スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

擺脱<2>

2013.04.21 (Sun)
女レハト衛士、グレオニー、フェルツのその後の話です。


擺脱<2>


「な。昔のレハトみたいだろ?」

「……私はあんなに純粋じゃなかったと思うよ。もっとひねくれていると言うか……」

「そういうんじゃなくて。ほら、ああやってちっこい体で、必死になって剣振り回してるところとかさ」

 打ち込み用の人形相手に、「ちっこい子」が懸命に剣を当てている。その様子を、私とグレオニーは少し離れた所で座って見ていた。
 似ているのは体形だけで、中身は自分と全然違う、というのが自分の中での彼女の印象だ。それに私はあんなに綺麗な顔立ちをしていない。自分の器量が悪い、とまでは言わないが、あの子は別格だ。訓練場に居る衛士たちの視線がちらちらと彼女に向けられていることに、だいぶ前から私は気付いていた。
 グレオニーが私をどう見ているのかはわからないけれど。まだ成人前と変わらずに子供扱いしているのだけは確かなようだ。
 嫌われていないだけまだましなのかな……、と溜息が漏れ出てしまう。女として見られていないのが悩ましいところだが。

「俺みたく、兄弟の多い家庭の末っ子で育ったんだってさ。彼女以外、全部男」

「へえ……」

「兄弟に倣って男を選ぶか相当悩んだらしいんだけど。まあ、女を選んで正解だったかもな。ハイラなんて早速声をかけてきたよ。ほんと、そういう所は抜け目ないよな、あいつ」

 グレオニーもやはりそんな風に彼女を見ていたのか、と少し驚くと同時に心が痛んだ。あまり女性に興味を示さないというか、彼から女性の話題など出たことなど今までなかったから。
 でも無理もない。あれだけ綺麗な子なのだから誰だってそう思うだろう。グレオニーも例外ではなく、普通の男として一般的な意見を述べた。ただそれだけのことだ。

 徴があったって、何の役にも立ちはしない。とりあえず、自分の食い扶持を稼ぐのに困らない生活ができたことには感謝するけれど。でも、彼女のようにもう少し彼の気を引くことができるような、そんな何かを授けてくれてもよかったんじゃないか、とアネキウスに愚痴りたくなった。

「どっちを選んでも、衛士には絶対になりたかったって言ってた。彼女以外の兄弟全員、試験を受けて全滅だったらしいんだ。衛士になって、今までずっと体が小さい小さいって馬鹿にされてたのを見返してやるって……。なんだか俺みたいだな。やっぱり兄弟が多いと、末っ子はどこもそんな扱いをされるもんなのかなあ」

「そんなに衛士になりたかったのに、どうして女を選んだんだろう…… 。不利になるとは思わなかったのかな」

「ぎりぎりまで男選ぶ気だったらしいよ。でも、レハトの話を聞いてやっぱり気が変わったって」

「……私?」

 ああ、そう言えば、と先日の食堂で「ちっこい子」と話した内容を思い出す。
 ……憧れ、ねえ。
 どう考えても、彼女が思っているような人物像とはかけ離れているとしか自分には思えないのだが。

「可愛い後輩からそんな風に崇拝される心境はどうだ? 気分いいか?」

「……からかわないでよ。そんな実力も器用さも無いって、グレオニーが一番よく知ってるくせに」

 彼が意地悪そうな笑顔を自分に向けてくる。
 人の気も知らないで。
 こんな何気ない会話ですら自分には嬉しくてたまらなくて。平静を装うだけでいっぱいいっぱいだと言うのに。

「今日はもう上がるだけなんだろ。久しぶりに打ち合ってみるか?」

「え、でも……」

と、まだ人形相手に汗をかいている彼女に思わず目が行く。
 予期せぬ嬉しい申し出を断りたくないのはもちろんだったが。やはり今のグレオニーの立場上、彼女を優先しないとまずい気がする。

「側で軽く打ち合うくらいなら大丈夫だって」

「……そう、かな」

「あいつより、お前のほうがよっぽど心配だよ、俺は。ほんとに一人で大丈夫なのかって。今でもついついレハトを探しちまうもんな」

「うわ、ひっどい。きちんとやってるよ、目も当てられないような失敗も今のところしてないし」

「知ってるよ。ちゃんと報告は聞いてる」

 そう言って、グレオニーの大きい手が自分の背中を軽く叩く。
 ……なんだ。まだちゃんと自分のことも気にかけてくれているんだ。
 口の端が上がってしまうのを抑えることができず、小踊りしたい気分になってしまう。浮かれて訓練用の剣と盾を取りに行こうと立ち上がろうとした、その時だった。
 衝撃音と、人々のざわめき。
 人形の前で剣を振っていたはずの「ちっこい子」が、顔を押さえてしゃがみ込んでいる。そのすぐ横で、青い顔をしている男が茫然と立ちすくんでいた。
 グレオニーがすぐに彼女のもとへと駆け出す。その周りに人だかりがあっという間にできてしまった。

「どうした?」

「あ、いえ。大丈夫です。たいしたことは……」

「すっ、すみません!! ぼ、僕の剣が折れてしまって……、それで、それで彼女に……!!」

 どうやら同じように隣で訓練していた新人の剣が折れ、その切っ先が彼女に当たってしまったらしい。
 訓練用で刃を潰してあるとは言え、凶器であることに変わりはない。しかも押さえているのが顔、ということは……。

「ちょっと見せてみろ」

 グレオニーの手が彼女の顔を挟む。顔を近づけて傷を確かめていた。
 その一連の動作に自分の胸がちくりと痛む。そんな場合じゃないとわかっているのに。

「……瞼が少し切れてる。目には直接当たってないみたいだ」

 その言葉で、取り囲む人々が安堵の息を漏らす。
 折れた剣を持ったままの男が、ぺこぺこと何度も頭を下げ始めた。

「すみません、すみません!! 僕のせいで……」

「こういうことはお互い様だから。でも、使う前に剣の状態はちゃんと確認しておけよ。それだけは忘れるな」

「はい……申し訳ありませんでした」

「すぐに医務室に行こう。立てるか?」

 グレオニーが手を差し伸べるも、「ちっこい子」が片手を軽く振って固辞する。

「あの、大丈夫です。私、一人で行ってきます。もう片方はちゃんと見えますし」

「あっ!! ぼっ、僕が付き添います!! 僕のせいなんですから!!」

「いいえ、本当に一人で大丈夫」

「いやいや!! そういう訳には!!」

「でも」

「いや」

「……もういいや、めんどくさい。ちょっとごめん」

 言い終わるや否や、グレオニーがいきなり彼女を抱き上げた。
 目を押さえながら、彼の腕の中で「ちっこい子」が慌てふためく。

「わっ、私、自分で歩けます!! こんなことしていただかなくても……!!」

「片目のままじゃ危ないし。それでまた怪我されたら、こっちも困る。暴れたら落ちるぞ」

「……はい、すみません……。お願いします……」

 グレオニーの言葉で彼女はすぐに大人しくなり、そのまま二人は訓練場を後にした。
 取り囲んでいた人たちが、やれやれ、と息をついて散らばり、また自分の訓練に集中し始める。
 そんな中、私は何もできずにただその場に固まって動けずにいた。怪我をした彼女の側に寄ることすらできなかった。

 つい先ほどまで、彼の手が当てられていた自分の背中。そんなはずはないのに、まだ彼の温もりが残っている感じがする。
 ……彼女の側に駆け寄ってから、グレオニーは最後まで一度も自分の方を見ることはなかった。


  ◇  ◇  ◇


 「ちっこい子」の傷はそれほど深くはなかったらしく、視力にも影響はないという事だった。
 ただ、瞼がかなり腫れて視界が遮られているため、しばらくは自室で休養することになったそうだ。

「それでも体は元気だからって、正門警備に行こうとしたらしいですよ。グレオニーが叱りつけて見張っているそうですけど」

 夜間の巡回をしながら、フェルツがいろいろと説明してくる。

 今日の巡回の相手が彼だとわかって少しほっとした。徴を持つ自分をよく思わない衛士と組まされた日には、それはもう胸糞が悪くなるような言葉で、一晩中攻撃されることも珍しくないからだ。
 徴があるというだけでいろいろと優遇されているのだから、彼らの気持ちもわからないではない。だが仕事に影響が出てしまうほどの悪意を向けてくるのは勘弁して欲しかった。

 剣が縮こまっている。
 まだ伸びそうなのに、もったいない。実力を出し切っていない。
 何故いつもそんなに委縮しているのか。何をびくついているのか。

 グレオニーや他の者から、しょちゅうそんな風に言われていた。でも、委縮してしまうのも、失敗を繰り返してしまうのも、自分に反感を持つ者が多いこの環境が原因の一つでもあるのではないか。
 ……もちろん、私の未熟さが一番の原因ではあるのだけれど。

 そういう扱いを受けている自分に気付いているのかいないのか。フェルツはよくこうして世間話などで自分を気遣うような態度を示してくれた。
 まるでグレオニーみたいだ。類は友を呼ぶという言葉が思い浮かんだ。

「見舞い客がすごいらしいですよ。休養なのに彼女が休む暇がないって、あいつがぼやいてました」

「そりゃあれだけ綺麗なんだから。あの手この手で印象づけようと皆必死なんだよ」

「当の本人は辟易しているみたいですけどね。見舞われるほどの怪我じゃない、と自分で追い出したりもしているそうで」

 そこまでの元気があるなら、復帰するのもすぐのことだろう。彼女の症状が軽いとわかって胸を撫で下ろした。
 視力が落ちているようならば、有無を言わさず解雇、という事態だって十分有り得たのだ。

「でもよかったね、大したことなくて。顔だから傷も残らないといいけど……」

「衛士になったからには、傷は勲章、ぐらいに思わないと。顔だろうが体だろうが同じことです」

「……手厳しいね」

「女だからとか。顔は避けておこうとか。そんなことを気にしてたら、剣を合わせることなんかできないじゃないですか。顔に傷がつくのが嫌なら、衛士になんてならなきゃいいんですよ」

 凛とした顔でフェルツが言う。
 覚悟が足りない、と自分に言われている気がした。
 自分は皆のように試験を受けて衛士になったわけではない分、そういう部分が何か欠けている、と思われても当然かもしれない。

「そうだね……その通りだ。肝に銘じておく」

「いえ、別にレハト様のことを言ったわけじゃ……」

 フェルツが慌てた様子で、すみません、と頭を下げてくる。いやでも本当のことだから、と私も頭を下げ、しばらくお互いにそうやって謝罪し合い、顔を見合わせて笑ってしまった。
 気を取り直して再び歩き出し、巡回を続ける。

「……でも実際、女性の衛士だと大変だろうなあ、と思うことはよくあります。どう頑張ったって力の差はありますし。体格だってどうにもならないし。傷だって例え見えない場所だとしても、女ならそりゃ無いに越したことはないでしょう」

「……うん」

「女性には女性にしかわからない悩みも、きっとあると思うんです。グレオニーが付いていると言ってもやっぱりあいつも男だし、うんざりするくらい鈍感だし。だから、レハト様もあの子を気にかけるようにしてやって下さいね」

「うん……。自分も今は手一杯だから、できる範囲でしか構ってあげられないと思うけど……」

「話し相手になってやるだけでも違うものですよ。あの子、レハト様を尊敬しているようですから、声をかけてやれば喜ぶと思うんですけど」

「……フェルツも、あの子がお気に入りなの?」

 自分の言葉にフェルツが目を丸くする。
 そして、心外だとばかりに矢継ぎ早に言葉を並べてきた。

「冗談じゃありません。ハイラみたいな奴らと一緒にしないでください。ここの衛士みんなを敵に回すことになりそうな相手なんて、俺はまっぴらごめんです」

 フェルツの言葉に笑いながら、グレオニーもそう思ってるといいのに、とつい考えてしまった。
 彼女の怪我に責任を感じて、今ももしかしたら側で看病をしているのかもしれない。そんな光景を思い浮かべてしまい、また胸が痛んだ。
 自分の時もそうだった。
 大した怪我じゃないと言っているのに、いいから大人しくしていろ、と無理やり寝台に自分を押し込む彼。
 訓練場にこっそり足を運ぼうとする自分を叱咤し、寝入るまで傍らで見張っていた彼。
 もし、今。自分が同じように怪我を負ったなら。グレオニーはあの時のように自分の側に居てくれるだろうか。

「……レハト様は、どうしてあいつを指名したんですか?」

「えっ?」

 話が思いもよらぬ方向に進んで、変な声を出してしまった。

「あ、いえ。貴女がグレオニーを指名した時、ちょっとした騒ぎになったものですから。皆がその役目を密かに狙ってましたからね」

「……それは、私が徴を持ってるから」

「中にはそういう者もいたのも否定はしませんが。でもやっぱり野郎よりは女性に付きたいものですよ。むさ苦しい男ばっかりに囲まれて生活してるんですから」

 ……自分が指名した時、グレオニーはどんな反応をしたんだろう。
 この流れに乗じてフェルツに聞いてみてしまおうか。いやそれともいっそのこと、こんな想いを抱えているのを打ち明けてもいいのかもしれない。口が堅いフェルツなら信用できる。
 そんな考えが顔に出てしまっていたのかはわからないが、彼は突然、驚くようなことを口にしてきた。

「あいつはやめたほうがいいですよ」

「……」

 言われた瞬間、頭が真っ白になる。
 何故、そんな釘を刺すようなことを言い出すのか。
 既に自分の気持ちに気付いていた? 
 いつから? どうして?
 グレオニーを指名したことで気付かれてしまっていたのだろうか。それとも普段の行動から滲み出てしまっていたのか。
 自分の前を歩く彼の背中は、それ以上何も語ろうとはしない。

「……やだなあ、グレオニーはそんなんじゃないよ。彼を指名したのも、あの時は他に思いつく衛士がまだ居なかっただけで」

 ……うまく誤魔化せただろうか。
 なんとか冷静を装ってはみたものの、内心は逸る鼓動を抑えるのに精一杯だった。
 自分の言葉に歩を止め、振り向いた彼の表情からは何も読み取れない。
 やがて、静かな笑みを浮かべてフェルツは言った。

「……少し、急ぎましょうか。無駄話をし過ぎたせいで、時間内に回れなくなりそうです」

 何事もなかったように、フェルツがまた歩き出す。
 結局、彼が自分の言葉を信じたかどうかわからないまま、もやもやした何かを心に抱えながら巡回を二人で続けた。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。