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愛憎<2>

2013.03.21 (Thu)
女レハト、タナッセのその後の話。 一応「背徳」の続きとなります。

愛憎<2>


「本当におめでたいですなあ。こんなことになるとは、少し前まで夢にも思いませんでしたよ」

「よく言われます」

「そうでしょうそうでしょう。まったく、いつの間にそんなに寵愛者様と親しくなられていたのか。ちっとも気が付きませんでした」

 煌びやかな灯りを受けて優雅な音楽を背に、何度交わしたかわからない同じ内容の会話を繰り返す。
 この舞踏会だけに限らず、何処へ行っても言われること、それに返答する言葉はあまり変わらない。まあ、仕方がない。誰でも思うことは皆同じというわけだ。こんな苦行を続けるのもあと少しなのだし、と自分に言い聞かせ、努力してにこやかな笑顔を浮かべた。

「殿下……いえ、タナッセ殿を狙っていた女性たちなど、今頃歯噛みしながらさぞ悔しい思いをしていることでしょうなあ」

「まさか。そんな奇特な者はおりませんよ」

「何を仰る。謙遜も大概になさりませんと嫌みに聞こえてきますぞ」

「いえ、本当に」

 そんな会話を続けつつ、相手に気付かれないようにレハトの姿を目で探していた。予想していた通り、自分たちが会場に姿を現すと、あっと言う間に彼女は人に埋もれて連れ去られてしまったのだ。
 会場の一角で、華やかな衣装に身を包んだ大勢の女性達の塊が見える。その隙間からレハトの姿をようやく見つけた。男連中が遠巻きにその塊にどうやって入って行こうかと画策している様子も目に入る。やはり何処へいっても彼女の人気は絶大らしい。
 来る前にあんな様子を見せていたので少し心配していたのだが、やはり杞憂に過ぎなかったようだ。彼女の様子はいつもと変わりなく、周りの者との会話が弾んでいるように見えた。

「婚約者殿の人気は相変わらずのようですね」

 気付かれないように見ていたつもりが相手には隠し切れていなかったらしく、大勢に囲まれているレハトに視線を向けて相手の貴族が感嘆の意を漏らす。

「あ、まあ、はい。そのようですね」

「有能なだけではなく、あのように見目麗しいお方を伴侶に迎えるとは。うらやましい限りですなあ」

「自分のような者で本当に良いのかと気遅れさえしてしまいます」

「ほらほら、ですから。謙遜も大概になさらないと……」

「あの……タナッセ様……」

 そんな会話に割って入ってきたのは、若い貴族女性だった。遠慮がちに俯き加減で自分を見ているが、もじもじとしていつまで経っても要件を口にしようとしない。会話を続けていた男性は私たちの様子を見て、ではまた、と既に去ってしまっていた。仕方なく自分から話を切り出す。

「なんでしょうか」

「あの、その……。宜しければ、一曲だけでも一緒に踊っていただきたいのですが……」

「踊りは不得手なもので、貴女の足を踏ん付けてしまいかねません。申し訳ありませんが」

「そんなこと、ちっとも気にしませんわ」

「いや、しかし」

「だって、もうすぐここを去ってしまわれるのでしょう? 一緒に踊れる機会がなくなってしまいます」

「城からそれほど遠くもない所ですから。少しは舞踏会にも顔を見せますよ」

「それでは遅いんです!!」

 突然、女性は声を荒げてきた。あまりの剣幕に、一瞬なんと言葉を返していいかわからなくなったほどだ。
 驚いて固まってしまった自分を見て、我に返った様子で女性が笑顔を取り戻す。口元を隠して取り繕うように言葉を続けてきた。

「あ、あら、いやですわ、私ったらお恥ずかしいところを……。では城を去ってしまわれる前に、一度で宜しいので私と踊ってくださいませね。きっとですわよ」

 そそくさと女性が去って行く。よくわからないまま、その場に一人取り残されてしまった。
 本当に何なのだろう。話しかけられる機会が増えたのは良いことなのだろうが、よくわからないことを言われる機会も増えてきているのは困ったものだ。やはり長年に渡って蓄積されてしまった屈折さというものは、そう簡単に消えないものなのだろうか。もしかすると、そういうところが意識せずとも自分から滲み出てしまっているのかもしれない。

 周りに溶け込んでいるレハトを見て思わず溜息が出た。
 自分もあれくらい周囲に馴染むように、これからでも努力していかねば。例え城に居る期間は残りわずかと言えども、それが努力を放棄する理由には決してならない。昔のように露台に逃げ込むような真似をしている場合ではないのだ。

 そんな考えを念頭に置いて、その後も話しかけたり話しかけられたりを繰り返しつつ、なんとか無事にお開きの時間まで和やかに時間を過ごした。先ほどの女性のように相手を激昂させてしまうようなこともなく、我ながら上手く会話を弾ませることができたと思う。
 なかなか有意義な時間を過ごせた、と悦に浸っていると、

「……早く帰ろう?」

レハトがそう行って、後ろから袖を引っ張ってきた。疲れてしまったのか、冴えない顔をしている。
 周りの者に会釈をしながら彼女の背中を押して会場を後にした。
 自分も疲れてはいたが心地よい疲れだった。昔はあれほど苦手と思っていた舞踏会も、少し意識を変えるだけでこんなにも違うものか、と充実感に満ち溢れている自分に気付く。

「……なんか、楽しいことでもあったの?」

「別にそういう訳ではないが。まあ、新しい発見の連続ではあったな」

 自分の意識が顔に出てしまっていたのかレハトにそんな風に聞かれた。
 そのまま彼女を部屋まで送り届け、上機嫌のまま自分も部屋へと戻った。


  ◇  ◇  ◇


「なんだ、来ていたのか」

 やっと一日の予定を全て終え、いつもよりもだいぶ早い時間に自分の部屋へと戻るとレハトの姿が目に飛び込んできた。長椅子に座って寛いでいる彼女の姿を見て、思わず頬が緩んでくる。
 日々の忙しさは激化する一方だった。処理せねばならない事柄、会っておかねばならない人物が当初の予定よりもどんどん増えていく。そのせいでレハトと顔を合わせる時間もどんどん減っていった。体力はもう限界に近い。大きく息をつき、上着を脱ぎ捨てて寝台に放り投げる。服の首元を緩めながら彼女の向かい側に腰を下ろした。

「そっちももう解放されたのか? 今日はずいぶんと早いのだな」

「ヴァイルが気を遣って、早めに戻れって言ってくれたの」

「気を遣っているのはお前の方だろう。人をこき使って自分は楽をしておきながら、何を偉そうに」

「そんなことないよ。ヴァイルは優しいよ」

 今日も彼女は浮かない顔をしていた。顔色は悪くない。体調は問題ないようだが、ひょっとして自分はまた何か気に食わないことをしでかしてしまったのだろうか。
 思い当たることと言えば一つしかない。忙しさにかまけて、しばらく彼女を放置していたことだ。
 寂しい思いをさせていたのもわかってはいたのだが、仕方がないのだと自分の胸の中で言い訳をしていた。やはり、もう少し気を配るべきだったかもしれない。
 どうやって機嫌を直そうか。考えを巡らせるが、疲れのせいか頭がうまく働かない。いや、しかしこのままでは……などとぐじぐじと悩んでいたら、彼女が一通の手紙を自分の前にちらつかせてきた。

「これ、なに」

 雷に打たれたような衝撃を受けた。
 考えるより先に体が動き、素早く彼女の手から手紙を奪い去る。先日届いたヤニエ師からの手紙だ。
 しまった。中身を読んでそのまま出しっ放しにしていた。

「……中を、見たのか?」

「そんな失礼なことしないよ。ここに置いてあったのが目に入っちゃったの」

 そう言って彼女が目の前の卓を指差す。
 助かった。まだ全てが露見してしまったわけではないようだ。
 しかし、事がそう簡単に終わるはずがなかった。胸を撫で下ろす間もなくレハトは矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。

「それ、誰?」

「知り合いだ」

「どんな?」

「どんなって……」

 どう説明すればいいのだろう。自分があんな書物に関わっているなどと、絶対に知られる訳にはいかない。しかし嘘をつくのは自分の理念に反する。

「ディットンに居た頃の……」

「居た頃の?」

「……知り合いだ」

「……」

 明らかに納得していない彼女の顔が目の前にあった。

「男? 女?」

「女性だが……おい、何か変な勘違いをしてはいないか。彼女は私よりずっと年上だ」

「独身?」

「独身、だが。だから何を勘ぐっているのだ。これはそういう変な類の手紙ではない」

 レハトの顔つきは、明らかに何かよからぬことを疑っている顔だった。慌てて手紙を奪い去るという行為と、自分のはっきりとしない説明が、彼女をますます疑心暗鬼にさせてしまったらしい。
 焦りから思わずきつい口調で言葉を発してしまった。

「お前、私を信用していないのか?」

「そんなこと一言も言ってない」

「では手紙のことは忘れろ。もうこの話は終わりだ」

「……」

 彼女がまた頬を膨らませ、急に思い立ったように立ち上がった。平手打ちでもするつもりか、と咄嗟に身構えるが自分の予想は見事に外れ、彼女は踵を返して寝台の方へとつかつかと歩み寄る。そのまま勢いをつけて寝台へと飛び込み、うつ伏せの状態で動こうとしない。

「何をしている」

「今日、このままここに泊まる」

「馬鹿を言うな。……お前も食事はまだだろう? 今ここに運ばせるから一緒に……」

「泊まるったら泊まる」

「おい、いい加減にしないか。わかっているのか? 私たちはまだ婚約を交わしただけであって」

「そうだよ、婚約者だよ。だから少しぐらいいいじゃない」

「よくない!! 何を突然、そんな下々の者が口にするような慎みのない……」

 その言葉に反応して彼女が急に起き上がる。今まで見たこともないような顔をして怒りを露わにしていた。

「そう、私は田舎の出で貴族なんて名前だけのただの成り上がり者だよ。この額に徴があったって、それは変わらない事実。だからお貴族様の考えることなんて全然わかんない!! タナッセが何考えてるのかもわかるわけない!!」

「おい、落ち着け。私は何も……」

「もういい!! タナッセなんか知らない!!」

 怒声を張り上げ、乱暴に扉を閉めて彼女は部屋を出て行ってしまった。
 いったい何だと言うのだ。急に訳のわからない癇癪を起こして、まるで誰かを彷彿とさせる。長く時間を共に過ごしたせいでヴァイルに感化されてしまったのではないだろうか。
 多分、自分も彼女も連日の激務による疲れで苛々しているのだ。今、追いかけて話し合いを続けたとしても望ましい結果になるとはとても思えない。もう少し落ち着いてからゆっくりと話し合うべきだ。

 もう食事を摂る気も失せてしまい、今日はこのまま休んでしまおう、と投げ出されていたままの上着を床に叩きつける。着替えをするのも億劫だ。皺になっても構うものか、と寝台に潜り込む。
 目を閉じて苛々した気持ちをなんとか落ち着けようと試みた。疲れているはずなのに一向に眠気は襲ってこない。
 溜息を吐いて寝返りを打つと、そこから彼女の残り香が漂ってきた。


  ◇  ◇  ◇


 早足でレハトの部屋へ向かい訪問を告げる鈴を鳴らす。許可も得ずに部屋に入ろうとした自分を、侍従がおどおどとした態度で拒んで来た。

「あ、あの。今、楽師の方がいらっしゃっていますので、お伺いして参りますから」

「構わん。入る」

「あ、お、お待ちください」

 侍従を振り切って扉に手を掛けた時だった。部屋の中の会話と竪琴の音が漏れ聞こえてきて、思わず扉を押すのを躊躇する。

「もう少し指をこう……そうそう。お上手ですよ」

「指がつりそう」

「慣れないでしょうが基本は大事ですよ。この綺麗な指を痛めてしまわないためにも。……本当にお美しい御手でいらっしゃる。上達すれば、さぞ綺麗な音色を響かせることでしょう」

「お世辞がお上手ですね」

 なんだ、あの歯の浮くような台詞は。そしてそんな言葉を拒みもしないレハトや、聞こえてくる朗らかな笑い声に、猛然と腹が立った。これ以上黙って聞いていられない。
 勢いよく扉を開け、自分の後から慌てて入って来ようとした侍従を乱暴に閉め出す。驚いた様子の二人の視線が自分に向けられた。竪琴を持って座っている彼女と、その彼女を抱え込むように後ろから手を伸ばしている楽師。自分が冷静ではないと自覚はしていたが、そんな光景を目の当たりにして、穏やかな態度を取る気にはとてもなれなかった。
 楽師を睨み、強い口調で言葉をぶつける。

「申し訳ないが彼女と大事な話があるので。お引き取り願いたい」

「ちょっとタナッセ……。何、勝手に入ってきて勝手なこと……」

「それはそれは。ではわたくしはこの辺で失礼させていただきます」

「そうして貰おうか」

「レハト様、またいつでもなんなりとお呼びください。宜しければ、今度はわたくしの奏でる曲をお聴かせ致しましょう」

 一礼して、楽師は静かに部屋を出て行った。
 竪琴を脇に置いてレハトは不機嫌さを隠さずに自分を咎める。

「なに? 急にそんな顔して入ってきて。挨拶回りをしてたんじゃなかったの?」

「その挨拶をしている最中に、思いもよらないことを耳にしたのでな」

「どんな?」

「最近の寵愛者様は、手が早いと評判の楽師と頻繁に二人きりでお部屋に籠もってらっしゃるようだと。それはそれは有り難い忠告を受けたので、こうして出向いてみたまでだ」

 噂で聞いたのですが、と前置きをしてその貴族は自分に耳打ちしてきた。今日もいそいそと寵愛者様の部屋に向かう楽師の姿を見たが、貴殿は大層心が広くていらっしゃるという嫌みまで言われ、早々に話を切り上げて部屋に駆けつけてみればこの有様だ。
 呆れた顔をしたレハトが言葉を吐き捨てる。

「なにそれ、馬鹿みたい。竪琴を習っていただけなのに」

「竪琴など今まで触りもしなかったではないか」

「貴族らしい嗜みというものを、せめて一つでも身に付けておこうと思いまして。婚約者殿に相応しい相手になるべく、私なりに考えを巡らせてみたのですけど、お気に召しませんでしたかしら?」

「とにかく部屋で男と二人きりになどなるな。もう少し自分の立場というものを考えろ」

「まさか嫉妬してるの?」

「そういうことを言っているのではない!!」

「タナッセだって、女の人と二人っきりでお茶飲んだりしてるじゃない。なんで私だけそんなこと言われなきゃいけないの?」

 彼女の言っていることが一瞬よくわからなかったが、そういえば、と先日の出来事を思い出した。
 少しだけでもと無理やりに腕を引っ張られ、ある年配貴族の部屋でのお茶を強制された。息子だと紹介された自分と同じ年代の女性を同席させ、三人で当たり障りのない世間話などをしていたのだが、急に用事ができたと言って年配貴族がそそくさと席を外したのだ。
 その後戻ってくる様子もなく、訳もわからずその女性とお茶をすすりつつ会話を続けた。そろそろ、と切り上げようとしても、ずいぶんと強引に引き止められたような気もする。
 きっとレハトは、その時の様子をどこからか耳にしたに違いない。馬鹿馬鹿しい。それとこれとは全然話が違うではないか。

「あれは不可抗力だ。そんな事実を捻じ曲げた話を誰から聞いたのか知らんが、そもそも私は……」

「竪琴も駄目、剣を振り回すのも駄目。ヴァイルの仕事を手伝うのにもいい顔をしない。その上、舞踏会には出ろだとか、立場を考えた振る舞いをしろだとか。勝手に部屋に飛び込んできて、勝手なことばかり言って……」

 自分の言葉を遮って彼女が捲し立てる。言い終わると同時に急に椅子を蹴り上げ、

「私はタナッセの人形じゃない!! なんでもかんでも言う通りになると思わないで!!」

先日のような怒気をみなぎらせて、彼女が叫んだ。
 
 確かに無断で部屋に入ったのは無礼な行為だったかもしれないが、そもそもそんな真似をさせるようなことをしでかしたのは誰だと思っているのだ。嫉妬などしていないと言っては嘘になることも、今の自分は冷静ではないことも確かに認める。だが、それがこうも話を飛躍させる理由にはならない。
 論点がずれている。まるでお話にならない。そもそも私は間違ったことを言ったつもりはない。
 考えれば考えるほどこちらも怒りがこみ上げてきた。

「……勝手にしろ!!」

 そう言い捨てて、彼女の部屋を後にした。
 このまま自室に戻ってしまいたいところだったが、そういうわけにもいかない。まだまだ予定がぎっしりと詰まっているのだ。
 楽師と彼女が体を密着させていた先ほどの光景が頭にちらつく。それを振り払うように、大げさに踵を鳴らして廊下を突き進んだ。

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