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護る剣、奪う剣 <5>

2013.03.13 (Wed)
女レハト衛士、グレオニーのその後の話。
他の登場人物はネタバレになるため伏せます。 こちら反転で他の登場人物→テエロ、トッズ


護る剣、奪う剣 <5>


 木の上に身を潜め、辺りの気配に神経を尖らせる。夜が訪れる度に移動しながらこうして城の様子を見張っていたが、例の標的の男はなかなか姿を現さなかった。
 警戒しているのか、諦めたのか。それとも目的を達成してしまったのか。
 今日も見つからなかったら、あの酒場の店主に一度報告したほうがいいかもしれない。

 また少し移動してみようと近くにある城壁に手を掛けた。微かな違和感がある。石壁に傷が何本かついていた。
 こんな亀裂は昨日まではなかった。普通の人間がこんな高い場所に痕跡を残せるとはとても思えない。

 いる。もう奴は既に侵入している。

 場所を変えるため木から音を立てずに降りた。片っ端から、しらみ潰しに探してみるしかない。
 ……そろそろ巡回の時間だ。慎重に動こう。
 私はまず裏庭へと足を向けた。


  ◇  ◇  ◇


「ぐ、グレオニーさん……」

「なんだ?」

「お、お腹……痛い……かも……」

 夜間巡回の途中で一緒に歩いていた部下がお腹を押さえて歩みを止める。顔が青白く、足が内股になっていた。
 巡回前の食事の時に、この部下がものすごい量の料理を並べていたのを思い出す。食べ過ぎると眠くなるぞと忠告したにもかかわらず、大丈夫です、とこの部下は食べる手を止めなかった。どうやら今日の食事の内容は彼の大好物だったらしい。

「お前なあ……だから言っただろ。体調管理は基本中の基本だぞ」

「す、すみません……」

「医務室行ってこい。一人で行けるか?」

「はい、行けます、けど……代わりの者は……」

「いいから気にするな、なんとかなるから」

 再び、すみません、と連呼して部下が体を折り曲げながら走り去る。
 危険を避けるため基本的に巡回は二人以上と決まっている。だがもう回るべき場所は少なかったし、ここから代わりを呼ぶのも面倒というのもあって、このまま一人で見回りを続けることにした。後は裏庭だけだ。
 激しい戦いを繰り広げていた昔と違って、夜襲などというものがあるわけでもない。こうやって見回りをしていても何か危険な目に遭うことはまずないと言ってよかった。もちろん、だからと言って気を抜いて良いという理由にはならないのだが。

 いや、こうして一人で見回っている時点で気を抜いているとも言えるのではないか。
 自分の考えの矛盾さに気付き立ち止まる。

 どうしよう。やはり応援を呼んだ方がいいだろうか。
 迷っていると奥の茂みのあたりから何か物音が聞こえた気がした。……番犬か? 

 そこで先日の報告を突然思い出す。最近、犬の様子が少しおかしいので庭に放すのを隔日にすると言っていたではないか。確か今日は、番犬を小屋に待機させている日にあたるはずだ。
 不審者の侵入に出くわしたことなどなかったため、番犬が居ても居なくても、あまり日常に変わりがなかった。だからつい聞き流してしまい、今の今まですっかり忘れていたのだ。

 ほら。だからこういう事態に直面した時のために二人以上必要なんじゃないか。一人で大丈夫などと思い上がるからこんな目に合う。先ほどまで楽観して惰性で巡回を続けてしまっていた自分を頭の中で叱咤する。
 様子を見に行くべきだろうか。しかし何か、予想もつかないような物が潜んでいたら? 一人では対応できないような騒動が起きて取り逃がしてしまったら?
 いろいろ考えを巡らせ、ついに覚悟を決めて緊張しながら茂みの方へ近づいた。応援を呼びに行った間に取り逃がしてしまうほうがまずい。そう判断した。

 いつでも抜けるよう剣の柄に手をかける。足音を立てず、息を殺して少しずつ近づいた。柄を握る手に必要以上に力が入る。心の中で、落ち着け落ち着け、と呪文のように唱え、自分がどう動くべきかいろいろと想定し、逸る気持ちを抑えつつゆっくりと歩を進めた。
 見当をつけていた茂みにようやく辿り着く。物音もあれから聞こえてこない。何かがいるとすれば、まだここに潜んでいるはずだ。
 深呼吸をして、片手で一気に茂みを掻き分けた。

「……にゃあ……」

「……」

 猫がこちらを見上げて不満そうな鳴き声をあげる。自分の姿を確認すると、猫はゆっくりと茂みの奥へと消えて行った。
 汗で濡れた手を柄から離し、思わずその場にへたり込む。

「……にゃあ、じゃないよ。まったく……」
 
 ここに来るまでの自分の行動を思い返して情けなくなる。
 応援を呼ばなくて本当によかった……。これだから自分はくそ真面目だと馬鹿にされるのだ。こんなに警備が厳重な城に不審者が忍びこむなんて、そうそうあるわけがない。番犬が放されていないと気付いて少し及び腰になってしまっていた。
 溜息を吐いて、膝についた土草を払って立ち上がる。こんな姿を誰かに見られなくてよかった。明日には城中の笑い者になってしまうところだった。
「衛士頭は敵意のない猫一匹に殺気を放ちながら勇敢に立ち向かって行きました」
 報告書にそんなことを書かれてしまっては、顔を上げて城を歩けなくなってしまう。

 両手で頬を叩いて気持ちを切り替える。さっさと見回りを終えて早く休もう。
 今までの恥ずかしい行動を振り払うように、少し早足で裏庭の奥へと向かった。


  ◇  ◇  ◇


 ……いた。こんな夜中には不自然な、忙しない足音が聞こえてくる。
 裏庭の高い木の上で私は不審者の気配を察知した。暗くて遠くまでは見えないが、こちらに近づいてくるのは確かなようだ。
 最初の一撃が肝心だ。仕留めてはいけないのが厄介だが、足を止めてしまえば済むことだ。万が一しくじったとしても、喋れる程度に生かしておけば文句も言われないだろう。
 足音が更に近づいてきた。うまい具合にこの近くを通りそうだ。
 目で姿を確認する。間違いない。目立たない色の服を身に纏った男が小走りしているのが見えた。縄で足を止めるより短剣で足を狙うことにする。既に何人かやられているのなら油断はしないほうがいい。

 男が真下を通るのを見計らって、勢いをつけて木から飛び降りた。男が自分に気付いて身構える姿勢を取る。大丈夫、間に合う。男が避ける隙はない。
 落ちる途中、何か生臭い風を感じた。その「何か」を視認する前に無意識に腕を伸ばして短剣を突く。
 手ごたえがあった。小さな悲鳴上げた塊が自分と共に地面に落ちる。
 すぐに体制を整えると、足元で犬が足から血を流して倒れていた。

「あーあ、せっかく苦労して懐かせたのに。ひっどいことするなあ」

 男が腰に手をあて、頭を掻いてぼやきを口にする。
 番犬を手懐けていたのか……。そういえば、最近犬たちの様子がおかしいという報告があった。侵入しやすくするために、この男が策を講じていたに違いない。

「人のこと言えないけど、あんた達も相当しつこいね。何人仕向けてくる気だよ」

 そう言って、男は何か小さい筒のような物を口に咥えた。犬笛だ。
 今日は犬は小屋に待機させているはずだ。勝手に放したのか?
 頭の中で答えが出る前に蹴りを繰り出して犬笛を弾き飛ばした。何匹もの犬を同時に相手するのはあまりに分が悪い。間髪容れずに短剣で攻撃を仕掛ける。

「ちょ、ちょっと、もう、せっかち、だな、おい」

 男の動きは思いのほか素早かった。攻撃を全てかわされてしまう。相当の手練れというのは本当だったようだ。
 蹴りと短剣を交互に仕向けるが、なかなか動きを止める一撃を入れることができない。
 伸ばした手を掴まれそうになり咄嗟に少し距離をあけた。息はまだ上がっていない。大丈夫。だが相手の息も同じように少しも乱れていなかった。

「……あんた女かあ。いやー、でもいい腕してるねえ。今までの中で一番だ」

 こんな時だと言うのに相手はそんな軽口を叩いてくる。その声からは余裕が感じられた。
 思ったよりも時間がかかってしまっている。早く片づけないと。捕えるのが難しいようなら、力を加減したりせずに仕留めてしまわねば。逃げられたりしたらまた余計な犠牲者が出る。

「あんた、こっちに寝返ったりしてみない? ……しないか。腕がよくて、しかも女なら俺としては大歓迎なんだけど……なっ」

 男が距離を縮めて短剣を出してきた。かわしながらこちらも攻撃を仕掛けるが、やはり当たらない。このままではどんどん時間ばかりが過ぎてしまう。

「俺もそんなに相手してあげれるほど暇じゃないんだよね。名残惜しいんだけど」

 背中が見えたと思った瞬間、相手が強烈な回し蹴りを繰り出してきた。早い。
 避けることはできたが、こちらが体制を崩した隙をついて男が走って逃げて行く。
 駄目だ。そっちは巡回の経路にぶつかる。早く止めないと。あの素早さなら飛び道具も無理だ。近づいて直接足を止めるしかない。
 急いで男の後を追って私も走り出した。


  ◇  ◇  ◇ 

 
 男との距離はなかなか縮まらない。自分も足には自信があったが、あの男はそれ以上のようだ。
 だんだんと巡回の経路に近づいてしまう。見つかったら厄介な事になる。
 早く、早く。焦れば焦るほどうまく体が動かない。目立たない色の服のため、男の背中が闇に溶け込んで見失いそうになる。
 急に、男の動きが止まった。この隙にと必死に力強く地面を蹴る。

 暗闇に不釣り合いな白いものがぼんやりと見えた。男がその白いものを抱え、地面に叩きつけるように投げ飛ばす。
 衛士の服だ。気絶させられたのか地面に横たわる白い塊は動かない。
 男が短剣を投げる姿勢を取った。止めを刺す気なのか。
 やっと視認できる距離まで近づく。倒れている衛士の顔が目に入り、気付いた時には叫んでいた。

「やめろおおおおおっ!!」

 勢いを付けて飛び込み、グレオニーの上に覆い被さる。その瞬間、肩に痛みが走った。
 肩に刺さった短剣を抜いて投げ捨てる。すぐに起き上がって自分の短剣を構え、踏み込んで攻撃を仕掛けた。痛みに構わず剣を振り回すが、やはり攻撃は当たらない。そうしているうちに腕を取られて動きを封じられてしまった。

「急に眼の色が変わったね。もしかして知り合い?」

 もう片方の肩にも痛みが走る。何か、細い物が刺さったような感触。悲鳴が出そうになるのをぐっと堪え、すぐさま蹴りで距離をあけた。
 男は長い針のような物を手にしていた。……毒だ。あんな細い針だけで攻撃をしてくるわけがない。毒を仕込んであるに決まっている。
 痛みはあまりなかったが腕がうまく上がらなくなってきた。
 息があがる。呼吸が浅い。
 気のせいか、少し眩暈がした。先に刺された肩の出血のせいだろうか。

「俺を攻撃しないで、この人庇ってどうすんの。咄嗟の判断を間違えちゃ駄目だよ」

 視界がぼやけてきた。駄目だ、しっかりしないと。気が遠くなりそうだ。
 一瞬呆けてしまったのか、その隙を見逃さなかった男に足を払われる。踏み留まることができず、あっさりと体制を崩してしまい地面に倒された。口の中に土が入り、じゃりじゃりとした嫌な感触が広がる。

「知り合いだろうとなんだろうと、任務中は見捨てるくらいの気でいなきゃ。そんなんじゃこの先やっていけないよ? 余計なお世話かもしれないけどさ」

 足首を刺された。声を出さないように必死に歯を食いしばる。
 感覚でわかる。今度は針なんかじゃない。短剣のようなものでかなり深く刺された。これではもう、逃げられない。
 このまま止めを刺されてしまうのだろう。目を閉じて覚悟を決めた。

 ふと、顔に何か生温かいものが当たる。匂いで血だと気付いた。
 朦朧とした意識でなんとか目を開けると、男がよろけながら遠ざかっていくのが見えた。私の側で、倒れていたはずのグレオニーが体を折り曲げて剣を握っている。

「……意外と、頑丈な兄ちゃんだね……」

 ふらついた足取りで男が暗闇へと姿を消す。深手を負ってこれ以上の反撃は無理だと判断したようだ。
 グレオニーが剣を投げ捨てて私を抱き起こした。体に力が入らず、抵抗することができない。濡れた袖の重さから、自分の肩の出血が相当ひどいものであろうことは容易に想像がついた。傷を負ったまま動き回ったのがよくなかったのだろうか。腕も相変わらず思うように動かすことができない。
 少し戸惑う様子を見せてから、彼が私の頭へと手を伸ばしてきた。巻いている布を剥ぎ取られ、呼吸が荒い私の顔を見て彼が息を飲む。

「……なん、で……」

 彼を庇うときに声を出してしまった。もしかしたら、その時点で気付かれていたのかもしれない。
 言葉も出ずに固まっていた彼だったが、すぐに我に返ったようにしっかりとした声で話しかけてきた。

「肩見せてみろ。服、破くからな」

 首元から服を破られる。針を刺された肩が露わになった。血はほとんど出ていない。しかし腕の重さから毒を盛られたことは疑いようがなかった。彼もそれはわかっていたらしく、肩に顔を近づけ傷口を吸い上げてくる。

「……っ」

 痛みが走って声にならない悲鳴が漏れ出る。彼が口から血を吐き出し、破り取った私の服で腕をきつく縛り上げた。

「……気休めにしかならないけど、やらないよりはいいだろ。いいか、絶対動かすなよ。今、人を……」

 彼が背後に顔を向けた瞬間を狙った。動かせる方の腕を上げ、彼の首の一部分を指で素早く押さえる。やがて言葉もなくグレオニーの体がぐらりと揺れ、かろうじてそれを受け止めた。
 彼の体を優しく地面に横たわらせ、血が流れてしまわないよう破った服の切れ端を自分の足に巻き付ける。体が思うように動かないため、それだけのことにかなり手間取ってしまった。痕跡を残すわけにはいかない。地面についた血もなるべく消そうとしたが、完全に消すのは無理だと判断して途中で諦めた。まずはここから立ち去ることが先決だ。
 目を閉じている彼の顔に手を伸ばす。暖かい頬を撫でていたら鼻の奥がつんと痛んだ。
 想いを断ち切り、力を振り絞って立ち上がる。痛みは相変わらずだがゆっくりとなら移動できそうだ。
 途中、何度も振り向きたい衝動に駆られたが、その度に歯を食いしばって私はゆっくりと歩を進めた。

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