り続ける子供たちを見ていると昔の記憶が甦ってきた。

「小さい頃、村でああやって踊ってたな。みんなで手を繋いで」

 あの時はまだ母がいた。笑いながら自分の動きを目で追う母。一緒に手拍子をする母。
 周りのみんなが笑っていた。大人も、子供も。
 それがなんだか嬉しくてたまらなくて、一生懸命張り切って飛び跳ねて踊った記憶がある。

「覚えるのが早いねって褒められて。そうか、あの頃からやっぱり体を動かすのが好きだったのかな」

「昔から素質はあったってことか」

「どうだろ。確かにいつも最後まで踊ってたのは自分だったけど」

 踊っているうちにやがて一人、二人と家へと帰ってしまい、寂しくて悲しかったのを覚えている。
 ずっとずっと、こうやってみんなで笑って踊っていられたら。そんなことをいつも考えていたなと思い出した。いつまでも踊り続けるなんてできるはずもないのに、と思わず笑みを浮かべてしまった時、急に彼に手を取られて思考が止まる。

「踊るか?」

「やだよ、恥ずかしい。子供じゃないんだから」

 自分の手を握ってグレオニーが微笑む。その視線が握られた手の方へと移り、手のひらをまじまじと見つめられた。

「……豆だらけなんだからあんまり見ないで」

「衛士らしい手になったなあと思って。あんなにぷにっぷにだったのにな」

 そう言って彼が手のひらを揉んでくる。くすぐったいから止めて、と笑い転げて逃げようとしたら急に何か手に違和感を覚えた。
 ……? 冷たい?
 彼が手を離すと同時に自分の指に指輪がはめられているのが目に入る。
 驚いて顔を上げ、彼の顔を見つめた。

「あんまり高価な物じゃないんだ。ごめんな」

 言葉が出ず、手を広げてゆっくりと顔に近づけてみた。石はついていないが綺麗な飾り掘りが施されている。女らしいとは言い難い自分の手に、なんだか不釣り合いな感じがした。
 黙って指輪を見つめたままの自分を見て、慌てて彼が言葉を続ける。

「いや、あの、ほら、今までこういうのあげたことないなって思って。そんな重い意味はないんだ。腕輪も考えただけど、剣振るとき邪魔だろうし。指輪なら鎖を通したら身に付けておけると……いや、下手な言い訳だな」

 目を伏せながら、自嘲気味に彼が笑う。

「逃げられたくなくて、誰にも盗られたくなくて、そんな小さな物でお前を縛りつけようとした……そういう気持ちも正直、あった。……最低だな、俺」

「そんな……」

「これだけ待たせておいて今までちゃんとこういう話したことなかったけど。でも俺は……そのつもりで、いずれきちんと申し込むつもりで、いるから。だから……」

 彼が真っ直ぐに自分を見つめてくる。囚われたように目を逸らすことができない。体が固まってしまったように動けなかった。
 いつの間にか太鼓の音が止んでいた。広場には他にも人はたくさんいたはずなのに、全てが無音になってしまったような錯覚に陥る。風の音すら、聞こえない。
 再び彼が手を握ってくる。力を込めずに優しく。まだ指に馴染まない指輪の冷たさを再び感じた。

「口約束だけでもいい。聞いておきたいんだ、レハトの気持ちを」


  ◇  ◇  ◇


 成人してから一年が過ぎ、ローニカが城を去ってしまってしばらく経った頃だ。心を許せる相手がまた一人減り、しかしいつまでもそんな弱音を吐いている場合ではない、と奮起する日々を送っていた。
 ある日、急に医務室に呼ばれ、どこも体調は悪くないのにと不思議に思いながらも言われた通りに足を運ぶと、予想だにしなかったことを突然言われた。

「裏の……護衛?」

 口から出てくる言葉が自分の声ではないような気がした。
 今、目の前にいる冷たい顔をした男は、全く表情も変えずに恐ろしい事を自分に告げてきた。確かヴァイルの御典医だったと記憶している。以前、何度か見かけたことがあった。

「護衛、といいますか。汚い仕事を全て請け負うという感じですかね」

「汚い仕事って……」

「密偵、暗殺、その他もろもろと」

 聞き慣れない言葉ばかりで頭が混乱する。暗殺って……。

「私に……人を殺せと? どうして? どうして私にそんな役目を……。ヴァイルが、言ったの? 私をその任に就かせろって……」

「いえ、あの方のあずかり知らぬ事です。私の独断で貴女を選びました」

「なんで……」

「理由はいくつかありますが。一つは貴女が女であるという事。女だと相手が油断しやすい。そして今、前例にないくらいこちらが人手不足であるという事。それで、まだ成人したばかりだというのに、腕が立つと評価されている貴女が即戦力になると判断しました。これが三つめ」

「即戦力……」

「身内がいないというのも理由になりますね。家族が居てはこんな事はとてもできません」

「……」

 そんな。そんなのは私のせいではないのに。何故そんな仕打ちを受けなければならないのか。
 皆に言えないようなそんな恐ろしい隠し事をして、澄ました顔をしながら裏で人を殺せと言うのか。
 言いたい事は山ほどあったが、声に出す事ができなかった。
 医士は淡々と言葉を続ける。

「徴を持つ貴女を加える事に反対の意見ももちろんありましたが、どうせ一生この城で飼い殺しの身なのです。使えるものは使って何が悪い、というのが私の考えだ。翁、貴女の前の部屋付きの者ですが。彼も固く反対するであろう事はわかっていたので、こうして去ってしまわれてから貴女を選任しました」

「……ローニカも関わっているの……?」

「関わっていた、です。統括する立場におられましたが、今は自分がその任を受け継いでおります」

「知らなかった……。そんなこと、一言も……」

 あの自分を気遣ってくれていた優しい笑顔の裏で、ローニカがまさかこんな事に関わっていたとは。彼の顔を思い浮かべてみたが、やはりとても信じられなかった。そんな様子は少しも自分に見せていなかった。
 統括、と言っていたが、そうやって自分にはなにも悟らせないほどに彼は卓越した能力の持ち主だったということなのだろうか。
 信じられない事を次々と聞かされ、顔が青ざめていくのがわかる。

「貴女はまず、感情を表に出さないよう訓練する事から始めたほうが良いみたいですね。そんなに起伏が激しいようでは使い物にならない」

「私は承諾した覚えはない!!」

 側にあった机を思い切り叩いて、私は叫んだ。
 一体なんなのだ、何が起きているのだ。
 また自分の意思とは無関係にするすると事が進んでいってしまう。この城の者はどれだけ人を振り回せば気が済むというのだ。
 怒りで体が震えてきた。握り締める拳に力が入る。

「まだわからないんですか? この話を聞いた時点で貴女に拒否権なんてないんですよ」

「な……!!」

「引き受けるか、死ぬか。これだけです。我々の存在を知って生きて逃げられると思ったら大間違いだ」

「……っ」

「ご心配なさらなくても、貴女がこの仕事を通して陛下と接触するようなことはまずありません。連絡係の者が成すべき事を貴女に伝えますから、ただそれに従っていればよろしい。しかし……先ほども言ったように少し鍛えていただく必要がありますね。指南する者を手配しておきましょう」

 事態はどんどん勝手に進む。本当にもう逃げられないのか。従うしかないのか。
 絶望的な気分になりながら、それでも自分はまだなんとか逃げ道を探そうとしていた。しかし物事がうまく考えられない。冷静に頭が働かない。

「本来ならば幼い頃から様々な訓練を受けていただくことが必須なのですが、まあ貴女くらい器用な方ならすぐに習得するでしょう。存分に徴持ちの威力を発揮してください。本音を言えば、私だって貴女を加えたくなんかはない。しかし今はそれくらい人が足りないんです」

「……」

「陛下に忠誠の意思がないと言うならばまた話は変わってきますが。そういうわけではないでしょう?」

「……もちろん」

「では、しっかりと働いていただきましょうか。連絡係の者も後で紹介します」

 話が終わりそうになる。
 嫌だ。
 このまま、ただ言う通りになるなんて絶対に嫌だ。

「人殺しなんてしたくない……。命を奪う剣なんて振れない!!」

「そうも言ってられない切迫した状況に陥っても、そんな甘っちょろい事を言うおつもりですか?」

「要は捕えればいいんでしょう? 命まで奪わなくても……」

「捕えた後の始末はどうするつもりです。自分だけ手を汚さずに高見の見物でふんぞり返って、他の者にやらせるのですか」

「……」

「どちらにせよ、今の時点で貴女にそんな任務は無理だ。せいぜい調査の助手をするくらいですかね。しばらくはそれと並行して訓練を受けてもらいます。そう簡単に死なれてはこちらとしても困りますので」

「人を殺す訓練なんて……」

「ひとつ言っておきますが。貴女が今まで振るってきた剣と、これから習得する命を奪うための剣。これらは全く性質が違うものです。私から見れば、貴女がた衛士の打ち合いなぞお遊戯みたいなものだ。実践でそれが通用すると思わないように」

 話は終わりです、と医士がその場を去る。まだしぶとく食い下がってやろうと立ち上がるも無視され、一人部屋に取り残された。自分の立っている場所が音を立てて崩れていく、そんな感じがした。
 もう今までのような普通の日々は戻ってこない。まっとうな道を歩む事はできないのだ。
 グレオニーの顔が思い浮かんだ。私は一生こんな秘密を抱えて彼と向き合っていかねばならないのか。そんな事が果たして自分にできるのだろうか。隠し通す事ができるのだろうか。
 頭を抱えて地べたに座り込む。この城で居場所を得ようとして腕を磨く事に励んできたのに。それがまさかこんな事になるなんて。
 そう思いながら、豆だらけの自分の手のひらを見つめた。
 これから血にまみれていくであろう自分の手を。


  ◇  ◇  ◇


 グレオニーに手を握られながら、そんな昔の事を思い出した。医務室で頭を抱えて一人座り込んでいた時のことを。
 汚れている私の手。人を殺した私の手。
 そんな手を愛おしそうに握って、彼は私を見つめて返事を待っている。
 こうなる事がわかっていたくせに、私は彼の側から離れることを選択しなかった。自分の気持ちを優先して彼の優しさに甘えた。人に言えないような事をし続けておきながら彼の前では笑顔を振りまいた。

「……レハト?」

 視界がぼやけてくる。声をかけられてから、自分が涙を流している事にようやく気付いた。
 私の肩に手を置いて彼が顔を覗き込んでくる。顔を直視できず、思わず俯いてしまった。

 そんなに優しくしないで。
 私は貴方が思っているような女じゃない。

 そう叫びたくなりながらも、もっとずるいことを心の奥底で考えていることに私はもう気付いている。

 もっと優しくしてほしい。
 自分を想って欲しい。
 私の側を離れないで。私だけを見ていて。

 自分の手を握り締めて指輪の感触を確かめた。
 私は罪を重ねながら、こうして彼の側に居ることを選んだ。それがこれからも同じように続くだけだ。今更逃げる事なんて許されない。彼からも、城からも。

 何よりも、彼から離れるなんて考えられない。

「ありがとう……指輪、大事にする」

 俯いたまま、私は小さく呟いた。肩に置かれた彼の手から安堵の様子が伝わってくる。

「ずっと肌身離さず持って……ずっと待ってるから」

 その私の言葉で彼がようやく微笑む。そのまま肩を引き寄せられて抱き締められた。顔を埋めた胸元から彼の匂いがする。思わずまた涙が出そうになった。

 ごめんなさい。ごめんなさい。
 こんなに想ってくれているのに。本当にごめんなさい。
 彼の体温を肌で感じながら、私は頭の中で何度も繰り返しそう唱えていた。

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