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擺脱<4>

2013.04.25 (Thu)
女レハト衛士、グレオニー、フェルツのその後の話です。


擺脱<4>


 相手の剣が自分の顔を掠めて風を切る。目の前を通り過ぎる刃に怯えることなく、一歩踏み込んで攻撃を仕掛けた。
 それを素早い動きでかわされ、間髪容れずに相手が攻め込んでくる。
 盾で剣の行く手を阻み、歯を食いしばって力ずくで押し返した。その反動で相手の剣が手から離れる。
 
 ……勝った。
 
 地面に落ちた剣を見届けて大きく息をつく。すると盾を構えた相手がいきなり突進してきて、わけがわからないうちに地面に倒されてしまった。
 仰向で茫然としている自分の腹に相手の足が乗せられる。喉元に剣を突き付けられ、さっき落としたはずでは、と驚いていると、相手が握っているのは倒された時に落としてしまった自分の剣だった。
 降参の意味を込めて片手を上げ、勝ち誇った顔をしているフェルツを見上げる。

「相手が得物を離したからと言って、油断しちゃ駄目ですよ。試合中じゃないんですから」

 乗せていた足をどけて、笑顔のフェルツが手を伸ばしてきた。
 ……今日こそは勝てたと思ったのに。
 頬を膨らませて、フェルツの手を掴んで起き上がる。

「でも正直、負けるかも、と一瞬ひやりとしました。本当に腕を上げられましたね」

「……褒めてくれても、負けは負けだよ……。あーあ、なかなか勝てないなあ……」

「俺だって、一応先輩の意地というものがありますから。そう簡単に負けるわけにはいきませんよ」

 もう訓練場には私たち以外の誰の姿もなかった。
 そろそろ引き上げないと。もう暗くなってくる時間だ。
 付けていた盾を腕から外すと、片付けておきます、とそれを奪おうとするフェルツとしばらく押し問答になる。
 先輩の手を煩わせるわけには、と皮肉を言う自分に、負けたことをいつまでも根に持たないでくださいよ、とフェルツが苦笑する。結局、二人で分担して片付けることに落ち着いた。
 倉庫に向かいながら、フェルツが優しい声で自分に話しかけてくる。

「時間を見つけては、訓練場で周りに手合わせをお願いしているそうですね。道理で急に手強くなったわけだ」

「自分一人で訓練を重ねるのにも限界があると思って」

「……そうですね。今日、剣を交えてみてわかりましたけど。あいつの、グレオニーの癖が良い感じに抜けたように思いました。ご自分でも気付いてらっしゃるんじゃないですか? 今までとは違う手ごたえに」

「……そんなにグレオニーと剣が似てたかな」

「そりゃあ、あれだけ付きっきりで習っていたんですから。仕方の無いことですし、あいつの教え方が悪いという意味でもありません。でもそれに捕らわれていて、レハト様の実力が出し切れていないように自分は感じていたものですから」

 確かに、昔の自分はグレオニーとばかり剣を合わせていた。打算的な考えで、敢えてそうしていた部分もある。
 だが、こうやって他のいろいろな衛士にも教えを請うようになって、フェルツの言う通り、今までとは比べ物にならない早さで剣の腕が磨かれていくのを自分でも感じていた。
 ……彼への執着が足枷になっていた。その事実は認めざるを得ない。

「強い人とも弱い人とも、いろいろな人と剣を交えてみるといいですよ。新しい発見があるでしょうし。もちろん俺もいつでもお相手しますけど」

「うん、また時間が合ったらお願いするね」

 両手が塞がっているフェルツが、倉庫の扉を体ごと体重をかけて押し開ける。中は埃っぽい匂いで充満していた。
 決められた場所に武具を片付けていると、鼻がむずむずとしてくしゃみが出そうになってくる。

「それにしても、いったいどういう心境の変化です? いきなりそんなに特訓を重ねて。無茶を続けていたら体を壊しますよ」

「……別に深い意味はないよ。今まで、少し自分に甘いところがあったなあって反省しただけ。早く認められたいしね、一人前だって」

 狭い倉庫の中で背中合わせになりながら、彼と二人で片付けを続ける。
 やがて、背後からフェルツの小さな呟きが聞こえてきた。

「……それは周りに、ですか? それとも誰か、特定の人物に?」

 その言葉に振り向くと、いつの間にか彼がこちらを向いていた。
 先ほどまでの笑顔は既に消えている。

「……何が言いたいの?」

「別に何も」

「言いたいことがあるならはっきり言ってよ」

「……」

 責めるように言葉をぶつけるが、フェルツは無表情のまま口を開こうとはしなかった。
 押し黙る彼を見て苛立ちが募る。この間の発言と言い、彼のはっきりしない態度に焦れったくなり、自分の想いを大事に胸の奥にしまっておこうなんて気は、もはやどこかへと飛んで行ってしまった。

「もう気付いてるんでしょう? 私の気持ちに。でも、貴方にどうこう言われる筋合いはないと思うんだけど」

「その通りです。だから邪魔をするつもりもありませんが、やめておいたほうがいいという言葉を撤回するつもりもありません」

 どうしてそんなにまで、と問い質す前に、今まで見たこともないような厳しい顔をして彼の方からそれに答えてきた。

「実際、あいつから離れた結果どうなりましたか? 貴女は今まで以上に向上心を養って、見違えるように腕を上げたじゃないですか。一応先輩の立場である以上、男にうつつを抜かして、剣が鈍っていくのを黙って見ているわけにはいかないんです。厳しいことを言うようですが、そんな甘ったれた考えの者と一緒に肩を並べて仕事をしたくなんかない。巻き込まれてこっちまで怪我を負わされては敵いませんから」

「べ……別にうつつを抜かしてなんか……!!」

 彼の言葉一つ一つが胸に突き刺さる。
 ここまで頭に血が上るのは指摘されたのが本当のことだから。わかってはいるが、どうしても素直にそれを聞き入れることができなかった。

「あいつもね、同じ反応をしました。浮かれてなんかいない、と。俺には、どう見ても浮き足立っているようにしか見えませんでしたが」

 取り乱している自分は、フェルツが言っている人物がグレオニーのことだと理解するのに、少し時間がかかった。

「……どういうこと?」

「指名されてから、あいつは……グレオニーは貴女を意識し始めていたように自分には見えました。本人は必死に否定していましたけどね。でも……」

 そこまで言ってから、彼は少し口ごもる様子を見せ、やがて思い立ったように言葉を続けた。

「……娼館に行ったときに確信したんです。宛がわれた子を見るなり、顔を真っ赤にしながら、頼むから他の子に変えてくれとあいつは言いました。なぜそんなことを言い出すのか、何が気に入らないんだ、と他の者は首を傾げていましたが。俺にはすぐにわかりましたよ。相手の子が、どことなく貴女に似た面影でしたから。そう、成人したてで、身長もそれほど高くなくて」

「……」

「だから、深入りする前にあいつに忠告したんです。頭を冷やして現実を見ろと」

「なん、で……なんでそんな……!!」

「当たり前でしょう? 徴を持つ貴女や、ただの一衛士であるあいつの立場を考えれば、誰だってそう言うに決まってる。叶いもしない不毛な想いを募らせていく友人を、黙って見過ごすことなんかできませんでした。もし、あの『ちっこい子』が陛下に恋心を抱いて、それを貴女に打ち明けてきたら何と言って助言します? つまりはそういうことですよ」

 返す言葉が見つからず、唇を噛んで俯いた。
 何もできずにただ拳を握り締めて、沸き上がってくる震えをかろうじて抑える。

「自分は、一度忠告をしただけです。それきり何も言ったことはないし、邪魔をしたことだってありません。でもあいつは、貴女を想い続けることを選択しなかった」

 結末が見えていたから。それがフェルツにはわかっていたから「あいつはやめておけ」と意見してきたというわけか。
 余計なことを、と彼を責めるのは筋違いだ。徴持ちである自分とグレオニーが釣り合わないのは自分でも十分わかっている。
 でも、それでも。
 もしかしたら想いは成就していたかもしれない、という甘い仮想をいざ目の前にぶら下げられると、どうしてもフェルツを恨めしく思ってしまう自分がいた。見ているだけでよかった、と綺麗ごとを言いながら、やはり自分は心のどこかで彼と結ばれたかった気持ちを持っていたと気付かされた。

 どす黒い感情が自分を支配し、思考が暴走する。
 フェルツがグレオニーに忠告さえしなければ。自分は今、こんなにも辛い思いを抱えなくても済んだのではないか。あの子をこんなにも憎く思うこともなく、ただの可愛い後輩として接することができたかもしれないのに、と歯軋りしてしまう。
 自分に酷い仕打ちをしてきた母親だけならいざ知らず、他人をあそこまで憎く思える自分に気付きたくなんかなかった。あの子に見立てた人形に、剣を止められなかった恐ろしい自分が嫌で嫌でたまらなかった。

 頭の中でいろいろな思いが駆け巡り収集がつかない。泣き顔を見せたくなんかないのに、勝手に涙が溢れて出てきてしまう。
 もう、とうとう我慢できなくなり、彼に向かって両腕を振り上げて拳を叩きつけた。大声で泣き喚きながら、まるで駄々っ子がごねているように、何度も何度も。

 フェルツはしばらく黙ってされるがままになっていたが、やがて嗚咽を漏らして動かなくなった私の両肩を掴んできた。そして先ほどまでとは違う優しい口調で、申し訳なさそうに呟く。

「……俺は間違ったことをしたとは思っていません。気の毒とは思いますが、寵愛者である貴女よりも、友人であるあいつの方が俺には大事なんです。……貴女には、他に相応しい人がいくらでも」

 その時、倉庫の扉が開く音がした。
 驚いて顔を上げると、目を見開いて息をのむ様子のグレオニーの姿がそこにあった。

「あ……。悪い」

 そう一言だけ言い残して、グレオニーが慌てて扉を閉める。
 彼のその不可思議な行動に疑問を感じたが、すぐに何か誤解をされてしまったのだと気付いた。
 思わず後を追いかけようとするも、フェルツが自分の腕を掴んでそれを阻む。悲しそうな、睨むような顔を自分に見せてきた。

 言いたいことはわかっている。でも、このまま誤解をされてしまうのは我慢ならない。

 彼を睨み返して乱暴に腕を振り払う。扉へと足を向けたが、フェルツはそれ以上自分を止める行為はしてこなかった。
 倉庫を出て、急いでグレオニーの姿を探す。廊下の先にもう既に小さくなっている彼の背中を見つけ、慌てて後を追いかけた。


  ◇  ◇  ◇


 息を切らして、グレオニーの側に駆け寄る。
 自分に気付いた彼が驚いた表情を浮かべたが、すぐに顔を背けて謝罪してきた。

「あ、の……その、悪かった。別に邪魔をするつもりじゃ……」

「違う! そんなんじゃない!!」

「……」

 自分の剣幕に、彼が黙り込む。
 もう、このまま自分の想いを告げてしまおうか。後のことなんて知るもんか。誤解をされてしまうよりはよっぽどいい。
 そう思って口を開きかけるが、どうしても声にする勇気までは出せなかった。

「……ちょっと……フェルツと言い合いになっちゃっただけだよ。変な誤解しないで」

 自分の言葉に少し戸惑った様子を彼は見せた。そしてすぐに、その場を取り繕うような不自然な笑顔を向けてくる。

「そ、そっか……そうだよな。びっくりしたよ、まさか二人がって。考えもしなかった組み合わせだったから」

「……」

「言い合いって? あいつのことだから、また何かきついことでも言われたんだろ。ほら、こんな所にいないで早く顔洗って来いよ。そんな赤い目のままでいたら皆に変に思われるぞ」

 先ほどまでの自分たちの会話の内容を告げたら。グレオニーはいったいどういう反応をするんだろう。
 そんなことをぼんやりと考えていたら、言葉を発しない自分を見て落ち込んでいるとでも思ったのか。彼が慰めるような言葉を掛けてきた。

「大丈夫だから。レハトはちゃんとやってるって、俺にはわかってる。最近の頑張りもよく耳に入ってきてるし」

「……」

「あの子もいつも言ってるよ。早くレハト様みたくなれるようにって……」

「……もう、やだ」

「え?」

 彼と目を合わせず小さく呟いた自分に、グレオニーが困惑した声を出す。
 彼女の話題が飛び出てきて、思わず頭に浮かんだ言葉がそのまま口から漏れてしまった。一度漏れ出てしまうと、次々と言ってはいけない言葉が頭の中を埋め尽くしてくる。
 先ほどまでの感情の高ぶりがまだ完全に収まっていなかった私は、彼を見上げて叫び出してしまうのを止められなかった。

「もうやだ……もう嫌なの!! ちゃんとやってたって、頑張ったって、何にもいいことなんかない!!」

「……レハト……?」

「つらいことばっかりで、後から入ってきた後輩にすら今にも追い抜かれそうで! 私なんか居なくなったって誰も困らないどころか、喜ぶ人たちばっかりに囲まれて!!」

「おい……」

「もうやだ! やめたい! もう衛士なんてやめる!! 別に衛士なんかじゃなくたって、私は……!!」

 乾いた音と共に、顔に痛みが走った。
 彼と向かい合っていたはずの自分の顔が、いつの間にか横を向いている。そこでようやく、彼に頬を叩かれたのだと気付いた。
 痛みが残る頬に手を当て、信じられない出来事に茫然とする。そんな自分に構わず、彼は今まで聞いたこともない低い声で言葉をぶつけてきた。

「いい加減にしろ」

 まるで激しい怒りを抑えているかのような声だった。
 頬を押さえたまま、彼の顔を見ることすらできずに自分はただ立ち竦んでいた。

「……ここだって、際限なく衛士を抱えることができるわけじゃないんだ。人数は限られてる。つまり、お前が衛士になったということは、一人分その空きを埋めたってことなんだぞ」

「……」

「衛士になりたくて必死な思いで試験を受けたのに。採用されてもおかしくないくらいの実力を持っていたのに。止む無く落とされてしまった奴らのことも少しは考えろ。お前が居なかったら、落ちた奴らの中の誰か一人は間違いなく衛士になれていたはずなんだ」

 そんなの知らない。
 そんな見たことも、会ったこともない人たちなんか知らない。
 ただもう、何もかもが嫌になったのだ。どうして自分ばっかりこんな目に遭わなければいけないんだ。
 気遣ってくれていたと思っていたフェルツも、結局は自分を徴持ちとしか見ていなくて。
 グレオニーにすらこうやって叱られて。
 もういやだ。なんでこんなことになったの。
 こんな目に遭うほど、自分は何か悪いことをしてしまったの?

「レハト……」

 黙り込んで返事をしない自分をグレオニーが窺ってくる。どうしていいかわからず、彼を両手で力いっぱい突き飛ばしてその場を走り去った。
 もういやだ。
 もういやだ。
 そればかりを頭の中で繰り返して、溢れ出てくる涙を拭いながら廊下を走り抜けた。

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