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証言

2015.12.05 (Sat)
ヴァイルを斬ってしまった衛士と、テエロのお話。
その他の登場人物は、別に隠す必要もないんですが伏せます(笑


平の衛士、その1の証言

 どんな奴だったって聞かれてもなあ……。そんなに話したことなかったし。
 なんか暗い奴だったんですよ。いつも一人で飯食って、訓練場でも一人で。ああ、一度だけ飲みに誘ったことがあったかな。そうだそうだ、飲めないからって断られたんだった。
 腕は……、まあ良くもなく悪くもなくって感じですかね。印象に残ってないから、そんなもんだと思います。打ち合いをしたこともないしなあ。

 だから試合に出るって聞いた時はびっくりしたんですよ。出世欲がありそうには見えなかったんで。

 脅されてた……?
 ああ、違います。あれはそんなんじゃなくて。僕も遠目に見てただけですけど。

「お前、このままじゃずっと平のまんまだぞ」
「度胸試しに一度出てみろよ。俺も出るから。一回戦でお前と当たったら儲けものだな」
「おいおい、あんまり無茶言うなよ。大勢の前でびびっちゃって泣いちゃったら可哀想だろ~?」

 そんな風に他の奴らにからかわれてたんですよ。
 たぶん、ですけど。みんな賭けをしてたんじゃないかなあ。あいつが試合にでるかどうかなんて、そんなことでもなけりゃ興味の対象にならないだろうし。

 馬鹿にされて意地になったのか。
 そろそろ本気で将来のことを考える気になったのか。

 僕は後者だと思いますけどね。試合直前に、廊下を歩いていた彼を偶然見かけたんです。これから初めての試合に出るとは思えないくらい、意外にも落ち着いた表情でした。足取りもしっかりしてて。

 案外いいところまで行くかもな。実力はあっても、それを表に出さない人だったのかもしれない。
 そう思っていたら、試合場に姿を見せた途端、あの怯えっぷりでしょう? 僕もびっくりしましたよ。まあ相手が相手ですからね。必要以上にぶるっちゃうのもわかるんですけど。

 やっぱり練習と実戦は別物なんですね。人って、極限まで緊張するとあんなにも我を失った動きになるんだなと思いました。あぶなっかしくて、素人みたいな剣の振り方で、心臓に悪いったらありゃしない。
 ヴァイル様の気迫が凄まじかったのも原因かもしれません。観客の歓声も物凄い状態だったし。それに呑まれて、余計に訳がわからなくなっちゃったんじゃないですか。

 僕が、同じ立場になったら……?
 そんなのわかんないですよ。あいつみたく、冷静さを失って無様な姿を晒すかもしれないし。頭はついていかなくても、身体が覚えててうまくヴァイル様に負けることができるかもしれないし。逆に冷静なつもりでいても、身体がいうことをきかないかもしれないし。
 
 結局、大したお咎めはなかったんでしょう? あいつにとっては、結果的には良かったんじゃないですか。試験には通ったかもしれないけど、やっぱり衛士には向いてなかったんですよ。万が一、この先反乱でも起きたとして、あんなあぶなっかしい奴の側で働きたくないですからね。

 どんな時でも、平常心を保てるか。
 剣の腕も確かに大事ですけども、わけのわからない面接に力を入れるより、そういうのを採用試験項目に加えたほうがいいんじゃないかと思いますね、僕は。


  ◇  ◇  ◇


平の衛士、その2の証言

 ええ、そうです。故郷が近いということで、俺はよく話し相手になってもらってました。と言っても、いつも俺の方から話し掛けるばっかりで、向こうからというのはなかったから……。内心、うるさい奴だって迷惑がられてたかもしれませんね。
 今は反省してます。親元を離れて、なかなか城での生活にも馴染めなくて、少しあの人に甘え過ぎてたかもって。

 家族、ですか?
 いや……、詳しくは聞いたことないなあ。あんまり自分のことを話さない人だったから。
 どなたか、恋人がいらっしゃるんじゃないかって思ったことはあります。休みの日に城下町に出かけるのを何度か見ましたし。一度、ご一緒しようと思って声をかけたら断られてしまって。あ、いや。恋人と会うから断ったとは限らないか。俺がどこでもくっついて来るのに嫌気が刺していたのかもしれないですね……。

 うわっ、思い出したら恥ずかしくなってきた。
 本当に俺、相当うっとうしくて気持ち悪い奴だったかもしれない……。

 下戸ではないはずですよ、確か。
 飲めないんじゃなくて、普段から敢えて飲まないようにしてるって聞いたことがあります。
 いつどこで、どんなことに出くわすかわからない。いざという時に酒に酔っていては剣が鈍ってしまうからって。
 その通りだよなあって、俺も酒を絶とうと試みたこともありました。強引な先輩方の誘いを断れなくて結局無理でしたけど。

 そう。意思の強い方なんだな、と思ったんです。
 確かに大人しい方で、周りと馴染もうとしなくて、影ではいろいろ言われていたみたいですけど。それを気にしている風でもない。黙々と仕事をこなして、鍛錬も怠ることがなくて、自分というものを確立してるっていうか。俺は、純粋に尊敬して目標にもしてました。
 それだけ自分を律している方だから、さぞかし剣の腕も凄いんだろうと思って。何度か打ち合いをお願いしたんですけどね。頑なに拒絶されました。

「そう簡単に、自分の手の内を見せるもんじゃない」

 しつこくお願いした時、一度だけそう言われたことがあります。
 手の内を晒して何が悪いんだろう。同じ衛士として働いている仲間なのに。ここに敵は居ないのに。剣を重ねることで、お互い見えてくることだってあるかもしれないのに。どうしてそんなにも周りを拒絶するんだろう。
 冷たく拒否されて落ち込みましたけど、あれももしかしたら俺を遠ざけるために言った言葉かもしれませんね。
 
 そんな人でも、寵愛者様が相手だとあんな風になっちゃうのかなあって……。正直、信じられない気持ちです。切羽詰まったら誰でもあれくらい取り乱すもんだよ、と友人にも言われましたけど。何て言うか……、俺には動転しているフリに見えたと言うか、演技っぽく見えたというか……。だって普段のあの人からは、あまりにも想像できない姿だったから。
 ヴァイル様を気遣って、少し大げさに弱そうな演技しているんだろうか。
 観客を盛り上げるために滑稽な演技をしているんだろうか。
 もちろん、ヴァイル様が大怪我された時点で、そんな考えは打ち消しましたけど。
 
 ……すみません、変なこと言っちゃいましたね。
 きっと、俺の気のせいです。忘れてください。

 でも、大きな処分にならなくてホッとしました。みんなは「あんな奴とはもう関わるな」「お前まで変な疑いをかけられたらどうする」なんて言うんですけど……。お世話になったのは事実だから。無かったことになんてできません。
 あれは事故だったんです。
 不運なことが重なってしまった、誰にも避けられようがなかった事故。
 こんなこと言うとヴァイル様には失礼かもしれませんが、誰が悪かったと言うわけでもないと思います。どこで何を聞かれても俺はそう証言しますよ。あの人は、故意に寵愛者様を傷付けるような人じゃない。

 城を出られる時、碌にご挨拶もできなかったんです。だから故郷に帰ったら会いに行こうかなと思ってて。
 俺なんかが行っても門前払いされちゃうかもしれませんけど。お礼だけはどうしても言いたいので。

 え? 俺の故郷ですか?
 ラムキントという街の近くで……。


  ◇  ◇


衛士頭の証言

 登城試験? ええ、確かに私は試験官の一人でした。
 なんだか、いつの間にか私が出向くのが恒例になっちゃいましてね。と言っても、採用するかどうかの決定権は上の人にあるわけで。私は、試験を受けに来た奴らの剣の相手をするだけですが。
 みんな忙しいし、余計な仕事を増やしたくないんでしょう。もう出世も望めないこんなオッサンに押し付けるにはちょうどいい仕事なんじゃないですか。万が一、ガキ相手に負けたりしたら格好がつかない。しかも怪我を負ったら今後の仕事に差し支える。強すぎず弱すぎず、且つ重要な仕事を任されていない暇そうな奴。ってことで、毎年私に白羽の矢が立ってるんだと思いますよ。

 私の唯一の取り柄が、記憶力は良いってことでしてね。まあ要領が悪いんで、それを仕事に生かせないのが皮肉なもんですが。
 試験中に相手をした奴らのことはほぼ覚えているんです。正確に言うと、顔は覚えていなくて動きを覚えている、と言ったほうが正しいですけど。
 
 粋がった奴やら、鼻息の荒い奴やら、緊張から震えてオドオドしてる奴、いろんなのが集まる中、彼は試験の時も物怖じする様子もなく堂々としたものでした。随分落ち着いた奴が居るな、と印象に残ってたんですよ。
 剣の腕ですか?
 すごく、やりづらい相手だったなあ。誰に教えを受けたのか知りませんが、何て言うか、こう、動きの予測がつかないって言うか。どんな人に鍛えてもらっていたんだと聞きたかったんですけど、試験中の余計な会話は禁止されていますし。

 試験を受けに来る奴ってのはね、だいたいみんな行儀のいい綺麗な型なんです。ここに来る前に、ある程度誰かについて剣を習ってきた者がほとんどですから。その流れで筋が良いと推薦されて、書類が城に届けられ、城に実技試験を受けに来る。大昔の話ですが、私もそうやって衛士になりました。衛士を長年勤めていたという先生に習ってね。
 自己流な剣の振り方をするような奴は、そういう環境で育ってこなかった。つまり、書類の時点でだいたい落とされちゃうんですよ。まあ、中には、腕はないけどコネだけで試験を受け来るどうしようもない奴もいますけど。

 彼は、綺麗な型というものからは程遠い動きでした。
 かと言って隙だらけというわけでもない。
 足のさばき方、構え方、視線。何もかもが、自分の予測しない方へ動く。確実に捕らえた、と思ったのに、のらりくらりとかわされている。
 説明しにくいんですけど……、そっちを見ているのにつま先が向こうを向いているのに、どうしてこっちから剣が来るのか、って言う感じの……。そんな顔しないでくださいよ。自分でも訳のわからないことを言っている自覚はあります。

 私は、彼に「可」の評価を下しました。
 それだけです。やりにくい相手だっただの、なんだのと、余計なことは上には伝えてません。「可」か「否」のどちらかしか私には発言が許されていませんから。後は実際に打ち合いを見ていた上の者たちが判断することです。

 そうなんですよ。書類の時点で落とされていないので、彼の出自は決して怪しいものではないんです。
 ……ああ、そうか。捕まった時に徹底的にそういうことは調べますよね、そうですよね。ええ、彼はとある貴族の私生児でした。私も後から気になって書類を盗み見して、それで知ったんですけど。
 
 成人後、父親の罪悪感からか何なのか、別の家の養子になったみたいです。まあ、よくある話ですね。これは推測でしかありませんが、やっぱり他人の家っていうのは居心地が悪かったんじゃないですか。それで剣の腕も良いから、と衛士の試験を受けに来た。もしかしたら、厄介払いのために実の父親が勧めたのかもしれない。

 衛士になって、皆に教えを受けて、あの予測不能な妙な型は彼の中からだんだん消えて無くなりました。それが良いことか悪いことかは、私にはわかりませんが。
 御前試合に出る様子がなかったので、一度聞いてみたことがあるんです。出世したいとは思わないのかって。長年、衛士頭止まりの私が言うなって感じですけど。でも返事を濁していたので、ああこれは親絡みかな、と思って。それ以上追及しませんでした。あまり目立つ行動をとらないよう、父親に言い含められていたのかもしれない。うっかり名の通った存在になってしまって、出自が露見したら父親的にまずかったんでしょう。

 実際、彼に鳥文が届いているのを何度も見ました。「父からです」と彼は言っていましたが。どちらの、とは聞けませんでした。恐らく実の父の方でしょう。手紙が届くたび、いつも沈んだ表情をしていました。返事もしょっちゅう出していたようですし、城での生活を逐一報告させられていたのかも。

 気の毒な話ですよねえ。そりゃあ食い扶持には困らないし、残してきたであろう母親にも仕送りができるぐらい給料は出るし、「衛士」という職は外聞もいいから、他人から見たら羨ましい環境なのかもしれませんけど。見張られていて、出世も望めず、かと言って身体に支障がある訳でもないのに辞めたら「城から逃げた元衛士」という汚点が一生ついて回る。城で飼い殺し状態ですよ。
 ご存じでしょうけど、衛士の復職率ってあんまり良くないんです。難関を突破して、あんなに良い職に在りつけて、それなのに辞めてしまうとは本人に何か問題があるに違いないって。コネだけで入って大した腕じゃなかったのでは、不祥事を起こして責任を取らされたのでは、って陰口を叩かれるみたいで。
 ど田舎まで行けば「元衛士様」と羨まれるんでしょうけど。一度、華やかな城での生活を経験してしまったらねえ……。田舎での生活に耐えられるかどうか。

 そうそう。話が脱線してしまった。
 彼は、そんな長年の鬱憤がたまって父親に逆らってみたくなったんじゃないですか。禁止されている試合に出て、「僕は父親の人形じゃない」と訴えてみたかった。そして意気込んで出場してみたものの、運悪く相手が寵愛者様だった。

 聴取の時も、彼は試合に出た理由を話さなかったんでしょう?
 だから全部私の想像でしかありませんけどね。
 まあ、暇なオッサンの妄想話と思って聞き流してください。彼を「可」と判断したのが罪だって言うなら、私もちょっと本気出して言い訳しますよ。


  ◇  ◇  ◇


貴族衛士の証言

 は? 娼館? 
 何なの、いきなり。医者先生もそういう所に興味があるの?
 意外すぎてちょっとびっくりなんだけど。

 はいはい、わかりましたから。そんな怖い顔しないで。
 ああ、あそこね。そうだよ、ちょっとしたコネがないと入れないんだ。気持ち悪い客お断り、貧乏な奴もお断りってなもんでね。いわゆる「高級」の部類に入る娼館。その分、やっぱり見栄えも中身も良い子が揃ってるよ。高いのもしょうがないって感じ。

 そこへ行くと、私は衛士っていうご立派な職だし?
 貴族だし?
 コネも金もありまくりだし?
 暇さえあれば通っているってわけでございますよ。あそこなら、あんまり城の奴らと出くわさないしね。

 そうなんだよ、だからあの人を見かけたときびっくりしたんだ。二、三回見かけたよ。慣れてる風だったから、結構頻繁に通ってたんだと思う。金がもつのかなあ、あんまり冴えない感じの人なのに、どんなコネを持ってたのかなあ、人は見かけによらないな、裏で何をやってるかわかったもんじゃない。って不思議に思ってた。
 っていうか、あの人が娼館に通ってたって先生よく知ってるね。私、関わり合いになるの嫌だから、誰にも喋った覚えないんだけど。そもそも、これ何の調査? あの人の処分はもう決まったんでしょ?

 いやあ、さすがに向こうも堂々と顔を晒して通ってたわけじゃないよ。変装してたし。パッと見、あの人だってわからないぐらいにね。それでも見破っちゃう私ってば、やっぱりただ者じゃないって言うか観察眼が……、いやいや先生、ちょっと、手当てを途中放棄しないでよ。私一人じゃ包帯巻けないんだってば。

 声だよ、声。
 新米の子が、運んでた酒をひっくり返しちゃってさ。で、驚いて思わず出ちゃったっていう感じの声に聞き覚えがあったの。
 新米の子は慌てて手袋を……、そうそう、その手袋も普段のあの人からは想像もできない高級そうなモノだったっけ。それを外してあげてて、ちらっと見えた手で確信した。ごつごつしてて、パリッとした貴族っぽい身なりとはちぐはぐな細かい傷のある指。

 場所が場所だから、もちろん声をかけたりしなかったよ。別に、知り合いっていう間柄でもないから。多分、向こうは私に気付いてなかったんじゃないかなあ。気付いてて知らんふりしてただけかもしれないけど。

 だからさ。金が必要だったんじゃないかなって。お目当ての子が居る、高級娼館に通うために。試合に出て、出世して、給料上げてもらおうとでも思ったんでないの?
 それとももしかしたら、既に金に困ってたのかもしれないね。借金が膨れ上がってたとか。
 だって、そこまで切羽詰まってないと、寵愛者様が出るってわかってる試合にわざわざ出たりなんかしないでしょ。

 あれ? そうだよ、衛士の間では寵愛者様が腕試しに出場するって、ちょっと噂になってたんだ。そのせいで、何人かは試合の前に出場を辞退したハズだよ。皆が皆、知ってたわけじゃないし、そんなまさかって信じない奴もいたみたいだけど。
 どこから聞いたって……、う~ん、これ言っていいのかなあ。
 侍従だよ。ヴァイル様付きの。実はその侍従、衛士と恋仲でさ。そいつが鼻息荒くして試合に出るってんで、侍従が慌てて止めたらしいんだ。で、そこからじわじわと広がって……。
 
 多分、あの人は知ってて出たんだと思うよ。噂が広まり出してから、なんか眉間にしわ寄せて、神妙な顔つきに磨きがかかってたもん。出るかどうかギリギリまで悩んでたんじゃないかなあ。
 他の奴らは、そんな様子に気付いてなかっただろうね。あの人、いつもぼっちだったし。私だって、娼館で見かけてなかったらあんな人のこと気にもかけないよ。

 だからさ。やっぱり金に困ってたんだって。きっと。
 もしくは、いきなり寵愛者様と当たることはないって高を括っていたか。
 それでぶち当たっちゃったもんだから、テンパッちゃったんでしょ。
 
 で、先生。なんでそんなこと聞くの?
 あの人、故郷に戻ってからも何かやらかしたの?


  ◇  ◇  ◇


 手の内を見せるな。
 これは、私が普段から翁に言われていた言葉だ。
 奇妙な動き。
 型にはまらない動き。
 城に来る前、奴に剣術を仕込んだのは、恐らく真っ当な人物ではない。

 もう少し、奴の身辺を詳しく調査してみる必要があると思った。

 そうして仕事の合間に単独で動き続け、さまざまな証拠を手に入れてから、奴の生家に赴いた。養子先ではなく、もともと母親と住んでいた家に戻っているらしい。あの衛士頭が懸念していたように新たな職に就くこともできず、母親が稼いでくるわずかな金で生活を続けているようだ。

 しかし、私が奴の家に辿り着いた時。既に母親はこの世の人ではなくなっていた。
 昨日葬儀を終えたばかりだ、と元衛士の男は言った。


  ◇  ◇  ◇


 母の死因は、事故ということで片づけられたみたいです。そんなもの、端から信じてませんがね。殺されたんですよ。ええ、僕の実の父に。直接手を下したのは他の人物でしょうけど。次は僕の番です。明日来るか、明後日来るか。きっと、そう遠くないうちに母の後を追うことになるでしょう。

 貴方を見た時、てっきり父が寄こしてきた人だと思ったんですが。
 そうですか。違うんですか。
 ああ、思い出した……。城で医者を勤められていた方ですね。
 
 そうです。仰る通り、僕は、とある貴族の私生児でした。
 貴族と言っても、名ばかりで。領地も無い、何か秀でた能力があるわけでもない、矜持だけが聖山の如く高い貧乏貴族です。
 父は、僕を認知しませんでした。生活に必要な金を工面してくれるわけでもない。母と二人でずっと細々と暮らして、それでも僕にとっては穏やかな日々でした。

 何もかも、僕が成人間際になってから動き出したんです。
 篭りに入る前。僕は父と初めて対面しました。そして男を選ぶように懇願され、篭りを終えると有無を言わさず養子に出され、父の連れてきた方に剣術を習うようになりました。
 それから父は頻繁に顔を見せるようになって。剣術の師に褒められると、父もとても嬉しそうな顔をするんです。
 
「お前が衛士になってくれたら、父さんも安心だ」

 始めは戸惑いましたよ、もちろん。それに、ずっと私たち親子を放っておいて今更何を、という怒りもありました。けど、心のどこかで、「父の望む通り、衛士になれたら少しは私のことを認めてくれるのかもしれない」という気持ちもあったんです。
 それに、今まで苦労してきた母に楽をさせてやりたかった。一人、家に置いてけぼりにされた母を安心させてやりたかった。
 そうして、私は父に勧められるまま登城試験を受けました。

 その顔からして、先生は既に何もかもご存じなんですね。
 父は……、俗に言う反ランテという部類に入る貴族でした。僕は城に送り込まれたスパイです。普通の手紙を装って城の様子を逐一父に報告し、時には娼館を使って連絡を取り合っていました。
 恐らく、ですけど。父はそんなに顔の広くない弱小貴族ですので、仲間と言えるような者はごくわずかだったと思います。だからこそ、試合に乗じてヴァイル様を殺める、なんていう頭の悪そうな杜撰な命を下してくるんですよ。それに逆らえなかった僕も僕ですけど。

 あの試合の、組み合わせを決めた進行係。
 あれも父の息がかかっています。だから、僕は一回戦からヴァイル様と当たることができたんです。

 うまくいくはずがない。ここでヴァイル様を殺めても、僕には何の益もない。「後のことは心配しなくていい」「全てうまく取り計らってやる」「処刑になどならず、疑われず衛士を辞めることができる手はずになっている」。そんな言葉、どこまで信用できることやら。

 そうわかっていても、ヴァイル様と実際向かい合うまで、僕は本気でやり遂げるつもりでいました。逃げ出したところで、報復の対象が母に向けられる可能性もありましたし。そもそも父からは逃げられないとわかっていたから。
 でもやっぱり、間際で躊躇してしまったんです。あの方を、何の罪もない継承者様を殺すことなんてとてもできなかった。その迷いと混乱で、割れんばかりの歓声に頭の中を掻き回されている感覚になって、それで……。
 すみません。実は、よく覚えていないんです。気付いた時には、目の前でヴァイル様が肩を押さえて倒れていました。

 父が手を回していたかどうかはわかりませんが。僕は故意ではなかったと証言し続け、処刑されずに衛士を辞めることができました。

 もちろん、事を失敗したので父は憤慨しています。
 このためにお前を衛士にさせたのに。大金を使って、養子に出して優秀な師をつけたのに。もったいないことをした。この役立たずめ。今まで、どれだけの金と時間をかけてきたと思っているのだ。これだから庶民の血が混じっている奴は。取り柄のない母親の腹から産まれたお前も、やはり能無しだ。お前なんぞに期待した私が馬鹿だったわ。
 それはもう、長時間に渡って罵倒され続けました。

 城から遠く離れた田舎に住む場所を用意する、それまで家で大人しくしていろ、と命令されまして。無論、大人しくしているつもりなんてありません。母と逃げる準備を整えていました。最初からそうしていればよかった、と後悔しながら。でも僕の行動なんて父には筒抜けだったんです。母は、体中から血を噴き出して突然亡くなりました。農薬か何かを誤って口にしたのだろうと言われましたが、農薬でこんな症状が出るなんて聞いたことがありません。

 先生。ここへは、私を始末しに来たのでしょう?
 駄目ですよ、そんな辺り構わず殺気を放ちまくっては。目的を遂げる前に、誰かに気取られてしまいますよ?
 医士という立場の貴方が、何故そんな役回りをされているのか、深くは追求しませんが。
 
 お願いです。
 最期の最期まで、父の思い通りになりたくない。
 貴方の手で私を殺してください。
 もう父の存在に怯えながら生きていくのはまっぴらです。でも意気地のない僕は、自ら命を絶つ勇気すらないんです。

 お願いします。
 先生、どうか。


  ◇  ◇  ◇


 動向を探れ、とは言ったが。殺せとは命じておらん。
 どうするつもりだ。口を割らせることができなくなったではないか。

 翁。先ほどから何度も言っておりますように。
 私には何のことだか、さっぱりわかりません。

 よりによって、あんな目立つ方法で……。しかも母親まで……。
 秘密裏に事を運べと言ったはずだ。
 
 ですから。あれは私ではありません。何を勘違いしておられるのですか。
 私が行った時には、既に息絶えていたのです。これ以上、疑うのはやめていただきたい。

 ……。

 お話はそれだけですか?
 では、私はこれで。

 待て。

 ……何でしょう。
 
 二度目は、ないからな。
 また今回のように勝手な行動を取れば、どうなるかわからないお前ではないだろう?

 反抗して逃げたら、翁が追い駆けて来てくださるんですか?

 そうかもな。

 追い詰められたら、翁自信の手で始末されるというわけですか。
 
 かもしれないな。

 ならば、それこそ本望です。貴方の手にかかって死ぬなんて夢のようだ。
 ご安心を。本当に、あれは私ではありません。
 ……ただ、少しばかりの手土産は置いてきましたがね。

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