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擺脱<3>

2013.04.23 (Tue)
女レハト衛士、グレオニー、フェルツのその後の話です。
一部、胸糞が悪くなるような部分があります。ご注意を。


擺脱<3>


 訓練場の隅に人だかりができている。
 もしかして、と思っていると、人々の隙間からあの子とグレオニーの姿が見えた。
 
 本当にすごい人気なんだな、と苦笑し、地べたに座り込んで剣の手入れを始める。
 「ちっこい子」が復帰してしばらく経つが、日に日に彼女の話題を耳にすることが増えていた。
 気が利いて礼儀も正しく、要領が良い。剣の腕もまだまだ上達するに違いない、と彼女の評判はうなぎ上りだ。加えてあの容貌ならば、人の目を引かないほうがおかしいだろう。
 自分が衛士になった時の評価とはえらい違いだ。フェルツにはああやって言われていたが、わざわざ気にかけたり心配する必要もないのかもしれない。私よりもよっぽど早く、彼女はここに馴染むことができるだろう。

 聞き耳を立てるつもりはなかったのだが、どうしても皆の会話が耳に届いてしまう。ちらちらと目線だけを向けて様子を窺っていると、グレオニーの少し苛立ったような声が聞こえてきた。

「おい、もう散れって。いつまで纏わりついてくる気だよ」

 手で人を追い払うも、取り囲む衛士らはその場を動こうとはしない。「ちっこい子」はグレオニーの後ろで、口を開かず大人しく縮こまっていた。

「いいじゃんかよ、少し話くらいさせろよ。お前ばっか独り占めしてずるいぞ。なんなんだよ、そうやってべったり一日中くっつきやがって」

「お前らみたいなのが隙あらば寄ってくるんだから、仕方ないだろ」

「怪しいなあー。そんなこと言って、一人で抜け駆けしてんじゃねえだろうな」

「寵愛者様の次はこの子って、ちょっと出来過ぎだよなあ。お前、一体どんな手を使って上に取り入ったんだ?」

「……変な言い方するなよ。人をそんな、ごますり野郎みたいに……」

「ちくしょー。俺んとこの新人なんてひどいもんなのにさー。まったく不公平だよ。いくら貴族だからって誰だよ、あんなの採用した奴。ハゲ衛士長か? それともコネか? グレオニー、試験の時に手ぇ抜いたんじゃねえだろうな」

 衛士らの愚痴が長々と続いていたのだが、剣の手入れに専念しようと試みる。
 やがて彼らの声も聞こえなくなり、気が付くと二人が広い場所に移って剣を合わせていた。やっと人の群れから解放されたようだ。

 彼女が剣を振り、グレオニーがそれを軽く受け流す。
 途中、何度か動きが止まり、彼が「ちっこい子」の側に寄って柄の握り方を直していた。
 自分もああやって手取り足取り、彼からいろいろと学んだのを思い出す。

「……ほら。変な癖がついてるから、手袋のここが……」

 かすかに声が聞こえてくる。どうしても彼の声には敏感に反応してしまう自分がいた。
 彼女は衛士らに囲まれていた先ほどまでと違い、明らかに心を開いているような顔をしている。
 そうやって接近している二人を見ているのが辛くなり、顔を背けて剣の手入れに集中しようと再び努力した。だが、雑念が頭の中を埋め尽くす。

 別に気にするような光景じゃない。自分の時と同じように、彼女もただ指導を受けているだけだ。
 そんな変な目で見てしまう自分のほうがおかしいのは、痛いほどわかっている。
 でも、自分がそうだったように、彼女がグレオニーの優しさに惹かれてしまったらどうしよう。グレオニーだって、あんなに綺麗な子が始終側に居れば心が揺れ動いてしまうかもしれない。
 もし、そんなことになってしまったら自分は? いったいどうしたらいいのか。

 そこでまた、フェルツの言葉が頭をよぎる。
 「あいつはやめたほうがいいですよ」
 あれがどういう意味だったのか未だにわからないままだ。でも、とにかく自分とグレオニーの仲を応援してくれるような態度ではないことだけは確かだった。

 ……別に、グレオニーとどうにかなりたいわけじゃない。自分はそこまで望んではいない。
 でも、彼の友人に忠告されてしまったという事実は、さすがにかなり堪えていた。

 気にしないように、と思っているのに、つい二人の姿を目で追ってしまい、ちっとも剣の手入れに身が入らない。
 駄目だ駄目だ。
 こんな余計なことに気を取られているようでは、また何か失敗をしでかすに違いない。そんな生半可な気持ちで務まるほど、衛士の仕事は甘くはないのだ。
 早く一人前になって、剣の腕ももっともっと磨いて。
 彼に認めてもらえるように努力しなければ。今の自分にできることはそれだけだ。

「すみません、少し手合わせをお願いしたいのですが」

 気持ちを切り替えて、側を通った先輩衛士に声をかけた。


  ◇  ◇  ◇


「だから城下を案内してあげるってば。まだあまり町に出たことないだろ?」

「いえ、本当に結構ですから」

「せっかくの休暇なんだから一緒に楽しもうよ」

「今日はこれから予定があるんです」

「予定? どんな? いっつもそうやって逃げるんだからなあ。うるさいグレオニーに何を吹き込まれたのか知らないけど、そんなに警戒しないでよ。何も俺は……」

 訓練場に向かう途中、廊下を歩いていたらそんな場面に出くわしてしまった。
 「ちっこい子」と衛士が自分の姿に気付き、一瞬気まずい空気が漂う。
 下手に首を突っ込むと、碌なことにならないだろう。関わらずに逃げようとしたのだが、

「レハト様、遅いですよ。待ちくたびれちゃいました」

と、彼女がいきなり自分の腕を掴んできた。
 言葉も出ずに目を丸くしていると、言い寄ってきていた衛士が自分に頭を下げてくる。

「あ、寵愛者様とお約束でしたか。で、では、私はこれで失礼致します」

 それならそうと最初から言ってくれよ、と小さい声でぶつぶつ言いながら衛士が去って行く。
 衛士の姿が見えなくなると、彼女はすぐに自分の腕から手を離し、泣きそうな顔で謝罪してきた。

「……申し訳ありませんでした。お立場を利用したような、失礼な振る舞いを……」

「ううん。なんだかよくわからないけど、役に立てたみたいでよかった」

 自分の言葉に、彼女が安堵したような柔らかい表情を浮かべる。先ほどまで衛士に突き付けていた顔とは大違いだ。
 それじゃ、と当初の予定どおり訓練場に向かおうとした時、彼女が戸惑いがちに話しかけてきた。

「あ、あの……もし、よろしければ……」

 消え入りそうな声で、少しお話でもどうですか、と彼女は自分を誘ってきた。


  ◇  ◇  ◇


 先ほどは、ありがとうございました。
 ……はい、そうなんです。グレオニーさんが居ないと、すぐ声を掛けられてしまって。休暇の日はいつも逃げ回っているんですけど、本当に助かりました。
 でも、今日はあの人に感謝したいくらいです。こうやってレハト様とお話できるきっかけをつくってくれたんですから。
 ずっとお話できる機会を密かに伺ってたんですよ。でも、最近はいつもお忙しそうだったので……。ご迷惑じゃありませんでしたか? 

 よかった。
 勇気を出してお声をかけてみた甲斐がありました。

 ええと……、少し緊張してて……。何を話したらいいのか……。
 誘っておきながら、申し訳ありません。あれもこれもって、たくさん話したいことがあったはずなんですけど……。

 私の話ですか?
 ……衛士になりたかった理由、ですか。
 不純な動機なんですよ。本当に子供みたいな理由で恥ずかしいのですけれど。

 私、親からもの凄く溺愛されて育ったんです。ほんとに、もう嫌になるくらい。
 末っ子っていうのもあったんでしょうけど。それを差し引いても、あの自分への執着っぷりは少し異常だったと思います。兄たちにはそんな様子は見せていなかったので、やっぱりこんな顔を持って産まれたせいもあるのかも、とよく思いました。
 物ごころついた頃から、絶対に女になれって言われて育って。兄たちが皆、男を選んでいたのもあって余計に。
 好き勝手している兄みたくならないよう、手元にいつまでも置いておきたかったんでしょうね。あの家に居たままだったら、結婚もさせてくれたかどうか疑わしいくらいです。

 そんな親から早く離れたくて。
 自由が欲しかったんです、兄たちのように。

 でも自分の取り柄と言ったら、小さい頃から兄に相手をしてもらっていた剣ぐらいしかない。それも、やっぱり口うるさい親からこっそり隠れて、でしたけど。
 危ないからって本当に何もさせてもらえなくて。縫い物も料理も。火を熾すことすらできなかったんですよ、私。こんな自分が家を飛び出したところで、行き付く先は娼館くらいしかないって思いました。
 でも剣の腕を活かせる職業ならば、まだなんとかなるんじゃないかって。それで衛士を目指そうと思ったんです。

 もちろん、衛士になりたいと言ったら親は大反対しました。
 そんな危ない職につけさせるわけにはいかない。世間知らずなんだから、ずっと親の元で大人しくしていればいい。お前は女を選ぶんだから。女が衛士になるなんて、わざわざ辛い選択をする必要はない。そう言われました。

 洗脳ってわけじゃないですけど。長年そんな暮らしをしてると、親の一言一言で決心が鈍るんです。
 言う通りに、女を選んでこのまま親の側にいたほうがいいのかも。何不自由ない暮らしなのだし、家を出たいだなんて自分には贅沢な悩みなのかもしれない。
 いつまでもぐじぐじと悩んでいました。もう篭りの時期も迫っているというのに。

 そんな時に、レハト様のお噂を聞いて。
 自分とそう歳も変わらないのに、女性ながらに立派に衛士を務められていると聞いて、背中を押された感じがしました。
 やっぱり諦めずに試験だけでも受けてみよう。何もしないで後悔するよりはいい。
 自由が欲しいなら、自分の力で道を切り開いていかないと。
 ここで挫けたら、きっと自分は一生親の言いなりになって、ぬるま湯に浸かるような人生を送ってしまうって思ったんです。

 でも結局は、こうやって親の言うとおり女を選んでしまいましたから。生活する場所は離れたと言っても、まだ束縛から抜け切れていないのかもしれませんね。
 今でもびくびくしますよ、親が城まで怒鳴りこんでくるんじゃないかって。成人したのに、親が怖いなんて情けない話ですけど。
 今朝も、家からぶ厚い鳥文が届いて。読まなくても書いてある内容がわかりすぎて、ずっと憂鬱な気分だったんです。

 ……親の言うことも少しはわかるんですけどね。
 こんな顔ですから、小さな頃から結構危ない目にも遭ってきました。
 衛士なら、自分で自分の身を護れるよう鍛えるのには絶好の場所だ、っていう目論みもあったんです。
 先ほどのようにしつこく絡まれるのも、いい加減うんざりしているんですけど。でもこうやって自由を手に入れることができたんですから。親の所に戻るのを考えたら、少しくらいの面倒事は我慢しないと駄目ですよね。

 ……すみません。調子に乗って、自分のことばかり話してしまって。

 え? 特定の人?
 ……ああ、そうですね。そんな人を作れば……。確かにもう誰も寄ってこなくなりますよね。それは思いつきませんでした。
 
 気になる人、ですか……。
 居るような、居ないような……。
 まだ、自分でもよくわからないんですけど。
 
 容姿目当てで寄ってくる人たちとは違って、そうじゃなくて、自分の中身を本当によく見てくれているんだなあって、そんな風に思った人ならいます。
 ……あんな人、初めてです。
 自分の親や兄弟ですら、本当の私を理解していないような人たちでしたから。

 ……いやだ、また私ったらべらべらと。こんな恥ずかしいことまで。
 忘れてください。レハト様とお話できて、つい浮かれてしまいました。

 レハト様、今日はこれから何かご予定があるんですか? また訓練場に行かれるのなら、ご一緒してもいいですか?
 最近、よくお噂を聞きますよ。すごくお強くなったって。
 やっぱりレハト様はすごいですよね。私も早くレハト様みたくなれるよう頑張らなきゃ。


  ◇  ◇  ◇


 彼女の誘いをやんわりと断り、訓練場で一人、人形相手に剣を振り回していた。
 手のひらはもう既に豆が潰れて感覚すらない。それでもがむしゃらに剣を打ちつける。

「中身を本当によく見てくれているんだなあって」

 ……その通りだよ。私の時もそうだった。
 徴目当てで近づいてくる人ばかりでうんざりする中、グレオニーだけは自分の中身を見てくれていた。少なくとも私はそう感じた。
 だから、惹かれた。
 彼は他の人とは違う。私も、彼女と同じことを思った。

 彼女がグレオニーの名前を口にしたわけじゃない。
 でも、あの子の態度を見ていればわかる。そもそも彼女が他の男と一緒にいるところなんて見たことがない。
 食事も一緒。訓練もいつも一緒。
 彼の側に居る時の顔と、他の衛士に向けられる表情の違いは一目瞭然だ。
 自分が感じていた危機感はやっぱり杞憂なんかじゃなかった。

「やっぱりレハト様はすごいですよね」

 そんなことない。自分は全然すごくなんかない。
 なんにも知らないくせに。
 本当の私がどんな人間か知りもしないくせに、勝手に理想を押し付けてきて。勝手に慕ってきて。

 なんで女を選んだの。
 なんで衛士なんかになったの。
 徴がある自分と違って、他のどこにでも行ける自由を、無限に広がる可能性を貴女は始めから持っていたじゃないか。
 親の愛情を一身に受けて育って。たくさんの兄弟に囲まれて育って。ここでの生活も、自分なんかよりよっぽどうまくいっていて。
 贅沢だよ。ずるいよ。
 その上、グレオニーまで手に入れようとするの? 

 ……勝てるわけがない。
 実の親をこの手で殺した、心に闇を持っているような私が。

 貴女が育ったような環境なら、親に愛されないという生活がどういうものなのか、きっと想像もつかないんでしょう。
 みっともないから、と家からも滅多に出させてもらえずに、一日中見張られて、疎まれながら過ごすなんて。
 あんたなんか産まなきゃよかった。
 あんたさえいなければ私はもっとましな生活ができるのに。
 そんな言葉を母親から幾度となく浴びせられる辛さも、悲しさも、考えたこともないんだろうね。
 この体にあるたくさんの傷が、衛士になる前につけられたものだなんて信じられる?

 私も自由が欲しかった。だから力ずくで自由をもぎ取った。
 目を閉じても瞼の裏に焼きついていて、すぐにでも思い浮かべることができる。
 火に包まれながら、自分を睨んでいる母親の顔を。

 家の裏手で、たき火に不要な物を投げ込んでいる時だった。
 突然、母に怒鳴られた。それだけのことに、いったいいつまでかかっているのかと。
 近付いていた母に気付かず、怒声に縮み上がった私は、振り向くなり母と衝突してしまった。そして、よろめいた母はそのまま火の中へと身を投じた。

 奇声を上げて転げ回る母。
 自分も取り乱しながらも、すぐに慌てて側に置いてあった水桶を手に取った。
 そして、その時ふと気付いたのだ。このまま母がどうにかなってしまえば、自由を手にすることができるじゃないかと。

 水を求めて地を這って近づいてくる母を見て、一瞬だけ戸惑った後、私は桶の中の水を遠くへとぶちまけた。
 空の桶を手にしたまま、蠢く母をただ静かに見ていた。
 やがて動かなくなる、その時まで。

 母は、何故あんなにも周りから私を隠そうとしていたのか。今となってはわからない。
 徴を持つ私の存在から、身元まで露見してしまうことを恐れていたのだろうか。父は居ないと言われていた。自分は、何か身分を明かせないような者との間にできた子だったのかもしれない。

 突然訪れた悲劇に村の人たちが慰めてくれる中、あれは事故だった、と私は自分に言い聞かせていた。意図して母を火の中に投げ込んだわけではない。
 だが、私は水を与えなかった。他に助けを求めなかった。
 動かなくなり、絶命したのを見計らってから村の人に声をかけた。
 これでやっと自由だ。束縛から抜け出せて、私は自分の思うように生きていける。
 そう思ったのに。

 それなのに、またこんな場所に無理やり縛り付けられて。また自由を奪われて。
 それでもグレオニーのおかげで、ここでもなんとかやっていけそうだと感じ始めていた。
 やっと自分の居場所を得られたような気がしていた。

 別に、グレオニーと結ばれたかったわけじゃない。
 あんな罪深いことをしておきながら、涼しい顔をして恐ろしい過去を隠しているような私が、そんなことを願う資格なんてない。
 ただ、見つめていられれば、それでよかった。
 それだけでよかったのに。

 彼がやがて誰かと結ばれるとしても、もっと自分に関わりの無いような人だったら、会ったこともないような人だったら、私もここまで相手を憎んだりしなかったと思う。
 でも、あの子は。
 あの子は私の思い出したくもない部分を嫌というほど刺激してきた。無邪気な顔をしながら、自分を愛する親がうっとうしいと贅沢なことをぬけぬけと抜かしてきた。

 人形を打ちつけた衝撃で、手から剣が滑り落ちる。
 荒い息で肩を上下させ、ふと、手のひらの違和感に気付いた。手袋が破れているのが目に入り、思わず舌打ちをしてそれを乱暴に地面に叩きつける。
 素手のままで落ちた剣を拾い、再び人形相手に剣を振りかぶった。
 
 いつしか私は、目の前の人形を彼女に見立てて、ありったけの力を込めて剣を打ち付けていた。

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