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隠匿<後編>

2013.04.07 (Sun)
ほぼ、でっちあげの人物ばかりで話が進行します。 
こちら反転で登場人物→成人前のヴァイルを斬っちゃった衛士とテエロ


隠匿<後編>


 一睡もできずに朝を迎え、執事に具合が悪いので少し休みたいと告げてみた。
 顔色が悪い自分を執事は心配そうに見つめ、今日は主人も城に呼ばれて明日まで戻らないし、奥方も頭痛が酷いと部屋に引っ込んでいる、手が足りているから一日休んでいてもいい、と優しい言葉をかけてくれた。
 乳母に診てもらってはどうかとも言われたが、丁重にお断りした。正直、あの乳母は苦手で二人きりで顔を合わせるという状況になるのは避けたかった。

 自分の部屋に朝からずっと閉じ籠って思い悩むも、やはり同じ結論に辿りついてしまう。
 彼女が肌身離さず付けていた額飾り。
 あれは、徴を隠すために付けているのではないだろうか。

 飾りは毎年父親から贈られていると言っていた。きっとそれは、成長に合わせてぴったりと合う大きさの物を彼女に身に付けさせるためだ。
 乳母を主治医にして他の医者を寄せ付けないのも、屋敷の使用人の数が極端に少ないのも、彼女の徴を見られないようにするためと考えれば腑に落ちる。
 あの乳母が脅されて仕方なくここに住み着いているのか。自分の意思で留まっているのか。どちらかはわからないが、知っていて黙っていることだけは確かだ。奥方の出産に立ち会ったという乳母が徴を見ていないはずがない。

 そんな風にして、あの夫婦は寵愛者を授かりながらも病気と偽り、ずっと息子を世間から遠ざけて隠し続けてきたに違いない。

 彼女の世話を一切引き受けているという、神経質な母親。
 屋敷に引きこもる妻と子の警護を強制する、心配性の父親。
 病気だというのに、全くそんなそぶりを見せない彼女。
 徴のせいだと考えると何もかもが説明がつく。

 確かに、徴を持って王になるのが幸せなことか不幸なことかはわからない。親が子のためを思って隠したくなる気持ちもわからなくはなかった。今の時点で、既に城に継承者が存在しているのならば尚更だ。
 だからと言ってこのままでいて良いはずがない。それとこれとは話が別だ。継承者になるべき人物を隠し続けるなどと許されるはずがない。なにより彼女自身の気持ちを無視して、ずっと一生ここに閉じ込め続けるなど正気の沙汰とは思えない。
 そうだ。彼女は外へ出たいとあれほど言っていたではないか。

 連れ出すべきだ。彼女をここから。
 城に連れて行って保護してもらうべきだ。

 そこまで考えが辿り着いて、思わず自虐の笑みが浮かぶ。
 そう、わかっている。こうやって正義感ぶって最もらしい理由を並べながらも、自分はもっとえげつないことも視野に入れていると。

 彼女を連れて行けば、自分もまた城に戻ることができるのでは。そんな都合の良い未来を想像したのも事実だ。
 寵愛者様を憐れな境遇から救い出した人物。そしてその寵愛者が最も信頼する人物。城での地位も約束されたようなものではないか。
 城に居るあの継承者を押しのけて、彼女が王にでもなればもう言うことはない。もしかしたら王配に、なんてことも夢ではないのかもしれない。
 王にはなれなくとも、城は彼女を無視できないだろう。何も知らない彼女をうまく言いくるめて、彼女の側付き護衛としての立場を不動にすることだって可能な訳だ。

 真面目だけが取り柄と言われていた自分が、まさかこんな腹黒い考えを思いつくようにまでなってしまうとは。声を出して高らかに笑ってしまいたくなった。
 腹黒くて何が悪い。努力や誠実さが正義だと信じて、くそ真面目を意地で貫き通した結果がこんな所に引っ込まざるを得ない事態を招いてしまったのだ。根性がひん曲がるのも当たり前ではないか。

 だがもし、彼女がここを出ることを拒絶したら?
 その時は力ずくでも……。

 いろいろと考えを巡らせていたら、突然扉を叩く音が響いて心臓が飛び出そうになった。
 執事だろうか? もしかすると、調子が悪いと言った自分の様子を見に来たのかもしれない。
 迎え入れようとして立ち上がると、鍵など最初から付けられていない扉が勝手に開く。そして、笑みを浮かべた彼女が部屋にするりと忍びこんできた。

「えっへへー。来ちゃった」


  ◇  ◇  ◇


 予想だにしなかった人物が突然現れて言葉も出ずに固まってしまった。そんな自分を素通りして、彼女は粗末な寝台にさっさと腰を下ろしてしまう。

「具合悪いって聞いたの。でも思ったよりも元気そうね」

「だっ……駄目ですよ、こんなところへ……。もし見つかったら……」

「平気よ、やっとお母様も寝てくれたし。もう頭が痛いからって、いつまでもぐだぐだぐだぐだうるさいのなんのって。なかなか離してくれないんだもの、参っちゃったわ」

 そう言って、彼女は子供のようにはしゃいで寝台の上で弾み始めた。先ほどまで物騒なことを企んでいた自分に、無邪気な笑顔を向けながら。
 無知とは本当に罪なことだ。警戒心が無いにも程がある。

 不意な出来事に少し動転してしまったが、これは絶好の機会ではないかと気付いた。
 父親は不在。母親は寝込んでいる。
 そして彼女のほうから自分の所へと飛び込んできた。あとは自分一人ででもどうにかできそうな老いぼれしか残っていない。
 思わず壁に掛けてある剣に目が行った。
 この好機を逃すわけにはいかない。決意して彼女の隣に腰かけ、静かに語りかけた。

「……お願いがあるのですが」

「なあに?」

「……その額飾り、取ってみてもらえませんか」

「え? これ?」

「お願いです」

 すると、思いのほか彼女が難色を示した。

「でも……。人前で額を出すのは……はしたないことだってお母様が……」

 俯き、顔を曇らせながら彼女が呟く。その言葉に思わず舌打ちしそうになった。
 あの母親め。そんな苦しい嘘をついてまで徴を隠そうなどと。
 とにかく徴を確認しないことには始まらないのだ。なんとしてでも飾りを彼女から取り上げなければ。
 ……相手は生娘だ。多少強引な手を使ってでも……。
 本当に彼女が寵愛者なのだとしたら、今ここで手を付けておくのも悪くない。

 彼女の肩に手を掛けようとした時、突然大きい音を立てて扉が開いた。
 もの凄い形相をした母親が姿を現す。怒りに震えつつ、恐ろしい目をしてこちらを睨んでいた。彼女が反射的に立ち上がり弱々しい声を出す。

「ご、ごめんなさい、お母様。少し話をしていただけなの。そう、それだけなのよ。何も……」

「いいから、早く離れなさい!!」

「お母様……」

「早く!! 聞こえないの!?」

 彼女が泣きそうな顔をして母親の方へと歩き出す。途中、こちらを振り返る仕草を見せたが、母親が彼女の腕を引いて部屋から追い出してしまった。
 部屋に自分と母親だけが残される。母親は顔を真っ赤にさせて言葉をぶつけてきた。

「前々から怪しい怪しいとは思っていたけど……。こんな、こんな所で二人でこそこそと……!!」

「奥様、私は……」

「お黙りなさい!!」

 怒声に自分の言葉がかき消される。
 自分が逃げるのを防ぐかのように、扉の前に陣取ったままで母親が唸るような声を出した。

「見たのね……?」

「……」

「徴を見てしまったのでしょう……? だからあの子にそうやって付き纏うのでしょう!?」

 母親の言葉に、予想していたとは言え衝撃を受ける。
 やはり。
 やはりそうだったのだ。
 彼女は、神が与えた徴を持つ二人目の継承者だった。

「城なんかに連れて行かれてたまるものですか。あの子は私の側から離さないわ」

「しかし……!!」

「貴方に何がわかると言うの? やっと授かった子を護ることの何が悪いと言うのよ!! 何が神に選ばれた証よ。神の子である前に、あの子は私の、私たちのたった一人の息子なのよ!!」

 母親は懐から短剣を取り出し鞘を乱暴に投げ捨てた。目が血走っていて、とても普通の状態とは思えない。
 武器の扱いに不慣れではあるだろうが、こうなってしまうと余計にたちが悪い。素人だからこそ、どんな攻撃を仕掛けて来るかわからないからだ。
 ……始末するしかないのかもしれない。
 大丈夫だ。こちらには寵愛者という力強い味方がついている。彼女の身を護るためだった、と後からいくらでも言い逃れができる。

 母親の動きを見張りながらじりじりと壁の方へと後ずさり、掛けてあった剣を後ろ手で取った。剣を鞘から抜くと、久々に握る柄の感触や剣の重さが体に馴染むのを感じる。

「貴方なんかに渡さないわ!!」

 母親が短剣を握り締めて向かって来る。
 動きを予測し、こちらも構えた剣を振り下ろそうとした、その時だった。

 目の前に一瞬、赤い色が広がった。
 向かって来ていたはずの母親が、小さい子供へと変わる。
 子供は手で肩を押さえている。血が体から噴き出していた。
 得物が地面に落ちた音が聞こえる。自分の剣なのか子供が手にしていた剣かはわからない。
 子供の顔は苦悩に歪み、視線を自分へ向けながらゆっくりと倒れていった。
 驚いたような睨むような眼差し。
 その目に捕えられ身動きが取れなくなる。
 血にまみれて倒れる継承者を成すすべもなく、ただ茫然と自分は見つめていた。
 
 痛みで我に返る。
 倒れていたはずの子供の姿が消え、青ざめた母親の顔が目の前にあった。
 自分の脇腹に、短剣が突き刺さっている。

 咄嗟に母親の体を軽く押しのけた。
 体に力が入らず弱々しい動作だったが、母親はよろけながらその場に尻持ちをついてしまった。

「あ……ああ……」

 相手は訳のわからない呻き声をあげ、両手で顔を覆ったまま動こうとしない。戦意を喪失したようだ。
 受けた傷が致命傷ではないと混乱する頭で判断した。足元がおぼつかないまま、短剣を抜かずになんとか窓から逃げ出す。母親が追ってくる様子はない。
 逃げながら先ほどの光景が何度も思い起こされ、また幻覚を見てしまいそうになる。脇腹の痛みがそれを振り払ってくれ、着ていた上着で短剣を隠して歩を進めた。
 ……落とした剣を再び取って仕留めるべきだったかもしれない。そうも考えたが、あの倒れていく継承者の目と、向かってくる母親の目が頭の中で重なり、今の自分には再び剣を振りかざすことなどとても無理だと感じた。


  ◇  ◇  ◇


 逃げる場所がどこも思いつかず、そのうち処分しようと思っていた生家に転がり込んだ。死んだ両親が残してくれていた家だ。
 とりあえず応急処置をし、大きく息を吐いて寝台に寝転がる。出血はまだ止まらないが思ったよりも傷は浅かったようだ。あの母親も相当混乱していたのだろう。

 もう屋敷に戻ることはできない。それどころか、追手が来るかもしれないことを考えると、ここも早々に出て行く必要がある。
 なんとかして彼女を連れ出す方法はないだろうか。どうにかして彼女を……。
 しかし何も方法が思い浮かばず、絶望的な気分に襲われて手で顔を覆った。

 どうしてこう、何もかもうまくいかないのだ。一体、俺が何をした。
 あの時だってそうだ。
 あんなひどい傷を負わせる気など、微塵もなかったのに。

 自分の焦りや極度の緊張が、あの事故を引き起こしたということは十分わかっている。継承者に罪はない。あの子はただ純粋に、試合という場での打ち合いをしてみたかっただけなのだ。
 このままでは一生下っ端だぞ、と周りに急き立てられていたとしても、最終的にあの試合に出ると決断したのは自分だ。

 でも、城を出てからどうしても考えてしまう。
 あの継承者が試合に出たいなどと言い出さなければ。
 初めての試合で相手が継承者でさえなければ。
 自分は貧乏くじを引かされた。そんなことすら思った。

 この国に、ただ一人しかいない継承者。そんな人物に重傷を負わせた大罪人。
 だが、彼女が城に行けば。彼女の存在が公になれば、継承者は唯一無二の存在ではなくなる。そうすることで、自分の犯した罪を少しでも薄めようとしていたのかもしれない。
 結局のところ、城での地位よりもなによりも、自分は罪に苛まれ続けるのをどうにかしたかっただけなのだと、この期に及んで気付いた。

 こうして冷静になってみれば馬鹿なことを考えたものだ。貴族ではない自分が、王配になどなれる訳がないのに。
 しかも、彼女に手を出そうなどと……。なんて酷いことを自分はしようとしていたのだろう。自分で自分が信じられない。焦るあまり、取り返しのつかない行為を犯してしまうところだった。
 こんな目に遭っておきながら、自分はまだ懲りていないのか。いざと言う時に頭に血が上ってしまうところが何も変わっていないではないか。

 自己嫌悪に陥り、また大きく溜息が出る。
 彼女に合わせる顔がない。だが、このまま彼女を放っておいても良いものだろうか。
 どうするべきか。自分にできることはなんなのか。
 寝転んでいろいろと考えを巡らせていると、扉を叩く音と共に声が聞こえてきた。

「すみません、城から参りました。どなたかいらっしゃいませんか」

 城から……?
 上半身だけ起こして扉の外の様子に耳をそばだてる。
 ……一体なんだろう。まさか自分を捕えに?
 あの事故は自分がこうして故郷に引っ込むことで片が付いたはずだ。今更罪に問われる謂れはない。
 それとも、状況が変わったのだろうか。もしかしてあの継承者が回復することなく……。
 恐ろしい想像が頭を駆け巡る。返事をせずに黙っていると、再び声が聞こえてきた。

「ご子息の忘れ物をお届けに参りました。開けていただけませんか」

 忘れ物。そんな物があっただろうか、と思いながらも、とりあえず自分を捕まえに来たのではないようだと安堵し、強張っていた体が緩んだ。
 痛む傷を押さえて、扉に向かい鍵を外す。
 扉を開けると男が一人立っていた。

「ああ、よかった。いらっしゃったんですね」

 男の顔が笑顔に変わる。どうやら自分の顔を見知っているようだ。

「……わざわざありがとうございます。忘れ物って、一体何を……」

「ええ、ちょっとした物なんですがね。どうしてもお届けしなければと思いまして」

 そう言って、冷たい目をした男は、先ほどとは違う背筋が凍るような笑みを自分に向けてきた。


  ◇  ◇  ◇


「だから私は反対したんです!! あんな男をここで雇うなどと……!!」

「落ち着きなさい。そんな大声を出しては、あの子に聞こえてしまう」

「ああ、恐ろしい……。あの短剣から伝わってきた感触が、まだほら、こうして手に残って……!!」

 妻が喚いて、寝室の中をぐるぐると歩き回る。その手を強引に引き、ようやく椅子に座らせることができた。それでも腰を下ろすと同時に、両手で顔を覆ってまた泣き出してしまう。自分の言葉に耳を貸そうともしない。

 屋敷に戻ってきた自分を出迎えたのは、困り果てている執事と、寝室から聞こえてくる妻の叫び声だった。
 何事かと慌てて寝室に駆け込むと、乳母の静止を振り切って泣き叫んで暴れている妻の姿があった。
 宥めながら長く時間をかけて何があったのかを少しずつ聞き出し、ようやく全貌を知ったのがつい先ほどのことだ。
 乳母はもう疲れ果てて、部屋の隅にへたり込んでしまっている。

「どうしましょう、どうしましょう。きっとあの男から何もかも露見してしまうわ。今まであの子をずっと護り続けてきたのに……。もう何もかもお終いよ……!!」

「大丈夫だ、心配いらないよ」

「何を根拠にそんなことを仰るの!? またあの男が戻ってきたらどうするおつもり!? あの子を連れ出そうと、今もきっと何か企んでいるに違いないわ!!」

「だから、落ち着いて私の話を聞きなさいと言うのに。ここに戻る前に耳にしたんだ。あの男は殺されたそうだよ。生家から死体が発見されたんだ」

 自分の言葉に妻が動きを止めて顔を上げる。涙で濡れた目に少し光が差した。

「……本当ですの?」

「本当だとも。下手人はまだ捕まっていないようだが……」

 それを聞いて、妻が大きく息をつく。
 止まっていた涙がまたみるみるうちに溢れ出し、立ち上がるなり自分に抱きついてきた。

「ああ……!! やっぱりアネキウスはあの子を護ってくださっているのね。そうよね、王になんてならなくても、神の子である事に違いはないんですもの」

「そうだよ。あの子は、私たちの子は神に護られているんだ」

「よかった……。本当によかったわ……!! あの子を取られずに済むのね……!! ああ……神よ、感謝します……!!」

 息が詰まるくらい力一杯抱き締めてくる妻をやんわりと離し、肩を抱いて寝台の方へと促した。

「ほら、少し休みなさい。昨日もあまり寝ていないんだろう?」

 安心したのか妻はすんなりと寝台へ潜り込む。先ほどまでとは違って、晴れ晴れとした顔をしていた。
 手を貸して乳母を立ち上がらせ、妻の様子を見ているように言いつける。
 寝室を出て溜息を吐いた。自室の前で、息子が不安そうな顔でこちらを見ているのが視界に入る。

「……お母様、どうなされたの? ……ばあやに聞いても教えてくれないの……」

 側へと近付く自分の袖を掴み、彼女は泣き出しそうな声で聞いてきた。

「いつものように、少し興奮してしまっただけだよ。大丈夫。もう落ち着いて今ばあやが見ているから」

 それでも浮かない顔をしている息子の背中を押して、共に部屋へと入る。
 お前も少し休みなさい、と促すも、彼女は横になろうとしなかった。寝台に腰かけて、また自分に問うてくる。

「ねえ……。どうしてあの男の人いなくなっちゃったの? お母様が追い出してしまったの? 私のせいなの? 私が隠れて会っていたりしたから?」

 仕方なく自分も彼女の隣に腰かけ、肩を抱いて諭した。

「……お母様はお前のことが心配なんだよ。だから、もう二度と隠しごとはしないとお父様にも約束しておくれ。これ以上、お母様を悲しませたくないだろう?」

「……ごめんなさい……」

「外へ出たい、人と話したいという気持ちもわかるが、お前は普通の体じゃないんだ。お母様の気持ちもわかってあげなさい。もうあんなお母様をお前も見たくないだろう?」

「……うん」
 
 そう言って彼女が俯く。
 少しの間そうしてじっとしていたが、やがてぽつんと静かに呟いた。

「お父様、膝枕して」

「……なんだい、急に」

 こちらが返事をする前に、彼女が自分の膝に頭を乗せてくる。苦笑して髪を撫でてやると、やっと彼女の顔にわずかながらも笑みが戻った。
 自分が戻ってきたことでいくらか安心したのだろう。気が付くと、既に彼女は規則正しい寝息を立てて眠ってしまっていた。
 抱き起こして寝台に横にさせようとした時、彼女がうっすらと目を開けてまた自分に問いかけてくる。

「……お父様」

「なんだ、起きていたのか?」

「……徴って、なあに?」

「……なんのことだい?」

「お母様がね……叫んでたの。額に徴がって……。あの人も……徴とか王様とか……」

「お前はそんなこと気にしなくていいんだよ」

「でも……」

 その返答に納得がいかないらしく、彼女はまだ反論したそうな顔を見せていた。だが、襲ってくる睡魔には勝てなかったようで、またすぐに目を閉じて眠りについてしまう。
 彼女を起こしてしまわぬよう、額飾りをそっと外してやった。

 自分が留守にしていた間、きっと妻は一晩中興奮して吠え続けていたに違いない。母親をここまで怒らせてしまったという不安や悲しみに襲われて、この子もあまりよく眠れなかったのだろう。
 そんな彼女を不憫に思い、また優しく頭を撫でてやった。

 手の動きに反応して、深く眠りについている彼女が寝返りを打つ。
 前髪が分かれて額が露わになった。
 徴などないまっさらなその額を見つめ、私は安らかに眠る彼女の頭をいつまでも撫で続けた。

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