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愛憎<1>

2013.03.19 (Tue)
女レハト、タナッセのその後の話。 一応「背徳」の続きとなります。

愛憎<1>


 意識が変わると、見えてくる周りの景色すら変わってくる。どこにも居場所がないと窮屈に感じていた自分の視野のなんと狭いことだったか。あんなにも出たいと願っていたものだが、いざこの城を後にすると決まるなると意外と名残惜しい気すらしてくるのだから不思議だ。

 ほんと変わったよね、気持ち悪いぐらいに。中身が他の人と入れ替わってんじゃないの?
 従弟が王を継承したばかりの頃、自分に向かってそんな嫌みを言ってきたのを思い出す。
 他人にかかずらう暇があるのかと言い返しつつも、案外悪い気はしなかった。自分でも自覚している。何事にも斜に構えていた以前の自分とは違うことを。

 自分の態度が変われば周りも変わる。振る舞い方を少し変えただけで、今までとは違う反応が返ってくる。
 最近、以前より人から話しかけられる機会が増えてきた気がした。会話が弾むと気分も軽くなる。気分が軽くなると行動にも励みが出る。
 私はここでの暮らしに居心地の良さを感じ始めていた。まあ、そんな生活もあとわずかとなるのだが。

「もうすぐお移りになられるのでしょう? 寂しくなりますこと」

 あれほど皆から煙たがられていた自分が、まさかこんな言葉まで掛けられるようになるとは。本当に何が起こるかわからないものだ。
 なるほど。今までの窮屈さは自分の屈折した態度が全ての原因だったのだな、と痛感する。

「ええ。館の建設に少し時間がかかってしまって、思ったより長く居座ってしまったのですが。ようやく完成の目途がつきましたので」

「では、お移りになると同時にご結婚かしら?」

「向こうでの生活が少し落ち着いてからですね。しばらく慌ただしくなるでしょうから」

「まああ、おめでたいことですわねえ……」

 先ほどから、顔だけは覚えていた貴族の女性との会話が続いていた。
 やっと少し時間があいて茶でも飲もうと広間で体を休めていたら、なにやら仰々しい奇声を発して近づいてきたのだ。名前を失念してしまい、なんとか誤魔化しながら会話を続けていたのだがもう限界だ。正直言って、こんなことで時間を潰したくはない。無理にでも話を切り上げて席を立ってしまおうかとも考えた。
 だが、今後はそういう態度も改めねばいけないのでは、と思い直す。
 これからはもう少し柔和な姿勢で、こういうくだらないと思える付き合いもこなしていかなければ。自分の評価はレハトの評価にも繋がってくる。今までと違い、自分一人の問題では済まないのだ。

「本当に、残念ですわねえ……。今まであまりお話する機会がなかったのが悔しくてなりませんことよ」

「しかし、まだいろいろと雑事もありますし。しばらくは城に顔を出すことも多くなると……」

「そうですわ! これからわたくしのお部屋でお茶でもいかが? 先日、珍しい葉を取り寄せましたの。新居のお話などゆっくりと伺いたいわ!」

 自分の言葉を遮られ、よくわからない提案をされた。
 ……なんだか話が噛みあっていない気がする。気のせいだろうか。
 茶はもう既に飲んでいる。これ以上会話をする必要性を全く感じない。というより、これからの予定はもういっぱいで自分にそんな暇はない。さすがにこれは断ってもいいだろうと判断した時、背後からまた素っ頓狂な声が上がった。

「まあまあ、どうされましたの? なにやら楽しそうな雰囲気ですこと」

 やたらと着飾った女性が姿を現した。やはり名前を失念してしまったが、つまりこの女性も自分の中ではあまり重要な人物だと認識されていなかったというわけだ。こんな風に自分を見つけて話に加わるということは今までなかったように思う。
 戸惑う自分をよそに、女性二人は勝手に話が盛り上がっていた。

「ああら、お久しぶりですわね。今、殿下……タナッセ様に、わたくしのお部屋で一緒にお茶でもとお誘いしていたところですのよ」

「まあああ! ぜひ私もご一緒させていただきたいわ!」

「ええ、ええ。大勢のほうがきっと楽しいに違いありませんわ」

 ……ますますよくわからない事態になってきた。駄目だ。笑顔を維持し続けるのが困難になってきた。
 そもそも私は誘いを受けた覚えはない。無意識のうちに彼女らの中で何か誤解されるような行動を取ってしまったのだろうか。
 すっかり断る機を逃してしまった。なんとか口を挟もうとするも彼女らの勢いは止まらない。

「せっかくですから、他の方もお呼びしましょうよ」

「まあ名案ですわ! ではわたくし先に部屋に戻って準備して参りますわね」

「丁度よかったわ。それはもう舌がとろけると評判のお菓子を取り寄せたところでしたのよ」

「ではわたくしもとっておきの茶器を用意させますわ。せっかくタナッセ様がいらっしゃるんですもの、失礼のないようにしませんと」

「いや、あの……」

 席を立って、暴走を止めようとした時だった。自分に向かって歩いてくるレハトの姿が目に入った。自分の視線の先に彼女らも気付いたらしく、振り向いて、あらまあ、と我に返ったようにレハトに会釈をする。
 言うなら今だ。彼女らの動きが緩んだ隙を見逃さずに、素早く言葉を発した。

「申し訳ありませんが、いろいろと予定が立て込んでいまして。お茶はまた是非、次の機会に」

「まああ……残念ですこと」

「きっとですわよ。お忘れにならないでくださいませね。では、レハト様ごきげんよう」
 
 笑顔で会釈しながら彼女らは連れ立って去って行った。
 ……なんだったのだろう、今のは。なんだか急にどっと疲れが出たように感じた。

「何の話してたの?」

「……わからん」

 はぐらかされたと誤解したのだろう。レハトが頬を膨らませて不貞腐れた顔をする。

「いや、本当にわからんのだ。茶の誘いを受けたが、何が何やらわからないことになっていた。人前でそんな顔をするな、みっともないだろうが」

 はしたない行動を窘めるもレハトの表情は変わらなかった。何が気に入らないのか、自分の隣に乱暴に腰を下ろし、今度は横目でこちらをじろりと睨んでくる始末だ。

「お茶、ねえ……」

「なんだ」

「……別に」

 そう言って、自分が手にしていた飲みかけの茶を横取りしてがぶがぶと飲み始める。
 まったく、成人して既に二年が経とうとしているというのに、こいつといいヴァイルといい、どうしてこうも成人前のような振る舞いが抜けないのだろう。ユリリエを見習えとまでは言わないが、もう少し自分の立場を自覚した振る舞いという物を身に付けさせたほうがよいのではないだろうか。
 いや、待て。強要させたせいで、先ほどのようなけたたましい女性に変貌されたり、嫌みたらしい口ばかりが立つ自分のようになってしまってはそれはそれで困る。
 下手なことをさせるよりは、やはりこいつはこのままでいいのだ、と苦笑して隣に座る愛しい婚約者を眺めた。既に不機嫌さは彼女の顔から消えており、上目づかいで自分に問うてくる。

「今日のこれからの予定は?」

「引き続き挨拶回りを消化しつつ、合間に館の内装の打ち合わせだ。あと今日中に目を通しておかねばならない書類が山ほど部屋に積み重なっている。……覚悟はしていたつもりだがこうまで多忙になるとはな。体がもう一つ欲しい気分だ」

「……忙しいんだね」

「忙しいのはお前も同じだろう。ヴァイルは助かっているかもしれないが、嫌なら嫌だと断ってもいいのだぞ」

 さすがは徴持ちということなのか、レハトの手助けは大いにヴァイルの役に立っているようだった。彼女をしょっちゅう呼びつけては仕事を手伝わせていると前々から耳にしている。口うるさい臣下どもに囲まれているばかりでは息が詰まり、気軽に話せる相手を側に置いておきたいという目論みもあるのかもしれないが。

「でも、ここに居る間だけでも役に立っておきたいし。ヴァイルも大変みたいだから」

「顔色が少し悪い。無理せず早めに休んでおけ」

「今日、夜にそっち行っていい?」

「ばっ……」

 慌てて周りを見渡す。幸い、自分たちの会話を気にしているような者などはいなかった。

「だから人前でそんなことを言うなと何度言えば……」

「だって全然二人で話す時間がない」

 また頬を膨らませて、レハトが自分を睨んで来る。
 もちろん、まだ婚姻前ということで自分たちの寝室は別々だった。空いた時間を見つけては、どちらかの部屋で寛ぎながら話をする。そういう生活を送っていたのだが、最近はゆっくりと一緒に過ごす暇もなかった。どうやら彼女の中で不満がかなり溜まってしまっていたようだ。常々、申し訳ないとは思っていたので観念して小さく呟く。

「……私が行く。顔を見せる程度にしか時間は取れないが」

「わかった。待ってる」

 急に笑顔になった彼女は、まだやることが残っているからと軽い足取りで広間を去って行った。
 機嫌が直ってよかった、と息をついて椅子にもたれ掛かる。
 こんな風に、いつも彼女の行動ひとつ言葉ひとつに振り回され続けている自分に気付く。しかし滑稽だとは思わなかった。昔の自分だったらわからないが、そんな自分も悪くない、と今はそう思える。
 すっかり影響されてしまったものだ。あれだけ偏屈なへそ曲がり息子と言われていたこの私が。
 そんなことを考え、また苦笑しながら残っていた茶を飲み干した。


  ◇  ◇  ◇

 
 舞踏会に出る支度を整え、レハトの部屋まで迎えに行った。
 出迎えた彼女の侍従が自分を見て戸惑う仕草を見せる。何があった、と聞いても口ごもるばかりだ。
 このままでは話にならないので侍従を無視して部屋に体を滑り込ませたが、自分の目に飛び込んできたのは、普段着を身に纏って寝台の上で寛いでいる彼女の姿だった。寝転がりながら呑気に本など読んでいる。

「……どうした。何故、着替えていない?」

「……出たくない」

 本から目を離そうともせず機嫌の悪い声で彼女は言った。
 先日の顔色の悪さを思い出し、急に不安が心を過る。彼女が居る寝台に腰を掛けて訊いてみた。

「もしかして、また具合が悪いのか?」

「……」

「おい?」

「うん、お腹痛い。すっごい痛い。もう痛くて死にそう」

 言い終わると同時にレハトが本を放り投げ、腹を押さえてごろごろと転がり出す。しかし顔はちっとも苦悶の色を浮かべていない。一瞬でも本気で心配した自分が馬鹿馬鹿しくなり、彼女の手首を乱暴に掴んで言葉を放つ。

「お前の三文芝居に付き合っている暇はない。ほら、早く支度しろ」

「だから行かないってば」

「もうここに居るうちに会が開かれる回数は限られているのだぞ。挨拶も兼ねて顔を出さないというわけにはいかん」

「だってつまんないんだもん」

「つまるとかつまらないとかいう問題ではない。後からいろいろうるさく言われるのが嫌なら、多少つまらなくても今は我慢しろ。元継承者様は不義理な奴だったと言われたいのか? 立つ鳥跡を濁さずというだろうが」

「濁すほどここに居なかったもん」

 その短時間でここまでの変貌を遂げたのはどこのどいつだ、と言いたくなった。辺境の田舎で育ち、何の教育も受けていなかった子供がヴァイルと肩を並べて継承を争うまでとなり、今では現王の仕事に口や手を出すことを許されている。そしてその能力を周りが認め、彼女に敬意を払っているという事実。
 こいつは自分が及ぼす周りへの影響力というものをちっとも自覚していない。一挙一動に皆が注目し、いかにして彼女に認めて貰おうか、目を掛けて貰おうかと日々画策していることなど、想像もしたことがないのだろう。

「とにかく行くぞ。ほら、立て」

「やだ」

「我儘を言うな。時間がなくなる」

「お腹痛いの!!」

「腹が痛いなら医務室だ。苦い薬でも飲ませてもらえ」

「やーだー!! ここにいる!!」

「暴れるな、こら!! 仕方ないな、モ……」

「モル!! 成人した女性にむやみやたらと触れるのは恥ずべき行為と自覚なさい。私の言うことが正しいと思うなら部屋から出て行って!!」

 振り返ってモルを呼ぼうとしたら先に彼女に牽制されてしまった。
 いつもと違う彼女の口調に圧倒されてしまったのか、モルは少し逡巡する様子を見せてそのまま静かに部屋を出て行ってしまう。

「なっ……おい、モル!! こら!!」

 彼女は扉の方を見て、あかんべーと舌を出し、すぐに澄ました顔を自分に向けてくる。

「さあ、婚約者殿。狼藉はこのくらいにして、早くこの手を離していただけませんこと? 先ほども申しましたでしょう、成人女性にむやみやたらと……」

「そういう小芝居は、お前がいつも相手にしている臣下のぼんくら爺どもの前だけでいい。そんな凄みを利かせても私には無意味な行為だとお前もわかっているだろうが」

「だって眩暈するんだもん!! ほんとだもん!! 気持ちも悪いんだもん!!」

 部屋を揺るがすような声で叫んで、彼女は掴まれたままの手首をぶんぶんと乱暴に振り回してくる。
 これだけ言ってもまだ我儘を吐いて暴れる彼女にだんだん腹が立ってきた。怒りに任せて力尽くで押し倒し、有無を言わさず唇を合わせる。
 顔を離すと、彼女が呆けた顔でこちらを見上げていた。

「……治ったか?」

「……うん」

「じゃあ、行くぞ」

「……はい」

 嘘のように大人しくなった彼女の手を引いて立ち上がらせる。
 もしかして本当に具合が悪かったのだろうか、と侍従を呼んで静かに支度を始める彼女を見て思った。口づけを交わすと体調が良くなる気がする、と以前彼女が言ったことがあったのだが、何を馬鹿な、とその時は一笑に付した。しかし実際に顔色が良くなる事実を目の当たりにすると、そんなこともあるのだろうか、要は気の持ちようの問題ではないのか、とも思うようになった。

 支度を終え、それでもまだ浮かない顔をしている彼女に手を差し伸べる。

「……手荒な真似をしてすまなかった」

「……ううん」

 やっと笑顔が戻った彼女の手を握って、二人で会場へと足を向けた。

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