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護る剣、奪う剣 <4>

2013.03.13 (Wed)
女レハト衛士、グレオニーのその後の話。
他の登場人物はネタバレになるため伏せます。 こちら反転で他の登場人物→テエロ、トッズ


護る剣、奪う剣 <4>


「レハト様、場を外したほうが……」

 訓練場で剣の手入れをしていたら、急に耳元でそう囁かれた。顔馴染みの衛士が遠くに視線を向けつつ自分の横で顔を曇らせている。
 同じ方向を見てみると、前から私にいろいろと難癖をつけてくる貴族衛士がやってくるのが見えた。いつものように後ろにぞろぞろと取り巻きのおまけつきだ。

「もう手遅れだよ。今ここから去ったら去ったでまた何か言われる」

「ですが……」

 そうこう言ってるうちに既に貴族衛士は自分の側まで距離を縮めていた。忠告してくれた衛士が慌ててその場を走り去る。
 貴族衛士は気持ちの悪い不愉快な笑顔を自分に向け、座っている私を見下ろしながら仰々しい挨拶を述べてきた。

「これはこれは、レハト様。ご機嫌麗しゅう」

「どうも」

「相変わらずお強くていらっしゃるともっぱらの噂ですよ。なんでもこの間は長々と衛士頭殿をいたぶっておられたとか」

 下品な笑いが響き渡る。この男は剣の腕は大したことがないくせに、嫌みを言う能力にかけては右に出るものがいないのではないか、と囁かれるほど口がよく回ることで有名だった。自分が城に来てから、彼は顔を合わせる度に気が滅入るような言葉をいつもぶつけてきた。毎回適当にあしらっていたのだが、向こうはめげずに自分の姿を見つけては追いかけてくる。言葉とは裏腹に、実は私の事が好きなのではないかと思うほどだ。
 
「それだけお強くて額には輝く御徴をお持ちなのですから、次の衛士長はきっと貴女になるのでしょうなあ。どうなんです? 実はもう既にそんなお話がきているのではないですか?」

「いや、そんなことはない」

「何も隠さなくてもよいでしょう、おめでたい事なのですから。ああ、それとも。もしかして衛士頭殿に遠慮して断っていらっしゃるのですかな?」

「だからそんな話は私には来ていないって」

「お強いとは言ってもやはり女性であられるのですねえ。愛のために地位をお譲りになるとは。いやはやなんとも」

 貴族衛士の後ろに控えている取り巻きどもから下品な笑いが起きる。運悪く今この訓練場に居合わせてしまった他の者たちは、遠巻きに自分達のやりとりを見守っていた。
 毎度のことながらいいかげん辟易してくる。相変わらず話が通じない男だ。まるで私が断ったから仕方なくグレオニーに話が回ってきたような言い方ではないか。

「そんな言い方は彼に失礼だ。私に話はきていないと言っているだろう」

「おやおや。私はただ……」

「そんなに誰が衛士長になるのか気になるなら、貴方が立候補してみては?」

 しまった。グレオニーが侮辱されたようで頭に来て、つい嫌みで返してしまった。
 いくら貴族といえども、この男が衛士長になるなんて周りの湖が干上がっても有り得ない。それほどこの男の剣の腕はひどいものなのだ。御前試合ものらりくらりと理由をつけて、出場したところなんて見たことがない。どうやってここの衛士になれたのか、城の七不思議の一つだと皆で噂しているくらいだ。

「ほう……レハト様は私が衛士長になるに相応しいと。そう仰るのか」

「……」

「ならば今、ここで剣を合わせてみましょうか。相応しいと仰るのであれば、私と貴女は実力にそれほど差はないということになりますな」

 どうせ、ここで彼を打ち負かしてもぐだぐだとまたうるさく言われるに決まっている。こんな大勢の前で恥をかかされるのだ。彼が負けて黙って引き下がるとはとても思えない。
 自分が原因とはいえ面倒な事になってしまった。ここは大人しく引き下がったほうがいい。
 溜息をつきそうになるのを堪え、しおらしく謝ってこの場をやり過ごそうとした。だが、急に腕を掴まれて乱暴に地面に引きずられる。避けることも当然出来たのだが、却って怒りを募らせる行為だけだと思い、されるがまま彼の狼藉に抵抗せずにいた。周りから小さな非難のざわめきが上がる。

「さあ。剣を取られよ」

 もう謝っても簡単に事が済むとは思えなかった。こうやって自分に直接手を出してくる時点で、嫌みを言うだけの普段の彼とは違うのがわかる。実際、先ほどまでの澄ました顔とは違い、彼の顔は怒りで真っ赤になっていた。自分の迂闊な一言が予想以上に彼の怒りを買ってしまったようだ。

 仕方がない。相手の怒りが収まるようにうまく負けてやろう。
 そう思って訓練用の剣を取ろうとしたが、

「そんな玩具で勝負されるおつもりか。盾なども必要ない」

と、遮られた。
 さすがに取り巻き連中も慌てて止めようとしたが、暴走している彼は止まらない。既に貴族衛士は訓練用ではない光り輝く剣を鞘から抜いていた。止めようとした取り巻き連中にその剣を振り回し、追い払ってから私の喉元に剣を向ける。怒りのせいなのか臆病な気持ちが出てしまっているのか、剣の切っ先は震えていた。

「さあ、どうされた。素手で勝負されるおつもりか。それはそれでこちらは構わないが」

 駄目だ。相手は目が血走っていて完全に自分を見失っているように見える。これ以上騒ぎになってはまずい、と判断した。人が増える前に、誰かを呼ばれてしまう前にとっとと終わらせたほうがいい。
 壁際に放置されたままの自分の剣のところまで歩くと、遠巻きに見ていた皆が道を開けた。関わり合いになりたくないのか、誰も口を開かず止めようともしない。
 柄を握り、彼の方へと近づいて剣を構える。手入れの途中だったのであまり使いたくなかったのだが、そんなことも言ってもいられない。

「いざ!!」

 彼が突進してきて剣を振る。右、右、左と攻撃をあしらう。
 なんて鈍くさい剣だ。これではわざと負けるのにも苦労する。しかしぐずぐずしている暇はない。次の大振りが来たらうまく剣を落としてさっさと負けてやろう。

 剣が派手な金属音を立てて重なり合う。そのまま相手が距離を縮めてきた。見たくもない顔が自分の目の前に迫ってくる。

「徴を持っているというだけで偉そうに。お前の力なんぞ、全部その徴のおかげに決まっている」

 力を込めて剣を弾く。再び距離があいたが、間髪いれずに相手が剣を大きく振り上げて突進してきた。
 彼が狙った所に剣を持っていき、うまく当ててうっかり落とした振りをする。得物が地面に転がり、そのまま尻持ちをつき片手を上げて降参の意を伝えた。

 しかし彼の動きは止まらなかった。
 
 周りから悲鳴が上がり、今にも振り下ろされそうな剣が頭上で光る。
 咄嗟に横に転がってそれを避けた。
 地面についた手の先に自分の剣の柄の感触がある。迷わず剣を握り、振り向いて次の動きに備えた。
 再び自分に向けられる攻撃を避け、腕を伸ばして剣を突く。首だ。

 いや、違う。
 首じゃない。
 首じゃ駄目だ。胴に……

 勢いのついた剣はもう止まらない。剣の先は相手の首に触れ、そして……。
 貴族衛士が首を押さえてよろけながら倒れる。倒れた場所から地面に赤い染みがどんどん広がっていった。
 周りが騒然となる中、私は剣を握ったまま倒れている相手をただ見つめていた。


  ◇  ◇  ◇


 部屋の扉を叩く音がして、遠慮がちな声が聞こえてくる。

「レハト、入るぞ」

 グレオニーが部屋に入ってくる気配がした。寝台の上にうずくまっている自分に足音が近づいてくる。

「手当てが早かったから命に別状はないみたいだ。出血が多かったから完治まではしばらくかかりそうだけど」

 返事をしない自分に、彼は溜息をついて言葉を続けた。

「正当防衛だったって、あの場に居た皆が証言してるよ。お咎めもなさそうな様子だし。……元継承者様に刃を向けて打ち合いを強制した不届き者って方向になってる。あの人、前から評判良くなかったしな」
 
 違う。
 正当防衛なんかじゃない。あんな奴の攻撃なんか余裕で避けれるくらい実力の差があった。

「気にするな、とは言わないけど。あんまり自分を責めるなよ」

 自分を責めている? そうなのだろうか。私はあいつに怪我を負わせた事でこんなに落ち込んでいるんだろうか。
 違う。
 私は確かにあの瞬間思ったのだ。ざまあみろ、と。
 いつもいつも勝手に私を目の敵にして下品な笑いや言葉で責め立ててくる。追い払っても執拗に何度も何度も。
 いい加減うんざりしていた。徴を持ったからなんだというのだ。望んでこんなもの持って生まれてきたわけではない。今までの自分の努力も徴ひとつで片づけられた。それが、許せなかった。
 そうだ。私は反省なんかしていない。いつか酷い目に合わせてやると心のどこかで思っていた。

 私は……自分の咄嗟の判断に恐怖を感じた。ただそれだけだ。それでこうして動けないでいるだけだ。
 あの時迷わず首を狙っていた。急所だ。
 体が人を傷つけることに、殺すことに馴染んできてしまっている。だんだんと躊躇なく武器を振り回している気がする。命を奪うなんてと普段思いつつも、任務で実際に人を仕留めた時に一瞬感じるあの達成感はどうだ。自分の感情に身震いさえする。
 私はこのまま、心まで殺戮者になってしまうのだろうか。

「レハト……?」

 一言も口をきかず動きもしない私の肩に、彼がそっと手を置いた。
 途端に、寒気がした。こんな汚い自分に触れたりなんかしてはいけない。彼の手まで汚れてしまう。

「触るな……っ!!」

 乱暴に彼の手を振り払ったが、彼は強引に自分の腕を取って抱き寄せてきた。
 抵抗して彼の腕の中で滅茶苦茶に暴れる。駄目だ。触っちゃ駄目だ。見ないで、お願いだから私を見ないで。
 訳のわからないことを喚いて暴れる私を、彼は強い力で抱え込む。

「おい、落ち着け。落ち着けって!!」

 両手首を拘束され、俯く私に彼が静かに言葉を続けた。

「こんな職業なんだから俺はいつでも覚悟してるよ。俺だけじゃない、皆そうだ。怪我を負ったり負わせたり……運が悪ければ命の危険だってある。武器を扱ってるんだから、こんな事故はいつでも考えられることだろ?」

 違う。そうじゃない。私が思っているのはそんなことじゃない。
 でも何を思っているかなんて言えるはずもない。

「……例え、お前が人の命を奪ってしまったような状況になっても責めたりなんかしないよ。そうせざるを得なかったんだって、きっと思う」

 そんなことを言えるのは、本当の私を知らないから。
 知ってしまったらそんな言葉が出てくるわけがない。

「むしろ、躊躇したせいでお前が居なくなるようなことになったら恨む。あんなに腕が立つくせに、なんで剣を振るわなかったのかって。なんで仕留めなかったのかって。……だから、これだけ言わせてくれ。お前が無事でよかった。……本当に、よかった……」

 そう言って彼はまた私を抱き締めた。彼が、震えているのが伝わってきた。
 どうして、どうしてそんなに優しいの。こんな私にどうして優しくしてくれるの。
 戸惑いながら、私も彼の背中に腕を回す。
 いつもこうだ。結局また、こうして私は彼の優しさに甘えるのだ。いったい自分はいつまでこんなことを続けるつもりなんだろう。彼のためにならないとわかっているくせに。
 そう思いながらも私は体を引き離すことすらできずに、いつまでも彼にしがみ付いていた。


  ◇  ◇  ◇
 

 頭の中に声が響く。
 躊躇するな。迷うな。
 あのおぞましい訓練の日々が思い起こされる。夜になるといつもこうだ。
 振り払おうとしても、頭の中の言葉は消えてくれない。次々と自分に襲いかかってくる。
 まず目か喉。その次に足だ。動きを止めろ。
 下がるな、横だ。背後は必ず死守しろ。
 違う、腰を落として狙え。素手じゃない、何かを巻いてから殴れ。
 腕を伸ばせ。腰を入れろ。目で距離を測れ。
 刺した剣は抜くな。血を流すな。痕跡を残すな。
 吐く暇があれば動け。

 音を立てない歩き方。
 建物への侵入の仕方。
 毒薬の扱い方。
 気配の殺し方。

 無理やり詰め込まれた。出来なければ死が待っていたから。

 お願いだ、見逃してくれと自分に懇願してくる男。
 絶対に喋らねえぞと自分に噛みついてくる男。

 心を殺して、何も考えないようにしながら私は任務をこなし続けてきた。
 終わった後は何度も何度も水を浴びた。それでも体中に何かがこびりついた感じは決して消えることがなかった。
 一つ仕事をやり遂げる度に、何かが重くのしかかってくる。

 恨んでやる。山へなんぞ登らずにずっとお前にとり憑いてやる。
 お前を魔の国に引きずり込んでやる。まともな死に方ができると思うな。

 体中から血を流しながら私に寄り掛かかり、そう言って死んでいった奴もいた。
 お迎えはいつまで経っても来ない。魔の国にすら自分は拒まれているらしい。

 時間だ。
 暗闇の中、私は身支度を整えて出かける準備をした。


  ◇  ◇  ◇


 扉を開けると賑やかな笑い声が自分を出迎える。酒場は相変わらず混雑していた。
 店に入るとすぐに店主と目が合い、目線で隅の空いている席に促された。椅子に座り、酒と杯を手にした店主が近づいてくるのを肘をついて大人しく待つ。

「なんかこの間、へまやらかしたんだって? あんまり目立つようなことすんなよ」

 店主が酒を注ぎながら話す。先日の貴族衛士のことを言っているのだ、としばらくしてから気付いた。

「なんで知ってるの」

「余計な仕事を増やされたって、誰かさんがいつものようにねちねち言ってたのを聞いたんだよ」

「……」

「ほら、これ次の標的」

 そう言って、店主は小さく折りたたんだ紙を渡してきた。溜息をついて紙を受け取る。
 店の中は酒に酔った連中の会話で騒がしく、隅の方にいる私たちの会話を気にする者などいなかった。町の人間にかなり人気のある店のようで、ここの様子はいつもそんな感じだ。密談にはもってこいという訳である。
 紙に書かれている内容を確かめようとしたが、店主が自分をじろじろと見ているのに気付いた。

「……なに」

「いや、あんたもだんだん顔つきが変わってきたなあ、と思ってよ。最初はこんな奴がちゃんと務まるのかって心配したもんだが」

「そんなこと言われても全然嬉しくない」

 紙を広げて、ざっと中身に目を通す。人手不足だとは聞いていたが、その問題が解消されるどころかどんどんこき使われる頻度が増してきている気がする。言っても仕方のないことだとわかりつつも、口からつい愚痴がこぼれてしまった。

「……なんか最近多くない? しょっちゅうここに呼び出されてる気がするんだけど」

「代替わりしてから、やたらと目を光らせて張り切ってるのさ。ありゃ陛下に惚れてると俺は見たね。道ならぬ罪深き恋ってやつか?」

「そんなこと言ってたら店中の酒に毒を盛られるよ」

 紙に書かれた文の中に見覚えのある名前を見つける。これは確か……。

「このメーレって、あの貴族の?」

「そう。そいつに雇われている奴が、ここんとこしきりに城の周りをちょろちょろと嗅ぎ回ってる。何が目的かは知らねえが」

 捕えて口を割らせろ、ということか。
 紙を手の中で握り潰して上から少量の酒を垂らす。文字が滲んで解読不能になったのを確認してから、残りの酒を口に運んだ。
 特徴は覚えた。後は実際にぶつかってみてからだ。臨機応変に対応することに慣れていないと、こんな仕事は務まらない。
 急に店主が身を乗り出し、声をひそめて囁いてくる。

「相当の手練れらしい。……実はもう何人かしくじってる」

「これからますます忙しくなるというわけ?」

「まあそう言うなよ。お前がしくじるとは思えないけど、でも油断するなよ」

 うんざりしながら美味しくもない酒で喉を潤す。普段から何があっても素早く対応できるよう、できるだけ酒は口にしないように気を付けていた。美味しく感じられないのは飲み慣れていないせいもあるかもしれない。
 ここに来た時は、不自然に見えないように酒をちびちびと飲みつつ、適当に時間を過ごしてから城に帰るようにしている。そうやっていつものようにぼんやりと杯を手にして店の中を眺めていると、店主が突然自分の方へと腕を伸ばしてきた。

「おい、なんだよこの指輪」

 鎖を通して首に掛けていた指輪を触られる。間髪容れずに、ぴしゃりとその手を叩いた。

「触るな」

「余計なもん身に付けるなよ。いざって時に落としたらどうする。……ああ、前に連れてきたあの兄ちゃんからか?」

 以前、グレオニーをここに連れてきたことがあった。もちろん、その時はこの店主と会話を交わしたりなどしなかったのだが。

「まだ続いてたのかよ……。テエロさんにばれたら面倒な事になるぞ」

 彼の有り難い忠告にも返事をせず、酒を飲んで無言を貫いた。やがて肩をすくめて店主が席を離れていく。

 落としたりなどしない。自分はそんなへまはしない。
 指輪を手で握り締めて、そんなことを頭の中で呟く。
 知っているのか、ただ単に興味がないのか。テエロがグレオニーの話題を振ってくることは今まで一度もなかった。自分は言われた通りに、いやそれ以上に仕事をこなしているのだ。これ以上、余計な口を出される謂れはない。何かを言われたところで素直に従う気ももちろんないのだが。

 そろそろいいだろう、と判断して貨幣を置いて店を後にする。
 頭に巻いた布をきっちりと縛り直し、私は城へと足を向けた。

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