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愛憎<3>

2013.03.23 (Sat)
女レハト、タナッセのその後の話。 一応「背徳」の続きとなります。

愛憎<3>


「おや、今日は婚約者殿はどうされました?」

「具合が悪いみたいです。疲れが溜まったのかもしれませんね」

 実際はどうだか知らないが、そう言って適当な返答をする。
 レハトの部屋に迎えには行かずに一人で舞踏会に参加したのだが、こうも同じ質問ばかり繰り返されるといい加減うんざりしてきた。
 あれから彼女と話をするどころか顔も合わせていない。謝りに行こうかと何度か思い立ったこともあったのだが、日中の多忙さを理由に結局そのまま放置して今日まで過ごしてしまった。

「最近、ご一緒に居るところをお見かけしていない気がしますけれど」

「お互いに多忙なもので」

「なにやら仲違いをなさったというお話も耳に入っておりますわよ。本当ですの?」

「いえいえ、まさかそんな」

 皆の様子からして、どうやら自分と彼女とのことが周りにも多少漏れ伝わってしまっているようだ。誤魔化しつつ会話を続けていたが、彼らは興味津々でなかなかこの話題から離れようとしてくれない。

「一生の問題なのですから、もし考え直すのでしたら今のうちですぞ、タナッセ殿。はっはっは」

「まあまあ。そんな縁起でもないことを仰ってはいけませんわよ」

「でも、相手を慎重に選ぶに越したことはございませんわ。視野を広げるのは決して悪いことではなくてよ」

「お相手があの方なのですから、他の者など目に入らないのもわかりますがねえ。しかしここだけの話、もう本当にお一人に絞られてしまう気ですか? いささか決断が早すぎたのでは?」

「本当にいつの間にやら、でしたものねえ。若気の至りとは申しませんけども、寵愛者様もまだお若くていらっしゃるし」

 皆が好き勝手言っているのを適当にあしらっていたのだが、なんだか今日はいつもと様子が違う気がしてきた。自分の周りにやたらと人が集まっている。
 これ以上変な勘ぐりをされないためにも、早々に退散すべきかもしれない。
 そう思っていたら急に横から腕を引っ張られた。

「タナッセ様、一曲お相手していただけませんこと?」

 若い貴族女性が自分を見てにんまりと微笑んでいる。がっちりと力強く腕を掴まれ、そうやすやすとは放しそうもない雰囲気を醸し出していた。しかし今日はとても踊るような気分にはなれない。

「いえあの、踊りは……」

 いつものように断ろうとしたのだが、後ろからまた新たな声が上がる。

「まあタナッセ様、先日私とお約束して下さったではありませんの。まさかお忘れになったわけではないですわよね?」

 前の舞踏会で急に声を荒げた女性が姿を現した。腕を掴んでいる女性と軽い言い合いのようになる。

「あら、先にお声を掛けたのは私ですわよ」

「そんなこと関係ありませんわ。ねえ、タナッセ様? 確かにお約束しましたわよね?」

「では私は次の曲までお待ちしますわ。それでよろしいですわね?」

「まあまあ珍しいこと。タナッセ様が踊られますの? では私もお相手していただききたいわ」

 また一人増えた。本当に今日は何だと言うのだろう。自分に群がってくる人の多さといい、こうも立て続けに踊りに誘われることといい、今までこんな事態に陥ったことはなかった。
 このままでは収集がつかなくなる。多少強引でも逃げるしかない、と決意した。

「待ってください。私は踊るつもりは……」

「はっはっは。タナッセ殿、今日はえらく人気者ですな。婚約しているからと言って、踊りを断る理由にはなりませんぞ。彼女らに恥をかかせてはいけませんなあ」

「そうですわよ、今日は婚約者様がいらっしゃらないのですもの。少しぐらい良いでしょう?」

「ほら、もう曲が始まってしまいますわ。早く早く」

 結局、強引に腕を引っ張られて踊る羽目になってしまった。
 仕方がない。こうなったら覚悟を決めて一曲だけ踊ろう。終わったら隙を見て逃げ出せばいい。そう考えて渋々踊り始めたのが間違いだった。曲が終わっても輪から外れる隙すら与えてもらえずに、次から次へと踊りに駆り出されてしまう。もういい加減、足が痛くなってきて息が上がってきた。
 本当に訳がわからない。この場にレハトが居ないことと何か関係しているのか? それとも踊りが苦手な自分への新手の嫌がらせなのだろうか。いろいろと考えを巡らせるが、納得のいく答えが全く思い浮かばない。
 混乱したまま踊っていたせいだろう。どうやら彼女たちは自分にいろいろと言葉を投げかけていたようだが、生返事で答えてしまっていたようだ。

「もうタナッセ様ったら。ちゃんと聞いてらっしゃいます?」

「え、ああ。聞いていますよ」

「婚約者様と仲違いされているというのは本当ですの?」

「いや、根も葉もない噂ですよ」

「……もしかして、後悔なさっているのではなくて?」

「何がでしょう」

「私たち、まだ若いのですもの。のぼせ上って早まってしまうことだってありますわよ」

「……仰る意味がわかりませんが」

 それでなくても困惑していて、得意でもない踊りにも集中しなければならないのだ。訳のわからない言い回しは止めて欲しい。やはり自分にはこういう場は向いていない。改めてそう思った。
 この曲が終わったら今度こそ何としてでも輪から外れよう。いざとなったらヴァイルを呼びつけて押し付けてしまえばいい、などといろいろと策を講じていたら、急に顔を近づけられて耳元で囁かれた。

「今夜、わたくしのお部屋の鍵を開けておきます。警護の者もおりませんのでご安心なさって」

「……」

「お待ちしておりますわね」

 曲が終わり、相手の女性が一礼して意味ありげな笑顔で去って行く。
 そこで先ほどの言葉の意味をやっと理解し、また自分を踊りへと誘う手を強引に振り払って急いで輪から外れた。
 これ以上この場に留まる気にはなれず、自分に話しかけてくる声を無視してそのまま会場を後にした。


  ◇  ◇  ◇


「今ごろ気付いたの? ほんっと昔からそういうことに鈍感だよね、タナッセって」

 ヴァイルが長椅子に寝転がりながら呆れた声を出す。お菓子を片手で摘まみ、こちらに向けている顔は明らかに自分を馬鹿にしている表情だった。

「……お前は気付いていたのか」

「あれだけ露骨に虎視眈々と自分を狙っている連中に気付かないなんて、タナッセぐらいなもんだよ」

「お前もユリリエも気付いていて助け舟も出さなかったという訳か。そうだな、そういう奴だったよ、お前らは」

「ちょっと怒りの矛先が違うんじゃない? そこは自分の愚鈍さに腹を立てるべきじゃないの?」

 確かに自分がどれだけ鈍感だったか反省すべき点は多いにある。しかし、婚約者までいる自分をまさかそんな風に狙っている者がいたなどと、自分の中では想定外のことだったのだ。だいたい、昔から近寄りがたいと思われていた自分が、急にそんな扱いを受けるような事態になった原因も全く思い当たらない。
 まだ混乱している自分を見て、ヴァイルが溜息を吐いて説明してくる。
 
「まだわかんないって顔してるね。だからさ、偏屈でひねくれ者で役立たずだったはずの元王息殿下が、ここ数年で急に頭角を現してきて、中身はともかく一応名門ランテの名を持つ人間で、最近ちゃっかり領地まで拝領してて、ここまで好条件がそろった適齢期の独身男を貴族どもが狙わないほうがおかしいって言ってんの。ああそっか、次の継承者の事も見越してるのかな。なんだかんだ言ってやっぱりランテは徴持ちが多いから」

 ヴァイルの言葉を理解するのに少し時間がかかった。
 好条件? 自分が? あれほど厄介者と思われていた自分が?

「だいたい、城を離れるってだけで、どんだけ挨拶回りに時間を取られてんのさ。普通こんなにたくさん回ったりしないよ。やたらと声を掛けられた時点で、なんかおかしいって気付かなかったの? どうせ誘われたとこ全部に、馬鹿みたくほいほいと顔見せに回ってたんだろ」

「いや、しかし私は既に……」

「婚約中ではあるけど、まだ正式に結婚したわけじゃないし。そんなら、この隙に奪い取っちゃえって浅ましい考えを持つ奴がここには山ほどいるんだよ。今までもそんなのたくさん見てきたじゃん、どろっどろのきったない愛憎劇」

「……」

「レハトが相手だっていうのも拍車をかけてんだよ、きっと」

「どういう意味だ」

「あの麗しく聡明な寵愛者様に勝利したっていう、くだらない優越感とか勲章目当てってこと」

「なっ……」

「レハトがすっごいぶさいくで無能の極みみたいな人だったら、ここまでひどい騒動にはなんなかったんだろうけど。もし二人が婚約解消でもしたら、それはそれは飛び上がって喜ぶ連中だらけで、城は連日お祭り状態になっちゃうかもしんないね」

 ヴァイルの口から次々と飛び出てくる言葉の一つ一つに、いかに自分が周りが見えていなかったかを思い知らされた。
 そうだ、ヴァイルの言う通りだ。自分はこれまで散々見てきたではないか。優雅な笑みを浮かべて辛辣な言葉を吐く者たち。くだらない見栄や高い矜持だけに命をかけている者たち。そんな口だけが達者で、中身などちっともない奴らに囲まれて自分は育ってきた。そして認めたくはないが自分もその一員だったのだ。
 少しちやほやされたくらいで何を浮かれ上がっていたのだろう。立場を考えろ、周りへの影響を自覚しろなどとほざいておきながら、いちばんわかっていなかったのは紛れもない自分だった。

「頼るべき婚約者は鈍感な上に、自分のことばっかで手一杯で、ずっとほったらかしにされて。あー、レハトかわいそ。タナッセが居なかったら、あいつ他にどこも行くとこないんだよ? それわかってる? 昔と違って頼もしくなっただのなんだのと持て囃されていい気になってるみたいだけど、やっぱり所詮はタナッセもぼんぼんなんだよ。身寄りとか親が居ないってのがどれだけのことか、なんにもわかっちゃいない」

 ヴァイルやレハトと違って、一緒に住んでいないとは言え、一応自分には親というものが揃って存在している。だが自分が居なくなったからと言って、レハトの居場所がなくなるというのは理解ができなかった。あれだけ優秀で皆に認められていて、長年ここにいる自分よりもよっぽど早く順応していたではないか。

 こんな話をヴァイルが口にするということは、あいつは私に何も言わずに、ヴァイルにはいろいろと相談していたと言うことか。いや、ユリリエもきっと何か聞いているに違いない。自分だけが蚊帳の外だったわけだ。
 なんとなく面白くない気分になり、つい不貞腐れたような口を利いてしまった。

「……あいつが私に愛想を尽かせたというのなら、ここに、城に留まれば済む話ではないか。ぼんくらで鈍感な私よりよっぽど周りに馴染んでいる」

「ここがレハトにとって居心地いい場所だって本気で思ってんの? 相変わらずおめでたい頭の構造してんだね。わけわかんない男どもからは強引に言い寄られまくってて、女どもからは散々嫌みばっか言われてて、どんな馬鹿がそんな所にずっと居たいと思うのさ」

「おい、ちょっと待て。なんだそれは」

「自分があんな扱いを受けてたんだから、ちょっと考えればわかるだろ。なんとかしてレハトをものしようと、男どもはあの手この手でタナッセから奪い取る方法を画策してる毎日だよ。まあ、レハトはどっかの馬鹿と違って、うまい具合にのらりくらりとかわしてたみたいだけど。そんなことにも気付かないで、部屋に乗り込んでいきなり説教までされたんじゃ、レハトが怒るの当たり前じゃん」

 先日、レハトの部屋から楽師を追い出した時のことを言っているのだろう。そんなことまでヴァイルに言っていたのか、と少し腹立たしく思ったが、いや悪いのは自分だ、とすぐに反省して開きかけた口を閉じる。そんな自分にお構いなしに、ヴァイルは尚も責め立ててきた。

「舞踏会で面の皮が厚い女どもに、レハトがなんて言われてたか教えてあげようか? 寵愛者様はどのようにしてタナッセ様を誘惑したのかしら。意中の殿方を虜にしてしまう、何か村に伝わる秘伝の技のようなものがあるのでしたら、ぜひご伝授していただきたいものですわ。タナッセ様が今まで私たちには見向きもしなかったのは、きっと生まれながらの貴族というものに飽き飽きしておられたという訳だったのですわね。ようやく合点がいきましたわ。寵愛者様は本当に運がよろしいこと。でもお気をつけになって。殿方というものは、一人の女性では到底満足できないもので……」

「……もういい。よくわかった」

「レハトがどれだけ辛い思いしてたかやっと理解した? 口止めされてた俺とユリリエの身にもなってみてよね。ほんと、頭の鈍い従兄を持つと苦労するったらないよ」

「……すまなかった」

 情けなさで項垂れていた頭がどんどん下がってくる。そういえば嫌みを口にした自分に向かって、ヴァイルは優しいとレハトが言い返してきたこともあった、とふと思い出した。
 表立って二人がレハトを庇い立てしてしまうと、また見えないところで何をされるかわかったものではない。四六時中一緒にくっついているというわけにはいかないのだ。きっとヴァイルもユリリエも、自分が思う以上にレハトを裏で支え続けていたのだろう。
 それに比べ、自分は何をしてきたのか。
 何も知らずにレハトに言いたいことだけをわめき散らしていた過去の自分を思い出し、できるならそれら全てを消し去ってしまいたくなった。

「で? そのお誘いを受けた人んとこに、今夜忍び込むの?」

「……行くわけがないだろう」

「ほんとに? 後悔しない? レハトに嫌われないようにちゃんと他の人で練習しといた方がいいんじゃないの? 大丈夫?」

「馬鹿を言うな!!」

「じゃあ、とっとと愛しい婚約者のとこに行ってきなよ。逃げられないように誠心誠意を尽くして平謝りしてくるんだね」

 お菓子を食べ尽くしてしまったヴァイルが、寝転がったままで片手をひらひらとさせて自分の退出を促す。成人して王となった今も小憎らしい態度は相変わらずだが、今はこの年下の従弟の心遣いに感謝してもしきれなかった。
 もうかなり夜も更けてしまったがそんなことを言っている場合ではない。ヴァイルの助言に従い、それからすぐに私はレハトの部屋へと急いで足を向けた。


  ◇  ◇  ◇


「こんな夜中に、しかも女性の部屋に無理やり押し掛けるなんて、タナッセの言うところの無礼極まりない行為に当たるんじゃないの?」

 愛しい婚約者は、薄い寝着を纏った格好で不機嫌さを隠さず辛辣にそう口にした。
 寝ているところを起こされたせいもあるのだろう、いつにも増して機嫌が悪いように見える。寝台に腰を下ろし、腕組みをしながら自分を睨み上げていた。

「今度は寝室に男を引きずり込んだりしていないか、心配にでもなったの?」

「いや……」

「じゃあ、なに? まだ怒鳴り足りないことでもあった?」

「……」

 言うべき言葉が見つからなかった。あれだけ鼻息を荒くして急いでここに駆けつけたというのに、いざ彼女を目の前にすると謝罪すべきことがありすぎて、何から話していいのかわからない。
 こんな憎まれ口を利きながら、彼女は自分の知らない所で必死に戦っていたのだ。そう思うと、こうして虚勢を張っている彼女の姿が却って弱々しく見えてきた。

「寵愛者様もまだお若くていらっしゃるし」 
 先ほどの舞踏会での会話を思い出す。そうなのだ。つい忘れそうになってしまうが、いくら有能だ寵愛者だと持て囃され、口うるさい老齢の臣下どもを巧妙にやり込めていたとしても、彼女はまだ数年前に成人を迎えたばかりの若い娘なのだ。
 そんな彼女に自分はなんと思いやりのない言動ばかりしてきたのか。

「……タナッセ?」

 黙り込む自分を不審に思ったのか、彼女は先ほどとは違う戸惑った口調で自分の名前を呼んだ。静かに立ち上がり、どうしたの、と腕に手を掛けてきて顔を伺ってくる。
 生まれ育った村を離れ、慣れない場所に身を置き、しかも彼女が慕っていた者たちも城を離れていくことが続いて心細い思いもしてきたはずだ。なのに、そんなそぶりは全く見せずに、逆にこうして自分を気遣ってくることすら多々あった。
 もうどうしようもなく自分を情けなく思い、それと同時に彼女を愛おしく思い、腕を伸ばして彼女を抱き寄せる。こんなに華奢な細い体だったのか、と腕の中の彼女の小ささに改めて驚いた。
 突然の抱擁に彼女は一瞬体を強張らせたが、やがて静かに自分の背中に手を回してくる。

「……ほんとに、どうしたの? 何かあったの?」

「……」

「ねえ、タナッセ」

「……すまなかった」

「……何に対して?」

「それはじっくりと一晩かけて説明させてもらう。謝罪すべきことが山ほどある」

「一晩って……」

「とにかく少し横にならせてくれ。踊りを強要されたので足が痛くてたまらんのだ」

「ちょ、ちょっと……!!」

 レハトを引き剥がし、許可も得ずに勝手に寝台に潜り込む。そんな自分の腕をレハトが慌てて引っ張ってきた。

「こ、婚約しかしていないから、こ、こういうことは駄目だって言ったの、タナッセじゃない」

「何を勘違いしているのだ、ただ添い寝するだけだ。お前、寝相は悪くないのだろうな」

「そっそれでも駄目だよ、同じ部屋で寝るなんて皆になんて言われるか……」

「言いたい者には言わせておけばいい」

「タナッセ!!」

「ほら、寝ないのか。そう遠くては話もできん」

 寝台の上でふんぞり返る自分を見て、怒りからなのか恥ずかしさからなのか、顔を真っ赤にしていた彼女だったが、しばらくしてから頬を膨らませて渋々と自分の隣に滑り込んできた。
 不自然な距離を開けて二人で寝台に寝転がる。まだ耳の先まで赤い彼女は自分に背を向けていた。頭の後ろに寝ぐせがついているのが目に入り、思わず噴き出してしまう。それに反応して彼女が勢いよく振り返って自分を睨んできた。

「……ほんとに謝る気あるの? なんか全然そんな態度に見えないんだけど?」

 その言葉に返事をせず、彼女の肩を掴んで自分の方へ引き寄せる。彼女は抵抗もせずに大人しく自分に身を預けていた。
 さあ、なんと言って謝罪しよう。どう言えば自分の想いをわかってもらえるだろうか。どうすれば彼女の怒りは解けるだろうか。思っていることを素直に口にするのは昔から苦手だ。だが無様でもなんでも、少しずつでも言葉を選んで許しを請わなければ。外面を取り繕っている場合ではないのだ。

「ねえ、タナッセ」

「……なんだ」

「私も悪かったから……謝ったりしなくてもいいから」

「いや、そんなことはない。私は……」

「だから、あの手紙の人がなんなのかだけは教えて」

 ……そうだった。まだその問題も残っていた。
 どこまで説明すべきか。いや、この期に及んで隠しごとをするなど、せっかく鎮火しかけた火種を再び業火の如く甦らせてしまう結果を生み出しかねない。
 話すしかない。しかしどこから? そもそも何故ディットンに居たのか、その経緯から話さなければならないのか?

 愛しい婚約者の頭を胸に抱きながら、私は自分の頭を抱えたくなった。

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