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護る剣、奪う剣 <6>

2013.03.14 (Thu)
女レハト衛士、グレオニーのその後の話。完結しました。
他の登場人物はネタバレになるため伏せます。 こちら反転で他の登場人物→テエロ、トッズ


護る剣、奪う剣 <6>


 痛む足を引きずりながら、隠れ場の一つである小屋に身を寄せた。城下町から少し離れた所に位置する目立たない小屋だ。ここに来る前に緊急用の合図として、木に布を巻きつけておいた。仲間のうちの誰かが気付けばここに駆けつけてくれるだろう。
 止血はした。毒は自分ではどうにもならない。自分ではこれ以上の処置はできない。
 首から下げた指輪を握り締め、助けが来るまでじっと寝転がって体を休めた。

 足の感覚は既にない。もしかしたら動かなくなるかもしれない。しかし、そんなことはどうでもよかった。
 彼はあの後どうしただろう。今頃、私のことを考えていたりするのだろうか。何もかもお終いだ。城には戻れない。もう二度と、彼には会えない。
 いや、きっとこれでよかったのだ。彼を傷つけてしまったが、自分がこのまま側に居続けるよりはずっといいに違いない。

 外が明るくなった頃、酒場の店主とテエロが小屋に姿を現した。
 重症を負っているというのに、労わる言葉もなくねちねちとした文句を飛ばしてテエロが傷の手当てをする。

「……毒と肩の傷はいいとして、足はもう駄目ですね」

 手当てが終わると同時に、テエロはそう言って溜息をついた。
 やはり思ったとおりだった。未だ足の感覚は戻っていない。重い棒をぶら下げている感覚だ。

「傷が深すぎる。放置していた時間も長過ぎた。動かない、とまではいきませんが、今までのような動きはもうできませんね。まったく、油断するからこんなことになるんですよ」

 決して油断をしていた訳ではないのだが。しかし咄嗟の判断を誤ったのは事実だ。
 それでもいい。彼が助かったのだから。片足が不自由になるくらいなんでもない。

「よそに住む場所を提供します。そこでの情報収集を主な仕事にしましょう。もちろん監視はさせてもらいますが。……本当にいい迷惑ですよ。また一人、貴重な人材を失った」

「貴重と思ってくれてるんだ」

「貴女をここまで育てるのに、どれだけ労力を注ぎ込んだと思ってるんです」

「お払い箱になって殺されるのかと思った」

「一応、今までそれなりの働きはしてくれましたからね。私もそこまで冷血じゃありません。城には貴女が突然行方を眩ましたということにでもしておきましょう。彼も貴女に不利益になるような発言はしないでしょうし。まあ少し様子を見ますか」

 私と彼の仲を知っていたんだ、と少し驚いた。知っていて黙って容認していたという訳か。テエロの意外な一面を見た気がした。
 酒場の店主にいろいろと指示を出してから、相変わらずの仏頂面でテエロは小屋から出て行った。動けるようになるまで、しばらくはこの店主に面倒を見てもらうことになるようだ。
 店主が傍らに座り込んで呟く。

「お前でもこんな大怪我を負うとはなあ。よっぽど腕が立つ野郎だったんだな。でもまあ、これ以上手を汚さずに済むんだ。ほっとしたろ?」

「どうだろ……。まだ実感がわかない」

「新しい土地で、のんびり過ごすんだな。俺もたまには様子見に行くから」

 のんびりと……。
 とても想像できなかった。長くそんな生活とはかけ離れていたから。

「あの兄ちゃんの様子も定期的に知らせてやろうか?」

「いや、いい」

 その代わり、と首から下げていた鎖を外した。店主の手にそっとそれを渡す。

「これを彼に返しておいて。貴方ならなんとかできるでしょ?」

 指輪を手の上に置かれた店主が目を見開く。それから顔を歪めて咎めるように口を開いた。

「おいおい、思い出の品くらい持っておけよ。別に困るもんでもないだろ?」

「未練がましく持ってたら、いつまでも思い出すから」

 きっぱりと彼のことは諦めないと。けじめをつけなければいけない。
 こんな物を持っていたら、意思の弱い自分はずっとぐじぐじと嘆き悲しんでしまう。思い出しては叶わない夢を見てしまいそうになる。あの時ああしていれば、と意味のない後悔をするのが目に見えていた。

「……わかったよ。引き受けた」

「ありがとう」

 それでも店主はまだ諦めきれないらしく、身を乗り出してしつこく食い下がってくる。

「……お前がうまく立ち回れば、衛士は無理でも、まだ城に居続けることもできたんじゃねえか? あの兄ちゃんにも上手い言い訳して、さ。俺からテエロさんに言ってみてやろうか?」

「いや……もう側に居ても辛くなるばっかりだったし。……これでいいんだよ。もうこの話はお終い。少し眠る」

 寝返りを打って目を閉じ、会話を続けるのに拒否の意を示した。
 やがて店主が静かに小屋を出て行く気配がした。

 これでいい。これでよかったんだ。
 そう自分に言い聞かせても出てくる涙は止まらなかった。声を押し殺して、いつまでもいつまでも私は泣き続けた。


  ◇  ◇  ◇


 新しい土地に移ってからしばらくして、店主から鳥文を受け取った。

 自分のことは突然行方を眩ましたという筋書きになり、元継承者ということもあって、何か陰謀を企んで姿を消したのでは、とか、もしかすると逆にそんな陰謀に巻き込まれてしまったのでは、といろいろな噂が囁かれていたらしい。しかしいつまで経っても何か事件が起きるわけでもなく、そうしているうちに噂を口にする者もだんだんと居なくなり、城の様子も少しずつ日常に戻りつつある、と書かれていた。
 
 誰にも何も言わずに城から逃げてきてしまった。ヴァイルやユリリエも不審に思ったかもしれない。
 でも手紙を読む限りでは、それほど心配する必要もなかったようだ。    
 そう。あの城は私が居なくてもいつもの日常が繰り返されるのだ。そのうち、もう一人の徴持ちなんて忘れ去られていくに違いない。
 始めから、一人余計な存在だったのだ。これで全て丸く収まる。

 知らせなくていいと言ったのに、彼の様子も手紙に綴られていた。
 あの夜の出来事を、彼は男の不審者が一人だけ居た、と証言したという事。
 自分がいきなり姿を消してしばらく荒れていた様子だったが、無事に衛士長に就任したという事。
 そして指輪も問題なく彼に返しておいた、という内容が書かれていた。

 そうか、衛士長になれたんだ、と手紙を読んで溜息が出た。よかった。本当によかった。
 荒れていたと書かれているが、彼なら城を出てまで自分を探し出そうとするのではないか、とそれだけが少し心配だった。でも、グレオニーの周りには彼を慕う仲間も部下も上司もたくさんいる。周囲は彼の暴挙を止めようとするだろうし、彼も冷静になればそんな馬鹿げた行動を起こさないだろう、という確信もあった。

 もう大丈夫だ。
 あの人は立派に衛士長を勤め上げるに違いない。

 それ以後、店主から鳥文が届くことは二度となかった。
 様子を見に来ると言っていたが、訪ねてきたことは一度もない。昔を思い出させないよう彼なりの気遣いだったのかもしれない。
 情報収集と言ってもこんな辺鄙な村にまで任務が来ることは滅多になく、店主の言葉どおり、それから本当にのんびりとした緩やかな日々を新しい土地で過ごした。

 やがて一緒に住んでいた私の監視役が亡くなり、それからも代わりの者が来る様子もなく、私はあの組織との繋がりを一切失った。指令も、もう何年も来ていない。
 片足が不自由な道具など大した使い道がないと見限られたのか。人手不足が解消されたのか。特に確かめることもせずに、私はそのまま一人での生活を続けていた。


  ◇  ◇  ◇


 長い距離を歩き続けたせいか、いつも以上に日差しが頭をじりじりと強く照りつけている気がする。滝のように額から流れてくる汗を袖で拭った。
 ひと休みしようかとも思ったが、立ち止まって辺りを見回してもどこにも日陰は見当たらない。いや、もうそろそろのはずだ、と休憩せずに再び足を進める。しかし人家のような物がなかなか見つからず、道を間違えただろうか、と次第に不安になってくる。
 その時、無邪気な笑い声が聞こえてきた。声のする方に顔を向けると、丘の上で小さな子供二人が走り回っているのが見える。
 人が居たということに安堵し、鉛のように重い足に鞭を打って丘を走って登った。

「なあ、ちょっと聞きたいんだけど」

 少し大きめの声で呼び掛けると子供たちが駆け寄ってきた。
 目線を合わせるために、しゃがみ込んで聞いてみる。

「この辺に、いつも頭に布を巻いててすっごい強い女の人とかいないかな」

 子供ら顔を見合わせ、すぐに合点がいったとばかりに微笑む。

「あー、せんせえのことだ。せんせえ強いよー」

「ねー。せんせえすっごい強いよねー、いちばん強いよねー」

「違うよー。おじいさんせんせえのほうが強いよー」

「……おじいさん先生?」

 わからない人物の名前が出てきて首を傾げた。すぐに子供たちが競うように説明してくる。

「おじいさんせんせえはねー、せんせえのしんせきなんだよー」

「おひげもじゃもじゃなんだよー。まっしろでもじゃもじゃー」

「でもおじいさんせんせえはもう死んじゃったじゃん」

「そっか。じゃあやっぱりせんせえがいちばん強いねー」

 ああ……。なんとなくだが、この子たちが言っている人物が何者なのかわかった気がする。
 そうか、ここはあの人の故郷とかなのかな。どうしてこんな村へ、と思っていたが、あの侍従だった人を頼ってここに来ていたんだ、とようやく納得できた。
 それと同時に確信する。この子たちが言っている先生とは、彼女のことに違いない。

「ちょっと、その先生の所まで連れてってくれないかな」

「いいよー。きっとせんせえ、まだみんなにけんじゅつおしえてるよー」


  ◇  ◇  ◇


「せんせえ、おきゃくさんだよー」

「おきゃくさん、つれてきたよー」

 小さな広場で子供たちに簡単な剣術を教えていた時だった。
 背後から聞き慣れた村の子供の声が響く。

「お客さんって……」

 自分には訪ねてくる客など居ないはずだ。まさかあの店主だろうか? 
 そう思って振り向くと、ここに居るはずのない人物が立っているのが目に入り、私は持っていた玩具の剣を思わず落としてしまった。
 自分の記憶と比べて少しだけ痩せたようにも見えるが、優しい笑顔は昔のままと同じで全然変わっていない。
 言葉も出ずに固まってしまった私にゆっくりと彼は近づいてくる。

「黙って居なくなるなんて、ちょっと酷いんじゃないか」

 彼に手を取られて何かを握らされた。何を渡されたのかなんて、見なくてもわかる。冷たく固い感触が手の中にあった。

「これはレハトにあげたものだから。返されても困るんだ」

「……」

「それとも、もう持っていたくないほど嫌になったって意味だったか?」

「違っ……」

 思わず出てしまった言葉に彼がまた笑う。途端に周りにいた子供たちが、我慢できないとばかりに口々に騒ぎ始めた。
 だれだれ? 先生の恋人? 恋人なの? どっから来たの? 
 私はそんな子供たちの問いに答えることすらできずに、ただひたすら指輪を握ったまま立ち竦む。
 少し年長の子が騒ぐ子供たちを叱りつけて遠くへ連れて行った。去って行く子供たちに視線を移しつつ彼が口を開く。

「本当はすぐに城を出てお前を探すつもりでいたんだけど。ああ、何か理由があったんだなって、返された指輪を見て思った。探すなって意味なのかとも思った」

「……」

「だからずっと我慢してた。迷惑かけることだけはしたくなかったから。でも……、そうして過ごしていたら、ここの場所を書いた紙が置いてあったんだ。指輪の時と同じように俺の部屋に」

 あの店主の行為としか思えなかった。自分の居場所を知っている者は限られているはずだ。
 だがあの男が、独断で勝手にそんな真似をするだろうか。
 もしかしたら……本当に自分はお払い箱になったのかもしれない。テエロも容認した上で、あの店主はそんな行動に出たのかもしれない。

「お前の居場所だって、その紙見てすぐにわかった。それで居ても立ってもいられなくなった。……遠くて大変だったよ。もうくたくただ」

 そう言って、指輪を握っていた私の手を取って彼がその場に座り込んだ。引っ張られるようにして私も腰を下ろす。
 握られた手から伝わってくる体温で、ああ、あの手の暖かさだ、と思い出し涙が出そうになった。

「村の用心棒しながら、子供に剣術教えてるんだって?」

「……用心棒なんて名前だけだよ、ここは平和そのものだし……。子供にもお遊び程度で教えてるだけ」

 俯きながら戸惑いがちに答えていたが、

「確かに何も起こらなそうな、のどかな村だよな。……用心棒が二人に増えたら、ちょっと手持ち無沙汰になっちゃうかな」

彼のその言葉で弾けるように顔を上げた。

「なっ……」

「とりあえず今は休暇を取ってここに来たけど。もう辞めるつもりだから」

「……辞めるって……、何言って……」

「お前が居ないなら、俺にとって衛士長なんて何の意味もないものなんだ。別に未練もないし」

「……そんな……駄目だよ。辞めたりなんかしちゃ絶対駄目だ」

「……迷惑か?」

「迷惑とかそんなんじゃなくて。そうじゃなくて……!!」

 激しく首を振って必死に彼を諌める。
 顔を曇らせる私に構わず、彼は突然立ち上がって私の背後に回ってきた。

「ああ、ほら。また布がほどけそうになってる」

 頭を振ったせいで緩くなってしまった布を、彼が後ろできつく縛り直す。
 ……前にもこんなことがあった。あの時も今と同じように、彼に触られている場所がこそばゆくて居た堪れなくなっていたのを思い出す。でも今はそんな甘い気持ちに浸っている場合じゃない。彼を説得しなければ、と振り向こうとしたが、後ろから手を伸ばしてきた彼に抱きすくめられた。

「何があったのか、とか。どうして急に居なくなったのか、とか。話してくれる気になるまで聞いたりしないから」

「……」

「だから、頼むから黙って居なくなるのだけはやめてくれ。……もうあんな思いはたくさんだ」

 抱き締めてくる彼の腕に力が入る。
 思わず体を強張らせてしまったが、肩に埋められた彼の顔を身近に感じて少しずつ力が抜けていった。

「……俺も、ここに来ていいか?」

「……」

「またすぐここに戻ってくるから。……待っててくれるか?」

 昔はこうやって彼の優しさに甘えるたびに罪悪感を感じていた。
 もう、いいだろうか。
 何も考えずに彼に体を預けてしまってもいいだろうか。
 ここで二人で暮らしていく。そんな贅沢な夢を見ても許されるだろうか。
 自分を包み込む彼の腕にためらいがちに手をかけた。とうとう堪え切れずに涙が出てくる。

「……ずっと、待ってる」

 涙声で、私は昔と同じ言葉を彼に告げた。
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