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愛憎<5>

2013.03.29 (Fri)
女レハト、タナッセのその後の話。 一応「背徳」の続きとなります。
どん底に暗い展開になっています。苦手な方はご注意を。
文字反転で言い訳をば→寵愛者の片方が王様になった際、もう片方が継承放棄の儀式をしているというのをすっかり忘れて書いてしまった作品です。つじつまが合わないのですが、広い心で読んでいただければ幸いです……。

愛憎<5>


 その後も断続的に城から手紙が届いたが、胸が軽くなるような内容が綴られているようなことは一度もなかった。手紙を持参する城からの使者が訪れる度に、溜息が出てしまう鬱々とした日々が続く。
 最近ではヴァイルも床に伏せる時間が長くなってきているという。ここまでくると、さすがに王の様子がおかしいと城の連中も薄々気付き始めているようだ。

 事情を知る者の中では、今のうちにヴァイルに適当な相手を見繕って婚姻を結ばせるべきでは、急ぎ子供を儲けさせて徴を持つ新たな継承者を確保するべきでは、という声も上がっているそうだ。
 何を馬鹿な。弱っているあいつに、これ以上何を強要させるつもりなのか。
 そんなことより回復に向かうようゆっくりと休ませてやるのが最善だという簡単なことが、何故あの阿呆どもにはわからないのだ。

 胸糞が悪くなる内容の手紙を読み終え、力を込めてそれを握り潰す。
 非常時だというのに、どうしてこうも余計なことに頭が働く奴らだらけなのだろう。怒りで体が震えが止まらなくなり、むしゃくしゃした気分をぶつけるように丸まった手紙を机に叩きつけた。

 館への訪問者もここ最近で急に増え始めた。
 噂を聞きつけ、それが真実なのかどうか探りを入れてくる者。
 次の城の主人となるかもしれない人物に、今から少しでも媚を売っておこうと考える者。
 忘れかけていた城での日々が記憶から呼び覚まされる。優しい面を浮かべながら腹の底では自分のことしか考えていないような奴らが、また自分たちに群がって生活を掻き乱してくる。
 向こうの意図に気付くと同時に、二度と顔を見せるなと怒鳴り散らして客人らを叩き出した。城からの使いの者以外は取り次ぐなと使用人らにきつく厳命し、それでも食い下がるようならどんな手を使ってでも追い返せとモルに言い渡す。
 このままではレハトの身が持たない。もちろん、そんな無礼な客人と彼女を接触させないようにはしていたが、静かで穏やかだった暮らしが一変してしまい、レハトは部屋からあまり出てこない生活を送っていた。食事も寝室に運ばせ、日中もほとんど姿を見せない。

「……手紙なんて、大嫌い」

 一度だけ、彼女がそう呟いたことがある。
 どういう意味かはわからない。今まで見たことがないくらい意気消沈している彼女に何と声をかけてよいものか。情けないぐらい言葉が思い浮かばない。

 何かあってからでは遅い。いくらモルが居るとは言え、こんな事態がいつまで続くのかわからないならば、やはり彼女のためにも衛士の派遣を城に頼んだほうががよいのだろうか。虚ろな目のままの寝台に横たわるレハトを見て、思わずそんな考えが思い浮かんだ。
 馬鹿な。何を考えているのだ。そんなことをすれば彼女はますます沈み込んでしまうに決まっている。自分にわざわざ護衛を付けて護る必要があるほど、ヴァイルの容体が絶望的なのではないか。そんな考えに辿り着いてしまうに違いない。
 押し寄せる無礼な客人にも、ヴァイルの容体にも頭を悩ませていたが、何よりも彼女の覇気の無さが自分にはいちばん堪えていた。

 医士からは忠告を受けたていたが、居ても経ってもいられずに一人で城に押し掛けたこともあった。当然のように門前払いを食らい、翌日、長々と説教の言葉が書き殴られた医士からの手紙が館に届いた。
 ヴァイルの体に斑点が出始めたという事。
 新たな症状が出たため、今まで以上に面会の許可は出せないという事。
 ヴァイル自身も面会を拒んでいるという事。
 考えなしの行動から、周りに何か悟られたり継承者の身に何かあったらどうするつもりだ。側を離れたりせず、レハトを命に代えてでも護るのがお前の役目であり、余計な事はせずにそれだけを考えて領地で大人しくしていろ。
 急いで書かれたからか、怒りのせいなのか。乱れた文字ではあったが、意訳するとそんなことが記されていた。

 何もできないことがもどかしい。弱っていく従弟の何の助けにもなってやれないことが腹立たしい。
 徴を持つ、ということが何もかもをも難しくさせてしまう。
 本当に忌々しい。神に愛された証というものは、どこまで自分たちを振り回して悩ませれば気が済むのだ。
 自分は昔からあの徴に悩まされてきた。ならば徴を持つ者は? 自分以上に悩み、苦悩してきたのだろうか。
 徴を持つ者の苦悩が自分にはわからないように、これだけ何人もの徴持ちに囲まれた環境で過ごしてきた自分の苦悩も、他人に理解されることは決してないのだろう。

 そう、今の自分とレハトのように。

 彼女は何も話そうとはしなかった。ヴァイルのことも、継承のことも。
 寝台の上で、ただぼんやりと黙って静かに一日を過ごす。自分は腫れものに触るように、彼女に接する日が続いていた。
 何も話す気になれないほど自分は彼女に頼りにされていないのか。もしくは、徴を持たない者になど何を話しても無駄だと思われているのか。お互い理解し合えている、というのは自分の中でだけの甘い幻想だったのだろうか。

 ……所詮、徴持ちは徴持ち同士でしか解り合えないということか。
 そうだ。自分の親が良い例ではないか。上手くいくと思える根拠がどこにあると言うのだ。
 やはり彼女を城から連れ出したのは間違いだったのではないだろうか。ヴァイルが言っていた通り、こんな所で優秀な人材を縛りつけて置くべきではなかったのでは。王の片腕となって彼女の能力を存分に発揮させていれば、もしかしたらヴァイルもこんなことにはならなかったのかもしれない。

 いや、違う。
 それはただの綺麗ごとで、自分は心のどこかで、彼女を伴侶にしてしまったこと、徴持ちを妻にしてしまったことを後悔しているのではないか? 
 今回のことで、彼女がこの国にとってどれだけ重要な人物かという現実を改めて突き付けられた。そしてこれからも、徴に振り回される生活はずっと続くのだ。彼女の側に居る限り、いつまでもずっと。

 自分は本当にそんな日常を望んでいるのか? あれだけ徴から逃げたがっていたくせに? 
 今でも自分をこんな目に遭わせている徴が、憎くて憎くてたまらないのではないか?
 徴を持つ彼女をも憎く思ってしまっているのではないか?

 違う。それは極論だ。そんなこと思ってなどいない。
 違う、違うんだ。
 そうじゃない。私は……!!

 突然目が覚め、何が夢で何が現実が一瞬わからなくなる。
 寝台とは違う背中の固さに違和感を感じ、少し混乱した。暗がりの中、だんだん目が慣れてきて周りの風景がぼんやりと見えてくる。積み重なった本や酒の入った杯に肘をぶつけ、書斎の長椅子で眠り込んでしまったのだとようやく思い出した。
 いつの間にか多量の酒を口にしてしまっていたらしい。起き上がると頭痛がした。寒気を感じると同時に、体が多少汗ばんでいるのに気付く。

 ……何か、嫌な夢を見ていた気がする。
 しかしよく思い出せない。

 外は珍しく雨や風が吹き荒れているようだ。不安な心を揺さぶる激しい雨音が聞こえてくる。
 嵐はアネキウスの怒りだと言う。いったい何に対して神はこんなにも怒りを表現しているのだろう。
 不甲斐無い自分に? 自棄になって、こうして酒に逃げている自分に? 
 それとも……。

「……旦那様、起きていらっしゃいますか」

 突然、扉を叩く音と同時に遠慮がちに自分を呼ぶ使用人の声が聞こえてきた。
 レハトに何かあったのだろうか。まだしっかりと目覚めていない思考を振り払うように、頭を掻きながら返事をする。

「起きている。なんだ」

「城から……使いの者が……」

 胸の鼓動が一瞬だけ高鳴った。
 ……こんな夜中に? 

「すぐ行く」

 尋常ではない事態と判断し、急ぎ上着を引っ掛けて廊下へと出る。
 階下に向かう途中、寝室の扉から頭だけ出しているレハトと目が合った。物音に気付いて目が覚めたのか、眠れずに起きていたのか。
 泣きそうな顔をしてこちらへと腕を伸ばし、立ち止まる自分の袖を掴んでくる。一緒について行く、と言っているようだ。

「お前はここにいろ」
 
 不安がらせないようになんとか微笑を浮かべ、彼女の肩に手を置いて部屋の中へと押しやった。
 触れた肩から震えが伝わってくる。きっと何か恐ろしいことが起きようとしていると彼女も気付いているのだろう。

 外へと続く扉の前で、城からの使者が自分を待ち受けているのが見えた。階段途中のここからでも、激しい雨のせいで使者の全身がずぶ濡れになっているのがわかる。
 雨が滴る顔を拭いもせずに使者がこちらを見上げた瞬間、相手が何を伝えに来たのか既に自分の中で予想がついてしまっていた。

 第六代国王崩御。使者が静かにそう告げる。
 強く鋭く厳しい王は神の国へと旅立ち、私の妻はこの国に君臨することを余儀なくされた。

 雨は相変わらず激しく降り続ける。
 まだ召されるには早すぎる、何の落ち度もない王を勝手に奪っておきながら、神は風を吹き荒れさせこの地に雨を容赦なく激しく叩きつけてくる。
 いったい何が気に入らないのか。まだ奪い足りないとでも言うのか。

 何が怒りだ。
 ふざけるな。


  ◇  ◇  ◇


「……なんだと?」

「だから。城には行きたくない」

 寝室で、椅子に深く腰かけていた彼女はそう答えた。俯いてはいたが、迷いのないきっぱりとした強い口調だった。

「……そんなことが許されるわけがないと、お前もわかっているだろう」

「でも行きたくない」

 ヴァイルの葬儀を無事終え、周りの者は当然彼女がこのまま城に留まるものだと思い込んでいた。だが彼女はどうしても一度この館へ帰りたいと喚き続け、止める者たちの腕を振り払って、強引に鹿車に乗る自分に付いて来てしまったのが昨日のことだ。
 明日にはまた城から迎えの鹿車が来る。自分は当分の間、ここと城の往復を繰り返すことになるだろうが、もちろん彼女は城に留まって王としての役割を果たさなければいけない。
 そんな中での先ほどの彼女の発言である。

 またいつもの我儘が始まった。
 彼女のこういうところはだいぶ慣れたつもりではいたが、少しは時と場合を考えろと思わず怒鳴りたくなってしまう。
 止む無く片づけの作業をしていた手を止め、溜息を吐いて彼女の隣に座った。

「舞踏会の時とは訳が違うのだぞ」

「そんなのわかってる」

「お前が行かなければ、この先どうなる?」

「だから言われなくてもそんなのわかってるってば」

「では、何故そんな馬鹿なことを言い出す。私にも納得できる理由の一つや二つあるのだろうな」

「……」

「……また急に環境が変わって不安なのはわかるが、仕方がないだろう。私もできるだけお前を支えるよう努力する。だから」

「タナッセにはわかんないよ」

 彼女の肩へと伸ばしかけていた手が、その言葉で止まる。
 俯いたままの彼女の口から出てきたのは、胸をえぐられるような一言だった。
 何か、何かどす黒い嫌なものが心の中で沸き上がる。前にも似たようなものを感じたような気がした。
 気付かない振りをして無理やり思考を止め、彼女に再び問いかける。

「どういう意味だ」

「……ごめん……。でも……でも、怖い。怖くて怖くてたまらない」

 両手で顔を覆って彼女が首を振る。指の隙間から淡く光る額の徴が見え隠れしていた。
 何が、とこちらが問う前に彼女は低い声でぽつりと呟く。

「次に殺されるのは私だよ」

 一瞬、なんと言葉を返していいのかわからなくなる。被害妄想に取り憑かれるあまり、彼女の気が触れてしまったのかと思った。しかし、既に手を下ろしている彼女の顔は正気を保っているように自分には見える。狂気に満ちた目をしているわけでもない。

「……まったく、何を言い出すのかと思えば……」

「だって、あんな急に絶対おかしい。病気だなんて……そんなのとてもじゃないけど信じられない。こんなこと言いたくないけど……貴方のお母様だってそうだった。みんな、そうやって王になった人は殺される。安らかに眠るように死ぬことができる王なんていないんだよ」

 自分の母は、確かに穏やかとはとても言えない旅立ち方をしていた。しかし、だからと言って皆が皆そのような目に遭うという言うのは、少し短絡的ではないだろうか。身の危険が常に伴う立場なのもわかるが、思考が飛躍しすぎてはいないか。
 きっと慌ただしく変化する周りの状況に心がついて行けずに、そんな碌でもない妄想に捕らわれているのだろう。

「……ヴァイルのことを受け入れたくない気持ちもわかるが。いくらなんでも考えすぎだ」

「そうじゃない。それだけじゃなくて……!」

 興奮したように、彼女は矢継ぎ早に言葉を並べ立ててきた。

「弱っていくヴァイルの報せを聞いて、私が何を考えていたと思う? このままヴァイルに何かあったら真っ先に疑われてしまうのは自分だ、玉座に座らなければならなくなるのは自分だ。死にそうなヴァイルを心配するより、そんな自分のことばっかり考えてたんだよ」

「……」

「あの城に居る人たちが私は怖い。ヴァイルをあんな目に遭わせたのは私だと、皆が思っているかもしれない。そんな針のむしろみたいな場所で、王になって国を治めるなんて私にはとてもできない」

「……そんなことはない、お前は」

「徴なんかあったって、ヴァイルみたいに、貴方のお母様みたいに立派な王になんかなれっこない。今からこんな情けないこと考えてる私なんて、王に相応しくなんてない。ヴァイルだってきっとあっちでそう思ってる。皆もきっと、あんな頼りない奴を王にさせるくらいなら、いっそのことって」

「だから考え過ぎだと言うのに。城に居た頃は、お前もあいつの横で支え続けて来たのだろう? 皆もそんなお前の仕事ぶりを認めていたではないか」

「補佐するのと中心に立つのなんて、全然違う! やっぱりタナッセにはわかんないんだよ!! いつ殺されてもおかしくない、恐ろしい立場に置かれる私の気持ちなんてわかるわけないんだ!!」

 彼女の言葉に、また心の中にうごめく何かを感じる。
 いけない、とはわかりつつも、自分を抑えきれずについ大声で怒鳴り返してしまった。

「いい加減にしろ!! 私がわかろうがわかるまいが、お前が城に行かなくていい理由になどならん!! ただの領主の奥方とは違って、今のお前はそんな我儘を言える立場ではないのだぞ!! いい加減自覚したらどうだ!! くだらない被害妄想に捕らわれて、お前を殺そうなどとそんな馬鹿なことを考える者が居るはずも……」

「タナッセがそれを言うの!? 私を殺そうとしたことのある貴方が!?」

 全身から絞り出すような声で、彼女は叫んだ。すぐに我に返ったように手で口を覆う仕草を見せたが、飛び出してしまった言葉はもう戻りはしない。
 頭の中で彼女の声が何度も響き渡る。それと同時に、過去に犯した恐ろしい所業が思い起こされた。
 言い返せる言葉があるはずもない。彼女の顔を見続けることに耐え切れなくなり、俯いて歪んだ顔を片手で隠すと、慌てた様子の彼女の声が聞こえてきた。

「あ、の……ちが……違うの。あの、そうじゃなくて……」

「……」

「ご、ごめんなさい、タナッセ。私……」

「……今まで、ずっとそんなことを思っていたのか」

「違う!!」

「確かに、そう言われてしまっては私に言えることは何もないな。そうだ、お前の言う通りだ。誰が何を企んでいるかなどわかったものじゃない。……私が良い例だ」

「タナッセ、お願い。聞いて……」

「あれは、もう既に終わったことだと言えるようなものでは決してない。忘れていた訳ではないが、もう許されたと思い込んでいた自分の愚かさに反吐が出る。支える、などとふざけた思い上がりもいいところだ。私にそんな資格はないと言うのに」

「ちが……タナッセ……」

「だが、そんな私でも、今は配偶者としてお前を城に連れて行く義務がある。お前が望む望まないに拘らず、だ。……もう今日は休め」

「タナッセ、待って!!」

 彼女の声を振り切って、逃げるように寝室を後にした。そのまま書斎に閉じこもり、内側から鍵をかける。何も考えられず、長椅子に座って頭を抱え込んだ。
 追いかけてきた彼女が、何かを叫びながら扉を叩いていた。だが、やがてその音も聞こえなくなった。

 私を殺そうとした貴方が。
 彼女の言葉がまだ頭の中を回っている。

 やはり私は彼女に相応しくなどなかったのだ。むしろ、一番遠ざけておかねばならない存在だったのではないだろうか。
 あのように、彼女が無用な疑心暗鬼に陥るのは自分が側にいるせいだ。無理もない。あんなことをした人間を一体誰が信用すると言うのだ。怯えるのも当然ではないか。
 自分がいなくとも、王となった彼女を支える人物は城にいくらでもいる。……離れることを考えるべきかもしれない。
 いや、何を考えているのだ。あれだけ嫌悪していた父親と同じことをするつもりか。駄目だ。それだけは絶対に駄目だ。
 ……しかし、もし彼女がそれを望んだら。自分は承諾するしかない。それだけのことをしてしまったのだから。

 こんな所に閉じこもっている場合ではなく、逃げずに彼女と話し合う必要があるのはわかっていた。
 だがこれ以上、彼女の顔を見る勇気が今の自分にはなかった。

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