スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

擺脱<1>

2013.04.19 (Fri)
女レハト衛士、グレオニー、フェルツのその後の話です。


擺脱<1>


「あ、レハト様。グレオニーなら今日は居ませんよ。試験に駆り出されています」

 訓練場に足を運んでみると、自分の姿を見つけたフェルツが話しかけてきた。

「ああ、登用試験って今日だったっけ……。駆り出されてるって? 昨日は何も言ってなかったけど……」

「急遽、人が足りなくなっての補充要員らしいです。新人相手の打ち合いとは言え、あいつにしてみれば大抜擢ですよ。やっと頑張りが認められてきたってことじゃないですかね」

 グレオニーの地道な努力は実を結んでいるようで、最近の彼の評価は着実に上がりつつある。頻繁に自分の耳にも入ってくるほどだ。
 彼が前向きな姿勢を見せ始めたのは寵愛者の存在がきっかけだ。そんな風に、周囲からもグレオニー本人からも常々よく言われていた。その度に、こんな自分でも人の役に立てたことを嬉しく思う反面、なんだか彼がだんだん手の届かない存在になってしまうような感覚に陥る。

「あいつのことだから、張り切り過ぎてまた何かやらかすんじゃないかって。なんだかこっちまで落ち着かなくて。剣を振り回して気を紛らわせようと思ったんですけど……」

 フェルツの視線の先を見てみると、珍しく打ち込み用の人形が全部埋まっていた。
 人形の周りだけでなく、訓練場全体を見回しても今日はいつもより人が多い気がする。

「心配性だなあ。大丈夫だよ、グレオニーに限ってそんな」

「騙されちゃ駄目ですよ。あいつはね、レハト様の前ではかっこつけてるだけなんです。でかい図体に似合わない情けない姿を、もう嫌になるくらい俺は見てきたんですから」

 フェルツの言葉に笑いが止まらなくなる。
 そうやってしばらく二人で打ち込み用の人形が空くのを待っていたのだが、なかなか皆がその場所を譲ろうとしない。
 もうすぐ新人が入ってくる、ということもあって、いつも以上に気合いが入っているのだろうか。

「……レハト様ももう独り立ちの時期ですね。そうなったら、俺たちみたいに下の面倒を見るようになるまであっという間ですよ」

「なんか……自分が面倒を見る、なんて想像つかないなあ。剣だってまだまだ未熟だっていうのに」

 少し剣の筋が良い、というだけで自分はこうして衛士になることができた。他に何か秀でた能力があるわけでもないので、やはりこれは徴を持っているが故に優遇されているのを認めざるを得ない。
 だが、徴持ちの衛士というのは前例に無いことであり、上の者も自分をどう扱っていいのか考えあぐねているのが普段の接し方からひしひしと伝わってきた。やはり考え直させて別の職に就かせたほうが、という声も上がっていたと聞く。

 とりあえずは仕事をさせながら様子を見ようという結論に落ち着いたらしく、自分のお目付け役となったのがグレオニーだった。
 新人衛士には年上の衛士がしばらく付きっきりになるのが通例なのだが、自分の場合は勝手に相手を決められることなく、誰に付きたいと思うか、指導して欲しいと思う目ぼしい人物はいるのか、と上の者たちから希望を聞かれた。ここでもまた特別扱いをされていると気付いてはいたが、自分は迷わずにグレオニーを指名し、それがすんなりと通ったのだ。

 彼は嫌な顔一つせず、自分の面倒をよく見てくれた。仕事の一つ一つを事細かに丁寧に教えてくれ、いつでも剣の相手になってくれた。
 この一年で剣の腕が上達したかどうかはともかく、これから先、ここでもなんとかやっていけそうだと思えるようになったのも彼のおかげと言っていい。

「……不安だなあ……。グレオニーがいないと、また失敗しちゃいそうで……」

 先ほどフェルツが言っていた通り、自分もグレオニーから離れて一人で仕事をこなさなければいけない時期が迫っていた。少し前から、一人で仕事に駆り出されることも増えてきてはいるのだが、先日、自分の不安が的中して失敗をやらかしたばかりだった。

「この間のは少し集合に遅れただけじゃないですか。巡回にそれほど支障はなかったことですし……」

「でも、自分の失敗がグレオニーの評価にも繋がるでしょう。監督不行き届きだって。あーあ……。もっとしっかりしなきゃ……」

 自分が劣等生だとまでは言わないが、額に光り輝く徴を持っているというのに、グレオニーに誇らしく思ってもらえるような優等生にもなれなかった。
 失態を犯さないように。
 彼の重荷になってしまわないように。
 この一年、ただそれだけを考えて必死に毎日を過ごしてきた。なのに、ちっとも成長した気がしない。

「初心忘るべからず、です。慢心してしまうよりよっぽどいいですよ。レハト様が一人前になったらあいつも喜ぶでしょうけど、その裏で少し寂しい思いもするんじゃないんですかね」

 そんな風に、フェルツが気を遣って優しい言葉をかけてくれる。
 ……そうなのだろうか。少しはグレオニーも寂しいと思ってくれるのだろうか。

「二人で仲良く何の話だ?」

 突然、背後から聞き慣れた声がして心臓が飛び出そうになる。
 振り向くと、疲れた顔をしているグレオニーの姿がすぐ後ろにあった。腕を回しながら肩を押さえている様子からも、相当体力が削られたのが窺える。
 情けない弱音を吐いていたのだと、そんなみっともないをことグレオニーに言えるはずもない。どう誤魔化そうかと思っていたら、フェルツが助け舟を出してうまく話題を変えてくれた。

「もう終わったのか、早かったな。どうだった? 試験」

「あー、強い強い。強いのばっかわんさか来たよ。なんだあれ。最近は成人したてって言っても、侮れないもんなんだなあ。周りはお偉いさんが並んで睨みを利かせてるし、まるでこっちが試験されてるみたいだった」

「そりゃ腕に自信がなきゃ、衛士になりたいだなんて誰も思わないだろうさ。人材豊富で結構なことじゃないか」

「俺達もうかうかしてたら、すぐに追い抜かれちまうぞ」

 そう言って、グレオニーが自分に視線を移してくる。
 その顔が急に笑顔になり、胸がまた高鳴ってしまった。

「一人、女が入ったよ。もう、そいつがちっこくてすばしっこいのなんのって。昔のレハト見てるみたいで、なんだか懐かしくなった。ああ、レハトもあんな風にちっこくて、剣に振り回されてるみたいだったなあって」

 彼が無邪気な笑い声をあげて、自分の頭に手を乗せてくる。
 自分の身長はそれほど急激に伸びず、成人前とあまり変わらなかった。彼との身長差も相変わらずで、背伸びしてやっと頭が彼の肩に届くくらいだ。
 ……でも少しは伸びたもん。まだこれからも伸びるかもしれないもん、と膨れ面をしてみせるが、もう既に彼はフェルツの方に顔を向けていた。

「それで俺がそいつに付くことになったんだ。寵愛者様も女だったし、ちっこい女の扱いには慣れてるだろうってお偉方がさ」

「女の扱い、じゃなくて、ちっこい女の扱い、ねえ。まあ、お前らしいな。上の人はよくわかってる」

 フェルツとそんな言い合いをしている間も、彼の手は自分の頭に置かれたままだった。
 顔が赤くなってしまいそうで落ち着かない。でも、手を退かれてしまっても悲しい。自然な振る舞いを装うのにかなりの集中を要した。

 私の彼への想いが決して成就することはないだろうとわかってはいるのだが、こんな行為をしょっちゅうされていると変な勘違いを起こしてしまいそうになる。少しは期待してもいいのだろうか、と。
 だが、浮かれて仕事に支障が出るようなことだけは絶対に避けなければ。彼はもう、自分ではなくて他の新人に付きっきりになってしまうのだ。

 早く一人前になって、彼と肩を並べるようになりたい。
 彼に認められるようになりたい。
 
 そう思いながら、話に夢中になっているグレオニーの顔をそっと見つめ続けた。


  ◇  ◇  ◇


 いつも二人で行動していたのが、急に一人なると寂しさがこみ上げてくる。そんな甘い思いに浸っていられたのも始めのうちだけだった。
 知らず知らずのうちに、やはり彼に頼り切ってしまう癖がついていたようだ。一人で仕事をこなすということがどれだけ大変なものなのか。咄嗟の判断を自分一人で下すというのがどれだけ重いことか。こうなってみて、やっと本当に理解できた気がする。
 一日が過ぎるのが驚くほど早く、寝台に潜り込んだかと思うともう朝になっている、というくらいに体力的にも精神的にも疲弊している日が続いていた。
 ここしばらく彼の姿を見ていない、とふと気付いたのが先日のことだ。それほど最近の自分には余裕がなかった。

 食堂に近づいた時、彼の笑い声が聞こえてきた。自分でも驚くくらいに急に体が軽くなるのを感じる。思わず頬が緩み、つい小走りで入口に向かってしまった。彼の顔を見るのは何日ぶりくらいだろう。

 入口に立つと、賑やかな話し声や笑い声が耳を刺激する。そこからすぐにグレオニーの姿を見つけ、近寄ろうとしてから、彼の隣に座っている小さな子に気付いた。

 ああ、あれが……。

 大人しそうにちょこんと座っている子が、彼の言っていた例の「ちっこい子」なのだろう。
 どうしよう。あの場に自分が行ってもいいものだろうか。
 側に寄るのを躊躇していたら、彼の方が自分に気付いて手招きをしてきた。拒絶されなかったことに少し安堵しながら二人に近付く。

「レハト、今から昼飯か? 遅いんだな」

「うん。……この子、このあいだ言ってた子?」

「ああ、そう。俺が今、見ている……」

 彼がそう言うなり、「ちっこい子」がものすごい勢いでいきなり立ち上がった。

「はっ、はじめまして!! ちょっ、寵愛者様におおお目にかかれるなんてここっここ光栄に……」

 叫びながら「ちっこい子」は直角に礼をしてきた。
 その仕草に、彼と同時に噴き出してしまう。

「かしこまらなくても大丈夫だって。レハトはそんな礼儀とか気にするような奴じゃないから」

「はっ、はいっ、すみませっ……」

「だから緊張するなってば。ほら、レハトも座って」

「うん」

 席を勧めてくれた彼だったが、自分が座った途端に他の人に声を掛けられていた。何やら長く話し込んでいる。やがて、すぐに戻るから、と私たちに言って食堂を出て行ってしまった。

 「ちっこい子」と二人、その場に取り残される。彼女を置いて、自分も席を立つわけにはいかない。彼のすぐ戻るから、とはそういう意味も込められていたのだろうし。
 隣に座る彼女ががちがちに緊張しているのが気の毒なほど伝わってくる。やっとグレオニーに会えたのに、という思いもどこかへ吹き飛んでしまうほどだった。
 このまま沈黙を続けるわけにもいかず、自分の中での最大限の笑顔を浮かべて話しかけてみる。

「あ、あの。普通に接してくれていいから。徴があるって言っても、今は貴方と同じ、ただの平の衛士なんだし。歳も近いし。数少ない女の衛士同士で仲良くしよう? ね?」

「はっ、はい。あ、あの、その……」

 「ちっこい子」が遠慮がちにこちらを向く。やっとまともに顔を拝めることができたが、相手は思わず息を呑んでしまうほど綺麗な面差しをしていた。同性の私でも驚くほどだ。

「ちょ、寵愛者様は……」

「その呼び方も禁止。名前で呼んでよ」

「す、すみませんっ。……れ、レハト様には、感謝してもしきれないくらいなんです、私」

 どういうことだろう、と首を傾げていると、彼女が言葉を続けてくる。

「私、女だし。こんな身長だし。貴族でもないし。きっと採用されないだろうなって、そう思いながら試験を受けたんです。お前なんかが試験を受けてどうするんだって、いつも兄たちに馬鹿にされてたし……。でも、ちょ……レハト様が、力とか体格だけじゃなくて、俊敏さを武器にしても十分ここでやっていけるって前例を作ってくださったから。レハト様がいらっしゃらなかったら、きっと私、ここには居なかったと思うんです」

 彼女の言葉を聞いて少し嬉しくなった。だが、ここで衛士としてやっていけると周りに納得させることができたのは自分一人だけの力じゃない。彼が居なかったら、役立たずの徴持ちとして城で飼い殺しの身となっていたかもしれないのだ。
 私じゃなくて、グレオニーにこそ感謝の意を伝えるべきだ、と言おうと思ったが、

「本当に、本当にありがとうございますっ!! レハト様は私の恩人です!!」

自分が口を開く前に、彼女が食堂中に響く大きい声を出してきた。顔を真っ赤にして、何故か涙まで浮かべている。
 一気に周りの注目を浴びてしまい、焦って彼女の肩に手を置いた。

「わ、わかったから。もうちょっと声を落として、ね? ちょっ、な、なんで泣き出すの?」

「あ、憧れだったんです。わ、私、レハト様のお噂を聞いていて、私もレハト様みたいな、かっこいい女衛士になりたいって、思って……。め、目の前に本物が、本物がいらっしゃると思うと……思うと……、うわああああああ」

 ……どんな噂か知らないけど、そんなに風に思ってもらえる中身じゃないんだけどな……。
 きっとすぐに現実を目の当たりにして、幻滅されるのが落ちだ。そう思いつつも、肩から手を離すこともできずに彼女を慰め続けた。しかしその動作で、泣き声がまた一段と高くなってしまう。
 なにやってるんだ、と驚いたグレオニーが戻ってくるまでそれは続けられ、結局、私は昼ご飯を食べそこなってしまった。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。