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愛憎<城にて>

2013.04.11 (Thu)
「愛憎」の中でのヴァイル、テエロの一場面です。
暗い内容です。苦手な方はご注意を。
文字反転で言い訳をば→寵愛者の片方が王様になった際、もう片方が継承放棄の儀式をしているというのをすっかり忘れて書いてしまった作品です。つじつまが合わないのですが、広い心で読んでいただければ幸いです……。


愛憎<城にて>


 見慣れた風景がうっすらと目に入ってくる。次の瞬間、薬草の不愉快な匂いが鼻を刺激し、ああ目が覚めたんだな、とぼんやりしたままの頭で思った。
 背中や腰の痛みから、長い時間こうして寝台に横になっていたのだとわかる。体の重さは相変わらずで寝返りを打つのも億劫に感じた。
 人の気配に気付き、頭を傾けて傍らに座る医士に視線を移す。

「お気づきになられましたか」

 読んでいた本を膝の上に置いて医士が言葉を紡ぐ。自分はまだ声を出す気にはなれず、返事の代わりに側の水差しに目を向けた。すぐに医士が水で満たされた盃を渡してくる。医士の手を借りながら、咳き込まないよう少しずつ水を口に含んで喉を潤した。

「……また目が覚めちゃったよ。俺も結構しぶといね」

「……不吉なことを」

 睨んでくる医士を相手にせず、杯に残っている水を飲み干した。空になった杯を渡し、重い腕や頭をなんとかゆっくり回して体中の凝りをほぐす。ようやく頭が少しすっきりしてきた。

「今、夜? 昼?」

「夜中です。何か軽く食事でも運ばせましょうか」

「いや、いい」

 それほど広くもない寝室は、昼間でも外の光が入らないよう今はぴっちりと締め切られていた。寝台近くの灯りだけがほのかに周りを照らしている。
 強い光が今の自分には良くないのだと医士らは言っていた。しかし、このように朝か夜かもわからないような部屋に長く閉じ込められていると、時間の感覚が狂ってますます具合が悪くなるような気がしてくる。

「少し脈を測らせて下さい。お手を、失礼します」

 医士が自分の手を取り、手首のあたりに細い指をあてがう。指のひやりとした冷たさが自分の正常ではない体温を想起させた。
 夜中だから当たり前なのだが、部屋の外からも物音ひとつ聞こえてこない。まるでこの城に目の前の医士と二人きり取り残されてしまったかのような。そんな錯覚に陥る。いつまでも続く静寂に耐えきれなくなって声をかけてみた。

「ねえ」

「お話しになられると脈が乱れます。しばしご辛抱を」

「俺、あとどれくらい生きられるの」

 手首に指をつけたままで、医士がこちらを睨んでくる。

「……陛下」

「みんなはぐらかして教えてくれないんだよね。弱気になるな、とか。必ず治りますよ、とか」

「どのような答えを期待してらっしゃるのかは存じませんが。私の返答も同じです。そんなお考えでいられたら、治るものも治らなくなります」

「医者先生なら、違う答えが返ってくるのかなと思ってさ」

 脈を測り終えて、紙に何かを書きつけていた医士の手が止まった。
 自分と医士の視線がぶつかる。だが、薄暗い灯りに照らされた医士の顔は、普段の表情となに一つ変わらないものだった。

「……どういう意味でしょうか」

「さあね。どういう意味だと思う?」

「言いたいことがあるのでしたら、はっきりと仰っていただけませんか。陛下が何か誤解されているのであれば、それを解かないことには治療も思うように進みません」

 持っていた紙と筆を置き、そう口にしてから医士は椅子に座り直す。

「……誤解、ねえ。俺もまさかそんなって、何度も思ったんだけど」

 頭の後ろで手を組んで言葉を続けた。

「俺さあ、そんなに恨まれるほど先生に何かした? こんなに長く時間かけて、じわじわと苦しめられるくらいに」

「……」

「そうやって黙ったまんまでしらばっくれる気? まあ、ほんとはわかってるんだけどね」

「何がでしょう」

「手に入らないならいっそのことって思ったの? 可愛さ余って憎さ百倍ってやつ? だいたい、こんな目に遭わせるくらいなら、成人する前に言ってくれればよかったんだよ。その気持ちに答えれるかどうかはまた別の話だけど」

「……何のことを仰っているのかわかりませんが」

「ほんと勝手だよね、そっちの都合ばっか押し付けてさ。こんなになるまで気付かなかった俺も馬鹿だけど」

「ですから」

「このままじゃランテが途絶えるって散々口うるさく言われても、俺が今まで結婚しなかった理由を教えてあげようか。相手があんたに殺されるってわかってたからだよ」

 強い口調で冷たい顔をしている医士に言葉をぶつけた。
 その途端、喉の奥に違和感を感じて咳が意図せずに出てきてしまう。呼吸ができずに思わず体を折り曲げた。医士が腰を浮かせかけたが、伸ばしてきた手を乱暴に振り払う。
 深呼吸を繰り返してやっとのことで肺に空気を送り続けた。しばらく経って、ようやく息が整ってきてから再び医士に言葉を投げた。

「こんな危なっかしい人がいるってわかってんのに、家族なんてつくれるわけないじゃん。養子を貰ったところで何されるかわかんないし」

「……陛下、もう横になられたほうが」

「田舎に引っ込んだ衛士の人、始末しちゃったりさ。あれも先生がやったんでしょ? もう俺も観念するから早く楽にさせてくんない? 煮るなり焼くなり気の済むようにしてよ。俺がいなくなっても、この国はレハトがなんとかしてくれるだろうし」

「……」

 医士は相変わらず無表情のままだった。この男が慌てふためいたり、怒りを放つところなんて今まで見たことがない。
 だからこそ、余計に不気味だった。
 まだ何か企んでいるのか。
 それともこう見えて、自分の言葉に少しは動揺しているのだろうか。

 また長く沈黙が訪れた。自分の浅い呼吸音だけが部屋に響く。
 少し、体がつらくなってきた。また熱が上がってきたのかもしれない。いつも以上に体が重く感じる。でも、口を割らせるまで、意地でもこの男の前で倒れたりしたくなかった。

 先ほどまで静かだったはずの外から風と雨の音が聞こえてくる。窓の扉に叩きつけられる雨音が徐々に大きくなってきた。珍しく嵐がやってくるのだろうか。
 いつまでも口を開こうとしない医士を見て、このまま白状しない気なのか、と焦れったく思っていると囁くような声が聞こえてきた。

「……つまり、私が貴方にずっと毒を盛っていたと。陛下はそうお考えなのですか?」

「だってそうなんでしょ?」

「確かに症状は毒を服用した時のものとよく似ています。先日出た斑点で、私も確信に近いものを感じました」

「白々しいね。自分でやっておいて」

「……やはり陛下は誤解しておられる。私は毒物に精通しておりますが、貴方にそれを使おうなどとは一度も考えたことがございません」

 よく言うよ、いけしゃあしゃあと。
 治療のためとは言え、こんな奴を信用しきって自分の体を預けていたなんて。今更ながら自分の鈍感さを罵りたくなる。昔、偉そうに寝転がって、年上の従兄を叱り飛ばしたのが恥ずかしくなるくらいだ。

 意識をなんとか保ちつつ相手の出方を待っていると、医士が懐から小さく折りたたまれた薬包紙を出してきた。

「……なに、それ」

「解毒剤です。まだ試作の段階ですので今までお見せしませんでしたが」

 小さな包みと医士の顔を交互に睨みつける。
 この期に及んで、まだ涼しい顔をして自分を騙し続けるのか、とますます苛立ちが募った。

「……そんな物、俺が信じて飲むとでも思ってんの?」

「そうですね。貴方が先ほど仰っていた通り、そろそろ止めをと企んだ私がこっそり用意した毒薬かもしれません」

 そう言って医士は冷たい笑みを浮かべ、包まれた紙を自分の手の上に置いてくる。

「どちらだと思います? 最も、これが本当に解毒剤だとしても、効果があるのか私にはわかりかねますが。ここまで症状が進行してしまうと、服用したところで既に手遅れ、ということも考えられますしね」

 医士の言葉を聞いているうちに意識が朦朧としてきた。
 荒い息を吐きながらも、力を振り絞って医士を睨み返す。

 言いたいことは山ほどあった。怒鳴り足りないたくさんの言葉が頭の中で駆け巡る。
 しかし、少しでも大声を出そうものなら、情けない音を立てている喉から咳が出てしまいそうで、もどかしさで頭がおかしくなりそうだった。
 そんな自分の様子を見て、医士が再び水で満たされた杯を差し出してくる。落ち着け、とでも言いたげな顔だ。息も絶え絶えになんとかそれを受け取り、力任せに医士に向かって思い切りぶちまけてやった。ゆっくりとした動作だったというのに、医士はそれを避けようとはしなかった。

「……ご判断は貴方にお任せします。交代の時間ですので、私はこれで」

 水に濡れたままの医士が一礼して寝室を出て行く。渡された小さな包みと自分だけが部屋に取り残された。

 外はまだ激しく雨風が吹き荒れている。まるで今の自分の心中を表しているかのように。
 飲むべきか。
 捨てるべきか。
 何を信じて、何を疑うべきなのか。

 泣きたいような笑ってしまいたくなるような感情に揺さぶられ、手の中の包みを力を込めて強く握り締めた。

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